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IF物語 ベルセルク編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第五話 死に場所

~ヴァルハラは北欧神話における主神オーディンの宮殿。古ノルド語ではヴァルホル(戦死者の館)という。ヴァルハラはグラズヘイムにあり、ワルキューレによって選別された戦士の魂が集められる。この宮殿には540の扉、槍の壁、楯の屋根、鎧に覆われた長椅子があり狼と鷲がうろついているという。これは戦場の暗喩である。館の中では戦と饗宴が行われラグナロクに備えている。~



帝国暦 488年  5月 13日  ガイエスブルク要塞  アントン・フェルナー



「いよいよ明日は出撃か、楽しみだな」
「本当に来るんですか? 今回は陸戦部隊の出番は有りませんよ」
エーリッヒは幾分迷惑顔だ。しかし相手はそんな事に頓着しなかった。
「そう言うな。リューネブルクも行くではないか。俺が行っても問題は有るまい」
「……」
「安心して良い、艦の中では大人しくしている。リューネブルクと喧嘩などはせん」

本気かな、このトマホーク親父。突然エーリッヒの私室にまで押しかけてきたが。俺とエーリッヒは椅子に座っているのだがこの親父は立ったままだ。話はすぐ終わると言って俺達が立つのを止めたのだが……。面倒くさい親父だ、今からでも立った方が良いかな?

「借りを返す、そんな事を考えているなら無用です。閣下を助けたのはわざわざ向こうの思惑に乗ることは無い、そう思ったからです。それだけです」
あっさりとした口調だった。多分本当にそれだけなのだろう。でもな、それって相手にとっては結構傷付く事かもしれないんだが……。

レンテンベルク要塞で捕虜になったオフレッサーは無傷でガイエスブルク要塞に帰ってきた。しかしオフレッサーの部下達は皆、殺された。一人生きて戻ったオフレッサーに裏切りの嫌疑がかかったのは当然だろう。もう少しで裏切り者として殺されるところだったのだがエーリッヒがそれを止めた。

“本当にオフレッサー閣下が裏切ったのなら部下を殺したなどと敵は公表しません。隙を見てオフレッサー閣下が一人で逃げたと公表します。こちらの仲間割れを誘い裏切り者として処刑させる事で味方内に疑心暗鬼を生じさせようというローエングラム侯の計略でしょう”。

貴族達は簡単に信じた。何て言ったってエーリッヒは彼らの想い人だ。その人の言う事ならカラスは白いと言ったって信じただろう。それにエーリッヒはリューネブルク中将と親しい。そのリューネブルク中将とオフレッサーは良く言って犬猿の仲、悪く言えば不倶戴天の敵、そんな感じだ。その事もあって信じられると思ったのだろう。

おかげでエーリッヒの人気は上昇しっぱなしだ。至誠の人、無私の人と呼ばれている。そしてローエングラム侯の事を生まれだけでなく心まで卑しい成り上がり者と非難している。知らないって本当に幸せだよな。エーリッヒだってかなりエグイ事をしてるんだが……。

「まあ確かに卿に借りは有る、それは返さなければならん。だがそれだけではないぞ」
「……」
「卿なら俺に最高の戦場を用意してくれそうだと思ったのでな」
「……最高の戦場?」
エーリッヒが眉を寄せている。オフレッサーが“そうだ”と言って頷いた。

「この俺がヴィクトール・フォン・オフレッサーとして闘える戦場だ。俺でなければ戦えない戦場、他の誰でも無く俺だけが戦える戦場……」
この親父、死にたがっているのか……。
「……レンテンベルク要塞では随分と奮戦したはずですが」
オフレッサーがフンと鼻を鳴らした。

「納得出来んわ、最後は落とし穴に落とされたのだぞ」
それはあんたが間抜けなだけだろう。ロイエンタールとビッテンフェルトの二人目掛けて突っ込んだら床が落ちたとか。頼むからこっちにそのデカい尻を持ち込むな。
「死に場所を探しているのですか?」
エーリッヒが問うとオフレッサーが唸り声を上げた。

「……そうかもしれん。あの小僧に嵌められた。もう少しで裏切り者として殺されるところだった。この恥辱を雪ぐ為なら、殺された部下達の無念を晴らす為なら死も厭わん」
「……」
「如何だ? 卿なら出来ると思ったのだが」

オフレッサーが見下ろしエーリッヒが見上げる。二人の視線がぶつかった。一、二、三、ゆっくりとエーリッヒが立ち上がった。オフレッサーに近付く。
「御希望は分かりました。ですが約束は出来ません。或いはこれからそういう戦場が現れるかもしれません。その時は閣下にお願いします。それで良ければどうぞ」
「うむ、その時は頼むぞ、俺が居る事を忘れてくれるな」
そう言うとオフレッサーは“邪魔したな”と言って部屋を出て行った。

オフレッサーが出て行くのを見届けてからエーリッヒが席に戻った。
「良いのか、オフレッサーを受け入れて」
「武勲が欲しいと言うのなら断ったよ。だが死ぬ事も厭わないと言われてはね」
「断れないか」
エーリッヒが頷いた。

「妙なもんだな、また一人借りを返していないとか死ぬのも厭わないとか言いだした。困った人間ばかりここには集まってしまったよ」
俺の言葉にエーリッヒが笑い出した。
「賢い奴はローエングラム侯の所に行ったよ。ここに残ったのは困った奴じゃない、損得勘定の出来ない馬鹿と大馬鹿と底無しの大馬鹿さ」
酷い言い方だが事実でもある。そして俺がエーリッヒを馬鹿の一人にしてしまった……。

「馬鹿と大馬鹿と底無しの大馬鹿か、違いを教えて欲しいな」
「自分が馬鹿である事を知らない貴族達、馬鹿そのものだな。その馬鹿共に担がれて反逆を起こしたブラウンシュバイク公とリッテンハイム侯、これは大馬鹿だろう」
酷い奴だ、苦笑が止まらん。エーリッヒも笑っている。全く、こいつは何でこんなに明るく笑えるんだ? 狡いじゃないか。

「なるほど。となるとそれに付き合おうとしている俺達は底無しの大馬鹿という事か」
「そういう事だ。しかしこの世界もそれほど捨てたもんじゃない。一つだけ良い事が有る」
「と言うと?」
エーリッヒが悪戯っぽく笑みを浮かべた。
「出世争いとは無縁の世界だから居心地が良いんだ。何と言っても先が無いからな」

確かにその通りだ。エーリッヒと二人、一頻り笑った。哀しくて切なくて馬鹿みたいに可笑しかった。
「アントン、飲まないか?」
「昼間からか?」
「ここは要塞の中だ。御日様なんて何処にもない。誰も気にしないよ」
「一杯だけだぞ」
一杯じゃ終わらないだろうな、嬉しそうに頷くエーリッヒを見ながら思った。

一昨日、ロイエンタール提督がシャンタウ星域で貴族連合軍を打ち破った。味方は三割程の兵力を失って潰走した。そこまでは予想通りだから驚かない。驚いた事は会戦の場所がシャンタウ星域だった事だ。ガイエスブルクからはかなり距離が有る。用心している、増援が無い事を確認してから攻撃したのだろう。やはり貴族を餌として使えるのは次が限界のようだ。

一昨日、昨日と貴族連合軍の艦隊がガイエスブルク要塞を出撃した。兵力はそれぞれ一万五千隻、ラートブルフ男爵、ホージンガー男爵を中心とした艦隊だ。一昨日の敗報を聞いて雪辱との事だがこの二つの艦隊が餌候補だ。さてどちらに、誰が喰い付く。ケンプ、ビッテンフェルト、ナイトハルト・ミュラー。或いはそれ以外か……。



帝国暦 488年  5月 20日  シャンタウ星域  ケンプ艦隊旗艦 ヨーツンハイム カール・グスタフ・ケンプ



「連中、馬鹿なのか?」
「閣下、そのお言葉は」
「すまん、参謀長。しかしな……」
“これは酷いだろう”、そう言おうとして言葉を飲み込んだ。フーセネガーも大凡の事は察したのだろう、困ったような表情をしている。戦況は有利だ、にも拘らず指揮官席の司令官と傍に立つ参謀長が顔を見合わせて困惑している、何なのだ、これは。

シャンタウ星域で貴族連合軍と接触した。敵は一個艦隊、約一万五千隻、こちらとほぼ同数だろう。先日ロイエンタールがやはりここで貴族連合軍と戦い勝っている。どうやら貴族連合軍はこのシャンタウ星域で雪辱を期したいと思っているようだ。しかし希望と現実は違う。開戦直後、僅かな時間で貴族連合軍は圧倒的に不利な状況に陥っている。練度も低ければ指揮も拙いのだ、これでは自ら負けるために出撃してきたようなものだ。

「もうすぐ敵は後退するものと思われます」
「うむ」
後退か、潰走に近いかもしれんな。こちらは敵の両翼を交互に叩いてから中央に攻撃を集中した。敵はこちらの動きについてこれない、翻弄されている、右往左往だ。
「如何なされますか」
フーセネガー参謀長が問い掛けてきた。少々心配そうな顔をしている。

「深追いはせん。追撃はするが適当な所で打ち切るつもりだ」
「はっ」
フーセネガーがホッとしたような表情をしている。
「安心しろ、参謀長。俺もヴァレンシュタインから伏撃などは受けたくないからな」
「はっ」
フーセネガーが大きく頷いた。いかん、かなり深刻だ。

ミッターマイヤーが敗れた。完璧な勝利から一転、完膚なきまでの敗北。狙い澄ました一撃だった。シュターデンという獲物を狩立てたミッターマイヤーをヴァレンシュタインは無慈悲な一撃で仕留めた。ゼーアドラー(海鷲)で見た大人しげな印象とはまるで違った。

肉食獣を狩る獰猛で冷酷な肉食獣、そんな印象が有る。内乱勃発前、ローエングラム元帥府に有った貴族連合軍への蔑視は今ではもう無い。今あるのはヴァレンシュタインへの言い様の無い恐怖感だ。フーセネガーもその恐怖感を十二分に感じているのだろう……。

「閣下、敵が崩れます」
他愛ない敵だ、だが口には出来ない。それを憚る雰囲気が有る。
「参謀長、このまま追撃するぞ。但し周囲には気を付けろ、敵が潜んでいる可能性が有る」
指示を出すとフーセネガーがオペレータ達に命令を下した。オペレータ達が頷いている。今一つ波に乗り切れない、そんな感じがした。

痛かったな、あの敗戦は痛かった。損失を見れば痛み分け、少しこちらの分が悪い、そんなところだ。しかし敗け方が悪かった。大勝利から一転、完膚なきまでの敗戦だ、初戦だった所為か皆の心に強烈に焼き付いている。勝っていても安心出来ない、そういう意識がこびり付いてしまった。

昂揚感が無い。スクリーンに映る敵の敗走を見ても心が浮き立たない。何処かでヴァレンシュタインの影に怯えながら戦っている様な気がする。いかんな、やはりミッターマイヤーが居ないのは痛い。戦力的にも痛いが明朗快活な奴が居ないとどうも元帥府の、軍の雰囲気が沈みがちだ。それにロイエンタール、ミッターマイヤーが居ない所為で奴は孤立しがちだ。その事も雰囲気を悪くしている。どうも面白く無い。

切っ掛けが要るな。ヴァレンシュタインの影を払拭し軍の士気を昂揚させる切っ掛けが。一番良いのはヴァレンシュタインを戦場で破る事だが……。
「前方より艦艇群が接近! 敗走する貴族連合軍を後方に逃がしつつ接近してきます!」
オペレータが甲高い声を上げた。新手か! 艦橋の空気が一気に慌ただしくなった。

「閣下」
「落ち着け、参謀長。艦隊の速度を落させろ」
フーセネガーがオペレータに指示を出した。顔色が良くないな、やはり怖がっている。ヴァレンシュタインだと思っているのだろう、その可能性は有る。だが戦火を交えるには未だ距離が有る。先ずは相手を確定する事だ。

「艦艇数多数、約二万! ゆっくりと近付いてきます!」
艦橋がザワッとした。オペレータの報告が悲鳴のように聞こえたのは俺だけではあるまい。艦艇数二万か、こちらより五千隻程多い。おそらくはヴァレンシュタインだ。ブラウンシュバイク公爵家でも最大の兵力を任されている。それだけの信頼を得るだけの働きもしている。凶暴でデカい熊を目の前にしている様な気分になった。部下達の視線を痛い程に感じた。

「艦隊を後退させろ、敵艦隊との距離を保て」
俺の出した命令をフーセネガーがオペレータに伝えていく。大丈夫だ、俺の声は平静だった。オペレータ達も落ち着いている。ヨーツンハイムが動きを止め後退を始めた。速度を落していたせいだろう、スムーズに前進から後退へと切り替わった。

さて、如何する? 念のため、先ずは相手を確認する事だな。
「戦艦スクルドを確認! スクリーンに投映します!」
一気に艦橋の空気が緊迫した。やれやれだ、命令する手間は省けたが余り嬉しい報せではない。スクルドがスクリーンに映った。ヴィルヘルミナ級を元に造ったため改ヴィルヘルミナ級とも言われるノルン級旗艦戦艦の四番艦だ。

「総司令部に連絡、我ヴァレンシュタイン艦隊と遭遇。現在距離を保って対峙中。指示を請う」
俺の指示を聞きオペレータが一心にキーボードを操作している。さて、総司令部がどう反応するか……。戦えと言うか、退けと言うか、或いは増援を送るから引き止めろと言うか……。何も言わずに撤退した方が良かったかもしれんな。

スクリーンに映るスクルドはヨーツンハイム程ではないが大きい。そして重厚感はヨーツンハイムを上回るだろう。ヴィルヘルミナ級に比べると多少武装を落とす事で軽量化を図りそれによって高速を得たと聞いている。そして特徴的なのは通信機能が充実している事だ。打たれ強くしぶとく戦う、貴族らしくない泥臭い艦だ。

まあ、それも当然か。艦の設計にはヴァレンシュタイン、クレメンツ、ファーレンハイトの意見が大きく反映されたらしいからな。一番艦ノルン、二番艦ウルズ、三番艦ヴェルザンディ、それぞれブラウンシュバイク公、クレメンツ、ファーレンハイトが乗艦としている。そして四番艦がスクルド、ヴァレンシュタインの乗艦だ。

「総司令部より入電! 増援を送る、三日間敵を引き止めよとの事です!」
艦橋が凍り付いたように静まった。三日か、近くに味方が来ているという事だな。しかし三日とは……、微妙な日数だ。ヴァレンシュタイン相手に三日持たせる……、厳しい任務になった、一つ間違えば各個撃破になりかねん。フーセネガーが心配そうな顔をしていた。敢えて笑って見せた。指揮官を務めるのも容易ではないな。

「そんな顔をするな、参謀長。総司令部の判断はいささか厳しいが間違っているとは思わん。ここで直ぐに退いては奴を恐れて逃げたという事になる。それでは軍の士気が上がらんし今日の勝利の意味も無くなる。そうは思わんか」
「それは……」
フーセネガーが沈痛な表情をしている。

「何時かは奴を叩かねばならんのだ。その機会を逃すべきではない、そうだろう?」
「それはその通りです。ですが三日というのは……」
いかんな、総司令部を批判していると周囲に取られかねん。
「確かに厳しい。しかし向こうは速度を落している。こちらを叩きに来たと言うよりは味方の救援が目的なのだろう。先ずは距離を保ってヴァレンシュタインを足止めしよう」
「はっ」

やれやれだな、誰が近くにいるのかは分からんが一秒でも早くここに来てくれよ。スクルドにヴァルハラに連れて行かれるのは名誉かもしれんが御免だ。オーディンでは妻と子供達が俺を待っているのだからな。



 
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