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ソードアート・オンライン もう一人の主人公の物語

作者:マルバ
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■■インフィニティ・モーメント編 主人公:ミドリ■■
壊れた世界◆自己の非同一性
  第五十六話 絶体絶命の時、重なる二人の想い

 八十六層の老人が投擲系スキルのクエストらしきものをくれそうだという有用な情報を得て、『射撃スキル』最上位スキルを開放するイベントなのではないかというあたりをつけたシノン一行はその八十六層の村を訪れていた。

「このNPCらしいですね、スキル習得クエストをくれるんじゃないかと言われているのは」
「ええと……ただ話しかければいいのよね」
「もし『射撃スキル』を所持していることがクエスト起動条件なのだとしたら、話しかけるだけで起動するはずですよ」
 シノンが老人におそるおそる話しかけると――半分眠ったような目をした老人はふがふがと話し始めた。
「おや……すまんのう、郵便屋さん。それでわし宛の荷物はどこにあるんじゃ?」
「は? いや私は郵便屋さんじゃ――」
「郵便屋さんじゃなかったかの? じゃあお前さんはパン屋のマリオの子か。ずいぶん大きくなったのう。……おおそうじゃ。お前さんにはまだ話しておらんかった。あれは三十年前じゃったか、わしが村の勇士として名を馳せておったころのことじゃが……」
 ボケ老人か! という全員の無言のツッコミを当然無視しながらそのNPCは何の脈絡もなく自分語りを始めた。長いイベントになりそうな嫌な予感がしたが、もう後の祭り。ここまで来たらもうどうにもなれと開き直り、ミドリたちは老人の物語をちょっとしたファンタジーとして楽しもうと決めた。
 NPCの老人の昔話を聞くこと三十分、来るんじゃなかったとシノンが後悔し始めたその時、ようやく彼はクエストの開始文句らしき言葉を口にした。
「――まあええ。こんな話をいくら聞かせようともわしの技が伝わることはないからの。わしのスキルを継承するには試練の中で自分を磨く必要があるのじゃ。そう、お主はこの層のダンジョンに封印された《試練のアミュレット》を取ってこなくてはならぬ。この《鍵》を授けようぞ。これは《封印の扉》を開ける鍵じゃ。アミュレットを手に入れたらまたここへ戻って来るがよい」
 老人が鍵を差し出し、シノンはそれを手に取った。振り返るとミドリとイワンは居眠りをしていて、老人の話をまともに聞いていたのはシノンとストレアだけだったという有り様にシノンは思わず頭を抱えた。
「あのおじいさんの話、楽しかったね! また聞きたいな」
「私はもうこりごりだわ……」
 本気で楽しんでいたらしいストレアに若干呆れながら、ミドリとイワンを叩き起こし、シノンはダンジョンへと足を向ける。

 《封印の扉》とやらを抜け、彼女ら一行はいかにもそれらしきセッティングの祭壇と高台を見つけた。
「これは……いかにもって感じね」
「ですね。祭壇の高いところに光っているのが《試練のアミュレット》なのでしょう。とても手がとどく距離ではありませんね。ちょっと試しに……」
 イワンがサブ武器の吹き矢を手に取り、アミュレットに向けて構えを取った。狙いをつけて一吹きするも、飛び出した針は見えない壁のようなものにあたって跳ね返ってしまう。ミドリの肩でおとなしくしていたフウカが突然バサッと翼を開きアミュレットに向かって飛びかかったが、こちらも見えない壁にぶつかって墜落してしまった。ミドリが慌てて抱き上げると、フウカは申し訳無さそうに顔をすり寄せた。
「やはり駄目ですね。当然ですが『射撃スキル』でないと撃ち落とせない設定のようです。しかしあちらの高台に登って射撃するとなると、部屋の端から反対側の端まで狙い撃ちしないといけませんね。ずいぶん距離がありますが……」
「これくらいなら余裕よ」
 シノンは余裕というが、素人目にはかなり難しく見える。本当にできるのだろうかと皆は半信半疑に高台の近くへ集まった。薄暗いダンジョンの中、高台の急な階段は少々頼りない。
「またえらいこと狭い階段だな……。シノン、暗いから足元気をつけろよ」
「大丈夫。あー、イワン、スカートだから見上げないでよ」
「了解です」
「っておい、俺はいいのかよ」
「んー、そもそもあんた男だっけ。ユイちゃんが女の子なんだからあんたも女なんじゃないの、ミドリって女性名でしょ」
 そもそもAIであるミドリに性別は存在しないのだが、シノンの発言に事情を知らないイワンはぎょっとしてミドリから一歩後ずさり、ストレアは逆に一歩歩み寄った。
「ミドリさん、女の人だったんですか……?」
「わーお、驚きの新事実だね!」
「うわー、こんななんでもないところで爆弾発言しないでくれ頼む! ああもう、今日帰ったらちゃんとミズキとの関係も含めて秘密にしてたこと全部話すから、とりあえず誤解しないでくれ! あとストレア! 男装してたとかそういうオチじゃないからベタベタ触らないでいやーー!!」

 高台の下の方でわいわいやっているミドリたちをさておいて、爆弾発言を投下した本人は弓に矢をつがえて引き絞った。ミドリたちもさすがに緊張して静かになる。二呼吸おいて放たれた矢は、アミュレットを見事に射きっていた。

「すごい、すごいですシノンさん! あの距離を一発で――うわあぁあッ!?」
 イワンが歓声を上げかけたが、それは途中で悲鳴に変わった。床が抜けて、ミドリもミズキもストレアもみんな一緒に下階へと落下したのだ。
「いべぶっ」
 いきなりのことにまともに受け身が取れず、カエルの潰れたような声と共に墜落したミドリが慌てて起き上がると、上階から明らかに緊急事態だと分かるシノンの悲鳴が聞こえてきた。
「シノンどうした! 無事か!」
「祭壇が……祭壇が崩れて、中からモンスターが! ボスモンスター!」
 ボスモンスターと聞いてミドリたちの顔から一気に血の気が引いた。
「随分手の込んだトラップですね……! 転移結晶はどうです!?」
「ダメ! 結晶無効化エリア!」
「絶体絶命……ってか! くそ、すぐに援護に行く、それまで持ちこたえろ!」
 ミドリは叫んだが、シノンの返事は返ってこない。今度はシノンではなくストレアが叫び声を上げた。
「ミドリ! こっちもトラップだよ!」
 あわてて視線を下げると、すでにミドリたちのいる部屋は大量のスライム系モンスターで埋め尽くされていた。ミドリたちは三人いるので問題ないが、上階に一人でいるシノンはかなり危険だろう。急いで助けに行かなくてはならないが、これだけ敵がいると助けに行くまでシノンが持ちこたえられるかどうか――!

「私の、とっておきをッ、くらえーッ!」
 ストレアが大剣を振り回すと、周囲のスライムがまとめて吹き飛ばされた。幸い弱いモンスターだったようで、吹き飛ばされた敵はそのまま空中で四散していく。強攻撃を放ち硬直するストレアを援護するべく、ミドリはあわてて盾を構えてストレアの背に回り込んだ。スライムの強攻撃の衝撃が盾越しに伝わってくる。イワンも防戦一方になりそうなところを無理やり攻撃に手を回しているため、結構被弾してしまっているようだ。イワンとストレアのおかげでだいぶ数を減らせたが、それでもこのままでは手遅れになるかもしれない。そう判断したミドリも盾から剣を抜き、シルドバッシュとおり混ぜて剣での追撃を挟んでゆく。しかしミドリの剣は剣先が重いせいで振り回す速度ばかりが速く、短剣に毛が生えた程度の長さしかない小剣のくせに小回りが効かないため、まともなダメージを与えられない。どうにも攻撃が遅くなる。ミズキから引き継いだこの剣は明らかに攻撃に向いていなかった。
 ようやく一掃し、早く階段に向かおうとした時、ミドリは大変なことに気がついた。上階から、金属がぶつかり合う音が聞こえる。シノンが短剣でボスモンスターと交戦しているのだ。
 ――このままでは間に合わない。シノンが死んでしまう……!
 そう思った、瞬間だった。ミドリの身体の底から強い想いがほとばしり出た。

 ――この盾は、何を犠牲にしても仲間を守りぬく証――
 ――もう、誰も失わせない!!――

 その願いはかつてのその身体の持ち主……ミズキの想いに違いなかった。あまりに強いその想いに打たれ、ミドリは身体を一瞬硬直させた。
 想いは、止まらない。

 ――考えろ!――
 ――自分の命を賭して、仲間を守る方法を!!――

 しかし、これは俺の意思なのか? この想いに従って行動したとき、俺がこの身体を動かしていると本当に言えるのか?
 俺は何のために戦う? 俺は今まで、何のために戦ってきたんだ……?
 俺の、ミドリ自身の願いは……?

 ――俺が戦う理由は、仲間を守ること――
 ――仲間を守るため、俺は最期までこの生命を燃やし尽くすッ!!――

 シノン――彼女はここに何も分からずに放り出された俺を助けてくれた。
 俺の相談に乗ってくれたのも彼女だ。自分を見失い、苦しんでいた俺に、新たな道を示してくれた。
 俺は彼女に報いたい!! だから、俺の、俺自身の願いはッ……!

 ――守りぬけ!!――

 「どんな手を使っても守ってみせる……俺の、ミドリの誇りにかけて!!」

 ミズキの記憶との対話は一瞬だったが、一気に視界が開けたような感覚と共に、ミドリは絶望的な現実へと帰還した。目の前でイワンとストレアが荒い息をしている。シノンの場所まで辿り着くまでにこのようなトラップはいくつかクリアしないといけないことは確かだろう。このままでは間に合わないことは明白だった。
 ミドリは上階を見上げた。落とし穴のトラップで空いた穴は未だ開かれたままで、もし仮にそこまで到達できれば上階へ登ることはできそうだった。しかし相当な高さがあり、ただジャンプするだけではたどり着くことはできそうにない。
「イワン! 刀を鞘ごと頭上に掲げてくれ! 足台にする!」
 ミドリが天井の穴を指さして叫ぶと、イワンは瞬時にその意図を理解した。明らかに不可能に見えたが、それでも試してみる価値はあると判断し、彼は自分の頭上に足場を作り、膝を軽く曲げて跳躍の準備をした。ミドリはイワンの刀の次に足場にするべき場所をしっかりと確認した後、助走をつけて一気に飛び乗り、イワンの筋力を借りて高々と舞い上がる!
 敏捷力に優れるミドリは筋力に優れるイワンの力を借りてゆうに八メートル以上飛翔し、壁の燭台に足をかけることに成功した。そのまま燭台を蹴り飛ばし、再び飛翔する。燭台が砕け散りあたりに破片が飛び散るが、その燭台はぎりぎり足場としての役割を果たした。
 天井の穴付近ぎりぎりまで到達したミドリだが、やはり手がとどくところまではたどりつかなかった。しかしここで諦めるわけにはいかない。ミドリは自分の盾を振りかざすと、それを下に向かってぶん投げた! 投擲スキルが発動し、盾は凄まじい速度ですっ飛んでゆく。それと引き換えにミドリの身体はわずかな運動量を獲得した。まるで二重ジャンプをするかのように、ミドリの身体は空中でバウンドし――

 上階へ降り立った。まさに間一髪、シノンのHPはレッドゾーンに食い込むところで、まともにダンジョンを駆け上がっていたら間に合わなかっただろう。フウカが独自判断でミドリから離れシノンと共に戦っているが、デバフ特化の彼女の力はデバフ耐性に優れるボス相手にはなかなか通用しない。援護に駆け寄ろうとすると、下階から盾が吹き飛んできて地面に転がった。イワンたちが投げあげてくれたのだ。急いで装備してシノンと鳥型のボスモンスターの間に割り込む。
「わりぃ、遅くなった! 無事だな!?」
「なんとかね! 回復する間、ちょっと代わっててもらうわ!」
 任せとけとは叫んだものの、やはり一人は厳しい。必死で回避と防御をするものの、盾の表面を滑らせて回避できるくちばしの突属性攻撃はともかく、回避できない爪の斬属性攻撃が盾を抜けるダメージのせいでHPが確実に削られていく。シノンをちらりと見るも、未だ攻撃に参加できるほど回復していない。
 このままでは……無理なのか……?

 ――諦めるんじゃねぇッ!!――

 誰かが叫んだ気がした。ミドリの右手が勝手に動き、盾の内側から剣を抜き出した。リズベットに頼んでミズキが使っていたものとおなじ形状にしてもらったこの剣の――この形状の意味が、今になってようやく分かった。重心に振り回されるため一度振り始めたら途中で向きを変えるのが困難で、しかし振り子の要領で振り回すため予測した位置を予測した時間に切り払うことができるこの武器の使い道は――
 ミドリの剣が鋭い音と共にモンスターの爪を側面から強打した。盾では流しきれない斬属性重攻撃を、剣で方向を変え、盾で振り払って回避する! 剣はあくまでも盾の補助なのだ。攻撃するための剣ではなく、防御するための剣。これがミズキの編み出した技の一つだった。

「待たせたわね! 行くよッ!」
 シノンはHPが四割ほどまで回復し、弓で中距離からの援護を開始した。重攻撃技に頭を撃ち抜かれ、敵はスタン状態に陥る。その隙を狙い、短剣に切り替えて連撃を浴びせ、敵が立ち直るのを待たずに再び下がって弓に戻る。シノンは中距離で弓と短剣を切り替えて戦う独自のスタイルをこの戦いの中で考えだしていた。
 しかしアタッカーがシノンだけではやはり攻撃力が足りない。ポーションを飲んで回復を待ちながら戦っているというのに、すでにジリ貧になりつつあった。

 しかし、ミドリの期待通り――
「真打ち登場だよーっ☆」
「扉を蹴破らないでくださいよ、ストレアさんっ」
 ばあんッという凄まじい音と共に扉が破壊され、ストレアとイワンが転がり込んできた。二人は素早く状況を確認すると抜身のままだった武器を構え、突撃してくる。ちょうど挟み撃ちにするような隊形となり、一気に有利な状況になった。
「これなら――いける!」
「ああ!」
 シノンとミドリは頷き合い、最後の猛攻を喰らわせるべく駆け出した。



 やっとの思いでボスモンスターを倒したときはやりきった達成感を味わっていたシノンだが、しばらくすると今更ながら恐怖が彼女を飲み込み、思わずその場にへたり込んでしまった。
「シノン、大丈夫か」
 ミドリの問いかけにも弱々しくふるふると首を振るだけ。やがて絞りだすような声で彼女は言った。
「私……死ぬかと思った。一人で戦うこともできずに無力に怯えて生きるくらいなら、ここで死ぬのも悪く無いかって……でもHPが赤くなって、ここで終われるのかって思ったら……でも、ここでなにもできずに死ぬ、ただ何の意味もなく死んでいくんだって思ったら本当に悲しくて……怖かったよぉ……」
 ミドリがシノンの肩に手を回すと、いつもなら拒絶するであろうシノンは、しかし今は逆にミドリにしがみついて泣きじゃくった。

 五分くらいたっただろうか。やっと落ち着いてきたシノンは、もう大丈夫と言うとミドリから離れた。
「ごめんなさい、急に泣いたりして」
「いや、それはいいんだ。とにかく無事でよかった」
「あと胸を貸してくれたのはいいけど頭なでるのは余計だった」
 ミドリはむっとして言った。
「悪かったな、次は頭ぐしゃぐしゃにしてやる」
「次なんてないわよ、次なんて」
 苦笑しながら立ち上がったシノンは、やはり心配そうに見ていたストレアやイワンに大丈夫と言って笑った。
「じゃあ次は私がシノンの頭なでる番ね! ほらシノン、頭かして」
「だから頭は余計だって言ってるの、ちょっとやめなさいよっ、やめっ」
「ほらほらー、おねえさんになでなでさせなさいー」
「やめっ、やめてったらああぁー。そこの二人、見てないで助けなさいってえええぇ」
 シノンがストレアに捕まって頭をなでなでされているのを、ミドリとイワンはほのぼのと見つめた。
「おー、一分も経たずに『次』が来るとは思わなかった」
「いやー和みますねー。私もストレアさんになでなでされたいものです」
「いやそれはどうなんだ……」
 イワンの発言に一歩引いたミドリだったが、その後イワンも、ついでにミドリもストレアになでなでされるはめになった。何故こうなった、とはミドリの談である。 
 

 
後書き
ピンチの時、誰かが力を与えてくれてその場を切り抜けるという、なんとも使い古された展開ですね。しかしここでミズキが出てくるのは少し予想外だったんじゃないかな、と期待しています。
今回、パーティーで一人だけ孤立してボスと戦うという鬼畜難易度のクエストが出てきますが、この展開はゲームに従っています。もし私が考えるのならここまで絶望的な難易度にはしません。ゲームなので多少のご都合主義的展開になるのは仕方ないのでしょうが、プレイしていた時、このイベントはさすがにやり過ぎだと思いました。

なにげにイワンが吹き矢使っていますが、私にとって吹き矢は短剣に次ぐロマン武器です。毒とか塗って使うんでしょうね。ちなみに構えを取っているときに反対側から強く吹くと針が逆流して死にます。

今回の話の問題点は、お気づきの方もいらっしゃると思いますが、ずばり『剣鉈』です。ミズキの装備は剣鉈だと以前書いてしまったので、仕方なく剣鉈を防御転用するというかなり苦しい描写をしてしまいました。申し訳ありません。

追記:シノンが恐怖感に飲み込まれるシーンですが、あまりにも描写が簡潔ですね。時間ができた時に書き足すつもりです。 
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