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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第34話 頑固爺とドラ息子

 
前書き
いつも閲覧ありがとうございます。
ド辺境で爺様と共に一旗揚げようとJrは頑張ります。(まだ導入部分)

皆さんのご期待に応えられるような作品をお送り出来るよう頑張ります。
 

 
宇宙暦七八七年八月三〇日より マーロヴィア星域 メスラム星系


 旅程五三日。その間に海賊の襲撃を受けること三回(逃走・交戦離脱・逃走)。武装輸送船リリガル四四号に乗った俺は、ようやくマーロヴィア星域の中核である惑星メスラムの軌道上に到着した。

 俺の新任地となるこの星域を説明するならば、ド辺境の一言で済む。星域管区に含まれる星系の数は一六を数えるが、有人なのはその内の四つ。メスラム星系はその中でも人口の多い星系であるが、総人口は一五万。星域全体でも二〇万に達しない。前世で言えば東京都の特別区位か。惑星メスラムはヤンが赴任した惑星エコニアとほぼ同レベルで、主な産業は液体水素燃料製造と農業、それに宇宙船装甲用材に使われる金属の小惑星鉱山群がある。

 本来なら小惑星鉱山で働く鉱山労働者をはじめとした鉱工業の発達が望め、しかも惑星メスラムは岩石型惑星であり、液体としての水が存在でき、しかも呼吸可能・屋外活動可能な大気圏と、地球標準重力の一・二倍の重力を有していて自転周期は二七時間と、これ以上の天然惑星は本来望むべきではないと言うべき環境なのだ。その星系が何故発展しなかったのか。

 理由の一つはハイネセンからフェザーンにかけての同盟中央航路からあまりにも距離があること。同様の鉱山で中央航路により近い箇所は数多く、特に市場への距離は絶望的で、価格・輸送時間・生産量で勝負にならない。

 次に恒星の出力が小さいこと。地球よりやや大きい惑星メスラムの大地に降り注ぐエネルギー量は少ない。自転軸の関係もあるが、両極地が極めて広く惑星全体が寒い。カプチェランカのような極寒ではないにしても、雨が降るより雪が降る季節の方が長い。ゆえに植物は耐寒性の強いものか、工場や人工環境(居住ドームみたいなもの)内でしか生育しない。

 また鉱山が小惑星帯にあること。鉱山労働者は惑星上に居住地を持ちつつも小惑星まで行って作業に従事する事になる。すべてを小惑星帯で行う事は可能で、実際操業している企業は「鉱山船」と呼ばれる移動式のプラントを用いている。だから惑星上がそれほど発展させる必要性がない。自然重力下における休暇と娯楽の簡単な施設があればそれで十分なのだ。

 そして最大の要因は宇宙海賊だ。プラントも精製金属も、宇宙海賊にとってみれば垂涎の資材である。各星域管区を統括指揮する統合作戦本部防衛部の資料だけで二〇以上の海賊が確認されている。常駐しているわけではないだろうが、広大な公転距離を持つ濃密な小惑星帯に潜まれては、確認が難しい。

 同盟政府も同盟軍も宇宙海賊の討伐には力を入れているが、経済的な面から中央航路を優先する。艦艇も兵員も有限である以上、それは仕方のない。だが広大な星域管区版図を有するマーロヴィア星域に配備されている艦艇が、僅か二三九隻というのはいくらなんでも少なすぎる。一星系の防衛戦力ではない。一星域の全戦力(戦闘艦艇のみ)で二三九隻。戦艦はたったの五隻。巡航艦が一三五隻に駆逐艦が一〇四隻。当然ながら宇宙母艦は配備されていない。巡察艦隊と警備艦隊の区別もあるわけもない。兵員数は一万四〇〇〇人弱。定員充足率六〇パーセント以下……惑星住人の一〇人に一人が軍人である。シャレではなく、軍事基地も産業の一つなのだ。まぁ三六〇〇人しかいないエコニアに比べれば、軍艦があるだけまだマシかもしれない。

 そして俺の転属に合わせこの星域の防衛司令部の顔触れも幾人か変更されることになった。正確に言えば、防衛司令部の顔触れが情報参謀と後方参謀を除いて交代するので、大尉の一人くらい捩じ込めるスペースがあったというだけ。当然司令部付き幕僚などという役職に前任者はいない。新任司令官の名前はまだ知らされていないが、結果として一番乗りする形になった俺は、前任の司令官、首席参謀、情報参謀、後方参謀、副官からヒアリングし、一応の星域状況を把握する事が出来た。もはや誰が司令官に来ようと現状を良くすることはできないというのが五人の一致した意見であり、俺もおおよそ同意できた。つまりそれが示す意味は、もう中央に戻ることはできないということ。暗澹たる気分に包まれつつも、交代する各人と引き継ぎ資料を作成し、個人的にも星域関連資料を作成して、新しい司令部の着任を待った。

「で、最初に到着した貴官が、オマケに付いてきたという御曹司か」

 司令官用の執務席に座った老人は、俺を一瞥してから、まずは一撃とばかり毒舌を打ち込んでくる。
まだ若干黒いものが残ってはいるが、大部分が白髪に覆われた頭部。眉も髭もモサモサして、額には長年の苦労を忍ばせる皺が多数刻みこまれている。だが歳を感じさせない、瞼の奥に輝く瞳には力がみなぎっていた。短気で頑固な人物と言われる。後の第五艦隊司令官にして、ラリサお気に入りの戦艦リオ・グランデを墓標とした、同盟軍最後の宇宙艦隊司令長官……

「さようです。ビュコック准将閣下」
「『さようです』か。あ~士官学校七八〇期生首席卒業。査閲部で一年、ケリムで一年、フェザーンで一年。現在二三歳で大尉。なるほど」
 頑固オヤジことアレクサンドル=ビュコック准将は、俺の経歴書と俺の顔を交互に見ながら頬づえをつき、つまらなさそうな口調で言った。
「大尉。わしが大尉に昇進したのは三五を過ぎてからになってからなんじゃよ。軍歴二〇年を前にしてようやく駆逐艦を任されてな」
「存じております」
「……わしの経歴を、何故貴官は知っているのかね?」

 明かに不愉快だといった表情でビュコックの爺さんは俺を睨み上げる。確かに爺さんから見れば不愉快な事だろう。二等兵からの叩き上げ、現在は六一歳だから四二年目というところだ。こちらの世界での俺の人生の二倍半、軍歴だけなら二倍弱。そんな彼から見れば、俺など苦労知らずの御曹司だ。
「本を一冊書いたとはいえ、わしはそれほど有名人だと、ついぞ聞いた事はないがな」
「査閲部に在籍した折、マクニール少佐と知己を得ました。少佐は小官に砲術の話をされる際には、必ずと言っていいほど閣下のお名前を出されました。“同盟軍でも最高の砲手の一人だ”と」
「マクニール……あぁ、“酔いどれマクニール”か……ほう」
 視線の質が不愉快から疑念まで変化した。そして俺の経歴書を未決の箱に放り込むと、手を組んで皺の寄った顎を乗せて俺を見上げる。
「彼の掲げる砲術理論……理論というものではないな、『コツ』を言ってみたまえ」
「おおまかには『相手より先に撃つより、早く正確に撃ち返せ』と『むやみやたらと射点・射線を変化させるな』の二点です」

 マクニール少佐が退役するまで、査閲部で俺と膝を突き合わせて話した事は基本的にその二点に収束される。他にもいろいろな『コツ』は教わったが、それらのほとんどが引き金を緩くするといった分野であって、ビュコックの爺さんが聞きたい事はそういうことではないだろう。本当に俺が自分の知るマクニール少佐と知己を得ているのか、疑っていたということか。

 そういうとビュコックの爺様は未決の箱から決済の箱に俺の経歴書を移す。そして俺に顔を寄せるように手招きした。俺がそれに従って前進し爺様に顔を寄せると、爺様は老人とは思えぬ動きで席から立ち上がり、固い右拳が俺の頭めがけて振り下ろす。誰がビュコック提督のそんな動きを予想する!?

「イタァァァ!!」
「この馬鹿息子が!!」
 頭蓋骨が割れたかと思うくらいの痛さで思わず床に蹲る俺を、爺様は容赦なく叱咤する。
「シトレ中将はフェザーンに配属させた張本人を探しに情報部まで怒鳴り込んだというのに!! それだけ期待されているにも関わらず、軽率な行動でこんな辺境に流されおって、反省せい、反省!!」
 最初から俺の事など全て知った上での演技だったわけで、俺はものの見事に爺様に騙されたわけだ。そしておそらくこの人事もクソ親父(シトレ中将)がまたも干渉した結果だろう。本当は感謝したい気持ちで一杯だが、この痛撃はそのお叱り分ということなのか。左手を頭に当て、涙ながらに俺がかろうじて立ちあがると、爺様はドンと先ほど俺の頭に振り下ろした拳を執務机に叩きつけた。
「あのマクニールが一緒に酒を飲んだほどの男なら見どころは十分ある。まず貴官にはケリムで見せた実力をこの辺境で見せてもらうぞ。後から来る連中を交えてな」
 そう言うと爺様はどっかりと音を立てて席に座りなおす。
「さぁ、ジュニア。マーロヴィアの大掃除じゃ!!」
 爺様の年齢不相応な覇気の溢れる声に、俺の背筋は自然にピンと伸びるのだった。

 その翌日。交代となる星域管区参謀長と司令副官が軍の連絡船で到着した。参謀長はルイ=モンシャルマン大佐。司令官付き副官はイザーク=ファイフェル少尉。いずれも原作の登場人物であり、第五艦隊の幕僚幹部だ。いずれも原作より若干若作りであり、ファイフェル少尉など士官学校卒業したばかり。それでいきなり初任地がなんでこんな『修羅場』なのかと恐怖と困惑で落ち着きがない……無理からぬ事だとは思うが。

 一方で残留組も改めてビュコック爺様に挨拶する。情報参謀はウォリス=リングトン中佐。西欧系の三〇代前半で、士官学校情報分析科卒。艦隊情報参謀も兼任している。後方参謀はグエン=サン=チ少佐。五〇代後半で、軍補給専科学校卒。やはり艦隊後方参謀も兼任している。そして俺も転属という形なので、前任者はいないが残留組として扱われるらしい。つまりビュコック爺様が呼び寄せた(ファイフェル少尉は人事部の機械抽選の結果だろう)のが交代組。それ以外は残留組だ。

 もう年配の、准将に昇進していなければとっくに退役している歳のビュコック爺様が、あえて新任の司令官としてこのド辺境に赴任したということは、爺様の言うとおり「大掃除」の為に選ばれたということだろう。准将の定年は六五歳なので、治安回復には四年はかかると統合作戦本部防衛部は考えていると見ていい。

 内々に治安回復の命令を受けたビュコック爺様は、司令部要員を全員交代させる権限があったにしても、情報参謀と後方参謀はあえて残したのは、どんな人材にしろ現状の問題点を把握するには、当の本人から聞いておくべきとの考え方からだろう。俺の存在は正直計算外だったのだろうが。

「この星域がド辺境じゃということは承知しておる。じゃからといって海賊の跳梁跋扈を許しておくわけにはいかんのだ。各人にはそれぞれ職務に精励し、治安改善の手助けをしてもらいたい。以上じゃ」
 ビュコック爺様の簡単な訓辞が終わり、それぞれの執務へと戻っていく中で、俺は再びファイフェル少尉に呼ばれて爺様の処へと引き返した。やはり同じように呼び戻されたのか、モンシャルマン大佐も爺様の執務室で待っていた。

「転属してからヒマだったジュニアの目から見ての感想で構わない。現有戦力で海賊共を制圧することは可能かね?」
 モンシャルマン大佐の実務家を思わせる重みのある声での問いに、俺は一呼吸置いてから応えた。
「現有戦力が全て信頼に値するというのであれば、可能であると考えます」
「つまりは内通者がいると考えていいわけだね?」
「さようです」
「リングトン中佐とチ少佐は、海賊討伐に際し、信頼に値する幕僚と思うかね?」
「小官が転属したのはつい数日前ですので、彼らが信頼できるかは正直分かりかねます」
「君が海賊討伐の総指揮を担うとして、最も必要とされる事項を一つあげるとすれば何かね?」
「行政側の助力と緊密な連携です」

 海賊と戦って勝つのはそれほど難しい話ではない。ケリム星域の『ブラックバート』のように元軍人で、戦艦すら運用する大がかりな組織は別として、軍艦と海賊船では武装にも練度にも格段の差がある。だが海賊は小規模故の身軽さで潜伏・移動・攻撃を行う為、勝つことは可能でも制圧することは困難だ。

 彼ら海賊を制圧するには武力だけではだめだ。海賊になる理由は人それぞれだが、その一つとして経済的困窮が上げられるのは間違いない。違法な商取引、掠奪、人身取引などに手を染めるのも、貧しさゆえにという処もある。貧しさから脱却できる合法的な手段があるのならば、命を天秤に掛けるような海賊行為を行うのは、反政府組織か犯罪組織かのいずれかである。そして星系の経済を指導するのは軍部ではなく行政府である。

 そこまで俺が説明するまでもなく、モンシャルマン大佐は無言で頷くと、爺様と一言二言話す。爺様は厳しい目つきでそれを聞いていたが、三〇秒もしないうちに大佐に小さく手を掲げて話を止め、椅子から立ち上がった。
「ジュニア。貴官がケリムで『ブラックバート』を壊滅寸前まで追い込んだのは、わしも聞いておる」
 初対面の時、この話はしているのであえていうのは、モンシャルマン大佐とファイフェル少尉に聞かせるためだろう。俺が頷くと、爺様はさらに続けた。だが次の言葉は考えていなかった。
「その実績を鑑み、貴官に海賊討伐の全ての作戦立案を命じる」

「……作戦立案の権限は司令官と参謀長のみに与えられる権限であると考えますが」
 それを考えるのは、統合作戦本部から命じられた爺様達の仕事でしょう、と俺は含みを持たせて応えたが、爺様達は一度視線を合わせた後で俺に応える。
「わしと参謀長は、現有戦力の把握で手一杯じゃ。同時に作戦を考える余裕なぞない」
 さすがにそれは明確なウソだと、俺にも士官学校を卒業したばかりのファイフェル少尉にも分かる。
「ゆえに参謀長より、貴官に作戦立案を命じる。指揮権限は司令官準拠とし、戦力は星域管区の戦力のみとして作戦を立案せよ。期限は二週間以内だ」
「……ですが」
「いいかね、ジュニア」
 爺様の声のトーンが、人の背中を引き締めるような、やや危険なゾーンへと入っている。
「広大とはいえ辺境の軍管区に、『次席幕僚』などという余剰人員(むだめしくらい)を飼っておく余裕はないのじゃよ。給与を振り込んで欲しかったら、それなりの仕事をしてもらわんといかんのでな」

「微力をつくします」
 そう言わざるを得ないような雰囲気の中で、俺は直立不動の姿勢で敬礼する。その姿を見て、爺様は「うむ」と頷いてから、モンシャルマン大佐に視線を向ける。爺様からの無言の命令を受けた大佐がさらに続けた。
「作戦に必要な物資に関してある程度の相談には乗る。情報で不足する部分があるのであれば、参謀長と同等のアクセス権限を貴官に付与する。リングトン中佐とチ少佐には、貴官にアクセス権限が与えられたことのみ、参謀長である小官から伝達しておく」
「承知しました」
 それは作戦事項を現時点では二人に話すな、ということだろう。いずれは解除される事だろうが、爺様とモンシャルマン大佐がこれから二人の『身体検査』を行うと言っているのと全く同じだ。
「作戦立案に際し、補佐が欲しいのであれば勤務時間外のファイフェル少尉を遠慮無く使って構わん。行政府と接触する場合は司令官の命令であると突っぱねてよい。その当たりの匙加減は貴官に任せる。フェザーンで折角痛い目に遭ってきたんじゃから、その『経験』は充分に活用するんじゃぞ」

 最後に爺様が余計なことを言ってくれた。あのクソ親父(シトレ中将)から聞いたんだろう。どうして余計なことまで吹き込むかな、あの黒狸。

 とにかく作戦立案権限をほとんどフリーハンドで与えられたことは望外とも言うべき状況だ。当然、俺が落第点の作戦を立てたとしても、二週間という限られた時間ならば、改めて司令部で作戦が立てられると爺様と大佐は考えているのだろう。故にそれなりのものを仕上げなければ、爺様や大佐の信頼を失うし、ひいてはこうやってフォローしてくれたクソ親父の面目にも関わる。

 課題は重いが、もうチャンスはないだろう。その覚悟で臨むしかないと俺は心の中で呟いた。

 
 

 
後書き
2014.11.02 更新 
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