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Element Magic Trinity

作者:緋色の空
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その雨が恵みになると信じて


ズキズキと全身に激痛が走る。力を込めようとしても、すぐに霧散するようだった。
たったの一撃で、とは考えない。竜の血が騒ぐ恐怖と、人間としての脆さ。その2つがおかしなまでに合わさった結果だとしか思わない。
けれど、脳裏に焼き付いたあの金色の光とシャロンの嘲るような笑み、全身を削り取るような一撃に、無意識のうちに体が震える。

「ティア!」

どこか焦ったような声で呼ばれて、どうにか顔を向けた。それだけでも体中が悲鳴を上げるようで、思わず苦痛が顔に出る。
それを見て目を見開いたナツはティアに駆け寄ると、ボロボロになった彼女を抱き上げた。

「おい!大丈夫か!?」
「……ぅ…」
「何つった!?」
「大丈夫に…見える……?」

この状態でも悪態づくティアに少し呆れつつ、ナツはギッとシャロンを睨みつけた。先ほどまでの嘲笑はどこへやら、澄ましたような無表情に戻っている。
それが更にナツの怒りを増長させて、周囲の空気がゆっくりと揺らめき始めた。ナツの怒りが魔力に伝わり、それでも抱えるティアの事を考えて炎に具現する事はなく、目に見えない熱が周囲の大気を熱して陽炎を見せる。

「テメエ……」
「随分な眼力ね。消すのは貴方からにした方がよかったかしら」
「消すつもりだったのか!?出来損ないとかそういう事置いといて、テメエの孫じゃねえのかよ!」
「戸籍上は、ね。そんな綺麗事で全員の目が覚ませると思ったら大間違いよ。そんな完璧じゃない女なんて、カトレーンに必要ない」
「完璧な人間なんている訳ねえだろうが!欠点があるから人間なんだろ!んなのも忘れちまったようなテメエが、ティアの事出来損ないなんて言うんじゃねえ!」

感情に任せて怒鳴ると、シャロンの眉がピクリと動いた。それに何を悟ったのか、ティアがはくりと口を開く。
開いた口から声が出るよりも早く、静かにシャロンの右手が伸ばされる。

「っぐああああ!」

ハッとした目を見開いたと同時に、その手から金色の光が放たれた。
まともに防御も出来ず吹き飛び地面に落ちたナツは痛みに表情を歪めつつ、ゆっくりと上半身を起こす。ふと見るとルーが悔しそうな表情で、どうやら風を操って落下の衝撃を和らげようとしてくれたようだった。顔を見るに、詠唱が間に合わなかったのだろう。
が、ルーはすぐに何かに気づいたように再び口を動かし始め、ルーシィ達もそれに気付いて目を見開き、事態が呑み込めないナツは眉を顰めた。

「ナツ!ちょっ…ダメだ、間に合わない!」
「?お前ら何言って……」

焦ったように叫ぶハッピーを怪訝そうに見つめつつ―――――ようやく、ナツは気づいた。
先ほど吹き飛ばされた時、手放してしまったモノ。気づいて見上げようとして、すぐ近くでドサッと何かが落ちる音を聞いた。
即座に顔を向けると、ボロボロになったティアが投げ出された人形のように転がっている。彼等が言っていたのはこの事か、と認識しつつ、痛む体を引き摺るようにして近づいた。

「おい、ティ……」

ア、と。
完全に彼女の名を呼ぶよりも早く、睫毛が震えた。開かれた瞳は状況が理解出来ないと言いたげに揺れ、それでも無理矢理に体を起こす。
ゆっくりと、目に闘志が戻る。ぱちりと瞬きをした時には、いつもの鋭い光が戻っていた。

「…何、その顔は。私が、この程度で…倒れるとでも?喧嘩売ってるなら後で言い値で買ってやるから……黙って、なさい」

ふ、とバカにするかのように笑って呟く言葉は途切れ途切れで、手放しそうな意識を必死に繋ぎ止めているようだった。
細く長い脚が震える。少しでも衝撃を与えればすぐに折れてしまいそうだが、それでもしっかりと立っている。所々破れたワンピースには血が滲み、地の色が淡いからかよく目立つ。
はあ、と大きく息を吐いたティアは、笑う。余裕なんて微塵も残ってないくせに、余裕たらたらに。

「あら、まだ生きてたの」
「そんな簡単に死ぬようじゃ、ガキの頃に死んでたわよ。そういうトコ…だけは、無駄に鍛えられてるの、私は」

今にもがくりと膝をついてしまいそうな状態で、ゆらりと猫背だった上半身を起こす。ニッと上がった口角はどこか清々しさを感じさせる。ぐいっと口元の血を乱暴に拭ったティアは、青い目を悪戯っぽく煌めかせた。
その姿にぞくりと背筋が震え凍る。今声を掛けてはいけない、近づいてはいけない、と警告されているようだった。

「ナツ」
「!」
「3分…いえ、2分でいい。時間を稼いで」

目を向けずただそれだけを呟いたティアをきょとんとしつつ見つめると、伝わってないと判断したのか溜息をついた。
じろりと目を向け射抜くようにこちらを見つめる目は、どことなく柔かい。伝う血の赤が白い肌によく映え、口元は拭ったからか掠れたように広く赤く染まっていた。

「勝つにはこの手しかないから……使うって判断以外はどうやったって出来ない。けど、“あれ”は詠唱が長いの。その間、あの女を引き付けておいて」
「けど、お前」
「言っとくけど、こんなザマだからって気ィ使う必要はないから。あれは私の獲物よ、それに手出しするつもり?」
「さっき“力貸せ”っつったのお前だろ!だったらオレの獲物でもある」
「だからアンタに任せてるじゃない」

心外だとでも言うように、ティアは僅かに目を見開いた。
意味が解らず首を傾げるナツに眉を顰めながら、ティアは言い聞かせるように呟く。



「アンタを信じて頼んでるの。だから、アンタも私を信じなさい」



向けられた目は、強かった。
これほどまでにボロボロな姿になっても、青い目からは力が消えない。不屈の精神という言葉をそのまま表しているかのようだった。
その目と言葉の意味をゆっくりと理解したナツは、考えるようにやや俯く。が、すぐに顔を上げ、ニッと口角を上げて、吊り目は爛々と光っていた。

「任せとけ!2分だろ、やってやろうじゃねえか!」

その答えに満足したように、ティアはふっと口元を緩め目の鋭さを少し和らげた。が、すぐに表情を引き締め、やや俯き小声で何かを呟き始める。
それが詠唱だと気づくまで1秒とかからず、認識すると同時にナツは勢いよく地を蹴った。










それは奥義。奥の手と呼ぶに相応しい、最大威力の魔法。
今のティアの全魔力を犠牲にして初めて使えるほどの魔力消費を考えると、そんな簡単にバカスカ使えるモノではない。けれど、今はこれを使う以外に勝てるであろう手はなかった。

そもそもの話。
ティア本人も、この魔法がどれほどの威力なのかを知らない。高威力だ、というのはあの明るい師匠から聞かされていただけであって、実際に見た訳ではない。
だからその“高威力”が彼女にとってのそれだったのだとしたら、常に高い攻撃力を振り回すティアから見ると大して強くもないものかもしれないのだ。大海白竜(アクエリアスドラゴン)大海薔薇冠(アクエリアスローゼンクローネ)レベルならまだ許せるが、もしこれで大海針雨(アクエリアスニードル)程だったら、もう勝ち目なんてない。前者2つと同等の威力だとしても、勝ち目なんてないのだが。

全魔力を使うくらいだからかなりの威力なんだろう、とは漠然と思っていた。けれど素直にそうとも言えないのが複雑怪奇な魔法であり、中には多くの魔力を使うくせに小さい効果しかない魔法もある。もちろん逆もある。
それを踏まえて考えると、“高威力”を素直に“自分が使える中での最大威力”とは考えられない。

けれど、もうこれしか手がないのも事実。
考えを巡らせた結果、どのルートを通ってもこれを使わないルートはない。四の五の言わずに師匠の言葉を信じるしかないのだ。
あのお気楽な人の言葉を信じろ、というのは実は結構な無理難題で、ティアは何度も溜息をつきそうになったものだ。言う事が今日と明日で変わってるような人だという事は、ティアが1番よく知っている。

これが失敗したら、それはこちらの負けだ。ティアは魔力が空で戦闘不能、ナツ達だってあらゆる奥の手を使っても勝てないだろう。そもそも今の彼等に奥の手を使う程の力が残っているのかすら解らない。少なくとも、ルーはもう防御と回復に集中するのが精いっぱいだ、と予想する。あの調子じゃきっと、どこかで第二開放(セカンドリリース)を使ってきたに違いない。
アルカも理由は解らないが疲労が目に見えて解るし、グレイは何やら気がかりな事でもあるのか目を落としている。エルザだって右腕を斬られていて、ルーシィはそろそろ魔力が限界だろうか。ハッピーはそもそも戦力と数えていないし、ナツだってここまで引き摺ってきてしまったのだから時間稼ぎが限界だろう、と思う。

つまり、全てはティアの一撃に懸かっていると言っても過言ではないのだ。
この一撃を決めて、ここまでの努力を無駄なものにしない。シャロンを倒し、一族の悪事を世間に晒し、ずっと辛い思いをさせてきてしまった兄と弟から重荷を消す。
ただそれだけを考えて、詠唱に集中する。

やけに自分に甘いあの2人の事だから、きっと心配しているだろう。
弟の方は“俺のせいだ”と自分を責めているかもしれない。そんな訳ないのに、と目を伏せる。悪いのは自分だ。何も出来ないで、ただ重荷でいる事しか出来なくて、それでクロスの行動の幅を狭めてしまっている。いつだって姉の事を優先させて、自分のしたい事が出来ないんじゃないかとさえ思う。
兄の方は、きっと書類を投げ出して駆けつけているだろう。普段はバカで、隊長なんて重要な立場にいるとは思えないような奴だけど、兄弟姉妹の事は大事にしてくれている。いつも突っぱねて怒る事しかしていないけど、本当は重荷になっている事を申し訳なく思っているのだ。

きっと2人は優しいから、それを否定する。
「姉さんが重荷…?そんな訳ないだろう。姉さんがいてくれないと、俺は俺でいられなくなる」と数年前に言っていたクロスを思い出す。その時の悲しげな微笑みが脳裏に焼き付いていて、それからティアは弟の前で“私は重荷でしかない”と言う事を止めた。
「お前が重荷だったらオレはその倍の重荷だよ。取り柄ねえし、そもそも愛人の子だしな」と言ってニコニコと笑っていた兄が脳裏を過る。彼とて苦しんでいたのに、いつだって励ます側にしか回らなくて。あの辛さに加えて妹の事を自分のせいだと責めていた。
勝って、2人を自由にしたい。“もう私の事ばかり考えてなくていい”と。




ここまで来るのに、彼等はどれほどの戦いをしたのだろう――――と、ふと思う。
それはただ閉じ込められていただけのティアには想像も出来ない。
私1人程度の事なんだから放っておけばいいのに、と思う。これはカトレーンの問題だ。クロスとクロノが関わってくるのならまだ納得が出来るが、ナツ達が関わる理由なんてない。まあ、そこに理由を見出してしまうのが彼等だという事は、ティアも解っているのだが。



「……“我が魔力を力に、我が魔法陣を扉とし、我が言葉を鍵とする”…」



傷ついてまで助ける価値なんて、自分にはない。
ただギルドから人が1人欠けるだけ―――――もしティアがナツ達のポジションにいたのなら、そう考えただろう。誰がいなくなろうがその人の自由でしかないし、四の五の言って変わるような中途半端な覚悟なら、それはそれで興味もない。
そもそも誰がいようが消えようが、ティアにとっては他人の話なのだ。だから誰がギルドからいなくなろうと、正直どうでもいい。それがそれなりに関わりのあるチームメイトだったり“友達”のジュビアだったりしたら少し興味は湧くが、それだけだ。
だから、その考え通りなら、ティアを助ける理由はない。あれだけ大人数のギルドだ、1人分の欠け程度なら数日あれば埋まる。
なのに、彼等はここまで来た。最後まで迷って結局置いてきたあの手紙から、ティアの辛さや苦しさを読み取って。



「“これは汝の為の言の葉、紡ぎしは言葉、与えるは力、解き放つは光”」



詠唱するティアを、温かい緑色の光が包み込んだ。それに気付いて目を向けると、座り込んだルーが左手をこちらに向けている。
大きな効果を齎す回復魔法を使う程の魔力が残っていないのか、小さい効果のそれを矢継ぎ早に詠唱し、次々にティアの傷を癒していく。一瞬その目が眩むように細まったが、すぐに立て直す。彼とて、もう限界なのだ。
口を動かしつつ首を小さく横に振るが、ルーはそれに気付いていながら回復を続ける。きっと、今のルーには何を言っても無駄だろう。

「星竜の剣牙!」
「うおっ!――――――やべっ、ティア!」

ナツの声にルーから目線を外せば、シャロンの広範囲攻撃がティアに向かって放たれていた。どうやらナツは咄嗟に避けたようで、慌てたようにこちらを見ている。
今ここで攻撃されれば詠唱が中断されてしまう。かといって別の魔法を使えば詠唱中断と見なされる為、使う訳にはいかない。今のティアは完全に無防備なのだ。
駆け出そうとするナツを抑えるようにシャロンが拳を叩き込むのを見ながら、ティアはどうするかと頭に考えを巡らせる―――――が。

「サジタリウス!」
「もしもーし!」
「アイスメイク “(シールド)”!」

突如、ティアの横から無数の矢が飛んだ。更に目の前には氷の盾が造り出される。
突然の事に目を見開くと、ルーシィとグレイがこちらを見てニッと口角を上げた。ナツが「ナイス!」と声を上げるのが聞こえる。
金色の光が全て矢で撃たれ氷の盾に阻まれるのを見つめながらも詠唱は止まらない。言葉代わりにぐっと親指を立てれば、2人も同じように親指を立てた。

「くっ…星竜の――――――」
「2度も同じ事させねえよ!火竜の咆哮!」
「!」

表情を歪めたシャロンの両手に溢れる金色の光を見たナツが、勢いよく炎を放つ。先ほどは突然の事に対応出来なかったが、1度起こってしまえば“なんとなく”でどうにでも出来る。
放たれればナツでも全てをどうにかは出来ない。だったら放つ前に妨害してしまえばいいだけの話だ。



「“この声を刃とし鎖を解こう、最後の鍵は我の中に”」



両手に魔力が集まっていくのを感じながら、ティアは考える。
どうやってナツに詠唱が終わった事を伝えるか、実は決めていないのだ。いつも使うような魔法の詠唱なら、一言二言ぐらい挿んでも問題なく使える。が、これのように奥の手に等しい魔法の場合、一言でも言葉を入れると集中が途切れてしまうのだ。
だから、ティアはナツに合図する事が出来ない。こんな所で躓くとは思っていなかった為、対応に遅れる。
どうしようかと考えを巡らせるティアの横を緋色と紅蓮が駆けていったのに気づいたのは、2人の一撃がシャロンに叩き込まれた時だった。

「はあっ!」
「うぐっ…」

気合の声と低い呻き声に顔を上げれば、“悠遠の衣”を纏うエルザと炎のダガーを投げつけるアルカが視界に映る。エルザの薙刀が叩き込む一撃の間を縫うようにダガーがシャロンを傷つけ、それを確認するよりも早くアルカは更に炎をダガー型にし、投げていく。

「もう十分そうだぜナツ!さっさと引っ込むか!」
「おう!」

ニッと笑ってティアに目を向けたアルカに頷き、ナツは後方へと跳ぶ。すぐに視界から3人の姿が消え、いるのはシャロンただ1人。
操る属性が違えど、アルカも元素魔法(エレメントマジック)の使い手だ。詠唱が終わっているかどうかぐらい、感覚だけでも解る。

「序でにこのくらいさせてよね……大空剛腕(アリエスアームズ)!」

全身を包む緑色の光に、別の光が合わさる。
ぐいっと引っ張られるように力が上昇したのを感じて振り返ると、疲労の中に笑みを浮かべて頷いてみせるルーがいた。
頷き返して前を見る。先ほどの一撃でよろけたシャロンがこちらを見ていた。睨むように見つめ返して、短く息を吐く。



「“目覚め、そして舞え―――――大海の女帝が命ずる!”」



魔法陣が展開する。響く鐘の音はいつも通りで、何故だかほっとした。
ズキズキと意識を引っ張っていきそうなほどの痛みはルーの魔法が和らげてくれている。詠唱を始めてからの攻撃はルーシィとグレイが防いでくれた。エルザとアルカのおかげで、時間稼ぎを任せたナツが攻撃に巻き込まれる事はない。
皆が信じていてくれている。ティアならシャロンを倒せると信じて、行動してくれている。羽を広げるように伸ばした両腕に集中する魔力にありったけの“全て”を乗せて、吼えた。



「全魔力解放!」



その声に、シャロンは全てを悟ったように目を見開く。瞬間、金色の光が両腕に集中するのをティアは見た。
きっと彼女は自分の勝利を信じて疑っていない。その為ならどこまでだって足掻くだろう。

「滅竜奥義!」

先ほどティアを一瞬にしてボロボロにした一撃に、呼吸が止まりそうになる。湧き上がる恐怖を必死に押さえつけて前を見据えれば、一気に全身が冷えきった。
感情を押し殺すのは昔からの得意分野で、今ではそれしか出来ない。だから恐怖の1つや2つくらい、なんて事はない。

(……本当に)

ふ、と口元を緩める。
その笑みが何を表すのかはティア本人にさえも解らず、ただ思うままに、呟けない言葉を脳内で響かせた。



(大嫌いだ)



――――――刹那。







大海ノ女神(アンフィトリテ)!」





「グランドクロス!」








水と光。
2つの旋風が、真正面からぶつかり合った。












その衝撃は、こちらにまで伝わる。

「う、わっ!?」
「主!」

とんでもない強風に煽られたかのようだった。
ぐらりと傾いたクロスをライアーが支える。周りに目を向けてみれば、他のメンバーも衝撃に耐えているようだ。先ほどのココロとポワソンが巻き起こした風が些細なものに思えるほどの衝撃に、クロスはハッとしたように本宅を見る。

「今のは……」










「くっ」
「何事だ!?」

クロス達よりも本宅に近い場所にいるヴィーテルシア達もまた、衝撃に耐えていた。
吹き飛ばされそうな体はパラゴーネが重力操作を使う事で固定している。塔の陰でエストを守るミラは突然の事に対応出来なかったようだが、もちろんそこにも重力操作の効果は伸びていた。
一気にこれだけの人数を固定している為か、パラゴーネの表情には疲労が見える。

「かなりの魔力が一気に……!パラゴーネさん、大丈夫ですか!?」
「寧静だ!この頻数っ…」

アランに叫び返すパラゴーネだが、彼女とて疲れはある。魔力消費はもちろんの事、傷が塞がれているとはいえ脇腹にだってまだ痛みはあるのだ。
衝撃に耐える術を持たないデバイス・アームズ達は吹き飛び、それを避けながらヴィーテルシアは呟く。

「―――――」

その呟きは、騒音に掻き消された。










「く、くくっ……あはははははははっ!」

また別の場所では、堪えきれない笑い声が響いていた。
魔水晶映像(ラクリマビジョン)を眺めるシグリットは目に浮かんだ涙を拭うと、それでもまだ笑い足りないのかクスクスと声を零す。

「もう終わりね…思う存分楽しませてもらったわ、妖精の尻尾(フェアリーテイル)

そう言って、くるりと背を向ける。
幾つもの魔水晶映像(ラクリマビジョン)が浮かぶ部屋で、シグリットは愛おしそうにテーブルの上の写真立てを撫でた。
シンプルなデザインのそれに収まる、1枚の写真。写真嫌いの娘が率先して撮る側に回り、夫と息子と一緒に取った家族写真を見つめる。
笑うエスト、微笑む自分、そして―――お気に入りの黒いジャケットを着てピースする、アルカの姿。それをぎゅっと抱きしめ、シグリットは目を伏せた。

「だけど……まだよ。まだ、私達は終わらない」












水が光を呑み込んだかと思えば、内部から金色の光に侵食される。シャロンが優勢かと思えばすぐにティアが立場を逆転させた。
2つの魔法がぶつかり合い、せめぎ合う。

「凄い…あれも、第二開放(セカンドリリース)なの?」
「違うよ。ティアの第二開放(セカンドリリース)はもっと広範囲でもっと凄くて……ありえないくらいに強いんだから」

ルーシィの問いに答えたルーの呟きに、ぞくりと背筋が震えた。
今の魔法で十分な威力なのに、第二開放(セカンドリリース)はその上を行くという。そんな威力を想像出来なくて、ルーシィは唾を飲み込んだ。

「ありゃオレも初めて見るが……ちょっとヤバいな」
「え?」

そう呟いたのはアルカだった。振り返って目を向けると、苦虫を噛み潰したような表情で2人を見つめている。
意味が解らず首を傾げていると、アルカはスッとティアを指さした。

「見ろよ、明らかにティアが押されてる。多分魔力残量の問題だ」
「!」

ハッとして目を向ければ、確かにティアの表情は歪んでいる。衝撃を耐えるように持ち堪える足が小さく、それでも確かに後ろに下がっていた。
徐々に金色の光が押し始め、視界が霞むのかティアは何度も瞬きをする。前へ伸ばされた腕が小刻みに震え、華奢な体躯は今にも吹き飛ばされてしまいそうだ。

「僕の魔力をティアに流せばどうにか…!」
「言いたくねえがそれじゃ足りねえ!それにお前だって魔力がもう限界だろ、これ以上やったら死ぬぞ!全員で加勢するのが手っ取り早いが……」
「あれのどこに入っていくんだよ!確実に巻き込まれちまう!」
「わーってるよグレイ!んなこたぁ百も承知だ!あれに巻き込まれりゃ一瞬でお陀仏だろうよ!けど、あのままじゃ真っ先に死ぬのはティアだ!」

その言葉に、何も言えなくなる。今誰よりも攻撃に晒されているのはティアだ。グランドクロスを防ぐ手はないし、全魔力を注いでいるから魔法も使えない。
となれば、真っ先に攻撃を受けてしまう。無防備な状態で、どうする事も出来ずに。
ルーがある程度回復したとはいえ、もう1度滅竜奥義を受ければティアへのダメージは相当だ。ただでさえ弱点である滅竜魔法の奥義を2度も喰らって立っていられる可能性はゼロに近い。ほぼゼロと言ったって間違ってはないだろう。

「じゃあどうすりゃ……!」

いいんだよ、とナツが噛みつくような勢いで叫ぼうとした、瞬間。








《大丈夫だよ》








声が、聞こえた。
温かく柔らかい、女性の声。いや、まだどこか幼い気がするから少女だろうか。聞き慣れない声にルーシィは首を傾げ、ふと隣にいるルーに目を向けて―――――目を見開いた。

「どういう、事?……何で、声が」

ポツリと聞こえた言葉は驚きに溢れていて。
周りを見回せば、集中するティアとシャロン以外の全員が目を見開いていた。








《みんなの代わりに、あたしが行くから。君達はここで、信じていて》








ふわり、と揺れたのは暖色。その色には見覚えがある気がして、ルーシィは無意識にそれを目で追っていた。
姿のない声は笑うように揺れて、震える声でナツが問うた。

「お前……何で…」

ここにいるんだ?と続いた声はどこか掠れていて、更に訳が解らない。どこかで知ったあの暖色を思い出そうとするルーシィから記憶を引っ張り上げるように、声は言った。








《弟子のピンチに何もしないなんて、師匠失格でしょ?》








それに気付いた瞬間、ルーシィも目を見開いていた。
フラッシュバックする記憶はギルドで見せてもらった写真で、あの暖色がピタリと当てはまる。初めて聞く明るく朗らかな声は優しくて、柔らかな何かに包まれているようだった。








《待ってて。あたしが、君達の分まで頑張るから》








そう言って遠ざかる声と気配に、ナツが何かを言おうと口を開いたのが見えた。












今にも膝をつきそうなのを必死で堪え、瞬きを繰り返す事で視界の霞みを消そうと試みる。
それでも何も変わらなくて、ティアは悔しくて歯を食いしばった。ここまで繋いでもらったのに、最後の最後で何も出来ない自分の弱さが憎たらしい。
嘲るように笑みを浮かべるシャロンをこの手で倒して、全てを終わらせる。そのつもりでここに立っているのに、結局何も出来ない。繋いでくれたここまでの努力を無駄にする事しか、出来ていない。

(負けて、たまるかっ……!)

どれだけ思っても、何も変わらない。感情に比例して威力が上がるアイツの炎が羨ましいと思ったのは初めてだった。
もう、魔力なんて残っていない。これが最高で、全力で、最後だ。
なのに、全然足りない。負けたくないのに、ここまでの努力を無駄にしたくないのに、これじゃ勝てない!

(……悔しい、な…)

視界が滲み、揺れ、頬を涙が伝った。
何が最強の女問題児だ。何が海の閃光(ルス・メーア)だ。こんな時に最後を決められないような奴の、どこが強い。周りの努力を潰す事しか出来ない奴の、何が強い。
どうしようもない悔しさに押し潰されそうで、ティアは真っ直ぐに前を睨みつけた。








《大丈夫だよ》








そんな時だった―――――懐かしい声が、耳に飛び込んできたのは。
2年前を最後に、聞く事が出来なくなった声だった。いつも近くにいて、それでも突っぱねる事しか出来なかった優しさだった。
後ろから抱きしめられるような、そんな温かさを感じる。顔に伸びた熱が、ティアの涙を拭った。








《信じて。みんなと、自分を。まだ終わりじゃない…まだ、負けてないよ》








懐かしい声に縋りたくなる心を堪え、こくんと頷く。柔らかな温かさは笑うように強くなり、悔しさの全てが安堵へと変わるのを感じる。
何の根拠もないはずなのに、この声で大丈夫だと言われると本当に大丈夫な気がしてしまうから不思議だ。何度も励まされた言葉に泣きそうになるのを抑え、しっかりと前を見据える。
そして、ゆっくりと口角を上げて、呟いた。絶対の自信と、少しの強がりを込めて。

「……やってやろうじゃない」















眩いまでの青が、ティアの両腕を包み込むのを見た。
そこからリボンのように伸びた青色はティアの一撃に巻き込まれるように回転し、一気に威力を倍増する―――――!

「なっ……」

シャロンの呟きが、騒音の中でハッキリと聞こえた。あの声の驚きから覚めたナツ達は、呆然と言葉を失う。
先ほどまでの光景が嘘のように、ティアはどんどん威力を増していく。どこかに魔力を隠し持っていたかのようだ。伸びる青いリボンのようなそれは尽きる事を知らず、一気にシャロンの光を呑み込んでいく。

「…おいルー、あれって……」
「うん……間違いないよ、あれは…あの人の……」

いつだって明るくて前向きだった彼女。そんな彼女が独自に編み出した魔法を、彼等は知っていた。
不思議そうにこちらを見るルーシィに答えようとして、何故か言葉が出て来ない。口を開いては閉じてを繰り返すルーの代わりに、エルザが口を開いた。

「あれはアイツの大雨(レイン)……それに…対象に全魔力を注ぐあの魔法は……」

エルザが何かを続けようとした。
が、それは当然のように騒音に掻き消され、ルーシィの耳に届かない。気になってもう1度聞こうとして――――――意識を、引っ張られる。




「あああああああああああああっ!」




それは、絶叫。
完全に呑み込まれた光同様に、シャロンがティアの水に呑み込まれる。しばらくして吐き出されるように飛び出たシャロンは攻撃を仕掛けようとするが、遅い。

「!」

持ち前のスピードで一気に駆け、水の翼とは別の―――――鱗に覆われた竜の翼をその背中から生やすティアが、近くにいた。
全魔力を使ったはずなのに平然としている孫の姿が、初めて恐ろしく感じる。一気に恐怖に突き落とされたシャロンは、最後に孫の冷たい声を聞いた。

「腐りきった場所の頂上は、どうせ脆いだけよ」

冷たい目だった。
ありとあらゆる感情を消し去り、ただ相手を軽蔑する為だけに向けているような目。その中で確かに蠢く殺意を、全身で感じ取る。


そして、一族の憎悪の対象だった少女は、その憎悪の全てを返すように。
どうしようもないシャロンを嘲笑するかのように、悪戯っぽく口角を上げた。






「だから、私が壊してあげる。時間をかけて築いてきたものを、一瞬で」






その笑みは、悪役のようだった。












ああ、どうやら祖母は怯えているらしい…あらあら、震えちゃって。
そんなに怖い顔をしているつもりはないんだけど。ちゃんと笑っているでしょ?それとも、お望みの顔はこれじゃなかったかしら。ええ、そうね。きっと望むのは泣き崩れた顔でしょうね。
本当に趣味が悪い。人間(ひと)の泣き崩れた顔なんて、求めるほどの価値はないというのに。




上に立っているという優越感に溺れる日々は、さぞ楽しかった事でしょう。
けれど、そんな日々も今日で終わり。救命胴衣は投げてあげるから、さっさと陸に上がっていらっしゃい。

……あら、何かしら。その顔は。
溺れているから助けたのに、何故そんな顔をされないといけないの?




――――――ええ、そうでしょうね。これはアンタにとっては救助ではない。
これをどう受け止めるかは人それぞれだけど、間違いなく助けた訳ではないわ。
投げた救命胴衣は崩壊と終わりの合図。陸に上がればその罪は世界に晒され一族は終わる。誇り高き女王様からすれば、座る玉座がないのは耐えられないかしら?
ふふ、床にそのまま座る生活も、慣れてしまえばどうって事はないわ。






これは、私なりの復讐。
……ああ、勘違いしないで。別に私個人の憎悪という訳ではないから。アンタ程度を憎んでたら、私の人生は損しかないもの。

けど、怒ってはいるのよ?




アンタが私を貶めるような事をしなければ、あの2人はもっと自由だったのに。
今以上の力を求めなければ、コイツ等を含むギルドの奴等が戦い傷つく事もなかったのに。


辛い事実に向き合わざるを得なかった奴も、心にまで痛みを受けた奴もいるでしょうね。
それもこれも今回の事は、全てアンタが原因なの。
……何?言い訳があるとでも?そんな逃げ道、私が用意してやる理由はないわ。あるとしても、全てを全力で塞ぐだけ。





私の周りにいる、あの人が愛した人間(ひと)達を。
―――――私の存在を私だと認めてくれるコイツ等を苦しめる事だけは、許さない。








さあ、後悔しなさい?
自分の行動に、先を考えなかった浅はかさに、己の愚かさに。
全てと向き合い考える時間はたっぷりあるわ。だってこれからは1歩も外に出られない日々が続くものね。




……ええ、アンタも巫女だから、私と同じような目に遭った事があるんでしょう。こうなってしまった原因は、そこにもあるでしょうね。
周りの憎悪を受けて、そこにいる事を認めるどころか許されてもいない。使用人のように扱われて、土地の外に出る時は一族の者だと知られないように変装して。
その辛さはよく解るわ。だって私も同じだったもの……けれど。





――――――その辛さを知っているはずのアンタが、そうしたのを忘れたの?








……さあ、ここまでにしましょうか。他にも聞いてほしい言い訳があるなら、じっくり聞いてくれるいい場所があるわ。
きっと評議院なら、“事情聴取”と称して沢山会話が出来るわよ。






「腐りきった場所の頂上なんて、どうせ脆いだけよ」






思い残す事は何もないかしら?私はもう満足よ、十分すぎるくらいに。
……ああ、でも最後に、言いたい事が1つだけ。






「だから、私が壊してあげる。時間をかけて築いてきたものを、一瞬で」








―――――――そんなありったけの思いを込めて。
恐怖で停止したあの女の顎に、ありったけの力で蹴りを叩き込んだ。 
 

 
後書き
こんにちは、緋色の空です。
終わった…終わったあああああああ!最終決戦遂に終了!ここまで読んで下さった皆様に感謝です!
だがしかし!ROE編はまだ終わらない!次回とその次、あと2話だけお付き合いくださいませ!

さて、とりあえずはここでティアはいろいろと決着をつけた訳ですが。
次回はね…今回誰よりも頑張った彼女に、ちょっとしたご褒美です(解っても言わないで!)。

感想・批評、お待ちしてます。
最後の方でティアのちょっとした成長が見えたり見えなかったり?が今回です。因みにエルザが言いかけた彼女の魔法の名前はちゃんと載せてますよ~。多分すぐ解りますけどね。 
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