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ソードアート・オンライン もう一人の主人公の物語

作者:マルバ
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■■インフィニティ・モーメント編 主人公:ミドリ■■
壊れた世界◆自己の非同一性
  第五十五話 シノンが目指すもの

「居合行きます、サポートお願いします!」
「りょーかい!」
 イワンが刀を鞘に戻し、前傾姿勢を取った。居合スキル初動モーション中は防御ができず被ダメージが上昇するため、ストレアが大剣スキルで敵のタゲを取る。ストレアの攻撃が二段ヒットし、敵がのけぞったのを見計らってミドリが盾を割りこませた。シルドバッシュで更に敵の態勢を崩す。その瞬間、イワンが居合スキルを発動させた。目にも留まらぬ速さで七メートルほどの距離を一瞬で駆け抜け、敵の首元を一気に切り裂く。五割ほど残されていたHPががくんと減り、残り一割ほどまで削りとる。そこへシノンがスキルを伴わない通常攻撃をヒットさせると、弱点を非常に正確に突いたその一撃がとどめとなり、敵は音を立てて砕け散った。

「援護お願い!」
 戦闘終了、と一息つこうとした彼らをシノンの叫び声が呼び止めた。あわてて振り返ると、シノンは背後から奇襲してきた敵と短剣で応戦しているところだ。弓で追撃した直後だというのにこの切り替えの速さは流石と言うべきだろう。敏捷性に優れるミドリがすかさず前に出てタゲを取るが、シノンはそのまま前衛で戦闘を続けるつもりらしく、敵の背後に回りこんで短剣技の初動モーションを取った。
 イワンが居合系の突進技で長距離を埋め、強攻撃を叩き込んだ。タゲがイワンに移行し、敵が硬直状態のイワンに向かって攻撃を仕掛けようとする。このタイミングを見計らってシノンが短剣技を叩き込み、敵の注意を引きつけた。シノンの硬直が解けるのと敵が態勢を立て直すのはほぼ同時、向き直った敵を体術技で蹴りつけ、更に短剣技で追い込む。シノンが再び硬直したところにストレアが大剣で割り込んだ。これ以上連撃を続けるのは危険すぎるからだ。大剣の側面で敵の壊攻撃を受け止め、敵が態勢を崩したのを見計らって重攻撃技の構えを取る。発動に時間がかかり軌跡がぶれやすいのが大剣技の特徴だが、その威力は短剣技をはるかに凌ぐ。三連撃をすべて受け止めた敵はHP全損をまぬがれなかった。

「危なかったですね。大丈夫でしたか?」
 ストレアとミドリが作戦成功を祝してハイタッチしているのを横目に見ながら、イワンが心配そうにシノンに尋ねると、シノンは何でもなさそうに一言大丈夫と答えた。しかしその言葉とは裏腹にHPは二割程度減っている。後衛であるシノンが奇襲を受けてなお被害をその程度に抑えられたのはよくやったと言うべきだが、彼女の表情は暗かった。
「まだまだね……。あの程度の雑魚すら一人じゃ倒せないなんて」
 シノンがため息と共に漏らした言葉に対し、イワンは困った顔をした。シノンがあの程度の雑魚と呼んだ敵は、確かにこの層に出現する最強の亜人種型モンスターよりは一段弱い昆虫型だが、それでもソロで倒すのは至難の業だ。ましてや奇襲を受けたのだから、ソロなら死ぬ可能性も十分にあった。
「シノンさん、あれをソロで倒すのはかなり難しいですよ。私のような純近接型アタッカーでも奇襲を受けたら倒せるかどうか怪しいと思います。その程度の損傷で済んだのは誇っていいと思いますよ」
「でもそれじゃダメなのよ! 私はもっと強くならないと。どんな敵も私一人で倒せるように、もっともっと……!」
 熱い衝動の片鱗を見せたシノンだったが、彼女はすぐにその感情をしまいこんだ。
「ごめんなさい、こんなこと言うべきじゃなかった。せっかく協力して貰ってるのに」
「それは構いませんが、私はシノンさんが少し心配です。聞いた話によると、七十六層以上に来ているプレイヤーで前線にいるソロプレイヤーは片手で数えきれるほどしかいないそうです。その人達も、例えばストレアさんのように比較的重装備の方ばかりです。シノンさんのように軽装な人がソロでやっていくのはかなり危険なんですよ。何もかも一人でやろうとする必要はないんです。私達も居るのですから」
 シノンはありがとうと礼を言いながらも納得した様子を見せなかったので、イワンはますます困った顔をするより他なかった。


 コンコン、というノックの音がミドリの部屋に響いた。返事をすると鍵が外れ、扉の向こうから顔を出したのはシノンだった。
「どうした、今日は休みだろう」
 シノンが十分に戦闘に慣れたのでミドリたちは攻略に復帰し、以来彼らは週休二日制で攻略に参加していた。今日は日曜日なのでイワンとストレアは買い物に行き、ミドリは自室でスキルMODの取捨選択をしているところだ。
「悪いんだけど、戦闘の訓練をしたいからちょっと付き合ってくれないかしら」
「ああ、いいぞ。あと五分待っててくれるか、もうちょっとだから」
 ミドリはそれだけ言うと再び机の上に広げたホロディスプレイとにらめっこを始めたので、シノンは座る場所として致し方なくミドリのベッドを選択し、やることもないのでミドリの真似をしてスキル構成を見なおし始めた。命中率に補正のかかるMODはすでに全て習得したおかげもあり、シノンの射撃の技能はかなり上達していたが、彼女はまだ満足していなかった。遠距離は現在の弓ではこれ以上の威力は出せないと言える域にまで達している。問題は接近戦だ。たとえ百メートル離れた敵を射抜けても、目前の敵を倒せなければ死んでしまう。強さを追求する彼女としては、接近戦をパーティーメンバーに任せきりにするつもりは全くなかった。

「……よし、こんなもんか。待たせて悪かったな、今日は何をしたいんだ?」
「射撃はとりあえず十分だから、接近戦をもう少しなんとかしたいと思って。その前にちょっとスキルMODについて相談なんだけど……」
 シノンはディスプレイを可視モードにしてミドリに見せた。短剣・体術スキルの熟練度は共に600程度でまだまだ低いが、攻略を始めて日が短いのでここまで上げるのには相当努力したことが伺える。その上射撃スキルはもうすぐ完全習得するレベルまで上げているのだから驚きだ。
「ずいぶん攻撃と命中に偏ってるな……。体術からは受け身系の防御MODが取れるから入れておくとローリングで回避するときに楽になるはずだ。落下ペナルティも軽減されるしな。武器防御スキルも上がってきてるだろう、そっちはどうしてる」
「武器防御はどれもあんまり魅力を感じないから何も取ってないわ。面倒くさくなっちゃって」
「それは良くない。とりあえず『防御時硬直時間短縮』と『押し返し』、『クーリングタイム還元』あたりは鉄壁だから入れておくべきだ。度胸があるなら『殺撃』を取っておくと役に立つ場面があるかもしれないぞ、そんな場面は無いことを願いたいが」
 殺撃、という耳慣れない単語にシノンは首をかしげた。
「なんなの、殺撃って」
「剣だの槍だのの突き技を掴み取って柄で相手の顎を打ち砕く」
「うわっえぐい」
 しかしシノンは迷わずその物騒なMODを取得することに決めた。
「ミドリはこの殺撃ってやつ使ったことあるの?」
「あるっちゃあるが滅多に使わないな。俺のみたいな回避系の盾はそもそも突き技に強いから殺撃を使うまでもないんだ。こういうのは軽装のシーフが取得しておくといざってときに役に立つ。例えばマルバあたりは結構頻繁に使ってたぞ。決まるとスタンするし非常に便利なんだが、こちらに向かってくる剣をじっと見極める必要があるから、ものすごく怖い。マルバも使う度にもう二度とやりたくないってぼやいていたな」
「それは逆にいいわね。向かってくる恐怖に打ち勝つ力が、私には必要」

 『殺撃』のスキルMOD習得ボタンを押し込みながら、シノンはそう断言した。そんなシノンに対し、ミドリは以前よりずっと気になっていた質問をぶつけることにした。
「前から言おう言おうと思ってたんだが……お前さんは何故、そんなに前衛も後衛も完璧にやろうとしてるんだ? 盾は俺に任せとけばいいだろう。わざわざ敵の前に出る恐怖を味わわなくてもいいだろうに」
 シノンはミドリの話を聞きながらウィンドウを操作していたが、その質問に対して指をピタリと止めた。しばらく硬直していたが、やがて力強い確信と共に導き出された答えは――

「強くなるため。私は強くならなければいけない。どんな恐怖にも一人で立ち向かって、それで傷つかない、強い心が私には必要なの。私の中に存在する弱い心……そのすべてを断片まで駆逐して、倒すべき恐怖の屍を積み上げ、そうして初めて私は本当の、理想の私を手に入れる――それが私が私自身に課した使命」

 ミドリは目を丸くしてシノンを見つめた。彼が未だ見たことのないシノンの本性とも言うべき何かが、今彼の目の前にむき出しにされていた。ミドリはなんと言うべきか言葉に詰まり、その場に一瞬の沈黙が訪れたが――気づいたらミドリは無意識に(・・・・)つぶやいていた。

「守らなければ――」

 シノンの他者を拒絶するような感情に触れた所為か、その瞬間ミドリの思考には何者かの感情が急激に流れこんできていた。圧倒的な恐怖感。自らの分身のように愛した存在が死に、この世界(SAO)の本質に絶望し、剣を握れなくなったあの頃。それでも前に進む決意と共に、仲間を失わないために何もかもを犠牲にする誓いを立てたあの時。剣の代わりに盾を握り、再び踏み出したあの一歩。瞬間瞬間の記憶が怒涛のように脳裏を流れ、彼はその流れの中で翻弄されていた。指先まで冷え渡るような架空の冷気がミドリを襲った。物理的に彼を固定するものは何もなかったのに、彼は指一本動かせなくなっていた。


「ちょっと、大丈夫!? ねえ、ミドリってば!」
 ぺちぺちと頬を叩かれる感触に、ミドリはようやく我に返って目を瞬かせた。彼が床から身を起こすと、シノンはようやくホッとして胸をなでおろした。
「俺は、一体……?」
「心配させないでよね……。いきなり椅子からひっくり返って倒れたのよ。ほんとびっくりしたわ。……何があったの?」
 何があったのと聞かれても、ミドリ自身も自分の身に何が起こったのかよく分からなかった。
「俺も何がなんだか分からないんだが――いきなり誰かの感情が頭に流れ込んできたんだ。多分あれは……ミズキの脳に残っていた記憶だと思う」
「ミズキの、記憶……? でもミズキは前向性健忘で、少しの間しか記憶を維持できないって話だったはずじゃ?」
「ミズキの前向性健忘は『覚えてはいるが思い出せない』っていう感じだったはずだ。さっきシノンと話していた時に何かが引き金になったんだろう」
「ふーん……それで、一体なにを思い出したの?」
「それが……掴みどころがなくてよく分からない。後悔と絶望、それから強い決意が感じられたが、瞬間瞬間のミズキの感情が強く感じられただけだから、どういう記憶だったのかはっきりしない」
「後悔と絶望、決意……ねぇ。どんな決意?」
「誰かを守りぬく、決意。それも尋常じゃない強さだった。これは大げさに聞こえるかもしれないが――何を犠牲にしても、その行動が何に繋がるとしても……といったような。一体これはどういうことなんだ。意識である俺に単なる情報であるはずの記憶が介入してくるなんて、そんなことが――」

 シノンが一瞬固まった。しかしミドリは自分の意識に流れ込んできたその記憶の断片が意味することを探しだそうと躍起になっていたため、シノンの不自然さには気付かなかった。
「ね、ねえ。ミドリってミズキをずっと見ていたんでしょ。その決意がSAOでのことなら、ミドリも何か知ってるんじゃない?」
 シノンに尋ねられ、ミドリは泥沼に陥りそうになった思考を停止させた。
「ああ、少しは知ってるぞ。あんまり人に言うべき話じゃないから不都合なところは端折らせてもらうが――ミズキの所属していたギルドが人殺しギルドに襲われたことがあったんだ。その時、ギルドのメンバーが仲間を助けるために相手を殺さなければいけなかった。ミズキはその殺人に対して多少の恐怖感を覚えつつも理解を示したんだ。その時、彼はだいたいこんなようなことを言った。『この世界の全てのものは生きている、つまり自分は仲間を守るために生きるものの命を奪ってきたんだ。その殺人も、仲間を守るためにモンスターを殺すっていう自分の覚悟の延長線上にあるものだろう』」
 シノンにとってはその事実はかなりの衝撃を持っていた。誰かを守るために殺人を犯す者がここにもいたとは! そしてその惨劇を目の当たりにしながら、なおそれを容認できる者がいたとは!
 ――しかしそれはシノンに衝撃を与えはしたが、それ以上の何かをもたらすことはなかった。彼女が目指すべき強さを持った誰かが、ここにはいる。ただそれだけが重要だった。そして彼女がその誰かに追いつくためにできることはやはり、強くなること以外に存在しなかった。だから彼女がまた再びつぶやく言葉も、以前と同一だった。
「強く、もっと強く……一人で立ち向かえる力を……!」
 その日は夕方になるまで、シノンの短剣をミドリの盾が迎え撃つ圏内戦闘特有の鈍い音が途切れることはなかった。 
 

 
後書き
戦闘シーンから始めるのが便利過ぎてやめられないとまらない。読者のみなさんも食傷気味じゃないだろうか。

さて裏設定。殺撃MODですが、これは簡単に言えば突き技の白刃取りです。このMODを取っていると殺撃の時の被ダメージを0にできます。そして成功すればスタンを100%の確率で付与。強烈ですが怖すぎてだれもやらないし、それに武器による突属性攻撃を行うモンスターが少ないせいもあって不人気です。短剣使いは突属性に対する防御手段がこれくらいしか存在しないので、仕方なくこれを使います。 
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