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Element Magic Trinity

作者:緋色の空
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星の長は希う


誰もいない。
星座が描かれた天井に、床は魔法陣と古代文字。魔水晶(ラクリマ)の柱が僅かな光を受けて煌めいている。
そんな部屋の中央で、1人の少女が囚われていた。両手首には枷を填められその枷からは鎖が伸び、華奢な体躯は大きめの玉座に埋まるように腰掛けていた。
動きやすそうな服に身を包み、宝石のように輝く青い髪をふわりと長くおろし、頭には白い大きめの帽子。つり気味の透き通るような青い瞳は、どこかに焦点を合わせる訳でもなく宙を彷徨っていた。

(何やってるのよ、私は)

少女―――――ティアは、いつものポーカーフェイスをガラリと崩していた。先ほどまでの嘲りと憎悪の声が止んで暫く経ったが、耳の奥にはその声が残っている。
聞き慣れていたはずだった。幼い頃から、嫌悪と憎悪と殺意の中で生きてきた。だから誰かからドス黒い感情を向けられようと慣れたもので恐怖はまるで感じなかったし、聞き流せるレベルにまでなっていたはずなのに。

(甘くなってる。アイツ等の生半可な優しさの近くにいる時間が長すぎて、甘くなってきてる)

それは、暫くやっていなかった事を突然始めた時に中々感覚が掴めないとの似た感じか。
魔導士としての仕事で敵意を向けられるのはよくある事だ。が、それは彼女が幼い頃に感じていたそれらとは比べ物にならないくらいに小さくて、その手の感情よりもナツ達から向けられる信頼やある種の尊敬のようなものが大きくて、一気にこれ程の悪を感じたのは久々だった。
周りに頼れる人はいない。その環境は昔と何も変わっていないはずなのに、誰かが周りにいた時間が長すぎて、どうしていいか解らなくなりそうだ。

(こんなの日常茶飯事だったのに。悪意を向けられるくらい、当然だったのに!)

唇を噛みしめ、拳を握りしめる。
自分が弱くなっている―――――そう認めるのが、嫌だった。弱点を認めるのは出来る。ティアにとって、弱点というのは強くなる為に必ず見なければいけない現実でしかなくて、現実はどう足掻いたって変わらないのだから見るしかない。諦めに近いが、それで無理矢理にでも自分を納得させていた。
が、弱点を見るのと自分が弱いと認めるのは似ているようで異なる。弱点がピンポイントであるのに対し、“弱い”というのは全体だ。強い所も弱い所もどちらでもない所もひっくるめての“弱い”だとティアは思っている。
つまりティアが弱くなっているという事は、精神的な意味以外に振るう力さえも弱くなっているという結果に結びつく。たとえ実際そうでなかったとしても、認めたくない。
生きる為に力を欲し、力がなければ生きていけず、力があったからここまで来れたからこそ。

(認めない、認めたくない!悪意の1つも流せない甘えを認めるなんて!)

それは彼女のプライドの高さが禍した結果か、それとも決定的な喪失感か。もしかしたら、無意識にこれ以上の力を欲していて、それを得るほどの強さが自分にはないと気づいてしまったからかもしれない。
ティアだって、別に自分が強いとは思っていない。最強の女問題児だのS級魔導士だの呼ばれてはいるがそれは他人から見た評価なのであって、本人は至って普通だとしか思っていない。

(確かに私は弱い。1人で戦うって決めたのに結局手紙を残していって、突然見えた救いに手を伸ばして、何もせずただここにいるだけで……何にもしてないじゃない)

救われるには、それ相応の行動が必要だ―――――と、ティアは考える。
それは、魔導士が報酬をもらうには仕事を完遂するのが絶対なのと同じ。何かを得るには何かをして、それで初めて何かを得る事が出来るのだと。
だけど、ティアは何もしていない。
きっと彼等はそんなの全く気にせずに手を伸ばし続けるだろうけど、その手に対して手を伸ばす理由がティアにはない。感謝を受け取るには何かしらの行動が必要なのは当然で、それを当然だと思っているからこそ、純粋な救いを歪んだ目で見てしまう。

(動けないなんて言い訳は許されない)

魔法は問題なく使える。それは確認済みだ。
その気になればティアは鎖や枷を壊せるし、鍵がかかっていようと扉だって壊せる。シャロンの強さはよく解っているつもりだが、本気を出せば――――――まだ誰も知らない、ティアが本当に本気を出す時にだけ使う“あの魔法”を使えば、シャロンだって倒せるだろう。
だから、動けないというのは嘘。ナツにはそれらしい事を言ったけれど、きっと気づいているはずだ。同じ場所で戦い、同じ相手に拳を叩きつけてきたナツならば、鎖なんてティアの動きを止める道具になりやしない事を知っているし、壊せると解っているだろう。

(誰かが私の為に動いてくれるなら、私だって誰かの為に動くべきよ)

自分らしくないとは解ってる。
いつだって―――――こう言うとワガママな人のようだが、自分の為にしか動かないのがティアだ。その行動が自然と周りを助けているとは気づいていない。
だけど、無意識ではなく意識的に誰かの為に動く事は滅多にない。らしくない、とかそういう理由ではなく、やり方が解らないのだ。どんなに助けを求めても誰も助けてくれなかったから、周りがどうやって手を差し伸べるのかを見た事がなかったから。

(だったら自分で作ってやる。私の為の、私なりの“誰かの為に”を)

どこかで路線変更している気がするが、気にしない。いつまでも自分の弱さに甘えて、それを考える事で時間を潰している暇なんてない。
ただただ助けを待つなんて、何もせず誰かが来るのを待ち続けるなんて、どこの物語のヒロインだと吐き捨てたくなる。馬鹿馬鹿しい、とも言いたくなる。
そんな“囚われのお姫様”なんてティアらしくない。行動1つ起こさずヒーローを待つなんて真っ平御免だ。





『いい?ティアちゃん。王子様なんてどんなに待ったって来ないんだよ?どこぞの物語みたいに困ってたらヒーローが助けてくれるなんて王道展開、現実じゃ有り得ないんだからね!』


「知ってますよ、そんなの」


『うぐっ…だ、だから!待ってるだけじゃ何も変わらないし、待ってるだけがお姫様の仕事じゃないんだよ?たまには誰の力も借りずに魔王のトコから逃げ出さなきゃ!』


「待ってるだけなんてそんな格好悪い事、私がする訳ないでしょ」


『くぅっ…!で、でもねティアちゃん!どーしても、どーしてもどうしようもない時は、あたし達を頼っていいんだよ!見返りとか恩義とかそーゆーの考えないで、助けてって言っていいんだよ?』




そう言って、彼女は笑っていた。
温かく明るい色の髪を揺らして、きゅっと目を細めて、ニコニコと文字が見えそうな程に笑って。





『あたし達は、少なくともあたしは、いつだってティアちゃんのヒーローになるからね!』






「ヒーローなんて、ガラじゃないくせに」

当時の答えをそっくりそのままに呟いたティアは、立ち上がる。
言ってる事がちょくちょく矛盾する彼女の師匠は記憶のどこかで笑っていて、その笑顔に向けて「女だからヒーローじゃなくてヒロインだと思いますけど」と言いたくなるのを敢えて抑えた。そんな細かい事は今はどうでもいい。()()墓の前でたっぷりツッコんでおこう。

「解ってますよ、イオリさん」





そう、呟いて。
ティアの青い瞳に、1度は消えた闘志が宿る。
静かに口角を上げたティアの顔に、先ほどまでの悩むような表情はない。




そこに立つのは、“ギルド最強の女問題児”だった。
海の閃光(ルス・メーア)氷の女王(アイスクイーン)闇狩りの戦乙女(ダークハント・ヴァルキリー)と呼ばれる、青髪のS級魔導士に他ならなかった。






「諦めが悪いのは、アイツだけじゃないんで」













「あーあ、災厄の道化(ミスフォーチュンクラウン)全滅か~」

残念そうに、それでも表情は明るく呟く。
ボサボサの髪に隈のある垂れ目、“死の人形使い(ネクロマンサー)”の異名を持つマミー・マンは、既に塔を離れていた。
彼女からすると、人の泣き叫ぶ顔やら苦痛に歪む顔を見られない場所は不必要同然だ。誰かの苦痛や悲しみ、恐怖が見られればそれでいい彼女にとって、それらがない場所は退屈以外の何物でもない。

「マミーさんもやられましたかデス?」
「まさか私達が全滅するとは……」
「チッ…地獄の猟犬(ヘルハウンド)……今度会ったらぶっ殺す」
「物騒だなあ、ヒジリは」

くぁ、と欠伸をするマミーは声を掛けられ、振り返る。
そこに立つのは揃いも揃って傷だらけのメンバー。数名足りないが、誰がいてもいなくてもマミーは興味がない。
天候を司る者(ウェザー・アドミニスター)”のセス・ハーティスに、“宙姫(そらひめ)”ルナ・コスモス。“極悪なる拘束者(ヴィシャス・バインダー)”ヒジリ・ファルネスの3人。きょろきょろと辺りを見回したルナが、小首を傾げる。

「ザイールさんとムサシさん、シオさんは?」
「さあな。シオの奴は次の殲滅に行ったんだろうよ」

ルナの言葉にヒジリがひょいっと肩を竦める。
Sであるマミーは人をからかうのが大好きで、「2人は仲いいね、青春ってヤツか?」と冷やかしてみれば、案の定2人揃ってあたふたし始めた。
その様子を笑いつつ眺めていると、4人とは別の足音が近づいてくる。

「シオ?」
「やっほー」

勝とうが負けようが、とろんとした眠そうな表情は変わらない。
緑色のパーカーのフードの奥から覗く目が真っ直ぐにマミーを見つめ、とてとてと近づき、こてりと首を傾げた。

「マミー、喋ったー、でしょー」
「まあね、暇だったから喋り相手を探してたんだよ」
「怒られてもー、知らないー、よー」
「大丈夫だって。アタシ達の計画については何も話してないからさ」

くつくつと笑って、唇に人差し指を当てて、マミーは静かに片目を閉じた。










くるりと向けられた杖の先から、無数の茨が伸びていく。
その全てを器用に避けるミラの炎の翼に当たった茨は燃え尽き、床に落ちている。その口が僅かに動いているのは、元素魔法(エレメントマジック)に必要な長い詠唱を呟いている為だ。

「“舞イ踊ル紅、無数ノ焔”……“紅蓮繚乱”―――大火剣舞(レオダンスソード)!」

邪魔な茨を消し去るべく、ミラは脳内で呟かれるアルカの詠唱をそのまま繰り返す。展開した赤い魔法陣から次々に炎の剣が飛び出し、向かってくる茨を時に斬り、時にその炎で燃やしていった。
植物は炎と相性が悪い。それを知っているであろうエストの行動に違和感を覚えつつ、攻撃の手は休めない。

「雷撃!…くっ」

表情を歪めたエストは杖の先から雷を放ち、炎の剣を叩き落とす。
が、こっちは詠唱にある通り無数。エストが雷を放つのとミラが炎の剣を放つのとでは、明らかにミラの方が早い。左肩を剣が掠め、痛みに呻いたエストは杖の先端に魔力を集中させた。

「水流!」

放たれた水は、一瞬にして炎の剣を呑み込んでいく。水と炎、水が有利なのは言うまでもない。
呑み込まれた炎は一発で消え、水はそれで役割を終えたとでも言うように消える。
斬られた傷から血を流すエストは、再度杖をミラに向けた。

「邪魔はしないでほしいな、ミラ嬢」
「敵対している以上、邪魔なんて想定内でしょ?」
「いや、そうでもない。まさか君がアルカンジュを接収(テイクオーバー)するとは計算外だ。それ以前に計算外の出来事はあったけどね」
「それ以前に?」

ああ、とエストは頷く。
その声色はギルドでミレーユの死の原因が自分達である事を認めた時と全く変わっていなくて、どこかでアルカの舌打ちが聞こえた。

「ティア嬢が君達に手紙を残していった事さ。あんなものを残していくなんて、助けてほしいと言っているのと同等だろう?人間不信で関わりを持つ事を極力避ける彼女があんな行動に出るとはね」

確かにそうだ。
ギルドに所属して13年。特別親しい相手を作る事は一切せず、友人も恋人もいない(だからジュビアと友達になったと聞いた時はギルドの全員が驚き過ぎて絶叫した)。助けを求めるどころか協力の1つも必要とせず、チームを組んだ事だって今まではない。割と親しい中であるルーやアルカ、弟のクロス等とは仕事に行くが、そのほかは大抵単独行動していた。
だから、あの手紙はある意味ではティアの成長の証だったのだろう。

「意外だったかな、君達の行動も彼女の行動も。このままじゃ計画に支障を来たしてしまう恐れがある…まあ、この計画はどうやっても成功するだろうけどさ」
「させないわよ。絶対に阻止してみせる」
「どうかな。今の君の一挙一動が計画を成功に近づけているのかもしれないよ」

そう言って薄く微笑んだエストは、杖の先に魔力を集中させる。
ミラも、両手に魔力を集め、そして。




――――――2人は、同時に床を蹴った。












「わ、もう夜なんだね!」

驚いたような声を上げたルーは、星が輝く空を見上げる。
この時期の夜の風はひんやりと肌を撫で、露出度の高い服を着ているルーシィはぶるりと震えた。それに気付いたアランが腰に巻いている上着を渡そうとするが、すぐにサイズの違いに気づいたようだ。

「少し冷えるな、いつもの姿なら結構暖かいんだが…」
「狼姿はもこもこだもんね」

どこから取り出したのか長袖の上着に腕を通すヴィーテルシアにハッピーが返す。ヴィーテルシアとしても出来るなら狼姿でいたいのだが、あの姿では如何せん戦いにくい。得意の女帝の業火(エンプレス・オブ・エンプレス)も使えないし、日常生活を送るには問題はないが戦闘となると扱いにくいのだ。

「本宅は……あっちか」
「肯定する。捷径(しょうけい)を先導する須要は存在するか?師匠」
「近道か?ああ、頼んだ」
「了承した」

それなりの距離はあるが、大きい為か問題なく見えるカトレーン本宅をエルザが睨むように見つめ、背負われたままのパラゴーネの言葉にグレイが頷く。
下りていた前髪を掴んで癖を付けたナツは、右拳を左掌に打ちつける。

「おっしゃあ!そんじゃ行くぞ!」

ナツの声に、全員が頷く。敵対している側であったはずのパラゴーネも、何かを吹っ切ったかのような清々しい表情でいる。
キッと本宅を見つめ、ナツが1歩駆け出そうとした――――――その時だった。








大きく、何かが崩れる音が聞こえ。
上から、何かが勢いよく落ちてきた。










「!?」
「何!?」

ズドォン!と文字が見えそうな勢いで落ちてきたそれに目を向ける。
暫く砂煙で何も見えず、落ちてくる大きな瓦礫から身を守るのに必死だった状況で“それ”にいち早く気付いたのは、パラゴーネだった。驚いたように赤い目を見開いた彼女は、思わず叫ぶ。




「リーダー!?」




そう――――――落ちてきたのは、エスト・イレイザー。
ギルドマスター直属部隊の長でありアルカの父親でもある男だった。






「え、え!?どーゆー事っ!?僕意味解んないよう!大混乱でパニクるよ!」

1番最初に喚きだしたのはルーだった。エメラルドグリーンの髪を両手でぐしゃぐしゃにし、頭の上一杯に?を浮かべている―――――ように見える。

「お、落ちてきましたよね…この人」
「……だな」

アランも目を見開き、ヴィーテルシアが溜息に似た息を吐く。
ぴょん、と飛び降りるようにグレイの背から降りたパラゴーネはとてとてと駆けよると、その体を揺らし始めた。

「リーダー!責問するっ、何故墜落した!?寧静かっ!?」

ゆさゆさと体を揺らしつつ叫ぶパラゴーネの声にも、エストは反応しない。完全に気を失っている。
慌ててルーが脈を測り心臓辺りに耳を押し当てると、「凄いね、あの高さから落ちて生きてるよ」と呟いた。
多分魔法で落下時の衝撃やら何やらを弱めていたのだろう。

「みんなー!大丈夫ーっ!?」

と、そんな時にこちらも上から響く声。
反射的に顔を上げると同時に、声の主がふわりと降り立った。
炎の翼を空気に溶け込ませるように消した声の主―――――ミラは、短く息を吐き、ナツ達を見回す。

「ミラ!?」
「ギルドにいたんじゃなかったんですか?」
「みんなが戦ってるのに私だけギルドにいるなんて出来ないもの……あら?」

アランの問いに答えたミラの目が、パラゴーネを捉える。エストからミラに目を移したパラゴーネは一瞬ポカンとしたような表情になるが、すぐに状況を悟ったのか凄まじいスピードでグレイの後ろに隠れた。
パラゴーネの隠れ場所と化しているグレイは顔の半分を後ろに向けると、溜息をつく。

「お前なあ……ちゃんとオレが説明するから隠れなくていいって」
「し、師匠っ!其奴は何奴だ!?尻尾が生えているぞ!?」
「そっちか」

てっきりまた敵として見られる事に怯えているのかと思った、と呟きつつ、グレイはミラの方を向き、今日だけで3回目の質問を繰り返そうと口を開く―――――よりも早く、おずおずとパラゴーネが出てきた。
人見知りがちであり臆病な面もあるパラゴーネの行動に、グレイは僅かに目を見開く。

「そ…その……もう、戦闘の意志は皆無だ。だから、えっと…敵讐だとは思考しないでくれると……嬉しい…」

俯き、目線は彷徨っている。必死に言葉を探しているようだったが、パラゴーネは何とか自分で言い切った。最後に慌てたように頭を下げるのを足す。
が、どうやらそれが彼女の限界だったようで、すぐにグレイの背後へと隠れてしまった。
その様子を見つめていたミラは柔らかく微笑むと、膝に手を当て前屈みになる。

「パラゴーネ、だっけ」
「こ…肯定、する」
「うん、私はミラジェーン。ミラでいいわ。よろしくね、パラゴーネ」
「……うむ」

ミラ特有の温かい雰囲気に緊張や怯えもほぐされたのか、パラゴーネは素直にこくりと頷く。
と、ふとルーが首を傾げてミラに問うた。

「ねえミラ」
「何?」
「そんな接収(テイクオーバー)あったっけ?」
「え?……ああ、これね。ちょっと待ってて」

見慣れない接収(テイクオーバー)なのは当然だろう。まさかこれがアルカだとは誰も思わない。
ミラだって、もし誰かがアルカを接収(テイクオーバー)していたとしたらきっと気づけない。

「大丈夫?」
《んあ?ああ悪ィ、考え事してた。もう1回言ってくれねえかな》
「だから、大丈夫?」
《ん、問題ねえよ!じゃ、頼むぜミラ!》

アルカの底抜けに明るい声が響き、消える。
ミラは静かに目を閉じると、接収(テイクオーバー)を解除しアルカを外に出すべく魔力を集中させた。
足元に魔法陣が展開し、ミラの銀髪を逆立てる。何かが離れていく感覚に目を開けると同時に、接収(テイクオーバー)は解けていた。
ウェイトレスの制服であるワインレッドのドレスを纏うミラは慌てて周囲を見回す。離れていく感覚はあった。だったら、アルカはきっと―――――――。

「ど、どーゆー事さっ!?ミラの中からアルカが出てきたよう!」
「んなあああっ!?何事だ!?」

ミラが見つける前に、ルーの甲高い叫びとナツの驚きの声が響いた。
その視線の先に目を向けると、見慣れた黒いジャケットを纏う青年の背中。クリムゾンレッドの髪を揺らして振り返り、彼がニッと笑う。

「アルカ……」
「大成功、だな!」

楽しそうに笑って、どこの少女漫画のイケメンだとツッコみたくなるような完璧なウインクを決めて、アルカは接収(テイクオーバー)される前と変わらずにいる。
言葉を失っていると、アルカが不思議そうに眉を寄せてミラの顔を見つめた。

「どうしたんだよ、ミラ。聞こえてっか?おーい、おーい」
「…アルカ……大丈夫、なの?」
「オレか?オレはこの通りピンピンしてるよ。お前は?」
「私は大丈夫…だけど。本当に、大丈夫?どこか変なトコとかない?」
「心配症だな、ミラは」

クスリと笑って、アルカはミラの頭を撫でる。
何かあるととりあえず頭を撫でて落ち着かせる癖があるアルカは優しくミラの銀髪を撫でると、目を細めた。

「何度も言うけど大丈夫だって。オレはどこも変…じゃ……な……」

い、と完全に言い切る前に。
アルカは糸の切れた操り人形のように、ミラに覆い被さるように倒れ込んだ。

「アルカ!?」
「ちょ…ちょっと!大丈夫じゃないわよコレ!」

慌ててアルカの顔を見ると、その顔からは血の気が引いていてどこか青白い。目は閉じられ、ミラが支えていなければそのまま倒れてしまうだろう。
これがアルカが言っていた影響か、とミラは目を見開き言葉を失う。
後ろの方でルーが魔力をかき集めて回復しようとしているが、先ほどのパラゴーネの傷を治すのに使った魔力は未だに回復せず、更に第二開放(セカンドリリース)で消費した魔力も消費したっきりそのままで、まともにアルカを回復すればルーの命が危なくなるような状況下である。




「……全く、慣れない事をするからだよ」




――――――そんな時だった。
気を失っていたはずのエストが起き上がり、杖の先端に魔力を集中させたのは。

「リーダー……」
「どうやら君とはこれが最後の仕事のようだね、パラゴーネ…ああ、別に咎めている訳ではないよ?個人の自由を尊重しなければ、それはギルドじゃない」

心配そうに見上げるパラゴーネにエストは微笑むと、杖を構える。地面に突き刺すように構えた杖を見て咄嗟に戦闘態勢を取るナツ達に、困ったように笑ってエストは首を横に振った。

「構える必要はない。君達を攻撃しようなどとは思っていないさ」
「は?」
「己の敗北を認めず足掻き拒むほど、私はワガママではないつもりなんでね」

そう言って、一点に集めた魔力を解き放つ。
その場にいる全員の足元に展開する緑色の大きな魔法陣を見て、ルーが何かに気づいたように顔を上げた。
が、ルーがそれを言うよりも早く、エストが紡ぐ。






「“大空回復(アリエスリカバリー)と同等の効果を、齎してもらおうか”」






魔法陣が発光する。緑色の光が零れ、ナツ達の全身を包む。
見覚えのある光景に目を見開く彼等を見たエストは薄く微笑むと、ルーに目を向けた。

「ルーレギオス君」
「!」

呆然としていたルーは名を呼ばれ、弾かれるように顔を上げた。
周り同様に目を見開くルーの姿を、在りし日の友人に重ねる。偽物の銃で戦いを挑んできた、エメラルドグリーンの髪の彼を思い出し、エストは不器用に笑った。
視界が僅かに曖昧になるのは、1度に多くの魔力を使ったせいだろう。それが涙だと気づいたとしても、何が何でも認めたくなかった。

「――――――」

その唇が、何かを呟くように動く。
伝わったのか、ルーは更に目を見開いた。動きを止めたルーに、エストは笑いかける。

(ああ…本当に)

エメラルドグリーンの髪の友人にそっくりだ。
少し天然な性格も、それでいてどこか頼れる隠れた凛々しさも、周りに多くの友人がいるその光景も、彼をそのまま連れてきたかのようにそっくりで。
かつていたあの場所―――彼の友人だった頃を思い出し、エストは目を伏せる。



(敵味方関係なく心配する性格は、少し直した方がいいんじゃないかな)



それを、口には出さなかった。昔も、今も。
ただそのまま、エストはぐらりと体を重力に任せて傾かせ、倒れ込む。カラン、と乾いた音を立てて、杖がその手を離れた。






「息子の次は父親か!?全く……」

苛立つように、ヴィーテルシアは呟く。
エストに駆け寄ったパラゴーネは心配そうに瞳を揺らし、時折小さな声で呼びかけている。気を失っているだけだと説明しても、呼びかけ続けている。

「……ねえ、ルー」

呆然とエストを見つめるルーに、ルーシィが声を掛ける。
聞き間違いでなかったら、エストはこう言ったはずだ―――――「大空回復(アリエスリカバリー)の同等の効果を」と。
その効果が何なのか、ここにいる全員が薄々は勘づいている。それでもやっぱりルーに説明してもらわないと納得出来なくて、納得したくなくて、ルーシィはルーを見つめた。

「……大空回復(アリエスリカバリー)はね」

ポツリ、とルーが呟く。
目はエストを見ているまま、口だけを動かして。

「対象の体力・魔力・傷を完璧に治す、大空(アリエス)の中でも最上位の回復魔法。だから魔力消費が激しくて、1人に使うだけでも、魔力を使い過ぎてその後戦えなくなっちゃうような魔法なんだ。もちろん、それと同じ効果の魔法を一気に11人に対して使ったら……」

そこから先は、言わなかった。
言う必要がなかった、という方が正しいのかもしれない。その場にいた全員がその先を悟ったから。ルーもそこまで言葉を絞り出すのがやっとだと告げるように拳を握りしめていた。

「!グラビティメイク “(シールド)”っ!」

暫しの静寂。その中で聞こえた機械音を、パラゴーネは聞き逃さなかった。
咄嗟に造形した盾が、現れたデバイス・アームズの攻撃を全て防ぐ。

「デバイス・アームズ!?」
「何で!?だってここには来ないんじゃ」
「シグリット様に感知されたんだ!」

吐き捨てるように叫ぶと、パラゴーネはエストから離れる。両手を盾に向けてナツ達に背を向けたまま、パラゴーネは更に叫んだ。

「行け!ここは私が抑制するっ!」
「パラゴーネ!」
「改捷行け!事足りなくなるぞ!」

盾を消したパラゴーネは相手に攻撃を仕掛ける一瞬の隙さえ与えず、重力の槍を乱射する。
次々にデバイス・アームズを貫いていくそれの横を、紅蓮の炎が駆け抜けていった。デバイス・アームズを呑み込む炎を驚いたように見つめたパラゴーネは顔を上げる。

「私が行っても足手まといになるだけだろう、ここでコイツ等を止めるとするか」
「ヴィーテルシア!ティアはどうすんだよっ!」
「お前達に任せる。女1人置いてきたと知られてみろ、相棒失格だろう?」

得意魔法である女帝の業火(エンプレス・オブ・エンプレス)を、ヴィーテルシアは再度放つ。
そんな騒がしい音に気付いたのか、アルカが目を覚まし、体を起こした。

「!アルカ!」
「あれ?オレ……ってなんじゃこりゃああああああっ!?人が起きるなり敵襲かよ!くそっ、面白え事しやがって!事前に報告しやがれ!」
「そこ!?」

怒るポイントが大きくズレている事にルーシィがツッコむ。
“面白い事レーダー”が反応したのか立ち上がり魔力を集中させるアルカを、一瞬にして悪魔に変身したミラが制した。

「ミラ」
「アルカはティアを助けに行って。ここは私が片付けるから」
「でもこんなに面白えモン見逃せねえよ!」
「こことラスボスの相手、どっちが面白いと思う?」
「……」

アルカは沈黙した。そして考える。
デバイス・アームズは多い。が、多すぎて飽きる可能性もある。更に、1度は戦っている。
ラスボス――――つまりシャロンの相手は1度きりだ。戦った事なんてない。
そこまで考えれば、結果は決まったも同然。

「よし、ここは任せたぞミラ!行くぞお前等!ラスボス退治だ―――――――っ!」
「え、ちょっとアルカ!?」
「起きるなり本調子かアイツは!」

起きてすぐに周りを振り回し始めたアルカは先頭を突っ走っていく。その顔に先ほどの青白さは残っていない。キラキラと輝く目に心底楽しそうな笑顔があるだけだ。

「待ちやがれアルカ!抜け駆けは許さねえぞ―――――!」
「待ってよナツー!」

何故か闘争心に火がついたらしいナツも、その後を追っていく。
駆け出すナツをハッピーが慌てて追いかけるが、なかなか追いつけない。

「パラゴーネ!ここは任せていいんだな?」
「肯定するぞ、師匠!弟子である私に任せておけ!」
「弟子じゃねえし師匠でもねえよ!……けど、任せるからな!」

矢継ぎ早に造形を繰り返すパラゴーネの背中に声を掛けたグレイも、その後を追う。先ほどの脇腹の傷が心配だったが、任せておけと言われれば任せるしかない。
彼女だってギルドマスター直属部隊の1人だ。実力はあるし、危険になったら自分から引く事だって出来るだろう。

「さて、僕達も行こっかルーシィ!」
「うん!…でもルー、魔力大丈夫なの?」
「問題ないよ!さっきのアレで回復したからっ」
「お前達は本当に仲が良いな」
「そ、そんな事ないよっ!」
「えへへ、でしょ?」

続けて駆け出すのはルーシィとルー、エルザ。エルザの言葉にルーシィは慌てたように頬を赤く染め、ルーは嬉しそうに笑う。
そんな彼等を見送ったヴィーテルシアは、その手から黒いような紫のような色の光線を放つミラに目を向けた。

「悪いがミラ、エストを頼めるか。無防備すぎていつ狙われるか解らんからな」
「解った。こっちはお願いね」
「ああ」

接収(テイクオーバー)を解いたミラはヴィーテルシアに頷くと、倒れるエストに駆け寄る。意識はあるらしい彼はミラに目を向けると、やや無理矢理に体を起こした。
それを支えつつ、ミラは塔の陰にエストを連れて行く。ここから狙われる可能性が低いだろう。

「ここにいて」
「ああ…すまないね」

ミラに肩を借りたエストはその場に座り込むと、デバイス・アームズの死角になる位置に移動する。
そんな彼を見ていたミラは、ずっと気になっていた事を問い掛けた。

「ねえ……あなたは何で、最後の攻撃を受けたの?」
「……」

―――――――そう。
塔の中での戦いの、トドメとなった一撃。余裕を持って避けられるはずだったミラの攻撃をエストは喰らい、落ちた。
その時のエストは杖に魔力を込めず、防御態勢すら取らず、避ける素振りも見せなかった。まるで、その攻撃を喰らうのを望んでいるかのように。

「……私はね、ずっと息子がほしかったんだ」
「え?」
「だからアルカンジュが生まれた時、本当に嬉しかったんだよ」

しばらく考え込んでいたエストの言葉に、ミラは怪訝そうに眉を寄せる。これがどう質問の答えになるのか解らない。
が、エストはこれが答えだというように、話を続けた。

「私はずっと……恥ずかしい話だが、息子と親子喧嘩をするのが夢だったんだ」
「喧嘩を?」
「そう。男同士で言い合って、妻を困らせるようなね。男と女が喧嘩するよりも言葉が真っ直ぐで、祖父が父と言い合っているのが羨ましかったよ。いつかああやって、遠慮なしに言い合える息子がほしいと思っていたんだ、ずっと」

そう言って、目を伏せる。
目を伏せて微笑むその顔はアルカが本当に困った時に見せる表情に似ていて、2人が親子である事を実感させられた。

「でも、私はアルカンジュが5歳の時にアイツを1人残してしまった。悪魔になってしまったアイツをこれ以上闇に触れさせたくなかったんだ。……まさか、後に敵対する事になるなんて思わなかったけどね」
「……なんで、闇ギルドに…」
「それは聞かないでほしいな、ミラ嬢。我がギルドの機密だからね」

困ったように笑うその顔も、アルカにそっくりだ。
きっとアルカはお父さん似なんだ、とミラは思う。母親にあった事がある訳ではないが、顔立ちなどは父親であるエストに似ている。

「けど…それでも、私は実は嬉しかったよ」
「え?」
「敵対するって事は戦うだろう?私が願った形ではなかったけれど、やっと親子喧嘩が出来たんだ。遠慮なんてしないで、言いたい事を全部言って。きっとアイツが聞いたら怒るだろうけど……私は、楽しかった」

こうやって何でも“楽しかった”と言ってしまうところも、似ている。傷ついても、嫌な思いをしても、最終的には楽しかったと言い切ってしまうところが。

「喧嘩出来るって、遠慮がいらない仲だって事だと思うんだ。男同士だからこその喧嘩を、してみたかった。私はあまり父と言い合う事はなかったから……アルカンジュが生まれた時、シグリットのお腹の子供が男だと知った時、本当に…本当に、嬉しかったんだ」

言葉1つ1つを噛みしめるように、エストは紡ぐ。
ふわり、とクリムゾンレッドの髪が風に揺れた。

「だから…私は満足だった。勝っても負けても、息子と初めて対等に喧嘩が出来て満足だったんだ。私が最後の一撃を受けたのは……1度くらい、アイツに父親らしい事をしたかったからだよ。息子のする事を後押ししたかったんだ、たとえ負けるとしても。1度くらいは、父親らしくしたかった」

それも私の勝手なワガママなんだけど、と呟く。
じわりと涙が浮かんだのを、ミラは見逃さなかった。

「…頑張れって、負けるなって、応援してるって……言いたかったんだ」

浮かんだ涙を指に乗せるように拭う。
結局言えなかったけどね、と呟くエストの横顔はどこか寂しそうで、泣き出しそうだった。
そんな彼を見つめるミラは、もう1つの問いかけをする。

「それじゃあ、もう1つ。……なんで、私達を回復したの?」

計画を成功させる為なら、放っておく事だって出来たはずだ。むしろ放っておいた方が成功の可能性は高くなる。
それを知っていながらであろう行動に疑問を抱くミラに、エストは微笑んだ。

「そんなの、当然だろう?」

顔は向けない。目も合わせない。誰もいない場所を見て、エストは呟く。
拭ったはずの涙が頬を伝い、でもそれを拭う事はせずに、もう会えないかもしれない息子の姿を思いながら。

「苦しんでいる息子を放っておくなんて、出来る訳ないじゃないか」










先頭を駆ける。追いつかれないように、スピードを上げる。
これなら、誰も自分の顔に気づかない。まさかアルカが泣いているなんて、誰も気づきやしない。

(……何が“息子”だよ。オレは息子らしい事、何もしてねえのに)

涙を拭ったら、その仕草でバレてしまう。
自然に乾くのを待ちながら、それでも涙は止まらなかった。歯を食いしばっても、どんなに堪えようとしても。

(アンタは父親らしい事してくれてたのに、オレは何もしてねえじゃねえか)

敢えて言わなかった。気づいていたけれど、言わなかった。
自分を回復してくれたのがエストだと気づいていたけれど、気づいていないフリをして、誰よりも早くあの場を抜け出したくて、先頭を突っ走る。

「……あの、バカ親父っ…」

呟く。
涙声なのに気づいて、必死に涙を堪えようとする。
それでも涙は止まらなくて、アルカは止まらない涙への苛立ちや原因不明の怒りを吐き出すかのように、もう1度呟いた。

「気ィ失うんじゃねえよ……1回くらい、“ありがとう”って面と向かって言わせろよ……!」










カトレーン本宅。
その一室―――――広い書斎の窓から、シャロンは外を見つめていた。
迷宮は壊れ、数人の魔導士がこちらに向かっている。もう使える駒はない。シャロン本人が出るしか、選択肢はない。

「……いいわ。彼等に見せてあげましょう」

白髪の混じった青い髪を揺らす。
大きな扉を室内にいた明るい水色の髪のメイドが開け、それが当然であるかのようにシャロンは部屋を出ていく。
バタン、と扉が閉まる音を背後に、シャロンは告げた。

「カトレーンを敵に回すとどうなるか、その身で教えてあげるわ」








遂に、最後の戦いが始まる。 
 

 
後書き
こんにちは、緋色の空です。
アルカとエストの親子話でしたが…どうでしょう?私的には満足な方なんですが……。
因みにミラとエストの戦いのトドメやらを書かなかったのは面倒だったからではありません!敢えてです、敢えて!

感想、批評、お待ちしてます。
ROE編終わったらキャラ説書き直すつもりだけど、主要・準主要に1話分あげたら多いかなあ…? 
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