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緋弾のアリア-諧調の担い手-

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陽だまりの日々
  第二話




時夜side
《出雲大社・自室》
AM:6時41分


「……恥ずかしいな」


先程の光景を思い出し、思わず顔が赤くなる。
母親に泣き縋るなど、前世においても経験した事がない。

俺が泣き止んだのは、あれから十分程後の事だった。
お母さんは自身の袴が汚れてしまった事にも気にせず、優しく俺の事だけを気に掛けてくれた。

転生してからというもの、本当に俺は恵まれていると、そう感じる。
今の俺を取り巻くこの環境に、世界にそう心から思う。

別に、前世がそこまで悪かったという訳ではない。思い返せば、そこそこ裕福であり、幸せであった。
……確かに、思い出したくない事も多々ある。だけれども、それを踏まえたとしてもだ。

今というこの刹那が、俺にとっては何よりもの代えられない宝物に等しい。

あれから汗を流す為に風呂で湯汲みをして、暗い気持ちも一緒に流してきた。
ただ泣いている訳にはいかない。乗り越えて、強くなって行かなければならないのだ。

そして、タオルを首に掛けて自室に戻ってきた現在。
俺の部屋には、先程まではなかった、この出雲には珍しい洋服が立て掛けられていた。


「……なんぞ、これ?」


思わず、その洋服を手に取って首を傾げる。
それと同時、障子の向こうから聞き馴染んだ女性の声が聞こえてくる。


「…時夜、いますか?」

「うん、いるよ」


入りますよ…そう障子越しに、そうくぐもった声が聞こえ、開くと同時に鮮明なものへと変わる。
穏やかな春風と共に、この五年で見慣れた、安堵感を覚える女性の姿が現れる。


「…お母さん、この服は何?」

「ふふっ、忘れたのですか時夜?…あっ、髪がちゃんと乾いていませんよ」

「んっ、何を…?」


お母さんに髪をタオルで拭かれつつ。
俺はそれが何を指しているのか解らずに、首を傾げて怪訝な表情を浮かべる。


「今日から時夜も幼稚園デビューですよ」


確かにこうして見れば、前世で着ていたものと細部は異なるが、園児服に見える。
……というか、幼稚園か。その話をすっかり忘れていた。


「さぁ、という訳で脱ぎ脱ぎしましょうね時夜?」

「あっ…えっ、いや…何がという訳なのさ?…大丈夫だよ、自分で着替えられるし」


そうして眩しい程の笑顔を浮かべ、園児服を片手に迫ってくるお母さん。
それに何処か言い知れぬ圧力を感じて、俺は制止する様に両手を出して後ずさる。

お母さんやルナお姉ちゃんに着替えさせれるのは、今より幼い頃の軽くトラウマがある。
その当時、俺は必死で逃げた。だが、無駄に神剣の力を使い楽に捕まってしまった。

全く、力の無駄遣いに程がある。
お母さん達は俺の容貌が中性的で少女の様に見えるからという理由。
その理由で、似合うだろうと女物の洋服を着せようするのだ。

そして屈辱的な事に、その姿を写真に収めてアルバムまで形成しているのだ。
……俺にとっては軽い黒歴史だ。それもあるが、我ながらに主観で見て、美少女に見えるのが心に刺さる。


「朝も、ヴィクトリアに着替えさせて貰ったのでしょう?」

「えっ…まぁ、そうだけど?」


俺は基本的に朝に弱い。
その為、リアのお世話になる事が多々ある。



……結局の所だ。
俺はお母さんに抗えず、押し切られて着替えさせられた。






1









転生してから約五年。
今日、俺は初めて出雲の外の世界へと足を踏み込んだ。
見慣れないものを見る様に、俺は前世で見慣れた現代日本の街並みを眺めていた。


「…んっ、どうした時夜?」

「出雲の外に出るのが初めてだから、緊張しているのだと思いますよ?ですよね、時夜?」

「……うん」


俺はお父さんとお母さんに挟まれる様にして、手を繋いでいた。
その両親と両手で繋いだ手を、握り締める。不安を拭い去る様にぎゅっと。

今の俺達の姿を客観的に見るならば、仲睦まじい親子に見えるだろう。

だが、しかしだ。
お父さんは一見普通の黒のスーツだが、その実態は防弾防刃用のTNK繊維が織り交ぜられたものだ。
俺には銃器の知識はないが、スーツの内側に見えない様に拳銃を帯銃している。

お母さんもいつもの緋袴の巫女装束姿ではなく、婦人用の白のスーツにスカートを着こなしている。
日頃纏めている髪もストレートに下ろして、またいつもの姿とは違って見える。

お父さんはともかく、お母さんが巫女装束姿でないのは珍しい事だろう。
俺は生まれてこの方、お母さんの袴姿以外の姿を見た事がない。
それがとても新鮮で、いつもとは違った魅力が垣間見える。


「…………」


俺は視線に映る世界総てが、まるで異世界の様に思えてくる。
嘗ては前世で暮らしていた、何の変哲の無い俺の日常と同じ光景。
前世に置いて、そこに不和を覚えた事はなかった。

だが、出雲の自然溢れる地で育った為なのか。
懐かしいながらも、何処か違和感を覚える、ズレているとさえ思える。

この目の前に広がる世界を一言で表すならな、猥雑だろうか。

連峰の様に列を成す人々の群れ、人や車等による騒音たる喧騒。
今世において、ここまでの人や、雑音を耳にするのは初めての事だ。

思わず、視界に映る景色がぐにゃり…と歪む。
急に気分が優れなくなり、吐き気と眩暈が生じる。

ぐらり…と視界が暗転して、両親と繋いだ手から手が離れて、その場に片膝を着く。
周囲の音が、聞こえなくなって行き。世界に一人だけになった様な錯覚に陥る。


「―――時夜っ!…大丈夫ですか?」


異常に気付いた時深がその身体を抱き起こし、顔を覗き込む。
その表情は蒼白で、血の気が引いている。額には玉の様な汗が溜まっている。


「…うん、ちょっと人混みに酔って眩暈がしただけだから」


遠くから聞こえてきた母親の声。その声に安堵感を覚える。
立ち上がろうとすると、自身の身体なのに上手く言う事を聞かず、ふらふら…と、視界が覚束なくて傍から見ていて危ない。

すぐさまお母さんに身体を支えられる。


『……主様、本当に大丈夫ですか?』

『…ああ、大丈夫だよ。心配してくれてありがとうな、リア』


頭の中にリアの声が直接響く、姿は見えないがその声音で此方を心配してくれているのが伝わってくる。


「ほら時夜、乗れ」

「…大丈夫だよ」

「いいから」


お父さんが俺の前で屈み、背中を此方に向けてくる。
それに有無を言わせる前に、お母さんが俺の身体をお父さんの背中に乗せる。

形として、俺はお父さんにおんぶされる形になる。
何処か広い、父の背中に安心感を覚える。今世において初めての事だ、おんぶなどをされたのは。

……俺は基本的に、自分から甘える様な事はしない。
また、心を預け過ぎて失う事が怖いのだ。それを恐れている。

前世において、両親におんぶされた事など幼少時の曖昧な事で、片手で数える程位しかないだろう。
それ故に、父の背中というものがここまで安堵感を生むとは知らなかった。否、覚えていなかった。


「…………」


安心したら、眠気が射してきた。
俺はそうして父の首に手を回して、ゆっくりと瞳を閉ざした。






2







「……眠ったか」


俺は背中で、細く健やかな眠りに就いた息子に横目を向ける。
本当に気持ち良さそうに、安心しきった無防備な顔を晒している


「…時夜はこういう時でないと、自ら甘えたりしないですからね」


右腕に妻である時深が身を寄せてくる。
上目遣いに此方の表情を覗き見てくる。それに思わずドキリ…とする。


「…ああ、そうだな」


この子はこの世代の子供にしては精神的に大人びていて、甘える様な事はして来ない。
基本的に、出来る事は何でも自分で済してしまう。そこに、何処か壁を感じてしまう。

病気や、本当に自分が弱った時、手を貸して欲しい時にしか甘えたりしない。弱みを見せない。

時夜は何処か、精神と身体の比率が合っていない様な、そんな錯覚がある。
この子が永遠存在になってからの約一年というのは、正に顕著であった。

この子がその小さな背中に何を背負っているかは解らない。
…けれど、いつかこの子が自分から語ってくれるまで待とう。

自分達は家族なのだ、それが如何様な事でも受け入れよう。






3






「…っ……んっ」


朧気な瞳を擦り、周囲を見回す。
何処か、目線が高くなっている様な気がする。
俺は覚醒しきれていない頭で、状況を理解しようとする。


「…起きましたか、時夜?」

「おっ、起きたのか時夜」


俺の視界の右にお母さんが映り、前方からお父さんの声が聞こえてくる。
そこで漸く俺は現状を理解した。視界が高くなっている事も納得がいった。

…そっか、人混みで具合悪くなっておんぶしてもらってたんだっけ。


「うん、おはよう。お父さん、お母さん。…もう大丈夫だから降ろして?」

「まぁ、あと少しで着く。だが、また目眩がしても大事だしな、もうちょっとおぶさってろ」

「…恥ずかしいから、降ろして欲しいんだけれどなぁ」


まぁ、確かにその通りだろう。正論だ。

また途中で具合悪くなって気を使われるのも気が引ける。
ならば、多少の恥は捨ててでも、まだ背負われておくべきか。


「じゃあ、お父さん幼稚園までゴー!!」

「ああ、行くぞ時夜。しっかり掴まってろよ?」

「もう二人とも。…転ばないで下さいね?」


若干の早歩きで、俺を背負い歩くお父さんと、暖かい眼差しで後ろから見守るお母さん。
前世での幼い時でも、こうして親に甘える事は滅多になかった。

今はこの暖かい陽だまりの日々に身を置くのも、良いのかもしれないと思う。






4







暫くして、近代的で西洋の風調が混じった建造物が見えて来た。
お父さんが言うにはその建物が俺の通う幼稚園らしい。

昨今不足している幼稚園に入れたのは幸運かもしれない。
そこは影ながらに、凍夜が武偵としてのコネを使ったのだが、時夜はそれを知らない。

俺が今日から通う幼稚園は、近年出来たばかりの新設の幼稚園らしい。
この幼稚園にはお父さんの知り合いの子供も通っているとかなんとか。

年中さんとして、俺は途中編入する事になる。

建物が近づくにつれて、俺の心音が上がっていく。
それこそ、お父さんに背中を通して聞こえんばかりにだ。

別に、人見知りをするという訳じゃない。
けれど、今日から知らない人間と一緒だと思うと少々不安にもなってくる。
だが、それもあるがそれと同時に期待も胸にある。

余談だけれど、出雲を離れる際。
暫くは、此方の世界で暮らす事に俺はなる。
出雲を離れる俺に対して、特にルナお姉ちゃんが涙を流していた。

最初はよかったのだ、けれど。
それも何度も何度も、すると。流石に俺も他の皆も途中から半分呆れていた。

俺の知ってるナルカナってやっぱりそういうキャラじゃないんだけどな。
ナルカナと言えば、一言で現せば傲岸不遜だろう。


そんな事を思っていると、何時の間にか俺は背中から降ろされていた。
幼稚園の門の前には鮮やかな桜の花びらが舞っており、何処か俺の新しい一歩を祝福している様にも思えた。


「時夜、行くぞ?」

「うん!」


両親に手を引かれ、そうして俺は自身の新たな一歩を踏み出した。


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