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IF物語 ベルセルク編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第四話 勝てる可能性

~ブリュンヒルドはワルキューレの一人で主神オーディンと知の女神エルダの娘とされる。ワルキューレは戦死した兵士をヴァルハラへ導く存在であり、ブリュンヒルデはその一人(長女)であった。ブリュンヒルデはフンディング家とヴォルズング家の戦いにおいて、オーディンの命に逆らってヴォルズング家を勝たせてしまった。その事がオーディンの怒りに触れ処罰されることになる。すなわち彼女の神性を奪い「恐れることを知らない」男と結婚させられてしまうことである。それまで、彼女は燃え盛る焔のなかで眠り続けることになった。~



帝国暦 488年  5月 4日  ガイエスブルク要塞  アントン・フェルナー



ガイエスブルク要塞に戻ると要塞はお祭りのような騒ぎだった。貴族達はコルプト大尉を殺したミッターマイヤー提督が完膚なきまでに敗れた事を気が狂ったように喜んでいる。ローエングラム侯の信頼する部下を破って鼻を明かしたという想いも有るようだ。口々にエーリッヒの挙げた武勲を称賛、いや絶賛した。

日頃仲の悪いフレーゲル男爵までニコニコしながら話しかけてきたのには目を疑った。最初は別人じゃないか、次は悪い物でも食ったのかと思ったくらいだ。彼らの話す事を聞くとエーリッヒはミッターマイヤー提督の悪辣な罠に引っ掛かったシュターデン大将の艦隊を全滅の危機から救った英雄になっているのでまた吃驚した。

何で? と思ったが原因はシュターデンだ。エーリッヒはシュターデンをスクルドに収容した後、律儀に病床のシュターデンを見舞ったのだがその時も親身になって応対したためシュターデンは随分と感激したらしい。他愛ないよな、負傷して気が弱くなったのか、それともエーリッヒが余程の役者なのか、判断に迷うところだ。

それにエーリッヒは会戦の直後、ミッターマイヤー提督の事を気遣って塞ぎ込んでいる。兵達はその事をエーリッヒがシュターデンの安否を気遣っていると誤解したようだ。シュターデンはその事を兵達から聞いて泣いて感激したそうだ。そして病室からガイエスブルク要塞の貴族達にそれらの事を話し貴族達も感激した。

~日頃仲が悪いと言われるシュターデン大将の危急を救いその傷心を気遣う。エーリッヒ・ヴァレンシュタイン大将こそ武人の鏡、花も実も有る帝国軍人である。辺境星域で焦土作戦を行った金髪の小僧とは物が違う。ローエングラム侯など所詮は姉の七光りで出世した成り上がりの小僧でしかない~。

本当に御目出度いよな。エーリッヒはこいつらの事を餌としか見てないんだけど餌はエーリッヒを絶賛中だ。これってどう見ても片想いだよな。恋愛以外でも片想いが有るって初めて知ったわ。しかもここまで強烈な片想いは見た事が無い。貴族達に囲まれてエーリッヒは顔が引き攣ってるし俺とリューネブルク中将は噴き出しそうになるのを堪えるのが大変だった。それにしても遮音力場って本当に罪作りだわ。

ブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯、メルカッツ総司令官に帰還の報告をするとここでも大喜びだった。敗けていたのをひっくり返しての大勝利だ。普通の勝利よりも喜びは大きい。ブラウンシュバイク公はローエングラム侯の横っ面を引っ叩いてやったと嬉しそうだった。休養と艦隊の整備を命じられたが損害は軽微だからそれ程手間は取らないだろう。エーリッヒからも幾つか御願いをしたが上手く行くかどうか……、ちょっと疑問では有るな。

報告の後は三人でクレメンツ中将の私室に向かった。私室にはファーレンハイト中将も居た。どうやら俺達がここに来ると想定して先回りしていたらしい。お茶の用意もしてあった。テーブルに座りながらコーヒーを飲んだ、エーリッヒは紅茶だ。
「やったな、ヴァレンシュタイン。ウォルフガング・ミッターマイヤーをあそこまで叩くとは、見事なものだ」
「全くだ、驚いたよ」
エーリッヒが二人の讃辞に苦笑を浮かべた。こいつ、褒められるのに慣れてないんだよな。

「一点でミッターマイヤーを狙い撃ったが良く向こうの狙いが分かったな」
クレメンツ提督が狙撃銃を構えるような恰好をした。最近、クレメンツ提督は結構お茶目だ。良い意味で頼れる兄貴みたいなところが有る。
「機雷原を用いた時点でミッターマイヤー提督の考えは分かりました。シュターデン大将が挟撃をしたくなるように仕向けている、そう思ったんです。ローエングラム侯の本隊が近付いているという通信も有りましたしね、少々露骨でした」
エーリッヒが答えるとファーレンハイト提督が“シュターデンには難しかったようだな”と皮肉った。危なかった、もう少しでコーヒーを吹き出すところだった。リューネブルク中将も噎せている。

「少し気になったのですが誰もレンテンベルク要塞が陥落した事を話題にしないんですからね」
そうなんだ。レンテンベルク要塞は四月二十八日にローエングラム公の攻撃を受け四月二十九日に陥落した。オフレッサーも捕えられたしさぞかし貴族達も気落ちしてるかと思ったんだが誰も話題にしない。ブラウンシュバイク公も軽く触れただけだ。これって現実逃避の一種か。

「まああの要塞はイゼルローンのように難攻不落という代物じゃない。大軍に囲まれればあっという間に落ちてしまうのは貴族達も分かっていたからな、気落ちはしていないさ。……それでも丸一日もった、良く守ったほうだろう」
「それにオフレッサーは必ずしも貴族達に好まれているわけじゃない、その辺りも影響している」
クレメンツ、ファーレンハイト両中将の言葉になるほどと思った。オフレッサーは少し血腥すぎる、貴族達から見れば味方では有っても嫌悪の対象というわけか。

「薄情なものですな」
リューネブルク中将が吐き捨てた。オフレッサーを血腥いと嫌悪する、同じ白兵戦を専門とする中将には不愉快な事だろう。
「所詮は貴族ですからね、戦争の本質が殺し合いだという事がまるで分かっていない」
「……」

「いずれその愚かさを後悔する事になるになりますよ、今回の内乱でね」
エーリッヒがカップを口に運びながら冷笑を浮かべていた。ヒルデスハイム伯は後悔する間もなく死んだ。今頃はヴァルハラで後悔しているだろう。
「まあそういう事だ。リューネブルク中将、俺達が卿らを差別する事は無い。信じて欲しいな」
クレメンツ中将の言葉にリューネブルク中将が軽く一礼した。陸戦隊ってのは扱いが難しいよな。エーリッヒとリューネブルク中将のように緊密に結びついているのは稀だ。なんでここまで気が合うんだろう、時々不思議になる。

「ところでヴァレンシュタイン、我々の勝ち目はどれくらいだ。疾風ウォルフは当分、いやこの内乱では戦場には出て来れんが。十パーセントくらいにはなったか」
ファーレンハイト中将がニヤニヤと笑いながら問い掛けてきた。エーリッヒが苦笑を浮かべた。話題を変えようとした、そんなところだろう。それとも本気で訊いて来たかな?

「残念ですが二パーセントは変わりませんね」
クレメンツ中将が俺を見て“相変わらず点が辛いな”と言ったから“同感です”と答えた。だがエーリッヒはそれが不満だったようだ。
「ミッターマイヤー提督は当分出てこない。ですが向こうには未だロイエンタール、ケンプ、ビッテンフェルト、ケスラー、メックリンガー、ミュラーが居ます」

リューネブルク中将が“結構分厚いですな”と呟いた。同感だ、良くミッターマイヤーを叩いたよ、空振りだったら逃げ出したくなったな。
「辺境には別働隊としてキルヒアイス、ワーレン、ルッツが居ます。辺境星域の平定が終れば本隊に合流するでしょう。それにローエングラム侯も居るんです、簡単に勝てる相手では有りません、二パーセントでも多いんじゃないかと思うくらいです」

今更ながらだがローエングラム侯の持つ戦力の巨大さに溜息が出た。俺だけじゃない、皆が溜息を吐いている。コーヒーよりも酒が欲しくなってきた……。
「ミッターマイヤー提督を叩いたのは余り意味が無いように思えてきたな」
「そんな事は無いよ、アントン。意味は有る」
「本当か?」
“本当だ”と言ってエーリッヒが笑った。

「ウォルフガング・ミッターマイヤーとオスカー・フォン・ロイエンタールを分断出来た」
「……」
「あの二人を組ませると二個艦隊どころか四個艦隊、五個艦隊分の働きをしかねない。それを阻むことが出来た。その分だけ敵の進撃は遅くなる。それに……」
エーリッヒが口元に微かに笑みを浮かべた。やばいぞ、ビスク・ドールが笑った。眼は笑わず口元だけに笑みを浮かべる、危ない事を言い出す前兆だ。

「カール・グスタフ・ケンプ、フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト、ウルリッヒ・ケスラー、エルネスト・メックリンガー。……気付きませんか?」
エーリッヒが問い掛けてきた。皆が顔を見合わせた。はて、何だ? 待てよ、ナイトハルトの名前は呼ばれていない……。ナイトハルトと彼らの違い、何だ? クレメンツ中将が“なるほどな”と言って息を吐いた。

「分かったのですか、クレメンツ中将」
「ああ、分かったよ、ファーレンハイト中将。……偏りが有る、ローエングラム侯の立場に立って考えてみると全体のバランスが今一つ良くないんだ。そうだろう、ヴァレンシュタイン」
エーリッヒが頷いた。なるほど、ケンプ、ビッテンフェルトは勇、ケスラー、メックリンガーは知。偏りが有るとは言えるな。

「本当ならワーレン、ルッツ提督が居ると良いのですが二人とも辺境に行っています。別働隊は規模が小さいですから使い勝手の良い二人を入れたのでしょう。ですがその分だけ本隊に皺寄せが行った。おそらくローエングラム侯としてはロイエンタール、ミッターマイヤーの二人を組ませる事でそれを解消しようとしたのでしょうが……」
「アルテナ星域の会戦でそれが崩れたか」
「ええ」

皆がエーリッヒとクレメンツ中将の会話を聞いている。ファーレンハイト中将とリューネブルク中将は何かを考えていた。全体的に見ればローエングラム侯が圧倒的に優位だ、それは間違いない。しかし本隊だけに限れば齟齬が生じている。その齟齬は決して小さくは無い。ローエングラム侯も頭を痛めているかもしれない。

「ミュラー提督がその穴を埋めるという事は?」
「そうですね、ナイトハルトなら可能だと思います。しかしそこまで周囲から信用されているかどうか……。若いから仕方ないんですが残念な事に実績がそれほど有りません、それに……」
エーリッヒがファーレンハイトの問いに答えると失笑が起こった。クレメンツ提督が笑っている。

「まあ誰もが卿やローエングラム侯のようには行かんさ」
「それに提督がそれを許さない、そうでしょう?」
意味有り気なリューネブルク中将の言葉にクレメンツ提督とファーレンハイト中将が訝しげな表情をした。エーリッヒは困ったような顔をしている。中将達が今度は俺に視線を向けてきた。知ってる事を話せ、そんな感じだ。あー、あれを話すのかよ、気が重いわ。

「ナイトハルト・ミュラーを謀略にかけようと考えています。彼はエーリッヒや小官と親しい。ローエングラム元帥府では能力だけでなく心情面でも信用されていない可能性がある、その辺りを突いてみようと。まあ今でも結構居心地は悪いんじゃないかと思います、あの戦いの直後ですからね。先程、エーリッヒがブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯、メルカッツ総司令官にお願いしてきました。シュトライト、アンスバッハ少将が取り掛かります」

二人の中将がじっとエーリッヒを見詰めた。エーリッヒは視線を伏せ気味にして合わせようとはしない。
「こちら側に寝返らせようというのか? 上手く行くかな?」
「上手く行かなくても良いんです。積極的にナイトハルトを使わない、そういう風になれば……。彼は手強いですから」

「場合によってはミュラーが粛清されるという事も有るぞ、分かっているのか」
「分かっています、向こうの総参謀長は猜疑心が強い。十分有り得ると思っています」
クレメンツ提督とエーリッヒの会話に皆が凍り付いた。おいおい、本気か? そこまでやるのか? エーリッヒが視線を上げた。眼が据わっている。

「むしろそうなって欲しいと思います。そうなれば向こうの組織を自壊させる事が出来るかもしれません」
やばい、エーリッヒは本気だ。それが分かったのだろう、クレメンツ提督が大きく息を吐いた。そして“俺もとんでもない男を教え子に持ったものだ”と吐いた。

「貴族を餌に敵を潰す。向こうも馬鹿じゃありません、使えるのはあと一度でしょう。完勝する必要が有ります」
「そうだな、幸いと言っては何だが卿の勝ち戦以来出撃を望む貴族が増えているそうだ。メルカッツ総司令官がぼやいていた。大物を釣り上げる餌には不自由せんだろう」
クレメンツ提督もぼやいているように俺には見えるけどね、まあ口には出せない。

「次は避けましょう。多分ロイエンタール提督が出て来ます。そう簡単には潰せない」
「なるほど、となるとその次ですが誰が出て来ますかな?」
リューネブルク中将が問い掛けた。皆が顔を見合わせた。
「ビッテンフェルト提督。彼は先年失敗している、性格的にも攻撃を好む、雪辱を望んでいるはずだ」

「ケンプ提督もですよ。元帥府では年長者ですし先年の戦いではヤン提督に上手く逃げられている。あれが無ければビッテンフェルトの敗北も無かった可能性が有る」
クレメンツ、ファーレンハイト中将の言う通りだろうな。出て来るのは先ずあの二人だ。それにしてもケンプ提督が年長者ってローエングラム元帥府は若い連中が揃っているな。

「ナイトハルト・ミュラー。今頃は周囲の視線が痛いだろう。彼も出て来る可能性は有る」
「なるほど、可能性は有るな。……如何する、エーリッヒ。彼が出てきたら叩くのか?」
「いいや、そのまま逃がす。そして次を叩く。その方が楽しくなりそうだからね。貴族達にも彼とは戦うなと言っておく必要が有るな」
エーリッヒ、頼むから微笑むのは止めてくれ。皆引き攣っているぞ。

勝てる可能性は二パーセント? 俺は三十パーセント以上ある様な気がしてきた。戦力的には圧倒的に不利だろうがエーリッヒは性格の悪さでそれを補いそうだ。数値化出来る部分では無く数値化出来ない部分で勝つ。……まるで魔法だな、これで内乱に勝ったら貴族連合軍は用兵術では無く魔術で勝ったとか言われそうだ。士官学校にも魔術科とか出来るかもしれない。

「ビッテンフェルトにケンプか。どちらも厄介だな、釣り上げてもこちらの腕を食い千切って逃げそうな連中だ」
同感ですよ、ファーレンハイト提督。魚というよりも鮫みたいな連中です。一つ間違うと食い殺されそうな怖さが有る。エーリッヒも頷いている。

「三個艦隊を動かしましょう。釣り上げて包囲して短時間に攻め潰す。そしてガイエスブルク要塞に引き揚げる」
三個艦隊、此処にいる全員、つまり俺達も出るって事か。
「艦隊の整備、補給、将兵の休養、一週間はかかるぞ」
「丁度いい。ロイエンタール提督を避ける事が出来る」
俺とエーリッヒの遣り取りにクレメンツ、ファーレンハイト両中将が頷いた。リューネブルク中将も嬉しそうにしている。ガイエスブルクで貴族達の顔を見ているより宇宙に出た方が気が楽なのだろう。

「十日後だ。十日後に三個艦隊で出撃する。総指揮はヴァレンシュタイン大将が執る」
クレメンツ提督の言葉にファーレンハイト提督、エーリッヒが頷いた。出撃が決まった、十日後だ。
「というわけで、今晩は少しこれに付き合え」
クレメンツ提督がグラスを口に運ぶ仕草をすると部屋に漣の様に同意の声と笑い声が満ちた。

 
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