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或る皇国将校の回想録

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第五十四話 将軍閣下達の憂鬱

 
前書き
今回の登場人物

堂賀静成 陸軍准将 陸軍軍監本部情報課次長

安藤吉光 兵部大臣 陸・水軍の軍政を統括する最高責任者 東州伯爵

志倉久正 軍監本部総長 宮野木家分家当主

馬堂豊守 馬堂家若殿 兵部大臣官房総務課理事官 陸軍准将

田崎千豊 〈皇国〉最大の軍需企業・蓬羽兵商 女店主

高橋   大手両替商三蔵屋・皇都本店の大番頭
 

 
皇紀五百六十八年 七月 十九日 午前第九刻
陸軍軍監本部 第二会議室 陸軍軍監本部 情報課次長 堂賀静成准将


「――ふむ」
 現在の戦局と敵情を分析し、取り纏めた書類束を観ながら会議の副議長を務める事になった堂賀静成准将は顎を撫でながら面々を眺める。
 戦務課は撤退とその後防衛計画の策定に〈帝国〉軍の龍兵対策に大わらわ、兵站課も損害の補充や防御計画にそった物資の輸送計画や水軍との連絡に忙殺されている。残留している部隊を掻き集めて〈皇国〉内地を分断する虎州の三大街道に防衛線を構築させながら第三軍と龍州軍・近衛総軍の受け入れの用意を整えなければならないのだ。
 情報課も彼方此方から<帝国>軍の情報を掻き集めながら、〈帝国〉軍による龍州占領後の情報網を再構築しており暇ではない。

「――故に軍監本部として、後備の動員数を増やす為にも、早急に皇龍道・内王道を確保し、避難民を関州に受け容れる事を警保局に提案しました。
警保局は、〈大協約〉の保護規定にある都市への避難を想定しており。陸軍の支援を受けない限り計画の変更は不可能であると返答しております。戦務課としましては、主攻正面と予想される皇龍道の防衛に全力を注ぎ、集成第三軍、及び内王道防衛の任にあたる駒州鎮台を内務省の要請に応え、避難民の保護支援に当てる事を提案します」
 一礼し、戦務課勤務の按田中佐が着席する。
 龍州出身の衆民院議員と内務省の後押しで予算が下されたこの大疎開計画は、軍部も無視することはできない。関する報告を受け、議事に呼びつけられた他の参謀達も囁き合う。
「兵站課としては、皇龍道・内王道の防衛に必要な兵站の構築に全力を注がねばならない事を理解していただきたい。単なる後方連絡線の構築だけではない。
軍単位の築城作業や長期宿営に必要な設備の設営――取り分け、これらは雨期までに最低限の段階まで進捗しなければ、国防戦略が崩壊するだろうと、兵站課は考えている。
後方支援要員を引き抜いて充てる事は不可能だと想定してもらいたい」
 原坂中佐が兵站課としての意見を述べる。護州閥の人間だが輜重将校として苦労を重ねただけあり、人としての評判はかの草浪中佐よりも高く、交渉役として護州閥の人間たちにも重宝されている。
情報課の尾島中佐が口を開く。
「情報課としては、戦務課の提案に異存はない。問題は後衛戦闘部隊が追撃を防ぎきれるかどうかだ、本領より十万――おおよそ三個師団規模と思われる増援が北領に集結している情報を既に各部署に回した筈だ。この兵力に押しつぶされて早々に後衛戦闘が不可能になったら話にならない。陸軍主力の転進に関する戦務課の展望を拝聴したいのだが」

「三日から四日程、泉川を根拠地とし、龍州軍・及び近衛総軍を後衛戦闘にあて、亢龍川において渡河点の防衛を行う。その間に第二軍を東州・第三軍を虎城まで転進させる予定である。第三軍には必要に応じて民間人の保護に関して地方警務本部を支援する」
 按田は如才無く展望を述べた。
「閣下」
 原坂中佐が手を挙げ、議長役を務めている窪岡戦務課長が頷いた。
「うむ」
 
「兵站課より補足させていただきます。兵員の運輸に関してですが、輸送船舶は東州派遣兵団の運輸に使用した物を中心に必要分は東州より既に港湾に集結し、東海洋艦隊の指揮下に入っております。
港湾都市である育浜まで辿り付けば即座に東州へ第二軍を輸送できる事は艦隊司令部より確約を得ております」

「第三軍と民間人の退避にはどれ程かかるのか?」
 尾島中佐の問いかけに原坂中佐が短く答える。
「少なくとも五日は見積もって頂きたい。それまで兵力が持たせる必要がある予想される敵戦力は?」

「最新の情報によると〈帝国〉本土よりより増援が届くとおおよそ十四万を超えるものと予想されます。本営と再編中の部隊の防衛に一個師団と直轄部隊をあてるものと考えるならばおそらく〈帝国〉軍が追撃に回す兵力は十万程になると戦務課は想定しています」
 呻き声が会議室に満ちた。
「――第三軍の現有戦力を後衛戦闘に充てる事はできないのか?」

「第三軍は西州・駒州鎮台の主力部隊を多数組み込まれており、最優先で虎城に戻さねば防衛線構築が極めて困難になります。現状、虎城の主要街道に即座に展開出来る護州・駒州鎮台の兵員と第三軍を合流させて漸く七万程度です。侵攻路に成りえる三道の防衛を辛うじて行う最低限の兵数に届く程度であり、これ以上の損失をしいる事は危険であると判断できます」

「それも後方支援を整えた上である事を忘れないで頂きたい」
 原坂が顔を歪めて戦務参謀へ釘をさす。
「戦務課としましても支援部隊の運用に関しては兵站課との協議を怠るつもりはありません」
 按田中佐は兵站参謀へと頷いた。陪臣が得る護州の窓口としては最高の相手を敵に回す事は彼には考えられなかった。

「ならばまずは――」
参謀たちはその頭脳をもって策を練る閨閥の利益と職務を擦り合わせ、次の春まで国を繋ぐ為に。
 ただ国のためだけではなく――どうにか国家の命運を繋がなければ何もかもが失われ、閨閥が弱まれば己が消えるのだから。
 堂賀はそれを批判するつもりはない、だがそれでも愚痴を内心にこぼすくらいはした。
 ――まったく、健康に悪い仕事だ。



同日 午前第十刻 皇都 兵部省 兵務局総合庁舎 兵部大臣執務室


「・・・・・・ふん」
兵部大臣である安東吉光は報告書に目を通すと鼻から息を吐き出した。 だが、陸軍・水軍の軍政機関の頂点の座に在る老人は感情を殺しきれているわけではない。
 ぶるぶると震えている肩と引き結ばれた口を見ればそれはあきらかだ、現に個人副官も官房に退避している。
 安東家が財政破綻寸前まで追い詰められている中で執政府での影響力を保ち続け、東州の復興と家産の立て直しに奔走した能吏である。
 彼の怒りを買いたがる者が兵部省に居るはずはない。
 対面に立っている軍監本部総長・志倉久正大将も同じ思いを共有していた。
 並立している軍令機関の長と言うよりも部下の官吏であるかの様に汗を絨毯に滴らせながら顔を伏せている。宥め役だった官房長も、個人副官すらも既に逃走しており、当事者である彼のみでその怒りの津波を受け止めねばならない。
「志倉総長!!これは一体どうした事かね!!」
「こ・・・後備の動員が不完全でして・・・今少しの時間と予算をいただけていれば・・・」
 軍政に問題があるのだと総長は反論しようとするが、その口調は弱々しいものである。
「弁明は罪悪と知りたまえ!そもそも、来度の戦に軍の主力を投じたのは貴様らが勝てると判断したからだろうが!!こうも敗北が続くとは・・・・太平の世の毒が回ったか」
 それに対して安東伯は怒りに任せて執務机を叩き、怒鳴りつけている。
形式上の対等関係が無視されたこの光景の理由は、二十五年の太平に適応した軍隊の必然だけではなく、彼の主家である宮野木家の情勢も関わっている。
 背州公である宮野木和麿は退役に追い込まれており、主家直系の軍人である宮野木清麿は三十半ばを過ぎた程度の若さで中将の任に着いているが、政治的実権を父が未だに握っている所為もあるのか五将家の次代を担う陸軍将官としては異常なほどに政治的な活動を起こさず、口さがない者には糸の切れた傀儡とまで言われている。
 二年前に彼が軍令機関の長へと推挙された事はこうした事情によって弱体化した宮野木閥に所属し、彼が穏健な(或いは気弱な)性格である事が強く影響している。 戦慣れしていない軍隊に付き物である硬直化した運用思想はこの〈皇国〉陸軍でも例外ではなかった。
 事実、新兵科である剣虎兵に関しては〈皇国〉陸軍史上でも最高峰の柔軟さで運用法から軍装まで変革を遂げているが、既存の部隊に関しては大隊縦列の運用や銃兵隊に随行する砲兵の増強などが行われ、相応の効果を見出されているが、正面戦闘で〈帝国〉軍と戦うには質・量共に不足であるのが現実であった。
 一通り軍監本部の失態を罵ると疲れきった老人は椅子に身を沈めた。

「我々は明英大帝以来、不可侵の楽土、この〈皇国〉を東半分〈帝国〉なぞに譲り渡したのだ。
儂は陛下になんと言ってお詫びをすればよいのだ・・・。


「・・・・・・」
 志倉は無言で首を振るだけだった。つまるところ相手が悪いとしか彼が言える解答が無いのだ。
「・・・軍監本部はこれから如何に凌ぐつもりだ?」

「皇龍道・内王道の二街道を早期に封鎖します。早急に防衛線を構築し、後備部隊の戦力化を急ぎます」

「・・・それで?」
 まぁそこは常道通りかと安東も頷く。
「敵の兵站線は伸びきっており、水軍の通商破壊によって負担をかけ、消耗させます。」

「・・・・・」
 楽天的過ぎないだろうかと言いたげに目を細める。
「機を見て反撃に転じ、敵を駆逐します」
「どうやってだ?北領で数の優位をもってしても敗退したのは何処の軍かね?」
 たまりかねたのか安東が志倉を問いただす。
「導術による指揮運用体制を整えさせれば或いは・・・」

「ほう!軍監本部総長殿は“或いは”で軍主力を投入するのかね!?」
 嫌味たっぷりに安東が声を上げる。
「は・・・」
 再び萎縮した志倉に安東は溜息をついた。
「冬営に耐えうる態勢を整える事と後備の動員を可能な限り徹底する事に関しては最大限の努力を行なう事は確約する。・・・軍監本部には春季の国防戦略に関してより具体的な立案を要請する」

「承りました、それでは」
そう言い残し、そそくさと出て行った軍監本部総長を見送った老人は――重いため息をついた。

「あぁ、君。済まないが何時ものやつを頼むよ。」
 従卒が即座に運んできた薬茶が胃に染み渡るのを感じながら溜息をついた。
 ――次は追加予算編成の為に大蔵省との折衝か。
この半年で一気に老け込んだ事を自覚しながら更に老け込む仕事へと立ち上がった。



同日 午後第二刻 蓬羽兵商工廠
兵部大臣官房総務課理事官 馬堂豊守准将


 ――この建物自体が一つの生き物のようだ。
 〈皇国〉最大の軍需企業、蓬羽兵商の工廠を視察している大臣官房の実務を取り仕切る者のひとり、馬堂豊守総務理事官は、素直に感嘆していた。
「大したものですな。御店の工廠を訪ねさせていただいたのは十年も前ですから、こうも流れるように、というものを見るのは初めてですよ」

「一日いただければ一個大隊に施条銃を配ることができます。工廠の増設が完了すれば並行して砲工廠で、擲射砲中隊をつくれます!規模がね!違うんですよ!」
 本店の筆頭営業手代が揉み手をする。三十手前程だろうか、いかにも新進気鋭といった雰囲気だ。
「蓬羽はこのような工廠を複数、皇都だけではなく皇州に複数散らして持っております。貴省から更に御支援をいただければ、更に生産力が向上!御国の護りも万全です!」

「そうかね」

「ハイ!御国を護る精兵達をこうして支えているのです!
御国がさらに発注してくださるのならば我々もいくらでも――」
 豊守が静かに笑みを深めた。

「そこまでになさい」
 凛とした涼やかな声が工廠の騒音を貫いた。
「お、奥方様?」

「熱心なのはいいけど、もっと相手を見る事ね、下がりなさい」
 先ほどまでの丁重ながら自信に満ちた態度の手代とはまた違う静かで芯の通った歩みは、男であれば良い将校となったであろう、豊守に確信させるものであった。
 金属粉が舞う工廠の中でもその身にまとい寡婦羽織は最大手兵器商を切り回す辣腕女主人のトレードマークとなっている。
「申し訳ありません、閣下」
 蓬羽兵商の女主人、田崎千豊はにこりと整った顔に笑みを浮かべた。

 すごすごと工廠を出てゆく手代を見て豊守は肩をすくめた
「なに、あぁした鼻息が荒いもの嫌いではないよ、半刻くらいの間はあの手の騒がしさは目新しく感じる」

「ならば今少し目新しい物はいかがでしょうか?」
 微笑を浮かべたまま手招きすると屈強な工員が箱を運び込んだ。
「これは――?」
 箱の中身を見て豊守は息を飲んだ。
「はい、私共が御国の起死回生を賭けている新作の一つでございます。
試作六十四式鋭兵銃と仮称しています」

「遂に完成したのか――成程、手が込んでいる。
だがこうも手が込んでいると軍人の蛮用に耐えられるのかね?」

「その手の試験運用を実地で行えれば良いのですが。えぇ無論、書類上の基準は達しておりますわ」

「ほぅ。だが実績のない兵器をいきなり前線で用いるわけにはいかんな。やるとしても小規模にやらなくてはいけない。参ったな、そうなると単価がな。量産を決定づけるわけでもないから将家の軍に持たせるわけにもいかない」

「……」

「そうなると辛いな、実際辛い。部署が違う、私は総務課の者だ。予算に直接あれこれ融通を聞かせるわけにもいくまい。主計課じゃないからな、話を通すくらいなら努力するが」
 千豊が微笑をひくつかせるが、意に介さず豊守はにたにたと笑いながら言葉をつづけた
「いやはや、なにか説得材料があればよいのだが、説得材料があれば陸戦隊を扱う水軍にも口利きできるのだが」

「……三百丁程を無料で提供できます。整備用の部品や予備の供給は有料ですが」

「おぉすまんな。なに、それであれば駒州軍に口利きできる。そうなったら前線にいる試験的な部隊に供与されるだろう」
 つまりは例の第十四聯隊に回る(馬堂家が支払う)という事である。
 千豊も即座にそれを理解し、からかうように言った
「閣下も子煩悩ですわね」

「笑ってくれるな、一度死んだと思うと、どうもな」

「笑いませんわ――笑う相手は好き好んでそんな真似をする連中ですよ」
 寡婦である大店の女主人はたたえた微笑に苦いものを混じらせた。

「――あぁそうだな。そうだろうな。いやはや耳が痛い。だがまぁ許したまえよ、ここで戦争が終わったら市井は二度と戻らんよ」
 豊守も千豊も笑みを絶やさず、内心の苦虫をつぶしたような思いを飲み込んだ。
 ――なんともはや戦争という物は



同日 午後第五刻 皇都内某所
三蔵屋大番頭 高橋 


〈皇国〉財界の利益調整組織である〈寄合〉、その構成員達が集う場所に大手両替商の番頭、高橋は居た。
 品よく豪奢な毛氈敷に丁重に刈り込まれた樹木と敦川から流れる涼やかな風が通る
上座に田崎千豊が座る。これは恒久的なものではなく月番で決められるものであった。
高橋から一人挟み、上座側に座る槇氏政に艶のある流し目を送り、議事進行を始める。
「さて、皆様。そろそろ始めようと思います」
女性がこの場を取り仕切ることに文句をつける物は居ない。〈寄合〉の構成員は〈皇国〉の経済を担う三十名以上の大店の利益代表者であり、この場にいる全員がその構成員である。つまりは競合しているか、取引相手か、どのような形であってもこの場にいるのならば、大半の人物がどれほどの辣腕を振るっているかを知っている。
 だからこそ〈寄合〉の構成員に選ばれた事で高橋が取り仕切る三蔵屋はようやく皇都で誰もが大店と呼ぶようになったのである。
そしてそれほどの者たちが集まる、それだけの価値がこの場にある。
と言っても〈寄合〉のみがこうした場に価値をもたらすわけではない、無論、〈皇国〉経済の事実上の意思決定の場に招かれるだけでも大いに価値がある、だが商家にとっては、むしろ〈寄合〉の構成員の間で行う“雑談”の場を提供しているからこそ、といった面もあるのだ。

「先日の回状の通り、これより流入が予想される疎開政策の避難民の扱いについて。ということですが」

「――三蔵屋様はいかがでしょうか?」
 駒州と関わりの深い三蔵屋に話が振られる。弓月が発案し、駒城が推し進めた政策。当然、このことを予測したうえで高橋は好々爺然とした笑みを崩さずにいう。

「さてさて、無論、貧ずれば不要な軋轢を産みますからな、なにもしないという真似はしますまい。
人手が必要な場はこれからも増えるでしょう、徴兵分の補填というだけではなく。そうした場への斡旋は必要になるかと」
 あくまで商いの範囲でだけ言明を行う。高橋は既に芳峰夫妻との取引を行ったときにこの考えを温めていた。鉱工業だけではない、これから兵をとるのならば、必ず人手を欲する場は増える。ならば商いになる、欲求が増えるのならば、そこに売りつければよい。

「だが、問題はどれ程の頭数が流れ込むかではないですかな。軍部はそこから補充兵を捻出したいようだが」

「間に合わねば近隣の〈大協約〉保護下の都市に逃げ込むだろうからな。
無論、逃げるにしても役人達は虎城より西に逃がしたいようだが」


「結局のところは敵さんの問題でしょうな。連中がどれほど元気に動けるかで我らの命運も決まる。冬まで軍隊が持つことができれば一息つけると軍人さん達は考えているようですが」

「就業斡旋は行う。だがそこから先は状況次第、という事でよろしいでしょうか?」
 誰もが頷いて見せた。彼らにとっても悪い話ではない。どこもかしこも人手が足りなくなるだろうとは分りきっている。
「妥当でしょう。それまでは情勢を見極めるという事で」



皇紀五百六十八年 七月二十二日 午前第十刻
龍下ノ国 大喉 〈帝国〉東方辺境領鎮定軍本営


ユーリアは痛むコメカミを押さえて、目前の被害報告が突き付ける現実に苦労して向き合った。

「第21師団は・・・・再建まで最短で二ヶ月。
第三東方辺境領胸甲騎兵聯隊は壊滅、残存戦力は二個大隊弱。
騎兵師団も損害が二割近く」

目立った被害だけでも精神的にかなりクる。
更にこの後、再建予算の見積りも漏れなくついてくる。

 ――これ以上部隊を引き抜く事ができないとなると後備の動員も視野に入れる必要がある。万が一そうなったら更に軍事費が――ええぃ!まだ絶望にゴールしてたまるか!

 厭な未来を想起させる数字を振り払い、現実に対峙せんと気力を振り絞る。

「何より・・・・将官の三分の一が戦死、これは看過できるものではないわね」

「流石に動員で補いがつく類の問題ではありませんからな」
 メレンティンも真摯に頷いた。
「熟練した指揮官はどのような軍でも宝石より貴重なモノです。精兵を精兵たらしめるのは将校と下士官故に」

「分かっているわ。取り分け東方辺境領軍の骨子はそれだもの」
 練度の高い兵を率いた優秀な前線指揮官とそれを管制する将達。それは、軍隊の基本であり、莫大な予算と官僚達の苦労によってようやく創られたものである。
 この〈大協約〉世界、それも銃器の時代を受け入れた軍の中では異常な規模の精鋭軍である。
独自経済の脆弱さを考えるならば絶対君主制でなければ持ちえないもの程の軍である。

「――当面は本領からの増援に頼るしかないわね。本土に残った者から将校を見繕わないと。
第三東方辺境領胸甲騎兵聯隊の残余部隊は本営の護衛を務めた――」

「バルクホルン少佐でしょうか?」

「えぇ、彼を中佐に昇進させましょう、聯隊の再建まで聯隊長に仮任命します。
当分は軍司令部の直轄とし、再建に全力を注いでもらいましょう」

 メレンティンはそれを聞くと満足そうに頷いた。彼の見る限り、バルクホルンの手腕は見事なものであった。
 カミンスキィと能力の甲乙はつけ難いが、聯隊長としての適性を考えるのならば政治的野心を持っていない分、自分の神経に優しいバルクホルンの方に軍配が上がるのは当然であった。
 カミンスキィの後釜まで野心を抱くようでは最悪、聯隊の解体までも視野にいれていた。何しろ厄介極まりない事に、軍事的に妥当な野心を満たす成功例を残してしまった以上、第三東方辺境領胸甲騎兵聯隊長の座は単なる騎兵の花形、軍の最精鋭の騎兵将校の座以上のものに成り果ててしまう可能性が高い。
 彼の姫君はそうした類のことには無頓着であり、彼は参謀長としてその類の事を補佐する事を自任していた。

「フリッツラーの師団の追撃はどうなっているか」

「第十五重猟兵師団は追撃を行なっていますが、現在は敵の後衛軍が河川を盾に防衛しています。
これ以上の攻勢は戦力比を考えますと、流石に単独では限界かと」

「当分は本領からの部隊に任せるしかないということね」
 ユーリアは不服そうに外に視線を飛ばす。
 所定の計画ならば東方辺境領の生え抜きからも一個師団は出す予定だったのだが、予想以上の消耗を受けてしまった事が気に入らないのだ。
「龍兵とデュランダール師団長の第三師団を投入すれば突破も可能でしょうが、再編成までかかる時間を考えるのならば本領からの増援を待つ方が確実でしょうな。
先発部隊の到着はもう間も無くです。彼らを待ちましょう」
メレンティンは穏やかに云った。



「お入りなさい」

扉が開くと〈帝国〉陸軍の将師以外の何物でもない堂々たる体躯と物腰を兼ね備えた男が入ってきた。

「元帥閣下、〈帝国〉本領より辺境鎮定派遣軍団司令官、〈帝国〉陸軍中将アイヴァン・ルドガー・ド・アラノック。
並びに辺境領鎮定派遣軍団、只今参着いたしました」

「待っていたわ。 貴殿と〈帝国〉本領を守る精兵達を」
かくして、〈皇国〉陸軍にとって最悪の夏が訪れようとしていた
 
 

 
後書き
とりあえずここからオリジナルの龍州撤退戦争編です。

月刊ペースですがこれからもよろしくお願い申し上げます。
ほとんど書き溜めがないから許して下さい。

一応いまさらTwitter始めましたと告知です。
https://twitter.com/badoukoukoku

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