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IF物語 ベルセルク編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第六話 釣り上げる

~ノルン級旗艦戦艦:帝国軍旗艦級大型戦艦。ヴィルヘルミナ級を基に造られたため改ヴィルヘルミナ級と呼ばれた。ネームシップ、ノルンは帝国歴四百八十五年に建造されている。ヴィルヘルミナ級同様大型の推進器を四基搭載し、その推進力は一基当たり巡航艦一隻以上の能力を持つ(推進器の性能はヴィルヘルミナ級以上である)。また正面の主砲をヴィルヘルミナ級の約半分(通常戦艦と比べれば五割増し)にする事で艦全体のバランスを整えるとともに重量の軽減を図っている。これによりノルン級は高速戦艦としての能力を備える事になった。また通信機能を充実させる事で管制指揮能力を向上させている。~



帝国暦 488年  5月 20日  シャンタウ星域  ヴァレンシュタイン艦隊旗艦 スクルド  アントン・フェルナー



「敵艦隊、後退します」
オペレータがいかにも義務的と言った口調で報告してきた。まあ仕方ないな、攻撃は散発的、追ったり追われたりの繰り返しだ。これで何度目かな、四度、いや五度目か。接触してから五時間、まともな戦いはしていない。損害だって殆ど、いや皆無に近い。

しかしまあ何と言うか、絵になるな、この配置は。指揮官席にエーリッヒが座りその左右を俺とリューネブルク中将、背後をオフレッサーが固める。エーリッヒは肘を付いて軽く手を顎に当てて考え込む風情だ。俺とリューネブルク中将は手を後ろに組みオフレッサーは腕組みをして仁王立ち。エーリッヒがやっている事を考えれば極悪非道のボスとボスを囲む三人の大幹部、そんな感じだ。

スクルドの乗組員はこっそりとフォトを撮っている。無言で立っているシーン、打ち合わせをしているシーン、談笑シーン……。多分馬鹿な貴族達を相手に売り付けるのだろう。戦闘中なんだって理解しているか? 小遣い稼ぎは止めて真面目にやってくれないかな。溜息が出て来た。

「良いのか、このままで」
オフレッサーが太い声で話しかけてきた。
「クレメンツ、ファーレンハイト艦隊が所定の位置に着くまで後一時間はかかります。説明したはずですが」
リューネブルク中将が皮肉っぽい口調で説明した。オフレッサーがフンと鼻を鳴らした。

「そんな事は分かっている。だが向こうの動きをみるとあれは援軍を待っているぞ」
「……」
「こっちに援軍が有るのも気付いているかもしれん。大丈夫か?」
おやおや、この男、トマホークを振るうだけの男と思っていたが多少は考える能力も有るらしい。何でレンテンベルクで落とし穴なんかに落ちた? 血の臭いを嗅ぐと原始人になって思考能力がゼロになるのか?

「大丈夫です、向こうの増援が一個艦隊ならケンプ艦隊と合わせても三万隻、こちらは五万隻ですから数で押し潰せます」
「増援が二個艦隊ならどうする?」
「逃げます、潰し合いはこちらが損ですから」
エーリッヒの答えにオフレッサーが唸り声を上げた。

「卿、逃げるとか平然と言うのだな」
「負けるも使いますよ、昔それでシュターデン教官に嫌がられました」
オフレッサーが吼えるように笑い出した。こいつ本当に人間か? 熊が吼えたのかとかと思ったぞ。
「分かるぞ、さぞかし可愛げの無い候補生だったのだろう」
「可愛げで戦争は出来ません」
エーリッヒがぶすっと答えるとリューネブルク中将も吹き出した。耐えるんだ、アントン。参謀長は司令官を笑ってはいかん。

「笑っても良いぞ、アントン」
「……」
「遠慮するな、鼻がヒクついている」
吹き出してしまった。
「済まん、エーリッヒ、でもな、……」
また吹き出してしまった。済まん、笑いが、耐えられん。オフレッサーとリューネブルク中将も笑っている。仏頂面のエーリッヒを一人置いて三人で一頻り笑った。オペレータ達がフォトを撮っているのが分かったが止まらなかった。

エーリッヒが話し始めたのは俺達がたっぷり三分は笑った後だった。
「正直援軍については余り心配していない。ローエングラム元帥府の指揮官達はこの手の共同作戦は苦手だろうと私は見ている。増援が二個艦隊でも慌てずに対処すれば逃げるのは難しくない筈だ」

三人で顔を見合わせた。オフレッサーは右手で顎髭を撫でている。
「どういう事だ、エーリッヒ」
エーリッヒはチラッと俺を見たが直ぐに正面に視線を向けた。拙い、怒ってるな。
「彼らの多くは前線で武勲を上げて昇進してきた、他者の力を借りず、自分の力だけでね。彼らは共同作戦を執れるだけの力量と相性の良さを持つ相手に巡り合えなかったんだ。それが出来たのはミッターマイヤー提督とロイエンタール提督だけだった。極めて希な事だ」
なるほど、以前もミッターマイヤー提督とロイエンタール提督の事は言っていたな。ミッターマイヤー提督を叩いて二人の連携を阻んだのは大きいと。

「分かるだろう? 彼らにとって同僚というのは協力者であるよりも競争相手という認識が強い。明確な序列が有ればともかく現状では宇宙艦隊に所属する同格の一艦隊司令官に過ぎない。この場に増援が二個艦隊現れても誰が指揮を執るか、進むか退くかで揉めるだろう。現れる指揮官を想像してみれば良い、素直にケンプ提督に協力すると思うか」
そう言うとエーリッヒは“ロイエンタール、ビッテンフェルト、メックリンガー、ケスラー、ナイトハルト”と名を上げだした。

「なるほどな、素直に協力しそうなのはナイトハルトだがそれでもケンプ提督と上手く行くかと言われれば疑問だな。むしろナイトハルトはメックリンガー提督、ケスラー提督の方が上手く行きそうだ」
ビッテンフェルト、メックリンガー、ケスラー、どれもケンプ提督とは上手く行きそうにない。エーリッヒと戦う前に罵り合いが始まりそうだ。

「おい、リューネブルク」
「何ですかな」
「貴族連合軍は敗けると俺は思っていたんだがな、間違いだったか?」
オフレッサーが顎髭を頻りに撫でている。リューネブルク中将が俺を見て笑い出した。駄目だ、俺もまた笑い出しそう。

「ヴァレンシュタイン提督の見積もりでは勝算は二パーセントだそうです」
「はあ? 二パーセント? 二パーセントも勝ち目が有るのか? ヴァレンシュタイン、卿、正気か?」
オフレッサーの声が一オクターブ上がった。二パーセントも勝ち目が有るのかって、そっちかよ。エーリッヒは不愉快そうに顔を顰めている。駄目だ、また吹き出した。オフレッサーが来てから笑ってばかりいるな。何故だろう?

「アントン、そろそろ始める」
「エーリッヒ、少し早いが」
「急に戦いたくなったんだ。卿らの笑い声を聞いていたらね、ムカついてきた」
止めろ、エーリッヒ、腹の皮が捩れる。頼むからその仏頂面は止めてくれ。

皆が笑う中、エーリッヒが艦隊に速度を上げるように命じた……。



帝国暦 488年  5月 20日    ミュラー艦隊旗艦 リューベック ドレウェンツ



「あと三日、いや二日半か」
指揮官席に座ったミュラー提督が大きく息を吐いた。表情は沈痛としか言いようのない表情だ。僚友であるケンプ提督と親友であるヴァレンシュタイン提督が戦う。提督はかなり心を痛めている。やはりアルテナ星域の会戦、あの敗北が響いている。

アルテナ星域でミッターマイヤー提督がヴァレンシュタイン提督に敗れた事は政府軍にとって酷い衝撃だった。ヴァレンシュタイン提督が有能である事は分かっている。しかしあそこまで一方的にミッターマイヤー提督が敗れるとは……。誰もが信じられず何かの間違いだと思った。

その衝撃の所為だろう、心無い連中がミュラー提督を非難するかのような事を言った。だが提督はそれに対して何も反論しなかった。ただ無言で沈痛な表情をしていただけだ。そして今も沈鬱な表情をしている。総司令部から援軍を命じられた時からずっとだ。

「閣下、少しお休みになっては如何ですか? いささかお疲れのように見えます」
「……」
私が声をかけても返事は無かった。聞こえているのだろうか?
「閣下?」
「ああ、済まない、気を遣わせてしまったな。だが私は大丈夫だ」
提督は私を見て微かに笑みを浮かべた。痛々しい笑みだ、とても見てはいられない。

「大丈夫です、ケンプ提督は我々の艦隊が三日後に戦場に着く事を知っています。それまで無茶はなされないでしょう」
気休めではない、その程度の事は出来る筈だ。
「……だと良いが……」
「閣下?」
提督が私を見た。何処か困ったような表情だった。

「ドレウェンツ大尉。士官候補生時代の事だが私は何度もエーリッヒ、いやヴァレンシュタイン提督とシミュレーションを行った。だが殆ど勝てなかった、いつも負けていた」
口惜しそうな口調ではなかった。しかし、ヴァレンシュタイン提督がミュラー提督をシミュレーションで圧倒した? 本当なのか? 本当だとすればヴァレンシュタイン提督の力量は相当なものだ、一部で囁かれるミッターマイヤー提督の敗北は運が悪かったなどで済む話ではない。後二日半、間に合うだろうか……。自信が無くなってきた。

「稀に勝つ事が有ってもそれは私が勝ったというよりヴァレンシュタイン提督が何かを試してそれが上手く行かなかった、それで私が勝った、そういう勝利だった。本当の意味での勝利ではなかったと私は思っている……」
「……」

「もっとも彼はシミュレーションの戦績にあまり拘らなかった。彼の口癖が戦争の基本は戦略と補給だった。勝てるだけの準備をしてから戦う、そして戦えば必ず勝つ」
「……」
ミュラー提督が大きく息を吐いた。
「我々はそういう相手を敵にしている。間に合えば良いんだが……」
提督の沈痛な表情は変わらない。間に合うだろうか……。



帝国暦 488年  5月 20日  シャンタウ星域  ケンプ艦隊旗艦 ヨーツンハイム カール・グスタフ・ケンプ



五時間の駆け引きの後、ヴァレンシュタイン艦隊は攻勢を強めてきた。艦隊の速度を上げ距離を詰めて攻撃をかけてきている。しかし未だ本気とは思えない、こちらの様子を見ている、そんな感じの攻撃だ。こちらは押されながらも相手を窺っている、そんなところだろう。それがもう四時間近くも続いている。どうもおかしい。
「参謀長、どう見る」
「はっ、なんとも判断しかねますが……」
参謀長のフーセネガーが口籠った。やれやれだな。

「兵力の少ない我々が撤退しなかった、相手を引き止めている。となれば常識的に考えて我々には増援が有る、時間稼ぎをしている、相手はそのように見ていると思います」
「うむ、そうだな」
ヴァレンシュタインがそれを分からないとも思えない。

「となりますと敵の攻撃はいささか不可解です。兵力が多いのであればそれを活かして各個撃破を図るのが用兵の常道、或いはこちらの増援が来る前に撤退するのも有ると思います」
「俺もそう思う。だが現実にはヴァレンシュタインは俺達の時間稼ぎに付き合っている。今も本気とは思えない攻撃だ、不思議な事だ」
ヴァレンシュタインが無能なら有り得る。しかし無能ではない、無能でない以上何らかの狙いが有る筈だが……。

「となると敵にも増援が有るのかもしれません」
「合流してから一気に我々を押し潰すか」
「はい」
気が付けば唸り声が出ていた。一理ある、しかしわざわざ増援を待つ必要が有るのか? 兵力差は歴然なのだ、攻め寄せて良いではないか。その上で増援を待つ! 俺ならそうする。

「或いは……」
「或いは?」
フーセネガーがじっと俺を見ている。
「相手も増援が来るのに時間がかかるのかもしれません」
「相手もか」
「はい、そしてこちらの増援が何時来るのか、計りかねている」
また唸り声が出た。

迷っているのか、ヴァレンシュタインは。だから思い切った攻勢に出られない。可能性は有るな……。
「閣下! 敵が!」
オペレータの声に慌ててスクリーン、戦術コンピュータのモニターを見た。ヴァレンシュタインが攻勢を強めている! 艦橋の彼方此方から悲鳴のような声が上がっていた。

「参謀長!」
「閣下、先ずは御指示を!」
そうだ、先ずは指示だ。如何する? 艦隊を後退させるか? それとも反撃する? 向こうが迷っているのなら反撃も選択肢の一つだ。こちらが強気に出れば向こうが後退する可能性は有る。待て、あれは……。

「敵、速度を上げつつ陣形を変えています!」
「閣下、敵が陣形を!」
オペレータとフーセネガーが声を上げた。ヴァレンシュタインが陣形を変えつつある。紡錘陣形だ、中央突破を狙う気か! 艦橋の空気が一気に緊迫した。火花が散りそうな気がした。

「こちらも陣形を変える、後退しつつ縦深陣だ、急げ!」
「はっ、後退しつつ縦深陣だ。両翼は現状の後退速度を維持、中央は後退速度を上げろ、急げ!」
俺の出した指示をフーセネガーが命令にしていく。敵は中央突破を狙っている、二万対一万五千、何処まで耐えられるか……。

この時点で攻勢をかけてきたという事は敵の増援は近くに居るという事か? 今までの曖昧な攻撃はこちらを引き止める為? となれば無理せず撤退をすべきではないのか? ミュラーが来るまであと二日半は有る、どうする? 已むを得ずとはいえ総司令部の命令に背く事になる。しかし負けるのよりは良い筈だ。……互いの陣形が少しずつ完成して行く。どうする? 突っ込んでくるか? 撤退、いや踏み止まるか……。じりじりと時間が過ぎ陣形が整って行く、だが答えは出なかった。何時の間にか拳を握り締めていた。じっとりと掌に汗をかいている。気付かれないようにそっと汗をズボンで拭いた。
 
「フーセネガー参謀長!」
「はっ」
フーセネガーの顔色は良くない。読みが外れた、そう思っているのかもしれない。俺に責められると思っている可能性も有るだろう。
「損害が大きくなる前に撤退すべきだと思うか?」
「それは……」
フーセネガーの表情が歪んだ。足止めは総司令部の命令だ。撤退の責任を自分に押し付けようとしている、そう思ったのかもしれない。

「勘違いするな、撤退の責めを卿に負わせる事はしない。あくまで参謀長の意見を聞きたいだけだ」
「……」
「敵の増援は近くに居るのかもしれん。このままでは……」
「……小官も同じ危惧を抱いております。……撤退を、進言します」
絞り出す様な声だった。やはり撤退か……。ふっと息を吐いた。安堵か、無念か、自分でも分からなかった。

「敵、後退しています!」
「何!どういう事だ!」
オペレータの報告に思わず声を上げた。スクリーンには確かに後退する敵がいた。戦術コンピュータのモニターも後退する敵を示している。どういう事だ? あの攻撃は何だったのだ? 混乱した、俺だけではない、皆が困惑していた。

「閣下、如何なさいますか?」
フーセネガーが問い掛けてきた。如何? 敵は撤退している、このまま撤退させて良いのかという事か。待て、そうか、そういう事か……。
「追うぞ! フーセネガー」
「追うのですか?」
フーセネガーが訝しんでいた。

「ヴァレンシュタインには増援は無い、有ってもかなり遠くに居るのだ。奴はこちらの増援を探っていた。俺達が撤退すれば増援は無いと見て追撃するつもりだった。だが踏み止まったため増援が近くに居ると見て撤退するのだ」
「なるほど」
「追撃だ!」

 
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