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緋弾のアリア-諧調の担い手-

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陽だまりの日々
  第一話



時夜side
《出雲大社・自室》
AM:5時21分


「―――…あ…ま」

「……んっ」


意識の外側から、誰かの囁き声が聞こえてくる。
その鈴を転がす様な声が心地よくて、まどろんでいた意識が再び夢へと誘われそうになる。
部屋の障子の隙間から、陽の光が零れ、外からは小鳥達の囀りが聞こえてくる。

それらが助長して、更に眠りを加速させる。


「……あ、る……さ…ま」


そう耳元で囁かれる。それを認識して。
身体を優しく揺さぶられている事に気付き、俺はそこで初めて意識を外側へと向ける。

―――…何だ?

人が折角気持ちよく安眠しているというのに、誰かが俺の睡眠を妨害しようとしている。
全く、けしからん奴だ。俺は今日は飽きるまで惰眠を貪ると決めているのだ。

布団を頭まで被ろうと手を伸ばすと、その手は虚しくも空を切った。
手を数度伸ばすが、一向に布団へと手が届かない。

そんな事をしている間に、布団が誰かにはぐられてしまった。


「…主様、起きて下さい。時間ですよ」

「……っ…んっ…朝かぁ」


朧気な瞳を開き、欠伸を噛み殺して、布団から上半身を起き上げる。
ふと、歪む視界の中に、色鮮やかな碧銀色の何かが過ぎった。
それと同時に声が、凛と鈴を鳴らした様な可憐な声が聞こえて来た。


「おはようございます、主様」

「…ふぁ…おはよう、“リア”」


俺は彼女の愛称を口にする。

その声の主は、俺の横に正座している女性のもの。
息をする事を忘れる程に整った容貌を持つ、碧銀色の髪の絶世の美少女だ。

その少女の名前はヴィクトリア。
永遠神剣第一位『諧調』の化身であり、俺との生涯を共に歩むと決めたパートナー。


「さぁ、着替えは畳んで置いてます」

「……うん」


俺はその着替えを手に取る。
だが、まだ頭が覚醒し切らないのか、ぼう…っと、して思考が覚束ない。


『―――シャキッとしなさい、時夜!』


その唐突に頭の中に響いた声に、頭の中の靄が取り払われる。
そうして、覚束ない思考が漸く纏まり始める。だが、その声が反響し過ぎて、頭が軽く痛い。

この部屋の中には、俺とリア以外の存在は文字通り存在しない。
ここにはいない、“第三者”の声が響く。


「…解ってるよ、“時切”」


声の発信源を見据えて、そう口にする。
物騒ではあるが、俺の枕元に置かれた濡れ羽色の鞘に収められた、一本の小太刀。

その小太刀からも並々ならぬ、力を感じ取る。
この存在もまた、永遠神剣の一振りだ。

―――永遠神剣第四位『時切』

俺が永遠存在へとその身を昇華させた際に、お母さんから貰った一振りの神剣。
俺のもう一人のパートナーだ。

今からもう少しで一年になる。俺が永遠存在となってから。
それはこの世界での時間での話だ。

別の異空間では、永遠存在としてのノウハウを徹底的に叩き込まれた。
時間にして、約百年弱だろうか?

不死存在とは言え、決して短い時間ではなかった。
だが、そうした過程の上で、今の俺と言う存在があるのだ。

両親の俺を思ってくれる気持ちもあったのだろう。確かにそれを感じた。
その中で、厳しくもあったが、生きて行く為の術を、学ばせて貰った。

俺が永遠存在へとなった当時は、家の両親は共に仕事でこの出雲を出払っていた。
そして帰ってきた時には、俺が永遠存在へと変貌していて、ちょっとした混乱があったものだ。

だが、今ではヴィクトリア共々ちゃんと受け入れられている。
嘗て話をする際に、嘘をついてしまった事。…それに、少しばかりか今でも胸が痛む。


「…………」


俺は思考の海に浸っていた自らの思考を引き戻し、眠り眼を擦る。
そうして、思考を切り替える。


「…さて、着替えるから出てってくれないかな?」


俺はそうリアに向けて口にする。
だが、碧銀色の髪を揺らして、少女は否定の意を示す。


「ダメです、そうして私を出させて二度寝した事が数度ありましたでしょう?」

『私が知る限りでは七、八回ね』

「…むぅ、大丈夫だって。俺ももう五歳だぞ?」

「なりません、今日は朝の鍛錬があるのですから。ほら、私が着替えさせてあげますから」


そうして。
半ば強引に寝巻きを脱がされてヴィクトリアに着替えさせられる俺。
傍から見れば、手の掛かる子供と子煩悩な母親の様な図にも見える事だろう。


『全くよね、時夜は手が掛るわ』

「勝手に人の心を読むなよ、時切」

『……まぁ、そこが可愛くもあるのだけれどね』


時切が何やら小言で呟いているが、上手く聞こえない。
それよりも、この現在の状況に対しての羞恥心で気にする余裕はないのだ。






1







リアに着替えさせられるという強制イベントも消化して、俺は今出雲の緑溢れる森林の中にいた。
大自然に満ちた森の中は、新緑へと鮮やかに染まっている。

肺へと、心の奥底へと届く程に空気は澄み、木々の間から漏れる陽光に思わず目を細める。
心が穏やかに、宥められてゆく。だが、そこに緩みは存在しない。


「…いい天気だな」

『…そうですね、ですが主様』


解っている。
俺はリアの言葉の意図に気付いて、頷く。二の句を紡ぐのを前に、それを遮る。

リアは現在、化身状態を解き、俺の周囲に四本の鞘として浮遊している。
腰に差している“時切”も、小太刀ではあるが五歳児の身体には重く、それ故に“此処”が何処であるのかを然りと想起させる。

ゆったりとして、森を観覧する様に俺は歩いている。
だが、この新緑の森に足を踏み入れてからというもの、一切の気は抜いていない。

常に周囲に、警戒の糸を張り巡らせている。
気を一瞬でも抜けば、それこそ一瞬で終わりにされてしまう。

此処は、“戦場”なのだ。

鍛錬とは言え、相手が手を抜く事などしてくれる訳ではない。
実践と同じだ、一つの失敗が自らの命を危険へと及ぼす。

―――刹那、本能が警笛を打ち鳴らす。


「…時切ッ!!」

『―――プチ・タイムアクセラレイト!』


膝をバネの様に屈めて、一気に前方へと飛び出す。
それは脅威的な速度を誇り、五歳児の、人間の出せる速度を超越する。

そうして、俺は時間ごと加速する。
つまりは、端的に言えば瞬間移動の原理に近い。

俺が唯一使う事の出来る、時系統の神剣魔法。
自身が加速する事によって、総ての世界の物質を、事象を置き去りに振り消える。
周囲にとっての一秒は、俺にとっての十秒に、十秒は二十秒へと変換される。

―――速く、速く、速く、速く……!!

俺は振り返る事もせずに、ただ前へと歩を進める。
弾丸の様に、閃光の様に、一筋の奔流となって駆け抜ける。

自身の背後。
先程までいた場所からは、激しい轟音が耳を刺し、周囲を焼き尽くす炎の異臭が漂う。
この攻撃は、神剣魔法“赤”による、遠距離砲撃。


「…リア、居場所はッ!!」


更に加速すると同時。
俺は時切を抜刀して、索敵を行っていたリアへと呼び掛ける。


『北東に五十の地点に、『赤』と『黒』の防衛人形(まもりひとがた)が二体存在します』


特定された座標。
その情報を聞いて、俺は北東へと一気に駆け抜ける。
…まずは、強力な神剣魔法を有する赤から切り倒す。


「……焼き払え」


森林を抜けると同時に、呪詛とも思わせる抑揚の無い声が耳へと届く。
森の中の開けた場所に出る。それと一緒に赤髪の無表情な少女の姿が目に映る。

目線が合ったその瞬間。
距離にして20数メートルの位置から業火が此方に向かって放たれる。


「―――リアッ!!」


俺の意思を読み取ったかの様に、宙に浮遊する鞘の内一本が対角線上に潜り込む。
炎が鞘へと触れた刹那、それは蒸発するかの様に霧散する。


「…ふふっ、切り裂いて上げるよ」


口調の割に、抑揚の無い声が直ぐ前から響く。
それと同じく、感情の籠もっていない黒の瞳をした少女が黒い突風と化して突っ込んでくる。


「―――オオオォォォ!!」


俺もそれに怯まずに突撃し、上段から下段へと向けての切り払いを行う。
対して少女は、中段からの人間の速度を大きく上回った横への居合い抜き。

激しい金属音を発して、火花が大きく散る。
力も一時は拮抗するが、それは一時の刹那。

肉体をマナによって強化はしているが、元の身体スペックが違いすぎる。
弾き飛ばされる前に、俺は諧調へと命を下す。


『―――解放します』


俺の意思を汲み取った諧調が、そう宣誓する。
赤い閃光を上げて、鞘より先程霧散した赤の神剣魔法が同等のマナを持って、復元する様に、放たれる。

至近距離より放たれたそれは、拮抗している状態からでは回避出来ない。
意表を突かれた様に、一瞬硬直する。そして火炎が直撃する。

火が相対者へと燃え移り、瞬時に火達磨へと化す。
悶え苦しむ少女の声が、怨嗟の様に耳へと届く。

…これだけでは、まだ決定打にはなり得ない。
その活動を停止させるまで、少女はただ下された命令を命を賭してでも果たす事だろう。

故に、時夜は無情にもその刃を振り下ろした。


「……マナをオーラに」


時切の刀身を、マナが変換された淡い光のオーラが包み込む。
そして、その一刀の元に相手の身体を、上半身と下半身を輪切りにして切飛ばす。

相手の身体から、血の類は一切出ない。
だが、斬られた傷口からは代わりと言えばいいのか、淡い光が零れ出す。


「―――次だッ!」


感慨に浸る時間はない。
自分に言い聞かせる様に、そう言葉強く発する。

相手がマナの塵と成り果てる姿も確認せずに、俺は次の相対者へと視線を向ける。
そうして、総てを追い付かせない速度で駆け抜ける。

この存在達が、命を持たない擬似生命体とは言え、その命を奪う事には慣れない。
……否。いいや、慣れてはいけないのだろう。

慣れてしまえば、それは人として何かが欠落した別の存在へと変わる。
そうすれば、それはもう、人間とは呼べない事だろう。

……俺はその命を忘れる事なく、背負っていかなければならない。


「…最、後ッ!!」


小太刀の刺突により、相手の心臓を一突きで串刺しにする。
苦悶の声を上げて、存在を構築するマナが空へと還り、マナの塵となって消滅する。


「………っ」


俺は背負っていかなければならない、その命を、その罪を。






2







空を見上げれば、何処までも高く続く蒼穹の天上。
地上を見回せば、優しく包み込む新緑の木々達の姿が見える。

春真っ盛りと言える、柔らかな世界。
それらとは対象的に、重たい気持ちで俺はそんな世界を歩いていた。

足を止めれば、自分が背負った命に、罪に押し潰されそうで。
嫌悪感が、罪悪感が、俺の奥底から込み上げてくる。

けれど、それらを理解した上で俺はこの道を選んだ。
“諧調”の。ヴィクトリアの担い手となった。


『主様、大丈夫ですか?』

『時夜、大丈夫?』

「……ああ、大丈夫だよ」


……嘘だ。
自分でも感じつつ、俺は二人の心配の色を宿した声に我ながら弱々しく微笑む。

……俺は弱い。
割り切れればいいのだろうけど、俺はまだ命を奪うという重みに対して、割り切る事が出来ない。
簡単に割り切れれば、それは何処か、人としての心を見失う様な気がして。


「………っ」


今もこの手に、脳裏にこびり付いている。
震える様に俺は自身の手を見る。…錯覚か、我が手が血に染まっている様に見える。

今日までに“時切”を手にして、彼女達を切り裂いた、肉を切る感触。
彼女達が上げる、苦悶に満ちた声。その断末魔が、耳に残って離れない。

心が、まるで重力に引かれる様に押しつぶされそうになる。

けど、それらも受け止めて生きていかなければ俺は強くなる事は出来ない。

俺は、もう失う事を良しとしない。それは彼女の墓標に誓った事だ。
……強く、強くならなければいけないのだ。


「―――時夜」


聞き慣れた、俺にとって安堵をもたらす女性の声が聞こえてきた。
視線を足元から声の方に向けると、緋袴を纏った女性がそこには立っていた。

気付けば、何時の間にか俺は出雲の大社の元まで戻ってきていた。


「……お母さん」


今の俺は酷く、情けない顔をしているのだろう。
そんな顔を母親に見せたくなくて、俺は再び、顔を俯けた。

次の瞬間、何か柔らかいものが俺を包み込んだ。


「……お母さん、どうしたの?」


気付いた時にはお母さんに、俺は抱き締められていた。


「…泣きたいのなら、堪えないで、泣いてもいいのですよ?」


優しく諭される様に語り掛けられて、その言葉で、俺の中の何かが決壊した。
無意識の内に、涙が頬を伝い流れて行く。


「…うっ……うぁ」


涙は止めようと思っているのに、崩壊したダムの様に流れ出る。
俺は、お母さんの身体を縋る様に、抱き締める。


「今は泣きなさい、時夜。そして泣いたその分、涙を流した分だけ、強くなりなさい」


お母さんは俺を優しく包み込んで、抱擁する。
……今は泣こう、そしてその分だけ、強くなろう。


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