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Element Magic Trinity

作者:緋色の空
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何を捨ててでも掴んであげる


ハートフィリア邸と同じくらいに大きい豪邸があった。
だだっ広い土地には古びた小屋や放置された馬車があるのに、人は誰もいない。ナツが鼻をひくつかせるが、誰の匂いも感じないようだ。

「ここが、カトレーン本宅…」

ゴクリと唾を呑み込んだルーが呟く。ハートフィリア邸を見て中に入った事もある彼だが、その時とは違う緊張感を感じ取っているようだった。
大きな門を開き土地の中に入ると、エルザが口を開く。

「これが恐らく最後の戦いだ。相手はシャロン……魔法都市に住んでいる以上、奴も魔導士。どれほどの実力があるのかは解らんが、気を抜くな」

全員が頷く。
油断なんて出来ないし、気なんて抜けない。ここで負けたら仲間の努力の全てを無駄にしてしまう。
ティアを助ける為にここに来たのなら、彼女を助けるまでは終わりじゃない。誰1人欠ける事なくギルドに帰る。その為に、彼等はここまでやってきたのだから。

「で、ティアはどこにいるんだっけ?」
「“星詠みの間”だろ。……アイツが、言ってた」

ハッピーの言葉にアルカが答える。
母親であるシグリットをどう呼ぶか迷ったのか間を開けて呟かれた言葉に、ナツ達は思わず目線を落とす。それに気付いたアルカは「んな顔すんなよ、揃いも揃って」と苦笑した。

「あ」

と、その空気をぶち壊すのはいつもの事ながらこんな時でも空気クラッシャーなルーだった。
その目は真っ直ぐにある一点を食い入るように見つめている。

「どうしたの?」
「見て、あれ」

ルーシィが問うと、ルーは見つめる一点を指さした。
一体何が、と思いつつそちらに目を向け―――――固まる。
それは本宅最上階。他に比べ窓の少ない最上階の中央辺りにある窓。それがただの窓であるならば、見ただけで固まったりなんてしない。ルーだって、食い入るように見つめない。
問題は、その窓から見える光景だった。

「……」

全員が唖然としたのは尤もだろう。
内側―――つまりは部屋の中から、拳やらブーツの裏側やらが見えている。しかもブーツは見覚えのある黒いロングブーツだ。
ガン、ゴン、と音を立てる一撃の中に見慣れた水の弾丸があるのを、ナツ達は誰1人として見逃さなかった。

「あそこか」
「だな」
「あい」
「それ以外考えられないよう」
「違ったらそれはそれでウケるけどな」
「少しは大人しくしてろよなー」
「アンタにだけは言われたくないと思うわ」

それぞれがそれぞれに感想を述べる中、拳や蹴り、水の弾丸は窓にヒビの1つも入れられていない。
ティアの操る大海(アクエリアス)の別名は、“超攻撃特化魔法”。攻撃する事だけを考えて、それ以外の全てを捨てた結果だ。
そんな魔法の1つである水の弾丸―――――大海銃弾(アクエリアスガンズ)でも壊せない窓とは…。

「ハッピー、あの窓まで飛べるか?ティアと話せるようならすぐに助けると伝えてほしい」
「解った!ちょっと待ってて!」

エルザに言われたハッピーは頷くと、一気に窓まで飛ぶ。
窓の前で何やら身振り手振りで話すハッピーは暫くして窓にくっつくんじゃないかという程に近づくと、少し離れて「あい!」と頷いた。
そのまま戻ってきたハッピーは、翼を消しつつ口を開く。

「オイラの声は聞こえるっぽかったんだけど、ティアの声は聞こえなかった。だからティア、持ってた手帳に言いたい事書いてくれたよ」
「それで、ティアは何て言ってた?」
「“窓は壊れないし扉は鍵かかってるし、力づくでどうにも出来ないんだけど!”だって」
「……なんか、ティアらしいね」

こんな状況ながら、少し安心する。もし辛い思いをしていたらと考える必要はなかったようだ。
きっと苛立ちを隠せてないんだろうな、と考えつつ、ナツ達は“星詠みの間”を目指そうと屋敷の入り口に目を向ける。

「!」

そこに、あの女が立っていた。
白髪交じりの青い髪の女性。ティアとクロス、クロノの祖母でありカトレーン現当主のシャロン=T=カトレーン。
こちらを鋭く睨む目は髪と同色で、ナツ達にとっては見慣れた色で、それでもその色は見慣れたそれより冷たい。

「ここまで来たのね」
「当たり前だろ」

低い呟きに、ナツが答える。
右拳に炎が纏われるのを、シャロンはチラリと一瞥した。それでも、彼女は構えの1つも取らない。

「あんな出来損ないの為に、そこまでする必要があるの?」
「お前にとって出来損ないでも、オレ達にとっては違う」

ルーシィが鍵の束に手を伸ばす。グレイが造形魔法の構えを取る。エルザが飛翔の鎧に換装し、ルーが補助系魔法の詠唱を始め、アルカが攻撃用の詠唱を始める。
唯一戦闘系魔法が使えないハッピーも、近くに落ちていた木の枝を掴んで構えた。
溢れ出る怒りを炎へと変え、ナツは呟く。

「アイツは仲間だ。それ以外の何でもねえ」











「何なのよ、もう……」

何回目になるか解らない溜息をつき、ティアは少し痛み始めた右足を下ろした。先ほどの部屋の窓はあんなにあっさり割れたのに、と呟きつつ、外に目を向ける。
そこには恐怖の対象である祖母と、ギルドのメンバー達。本当ならティアが立っているべきである祖母の前にいるのは、彼等だった。
右拳に炎を纏うナツ、金色の鍵を構えるルーシィ、当然のように上半身裸のグレイ、飛翔の鎧を纏うエルザ、木の枝を持つハッピー、全員に攻撃力と速度上昇の補助魔法をかけるルー、詠唱を終えたのか炎の円盤を構えるアルカ。

(こんな事言いたくも思いたくもないけど、勝てる訳ない。お祖母様に勝てるのなら、私がとっくに勝ってる。……今はまだいいけど、お祖母様は…)

ぎゅっと唇を噛みしめる。
昔から知るあの姿がどれほどの力を振るってきたか、ティアはよく知っていた。権力はもちろん、武力だって一族で1番と言われ、それに耐えきれず出ていった使用人だって少なくない。
ティアだって、シャロンの前に立つのは嫌いだった。本能が目の前にいる人間は危険だと告げているのに逃げられないのが、どうしても嫌で仕方なかった。
気高く人間との関わりを持たない事の多い竜の血を持つからか、ティアは人間が得意ではない。帽子を被っているのだって、極力目を合わせない為だ。その中でもやはり好き嫌いはあり、シャロンは何があっても、たとえ世界が滅んだって好きにはなれない人間である。

(だから、早く私が行かないと)

そう思っても、窓も扉もその思いには答えてくれない。
窓にはヒビ1つ入らないし扉には鍵がかかっていて壊れないし、床をぶち抜いてやろうかとも考えたが結構堅く、天井をぶち抜けば瓦礫が落ちてきて危ないし。

「ああもう!何なのこの対私用の部屋はっ!」

八つ当たりしたい気分を必死に抑える。今はどこにも八つ当たり出来そうにない。
この後の苛々をこの後どこにぶつけようかと考えながら再び窓と向き合ったティアは―――――即座に振り返った。
それと同時に、ガチャリとドアノブが回る。

「!アンタ……」

そこに立つ姿を見て、ティアは目を見開いた。










「いっくよー!空をも斬り裂く鋭く激しき風の刃を!悠久なる空を駆ける天馬の如き疾風の俊足を!大空剛腕(アリエスアームズ)×大空俊足(アリエスバーニア)!」

ルーの両手から緑色の光が溢れた。風に乗って流れたそれはナツ達の全身を包み、能力を上昇させる。
補助魔法がかかると同時に駆け出したのは、ナツだった。

「火竜の……鉄拳!」

炎を纏った右拳を、躊躇いなく振りかざす。
それを鋭い目で追っていたシャロンは咄嗟に後ろに跳び、ナツの拳を回避した。更に続くナツの打撃攻撃を物ともせず、どこからか取り出した短剣を流れるように振るう。

「ぐっ」
「この程度?」

斬りつけられた左腕を咄嗟に抑えたナツを、シャロンが冷たい目で見つめる。ティアとは違う、本当に氷を埋め込んだような冷たさを放つ目をナツは睨みつけた。
続けて攻撃を加えようとしたシャロンだったが、ふわりと頬を撫でた風の動きに気づき、目線を上げる。
視界に飛び込んだのは、揺れる緋色と深紅。

「飛翔・音速の爪(ソニッククロウ)!」
「“我ガ手ヨリ放タレシ紅、熱ヲ纏イシ流星ノ一撃ヲ!”…紅蓮流星!大火弓矢(レオアロー)!」

飛翔の鎧と大空俊足(アリエスバーニア)によって上昇した速度を利用し放つ高速斬撃に、弾切れという概念が存在しない炎の矢の雨が降り注ぐ。
アルカの支配下にある炎の矢はエルザの攻撃の邪魔にならない範囲で攻撃を繰り返し、もちろんエルザには一撃も当たらない。
エルザの攻撃を両手に持つ短剣で可能な限り防ぎつつ、アルカの矢を最低限の動きで回避する。戦いに関しての動きが俊敏なのはティアと同じだ。
が、そんなの問題ない。咄嗟の判断力はシャロンが上だが、彼女にはティアのようなスピードがない。いくら判断出来てもそれに追いつくスピードがなければ回避は出来ない。そして、ティアの戦闘を何度も見て、共に戦ってきたナツ達にとってはこんなの見慣れた光景だ。

「アイスメイク “槍騎兵(ランス)”!」

ガラ空きの背中を、グレイの氷の槍が狙う。それを視界に捉えたアルカは槍に触れないよう、矢の動きの流れを少し変えた。
エルザの高速斬撃にアルカが放つ炎の矢、グレイの氷の槍が四方八方からシャロンを狙う。短剣で斬撃を防げば後方から氷が直撃し、そちらに意識を持っていけば炎が降り注ぐ。かといって炎に集中すれば剣に斬りつけられる。それに気付いたシャロンは、僅かに表情を歪めた。

大空治癒(アリエスヒール)!……さてルーシィ、僕達も行くよっ!」
「うん!」

ナツに回復魔法をかけたルーは、左手に魔力を集中させる。先に動いたのは目を向ける事なく、触れただけで求める鍵を見つけ構えたルーシィだった。

「開け、天蝎宮の扉!スコーピオン!」
「ウィーアーッ!」

キンコーン、と鐘の鳴る音を響かせながら現れたのは、口元に自信たっぷりの笑みを浮かべサソリの尻尾を模した銃を振り上げる男―――スコーピオン。
チャラそうでテンション高めな宝瓶宮のアクエリアスの彼氏は、所有者(オーナー)であるルーシィに目を向ける。

「オレっちの出番かい?」
「そう、狙いはシャロン……あの青い髪の女よ!」
「OK!オレっちに任せな!」

そう言ってウインクを決めるスコーピオンは、自分の体ほどもある尻尾の先をシャロンに向けた。大きな銃であるその尻尾の先に魔力が集中し、スコーピオンが吼える。

「サンドバスター!」

尻尾の先の銃口から、勢いよく砂が噴き出した。滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の咆哮のようなそれは、シャロンに攻撃を加えるナツ達をも巻き込みそうな勢いと大きさのまま放たれる。
が、もちろんナツ達に攻撃する気はない。ルーシィがスコーピオンを選んだのはこの可能性を考えての結果であって、対処法だって当然用意している。

大空風流(アリエスカレント)!」

ルーが、風の流れを操る。
それによってスコーピオンのサンドバスターは蛇のような動きでナツ達を避け、シャロンに直撃した。飛び散る砂もルーによってナツ達の邪魔にならない範囲に落ちる。
もう1度サンドバスターを放てば、それを解っていたのか詠唱を終えていたルーが再び風の流れを操って、シャロンだけをピンポイントに狙う。

「グレイ!アルカ!」

後方に跳んだエルザの声で、グレイとアルカも攻撃の手を止め後ろへと跳ぶ。怪訝そうな表情を浮かべるシャロンは、肌を撫でる熱気に気づき顔を前に向けた。
木の枝を離したハッピーに掴まれたナツの両手に、炎が纏われる。

「火竜の!」

叫び、ハッピーがそれを合図にナツを落とす。勢いを殺さずそのまま生かしたナツは、合わせた両手を叩きつけた。

「煌炎!」

地面を揺らすほどの衝撃が、辺りに伝わった。









間違った事をしたとは思わない。むしろ今までが間違っていて、初めて正しい事をしたと思う。
壁に背中を預け座る彼は、息を切らしつつ力なく微笑む。

(あの男があれを置いていってくれたおかげで何とか間に合ったか…)

チャラリ、と小さな音を立てるのは鍵。銀色の鍵に隠れるように重なる黒い鍵と、古びて錆びたような色合いにくすんだ赤で古代文字が綴られた鍵を、彼は左手で握りしめる。
右手が抱えるのは白い布。紺色のラインが入ったそれのポケットに3つの鍵を押し込むように入れた彼は、目を向ける事なく呟いた。

「そこにいるんだろう。聞いているのなら、これをあの男に届けておいてくれ」

そう言って。
彼は、目を伏せ苦笑した。

「俺が出ていけば、いろいろ混乱するだろうからな。顔とか、アイツの事とか」










「なかなかね。ここまで追い詰められたのは初めてかしら」

そんな声に、ナツ達は目を見開いた。
立ち上る砂煙の中で、立ち上がるシャロンのシルエットが見える。白髪混じりの青い髪が見え、厳しく冷たい表情が砂煙の中から覗いた。

「まあ…私は本気どころか、魔法の1つすら使っていないのだけれど」

シャロンはほぼ無傷だった。
纏っていたローブは裾がボロボロになっているし、多少の傷は負っているけれど、それは無傷という言葉が1番近いであろう状態で。
一斉にあれ程の攻撃を仕掛けたナツ達は、言葉を失った。

「一族の為にも負ける訳にはいかないのよ、私は。だから―――――見せてあげましょう」

両腕を広げる。その顔に、初めて笑みが浮かぶ。
狂ったような、何かに取り憑かれたような笑み。ティアがシャロンを恐れる理由をまざまざと思い知らされる笑みが広がっていた。

「尊き血、気高き一族、我等が初祖…星竜シュテルロギアよ、我が声を耳に!」

空気の流れが変わった。大気が揺れ、何かが姿を現そうとしている。
全身をビリビリと撫でるその空気と雰囲気に動けないナツ達を嘲るように見つめたシャロンは、声高に叫んだ。






「希くは、“星竜の巫女”シャロンに竜殺しの加護があらん事を!」







耳を疑う。
今目の前で狂気に取り憑かれたように笑う女は、何と言った?

「星竜の…巫女?お前が?」

ルーが呟く。その声が震えているのに、全員が気づいた。
シャロンが星竜の巫女ならば、それはナツ達にとっては厄介でどうしようもない。パラゴーネの言う通りなら、巫女はその気にさえなれば世界の破滅さえも願える。

「あ……」

言葉にならない声を静かに零したのはグレイだった。
思い出したのだ、弟子を自称するあの少女の言葉を。星竜の巫女について尋ねた時、彼女は何と言った?願う力に関する事じゃない。
思い出したのは、星竜の巫女の人数。願える人数を、パラゴーネはこう言っていたはずだ。





―――――お前には願えない。私にも不可能だし、それが可能なのは現在2人だけだ。





2人。
1人はティアだ、それは間違いない。だから彼女は帰って来るように言われていたのだから。
だとしたら、もう1人は?

「まさかっ……!」
「ようやく気付いたようね」

青い光がシャロンの背後に現れる。
ふわり、と降り注ぐ青い光がシャロンを包み込み、その手から金色の光が溢れ始めた。見覚えがあるのか、ナツとエルザが目を見開く。

「私は星竜の巫女シャロン!一族の敵は、当主である私が消す!」

叫んだと同時に、金色の光の雨が降り注ぐ。
煌めく光に目が眩んだナツ達は、顔を背ける事しか出来なかった。

【望みを叶えよう、我が巫女よ。一族思いの仮面を、いつまで被っていられるものか……】

そんな軽やかな声が、どこかで聞こえた気がした。











その光は、こちらからも見えた。
遠くの方で突然瞬いた光に、ウェンディ達は反射的に本宅の方を向く。一瞬瞬いてすぐに消えた光の正体はここからは解らず、彼等は顔を見合わせた。

「今のは…?」
「ナツ達の魔法、じゃないよね」

首を傾げるココロに、レビィが呟く。カトレーンの事情に詳しいであろうスバルとヒルダも不思議そうに本宅の方を見つめている。

「……お祖母様だ…いや、シャロンと呼んじまうか」

クロノが呟いた。
全員の視線が一気に集中したのに気づいたクロノは上半身を起こすと、小さく舌打ちをする。苛立つように青い髪をかきあげて、はっきりとした口調で。

「同じなのにティアを忌み嫌ってた、オレの知る限りで誰よりも最低最悪の女だよ」










一瞬だった。
シャロンの一撃はナツ達を一瞬で傷だらけにし、地に倒れさせる。

「まだ生きてるのね。害虫が無駄にしぶといのはお約束かしら」

興味なさそうに呟くシャロンの顔に、狂ったような笑みはない。先ほどまでの、顔ごと凍らせてしまったようなどこまでも冷たく厳しい表情があるだけだった。

「お前も…巫女、なのか……」
「ええ、そうよ。でもあんな出来損ないと同等に扱わないで頂戴。不完全なあの小娘には出来ない事が私には出来る。格の違いね」

エルザの言葉に吐き捨てるように答えたシャロンは、更に両手に魔力を集中させる。
力を込め起き上がろうとする彼等を見下すように眺めたシャロンは、ふぅ、と短く息を吐いた。その両手が、静かにナツ達の方を向く。

「……させるかあああああああっ!」

ルーが駆け出したのは、それと同時だった。
どこにそんな力があったのかと尋ねたくなるような勢いで駆けたルーは、誰よりも前に立って左手に魔力を込める。
盾を張るつもりなのだろう。ルーの盾さえあれば、きっとどんな一撃だって防げる―――――けれど。

「っ…ルー、下がれ!今からじゃ詠唱が間に合わないっ!そしたらお前が……!」

アルカが、空気を裂くような悲痛な声で叫ぶ。それは、同じ元素魔法(エレメントマジック)を使うが故に解った事だった。
今から詠唱を始めるルーと、今から攻撃をするシャロン。速いのは当然、詠唱はいらず既に攻撃態勢にあるシャロンだ。今からでは、ルーの盾は間に合わない。

「解ってるよ!そんなの、バカな僕だってちゃんと解ってる!」

そう――――そんなの、術者であるルーが1番よく解っている。今からじゃどんなに足掻いたって間に合わない。声が枯れるほどに叫んだって詠唱が完了する訳でもない。
けれどそれがルーが下がる理由になんて、どうやったってならない。

「けどっ!皆を守るのが僕の仕事で、僕が唯一出来る事なんだ!」

攻撃は苦手で、いつも後ろからの補助と少しの遠距離攻撃しか出来なかった。竜人であるティアと悪魔であるアルカに比べると、至って普通の人間なのがルーだった。
いつだって前へと駆け出す2人が、ルーには羨ましかった。自分の力じゃ何も出来ず、守る対象がいなければ何も出来ないルーにとって、誰がいてもいなくても力を振るえる2人は凄く自由に見えていた。

「だったらさ!僕にしか、出来ない事ならさっ」

今ここで誰よりも力を振るえるのはルーだ。きっとグレイが氷の盾を造る方が早いだろうけど、エルザが金剛の鎧に換装する方が早いだろうけど、そんなのはどうでもいい。
最高速度で詠唱して、本当に僅かな可能性に全てをかけて、それでも間に合わないのならば、自分が盾になる。それだけの話だ。

「最後まで、やってやろうって思うんだよ!」

全員に背を向け、失敗しないように慎重に、それでも素早く詠唱する。
後ろにいるナツが咄嗟に手を伸ばし、グレイが造形魔法の構えを取り、エルザがありったけの力で起き上がろうとして。
アルカの口が僅かに動いているのは、自分が出来るだけの盾を張るつもりなのだろう。その耐久力はルーの物に比べると鉄と段ボールくらいの違いがあるが、ないよりはマシだ。左腕にはハッピーを抱き、ハッピーだけでも吹き飛ばされないように対策している。
誰よりも前に立つ背中を後ろから、何も出来ずに見るのは2度目で、ルーシィは手探りで鍵を探しつつ目を見開いた。

「…無駄な事を」

その意志を根本から砕くように、シャロンが呟く。
金色の光を纏う両手の前に、紺色の魔法陣が展開した。

「星竜の剣牙」

―――――そして。
魔法陣から、鋭い牙のような光が、散弾のように放たれた。
当然のように、ルーの詠唱が終わるのを待たずに。

「ルー!」
「逃げろっ!」

ルーシィとアルカの声が響く。冷気を溢れさせるグレイと換装途中のエルザが駆けるが、間に合わない。
それでもルーは1歩も引かずに、大きく両腕を広げてぎゅっと目を閉じた。







大海怒号(アクエリアスレイヴ)!」







轟!と。
空気を大きく震わせて、勢いよく水が放たれる。それはシャロンの光をいとも簡単に呑み込み、その全てを砕いた。

「!」

その声は軽やかなソプラノで、聞こえた魔法名は彼女が得意とする、威力任せの一撃で。その魔法は、世界中探したって彼女しか使えない攻撃する事だけを考えて生み出された魔法で。
ハッとして目を開いたルーの視界で、ふわりと青が揺れた。








『嫌だよ!皆死んじゃったんだ!父さんも母さんもサヤも……!』

蘇るのは、幼い頃の記憶。
アマリリス村に1人取り残されて、ようやく出会った魔導士について行く形でマグノリアまで来て、ギルドに加入して、周りに全てを悟られないように、笑って。
簡単に言ってしまえば、無理をしていた。本当はもっと泣いて、声が枯れるくらいまで泣き叫ぶだろうに、彼はそれをする前に新しい人々に出会ったから。そんな彼等に泣いている所を見られなくなくて、ずっと堪えていて―――――それが、爆発した結果。

『だからってそれが死ぬ理由にはならないでしょうが!頭冷やしなさいよ!』
『君には解んないよ!何にも失くした事がない君には!いつだって周りが溢れてる君には、僕の気持ちなんてこれっぽっちも解る訳ないんだ!』
『……いつまで悲劇のヒロイン風に演じてれば気が済むのよアンタは!』

マグノリアにある岩山の上から飛び降りようとした。それで、全てを終わらせたかった。
1歩1歩足を進めていったルーの腕を掴み止めようとする少女の声に、無意識のうちにルーは叫ぶ。ギルドで初めて見た時から、彼女の周りには誰かがいた。弟や兄、かなり歳の離れた青年がいる事もあったし、少し上くらいの少女がいる時もあった。
いつだって無表情で、置かれた人形のようだった少女が荒げた声に、ルーはびくりと体を震わせる。

『死んだから親に会えるとでも思ったら大間違いよ!終わりは終わりなの、終わりって言うのはもう誰にも会えないって事でしょうが!全て終わるって解ってるのに、“親に会う”って続きを求めるなんて矛盾してるわ!いい加減冷静になって、自分の間違いを正しなさい!』

それは母親が子供に説教しているような光景だった。
恐る恐る振り返ると、ギルドでは声を掛けても何の反応もしてくれなかった青い髪の少女がこちらを睨むように見つめている。青い目が、真っ直ぐに見ている。
確かルーより2つ年下であるはずだから―――7歳の少女。ルー以上に幼いはずの少女の目は、誰よりも大人に見えた。

『確かに私にはアンタの気持ちなんて欠片も解らないし、解ろうとだって思わない!だけど、失ってるのがアンタだけな訳ないじゃない!私の周りが溢れているのは、失った部分を埋めた結果なの!そうやってすぐに、何でも諦めるような奴の周りが埋められてるほど世の中甘くなんてないわ!』

今にもルーの胸倉を掴みそうな勢いで。
1回も喋った事も目を合わせた事もない少女は、言った。

『足掻いてみせなさいよ!本当に辛くて苦しいなら、全身全霊で足掻きなさい!乗り越えられないから逃げるだなんて誰にでも出来る事をしてる暇があったら、自分にしか出来ない事で生きなさい!』

視界が霞み、歪み始めた。泣いている事に気づいたのはもう少し後の事。
気高く強い、後にギルド最強の女問題児とまで呼ばれるようになる少女は、マグノリア全体に言い聞かせるような大きな声で叫んだ。

『それでも本当に辛くて苦しいなら、手を伸ばしなさい!その手は必ず―――――――』













「―――――――私が、何を捨ててでも掴んであげる」

静寂の中で、あの時の少女は呟いた。伸びた背、揺れる青い髪。月日を重ねても、彼女の根本は何も変わっていない。
その気高さも、何も怖れない勇ましさも。傷つく事を恐怖とせず、何もしない事に怯える心も。
かつてルーを救った少女を構成する全ては、何も変わらない。

「そう言ったでしょ、私が」
「……うん」
「忘れたとは言わせないわよ。約束嫌いの私が、恐らく初めて持ち出した事なんだから」
「……忘れる訳、ないよ」

現れた少女の華奢な背中を見た瞬間、足の力が抜けていた。心から信頼して、安心出来る姿が目に飛び込んできた瞬間、気づいたら座り込んでいた。
最初は目を見開いていたナツ達も、表情を和らげる。

「だって君が、いつだって僕の手を拒まずに掴んでくれたから」

揺れる青髪、華奢なのに誰よりも頼れる姿。大きく開いた背中に刻まれているのは、家族の証である白い妖精の紋章。
ゆっくりと、青い瞳が開く。

「今だってそうだよね―――――――ティア」

噛みしめるように、その名を声に乗せる。
声を出す事も頷く事もしなかったティアは、1歩前に足を進めた。その体から、闘志が迸るのを全身で感じる。目に見えなくても、感覚が慣れていた。
ピリピリとした殺気に近い闘志や苛立ち、怒り。その全てを、ティアは力に変える。
そして、呟く。ただ一言を。

「何をしようと、それは個人の自由でしかないけれど」

ビィン!と。
鋭い音を立てて、右手に水の剣が握られた。












「だったら、アンタの行動が間違っているから止めるのも、私の自由よね?」 
 

 
後書き
こんにちは、緋色の空です。
ROE編、ルーの出番が最初に会ったっきりでそれ以降出番ないなあ…と思った結果がこれさ!そういやルーの自殺未遂話やってない事を思い出したっていうのもありますけど(ルーが自殺しようとしてたって事を覚えている人がそもそもいるのか…(幽鬼の支配者編の“同志”でちょこっと触れております。それだけです)。
ここからは今のところ捕まってるだけのティアが久々に暴れますよー!やったー!1番書きやすいキャラ到来だー!

感想、批評、お待ちしてます。
ティア登場の印象が強くてシャロンが巫女だよって事が薄くなってる気も。 
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