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遊戯王デュエルモンスターズ ~風神竜の輝き~

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第3章 新たなる好敵手
  第13話 忍び寄る魔の手

自由時間の終わりが近づいている事を知った6人は、担任から受けとった地図に従って、集合場所へ向かっている最中だった。
森はキャンプ場からスタートして、1週して再びキャンプ場へ戻れるように道が出来ている。
ただし、全て回りきるには2時間では足りない時間を要するので、6人はまだ森の半分にも満たない箇所しか散策していない。
外周から外れ、森を東西に分断する道を通って、6人はもう一方の入り口へ向かっていた。

「にしても、この森広いよなぁ……2時間じゃ全部回れないぜ、これ」
「そうだね……途中でACSの生徒とデュエルしていたとは言え、半分も見て回れなかったもんね」
「まぁ、お昼ご飯の後にレクリエーションをやるって言ってたし、その時に嫌でも森を回る事になるんじゃない?」
「それもそうだな。今は大人しく戻るとするか」

6人は自由時間最後の道のりを、精一杯楽しみながらキャンプ場へ戻るのだった。

◇◆◇◆◇◆◇

「2班、戻りましたー」
「ああ、了解だ。それじゃ、向こうで炊事道具を借りて来て、あっちの炊事場で待っていてくれ。くれぐれも、勝手に火を起こしたりするなよ?」
「「はーい!」」

元気よく返事を返したのは、亜璃沙以外の女子生徒2人だった。
担任以外の引率の教員が控えている場所へ赴き、食材と調理器具一式を受け取り、炊事場へ向かう。
受け取った食材は米、人参、じゃが芋、玉ねぎ、豚肉、そしてカレールウだった。

「こう言う時に作るのって必ずカレーだよな。何でだろ」
「カレーが嫌いって人もあんまりいないだろうし、適度な人数で分担できて、手ごろに作れるから、って感じじゃない?」
「そう考えると、ぴったりな献立だね」
「でもありきたりだよなぁ。俺なんて林間学校って聞いた瞬間に昼飯はカレーだろうなぁって想像できちまったぜ」
「そうだねー、でもいいんじゃない?女子としては、何気にカレーって腕の見せ所だったり!」
「そうそう!私も今日は頑張っちゃお!」

雑談を交えながらの炊事場への道のりは、想定よりも早く消化できてしまった。
調理台と思われる場所に受け取った物を置いて、6人は再び雑談に時間を割き始める。

「とは言え、何もせず待ってるってのは暇だよなぁ……」
「水ぐらいなら汲んできてもいいんじゃないか?」
「そうだね。じゃあ、誰が行こう。重いかもしれないから、男子の方がいいよね」

秋弥の言論に反応したのは、遊雅ではない方の男子生徒だった。

「そう言う事なら、俺が行って来るぜ。ちゃちゃっと汲んで来っからよ」
「わりーな。頼むよ」
「おう、任せとけ!」

男子生徒は教員から受け取っていたバケツを持って、水汲み場へ向かった。

「さて、と。俺達はどうするか」
「先に野菜の皮を剥いておく、とかも怒られそうよね」
「大人しく、話しながら待ってようか」
「そう言えば、亜璃沙ちゃんもデュエル・モンスターズするんだよね?」
「えっ?あっ、うん。一応、やってるけど」
「亜璃沙ちゃんから見て、さっきの人って強かったの?」

『さっきの人』とは恐らく咲峰 燈輝の事だろう、と亜璃沙は判断して、返答する。

「そうね……あのデッキ、かなり変則的な戦い方のデッキだったから……それを使いこなしてる時点で中々の腕前だと思うわ」
「そっかー……私よく分からなかったんだよね。同じモンスターが何度も出たり下がったりしてたくらいしか」
「天藤君は?」
「僕も概ね同意かな。僕は遊雅の事をすごく強いと思ってるけど、その遊雅を完封してしまったくらいだからね」
「けど、南雲君のあのモンスターもすごかったよね!フレ……なんだっけ?」
「《フレスヴェルク・ドラゴン》な。俺の相棒だ」

答えながら、遊雅はデッキケースから《フレスヴェルク・ドラゴン》を取り出して、2人の女子生徒に見せる。

「すごーい!かっこいいよね、この子!」
「この子……」

言うに事欠いて風神竜を『この子』呼ばわりする女子生徒に、遊雅は面食らってしまう。
このカードにそのような設定がある事など、当の本人は知る由もないわけだが。

「残念だがさっきのデュエルではいいとこ見せれなかったけど、俺はこいつに何度も助けられてるんだ」
「へぇ~……確かに、強そうだもんね」
「来週は絶対に負けられないね、遊雅!」
「ああ!次こそはあいつに勝ってみせるぜ!」
「頑張ってね、南雲君!」
「今日の二の舞にならなきゃいいわね」
「うっせ!ぜってー勝ってやるから、見とけよ!」
「はいはい、期待しておくわ」

その後、水を満載したバケツを持った男子生徒が戻って来た。
調理開始も、それ以降そこまで待つ事なく言い渡された為、遊雅達は早速、調理に取り掛かる。

「僕、野菜の皮剥いていくね」
「私はお米研ぐね!」
「じゃあ私達2人は食材を切っていくわ」
「んじゃ、俺達は火を焚くぜ」

それぞれ分担した役割を消化していく。
火起こしは火気類を使用するのではなく、施設から借りて来た火起こし用の器具を用いる事になっている。
木の棒を板にこすり付けて摩擦で火種を作る、ポピュラーなやり方だ。

「んじゃ、俺はかまどに薪を積んでくから、南雲は火種作っといてくれ」
「OK。そっちも頼むぜ」

板の窪みに器具の棒の先端を押し付け、回転させて摩擦していく。
当初、遊雅はこの作業をとても簡単な物だと思い込んでいた。
しかし、現実はそう甘くはなかった。

「ぐっ……こ、このっ……」

いくら回転させても、火種どころか煙すら出て来ない。
次第に棒を回転させる速度が、腕の疲労のせいで衰えて行く。

「はぁっ、はぁっ、くそっ……火なんてつかねーぞ……」

少しの間、腕を休ませてから、再び棒を回転させる作業を再開する。
それから5分ほど時間をかけて、ようやく火種が完成した。

「あー……疲れた……あとはこいつを……」

完成した火種を、綿を包みこんだ麻の中に放り込む。
みるみる内に火種は延焼していき、遊雅は慌ててそれをかまどの中に投げ入れた。

「おっとと、あぶねあぶね」
「おし、後はこいつを扇げば火が強くなってくだろうな」

遊雅ともう1人の男子生徒は、受け取った調理器具類に紛れていた団扇でかまどを扇ぐ。
間もなく、小さかった炎は細かな枝や新聞紙に引火し、かなりの火力となった。

「おっし、こんなもんだろ。おーい、米研げてるかー?」
「当たり前よ。研ぐだけで10分もかかるはずないじゃない」
「悪い……火起こしが予想以上に重労働だったもんでな……」
「南雲君すごい息切れてるね……そんなに大変だったの?」
「2回目は絶対にやりたくないレベルの大変さだったよ……」

意気消沈する遊雅だったが、何とか米を炊き始める所までは完了した。
飯盒(はんごう)をかまどの火にかけて、遊雅達は他の班員の様子を見に行く。

「うぉっ、秋弥、お前皮剥くの上手いな」
「えっ、そうかな?」

秋弥が剥いた皮は、全て途中で切れる事無く一繋がりになっていた。

「お前、料理とかすんのか?」
「うん。お母さんに教わって、大抵の料理は作れるよ」
「へぇ~、亜璃沙とどっちが上手いかな」
「それは亜璃沙じゃないかな。女の子だし」
「……って言うか俺、亜璃沙の料理なんて食べた事ないな。あいつそもそも料理なんてできんのか?」
「失礼ね。女を甘く見ないでくれる?」

秋弥と話す遊雅の背中を、怒気に満ちた幼馴染の声が貫いた。

「うわっ、亜璃沙。聞いてたのかよ」
「あいにく、カレーは得意料理の1つよ」
「そ、そうか……期待しとく」
「……よかったら、今度何か作ってあげるわ」
「えっ?あ、ああ、ありがとう。楽しみにしとくよ」
「くっ……お前いいよな……手料理作ってくれる女の子がいて……」
「そう言われてもなぁ……」

話が様々な方向に飛躍して行ったクッキングタイムは、すぐに終わりを迎える。
米も無事に炊き上がり、尋常じゃないやる気を見せる女性陣の奮闘によって、素晴らしい香りを漂わせるカレーが完成したのだった。

「おぉっ、うっめぇ!3人とも料理上手いんだな!」
「ふふんっ、これくらい当然よ!ねぇ、亜璃沙ちゃん!」
「そうね。もうあなた達の胃袋は掌握したわよ」
「あ、亜璃沙ちゃん……それはちょっと怖いよ……」
「でも本当に美味しいね。やっぱり女の子には敵わないなぁ」
「女子の手料理が食えるとは……くぅ~!最高だぜぇっ!」

6人は丹精込めて作ったカレーを1口食べてから、思い思いの感想を口にする。
秋弥以外の2人の男子は、2口目以降をろくに喋らずに頬張って行った。

「す、すごい……もう半分なくなってる……」
「2人とも、そんなにがっつかなくても……」
「いや、美味すぎて止まらねーんだよ!」

その後、他の4人のおよそ3倍の速さでカレーを平らげた2人は、4人の食事風景を眺めながら、もう少し味わえばよかったと後悔するのだが、それはまた別の話である。

◇◆◇◆◇◆◇

「……咲峰君、何かあったの?」
「えっ?どうしてだ?」
「いや……何か、嬉しそうと言うか、楽しそうと言うか、そんな感じがしたから」
「……精霊、だっけか。それが見えるだけでなく、とうとう人の心情まで読めるようになったのか?」

ACSの生徒達が集うキャンプ場にて、燈輝と1人の女子生徒はそんな会話を交わしていた。
少女の名は『霧島(きりしま) 火凛(かりん)』。燈輝と同じACSの1年生で、同じデュエル部に所属している。
入部早々にレギュラーとなった燈輝と違い、火凛はまだレギュラー候補の身である。
しかし、彼女にはデュエルの腕の他に、類稀なる才能があった。
それは、『精霊』が見える事。
その特殊性から決して表に出て来る事はないが、デュエル・モンスターズのカードには、そのモンスターの魂が宿っていると主張する者が、ごく稀に存在する。
彼らはそのモンスターの魂を、『精霊』と呼称している。
霧島 火凛も、その内の1人だった。

「……あのね、咲峰君。君、自分が普段どれだけ笑わないか、知ってる?」
「そんなに仏頂面ばかりしてるか?」
「うん。いっつも怒ってるんじゃないかなって思うくらい仏頂面。その君がそんなに顔を綻ばせてたら、何かあったと思う方が自然じゃない?」
「……そんなに緩んでるか?」
「そりゃあもう。玩具を買ってもらう前の子供みたいに」

言われて、燈輝は何とかいつものように戻そうと表情を固める。

「そんな無理にしかめっ面にしなくても……それで、何があったの?」
「さっき、森の中で翔竜高校の生徒と出くわしたんだ」
「ふんふん、それで?」

翔竜高校との練習試合の件は、顧問からの通達で、既にデュエル部全員に知れ渡っている。

「そこで、面白い奴と知り合ってな。南雲 遊雅と言う奴なんだが……来週の練習試合で戦う事になりそうだ」
「へぇ~、面白いって事は、咲峰君ひょっとして負けちゃったとか?」
「いや、完封勝ちだったよ」
「……どう言う事?」

今度は火凛の方が顔を(しか)める番だった。
完封勝ち出来る程度の相手を面白いと言う理由が、その時の火凛には想像もつかなかったからだ。
しかし、続く燈輝の言葉を聴いて、火凛も南雲 遊雅と言う男に興味を持ち始める事になる。

「奴とのデュエルは……モンスター達がとても楽しそうでな。今までそんな相手とデュエルした事なかったから」
「モンスター達が……楽しそう?」
「ああ。俺には精霊って物は見えないからはっきりとは分からないが……そんな雰囲気は感じた」
「……どうしてそんな」
「さぁな。けど、ひょっとしたら何かの才能があるかもしれないだろ。それにそれだけじゃない。たまたま俺のデッキが回ったから完封できただけで、デュエルの腕も中々だと思う」
「なるほど……確かに、私も興味が出て来たわ」

燈輝から話を聞いた火凛の顔も、微かに綻んでいた。

「この林間学校の間に、私もその人と会えないかな?」
「どうだろうな。向こうとこっちのスケジュールが同じとは限らないからな」
「そうだね……でもわざわざ森林公園に来といて、ちょっと森見てはいお終い、って事もなさそうじゃない?森を見て回ってれば、ひょっとしたらって事も」
「そうかもしれないな。まぁ、今回会えずとも、来週になれば嫌でも会えるんだ。急がずともな」
「やだよ、私だって早く会いたい!咲峰君ばっかずるいよ!」
「ず、ずるいと言われてもな……」

普段は冷静な彼でも、自分ではどうしようもない所で怒りを覚えられては、辟易せざるを得なかった。

◇◆◇◆◇◆◇

森の中で、翔竜高校第2班の面々は、とある理由で頭を捻っていた。

「なぁ、最後のチェックポイントのヒント、これどう言う意味だ?」
「うーん……『世界を見渡せても、足元の物を見落としては意味がない』か……」
「世界を見渡すって何?望遠鏡か何かを探せって事?」
「いや、違うだろ。まぁ、俺もよく分からんが」
「ひょっとしたら、高い所、って意味かもしれないわ。それなら、遠くまで見渡せるし」
「なるほど。すると足元の物を見落とすってのは……」
「背が高い物の根元に、次のチェックポイントがあるって事かな?」
「大樹だ!さっき見かけたでっけぇ樹の所行くぞ!」

導き出された結論に則って、6人は大木を求めて森を歩く。
何をしているかと言えば、端的に言うとウォークラリーと言うやつだ。
教員達が森の中に用意したチェックポイントを、ヒントを頼りに全て回り、広場までいち早く戻って来た班には褒美があると言うルールだった。
自由時間中の散策で大樹を見かけた6人は、数分歩いた後、無事にその場所に辿り着いた。

「おっ、あった!」
「やったぁ!早くスタンプ押そうよ!」
「おっし、この早さなら優勝間違いなしだぜ!」
「油断は禁物だよ!他の班もすぐに来るかもしれない!」
「そうと決まりゃあ急ぐぞ!全速前進だ!」

受け取った用紙にスタンプを押し終えた6人は、広場までの残りの道を、走って消化して行った。
木々に囲まれた小道を走っていると、視界に開けた場所が映り始める。
ゴールの広場だった。
勢いをそのままにして広場に飛び込んだ6人は、自分達以外には教員しかいない事を確認して歓喜する。

「おっしゃあ、一番乗りぃっ!」
「やったぁっ!」
「おっ、2班が最初か。どれ、スタンプは?」
「ちゃーんと、全部集めてますって!ほら!」

遊雅は意気揚々と教員に用紙を渡す。
設けられた5つの枠には、全て異なるスタンプが押されていた。
残りの5人の用紙も確認していく。最後の用紙を確認し終えた所で、教員はこのように言った。

「よしっ、OKだ!1位は2班だな!」

6人は手を打ちつけ合って喜びを表現する。
その後、全ての班の帰還を待ってから、表彰式が行われた。
1位の賞品は学食無料券5枚と言う中々破格な賞品だった。
表彰式が終わると共に、一同は教員が予約した宿へ向かう。
宿は風情があるログハウスだった。

「お洒落な宿ね。ちょっとわくわくしちゃうかも」
「そうだな。こう言う所って泊まった事ないもんな」

ちなみに部屋割りは、男女別に班毎となっている。
従って、遊雅のルームメイトは同じ班の秋弥ともう1人の男子生徒、3人で1部屋を使用する事になる。

「おー、すげぇ、立派な部屋だなぁ」
「こんな部屋を3人で使えるなんて、ちょっと贅沢すぎる気もするね」
「そんな事ないだろ。ちゃんとベッドは3つしかないし」
「いや、そう言う意味じゃねーって」

そのすぐ後、同じ班の女性陣3名が部屋を訪れ、6人は夕食までの自由時間を満喫した。
主に遊雅、秋弥、亜璃沙の3人が交代でデュエルするのを、他の3人が観戦しているだけだったが、第2班の部屋は大いに盛り上がるのだった。

◇◆◇◆◇◆◇

所変わって、ACSが借りている宿にて。
夕食も入浴も全てが終わり、消灯時間を迎えた生徒達は、各々の部屋で睡眠をとるか、もしくは雑談に興じていた。
ただし咲峰 燈輝だけはその限りではなく、バルコニーで1人静かに夜風に当たっている最中だった。
今の彼の思考は、そのほとんどが南雲 遊雅についてで埋め尽くされている。
圧倒的な力を持つ《聖霊獣騎(せいれいじゅうき) ガイアペライオ》を召喚されてなお、一瞬の怯みは見せた物の衰えなかった闘志。
そして、彼が召喚した青き竜、《フレスヴェルク・ドラゴン》。
あの竜と彼の不屈の心は、いずれ自分自身の覇道を阻む物になるだろうと、燈輝は確信していた。
燈輝の夢は、最強のデュエリストになる事。遊雅のそれと全く同じ物だった。
そんな目標を掲げる2人が、いずれどこかで全力でぶつかり合う事になるのは必然。
来週の練習試合に向けて、燈輝は改めて気合を入れなおす。
そんな彼に、背後から誰かが声をかけた。

「咲峰君?どうしたの?」
「……霧島か。眠れなくてな。ちょっと夜風に当たっていた」
「なんだ、咲峰君もなんだ。私も」
「咎める気はないが、あれほど盛り上がられては、眠れた物じゃなくてな」
「あははっ、まさか眠れない理由まで同じとは思わなかった。まっ、友達の家に泊まったり、修学旅行だったり、みんなで寝泊りするのはテンションあがるもんね」
「ああ。それについては否定はしない。むしろ同意見だ」
「それより、綺麗だね、星。アルカディアシティじゃこんな綺麗な星見れないよ」
「そうだな。空気が澄んでいてよく見えるんだろう」

それから少しの間、2人は一言も言葉を交わさずに、星を見続ける。
静寂の中で先に声を発したのは、燈輝の方だった。

「それじゃあ、俺は先に部屋に戻る。霧島も、体が冷えない内に戻れよ」
「うん、ありがとう。お休み、咲峰君」
「ああ、お休み」

挨拶を交わしてから、燈輝はバルコニーを後にする。
燈輝を見送った火凛は、また空を見上げて星を眺めた。

「そう言えば、さっきのデュエル楽しかったなぁ。やっぱり咲峰君は強かったし」

さっきと言うのは、燈輝から南雲 遊雅の話を聞いた直後の事だった。
昂ぶりを抑えきれない燈輝に、火凛は1戦付き合ったのだ。
残念ながら火凛は切り札を使用したにも関わらず、惜しくも敗北してしまったのだが。

「今回は勝てると思ったんだけどなぁ。まっ、次があるよね」

改めて敗北を吹っ切った火凛は、再び空を見上げる。
それとほぼ同時に、彼女は背後に気配を感じた。
燈輝が戻って来たのだろうか、と考えた彼女は振り返る。
しかし、そこに立っていたのは全くの別人だった。
その者は、ローブで全身を覆っていた。

「悪いが、付き合ってもらうぞ」
「えっ……」

何の疑問も口にできないまま、男が右手を差し出すと同時に、火凛は意識を失ってしまった。
男は意識のない火凛を抱え上げ、バルコニーから飛び降り、夜の森の中へ消えていった。

◇◆◇◆◇◆◇

「……何だ?」

バルコニーを後にした燈輝は、そのすぐ後に、今さっきまで自分がいた場所から聞こえた異音に気をとられた。
火凛が1人で空を見上げているにしては不自然な音。
それは、火凛がバルコニーの床に倒れこんだ音だった。
燈輝はわずかに心をざわつかせ様子を見るためにもう一度バルコニーへ向かう。
空を見上げているはずの火凛は、既にその場にはいなかった。

「霧島……?」

念のため、バルコニーから身を乗り出して辺りの様子を窺う。
そして発見する。
何かを担いだまま森の中へ消えていく何者かの姿を。

「まさか、奴が……!」

燈輝は急いで自室へ戻る。
血相を変えて戻って来た燈輝にルームメイト達は驚いたが、凄まじい速さでデュエル・ディスクとデッキを持って部屋を出て行った燈輝に、誰も何があったのかを問いただす事はできなかった。

◇◆◇◆◇◆◇

舞台は再び、翔竜高校が借りている宿。
ルームメイト達が寝静まった部屋で自分のデッキを眺めていた遊雅は、突如鳴り響いたデュエル・ディスクの通知音に驚かされる。
デュエル・ディスクには通信端末の機能も搭載されており、デュエル・ディスク同士であっても、あるいは従来の通信端末に対しても、電波を送受信する事ができるのだ。
遊雅は慌ててデュエル・ディスクの画面を覗き込む。
通信の主は、咲峰 燈輝だった。
連絡先を共有せずとも、デュエル・ディスク同士であれば、一度デュエルすれば最新の10件まで、相手のパーソナルデータが保存される。
燈輝はそれを用いて、遊雅に連絡して来たのだった。

「もしもし、燈輝か?一体どうしたんだ?」
「こんな時間にすまない。だが遊雅、少し協力してもらいたい事があるんだ」

燈輝の声は焦りのあまりに、少しばかり震えていた。
その声を聞いて、何かよくない事が起きていると察知した遊雅は、すぐさま応答する。

「何があったんだ?俺にできる事なら協力するぞ!」
「ウチの生徒が1人、何者かにさらわれた。本来こんな事は同じ学校の生徒に頼めばいいと思うが……嫌な予感がするんだ」
「わかった。場所は?」
「すまないが詳しい場所を説明している時間がない。ディスクのGPS機能をオンにしてある。それを辿って追いかけて来てくれ」
「ああ、すぐに行く!」

遊雅は通信を終え、燈輝のパーソナルデータを呼び出す。
燈輝の言葉通り、GPS機能によって、彼の現在位置が把握できる状態になっていた。
念のため自分のデッキも持ち、遊雅は燈輝の反応がある場所まで急いだ。
綺麗な星が輝く夜だったが、たった今、遊雅にとっては暗雲の立ち込める重苦しい闇夜にしか思えなくなってしまったのだった。 
 

 
後書き
今回は少し駆け足になってしまいましたが、私の腕では日常パートを描きつつコンパクトにまとめるにはこれが限界でした。申し訳ないです。 
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