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Element Magic Trinity

作者:緋色の空
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師匠と弟子


赤黒い血が、びしゃっと水っぽい音を立てて壁に飛び散る。
銀色とも灰色とも見える色合いの重力の剣が、術者であるパラゴーネの脇腹に突き刺さっていた。
目を見開きそれを見つめるナツ達の前で、パラゴーネの小柄な体躯が崩れ落ち、倒れる。突き刺さる重力の剣は溶けるように消え、傷口から血が流れていた。

「パラゴーネ!」
「ルー、回復を!」
「う…うん!大空治癒(アリエスヒール)!」

突然声を掛けられ戸惑ったルーだったが、すぐに自分の役割を思い出し、その両手に緑色の光を纏う。零れる光は脇腹の傷へと流れるように漂い、傷を包み込んだ。
疲れがあるのか、ふぅ、と息を吐くルー。魔力の残量が原因か治癒速度が遅く、止血にも時間がかかる。
倒れる彼女の体をグレイが抱き起こすと、その揺れが伝わったのかパラゴーネの虚ろな目が徐々に標準を取り戻し、ナツ達を目の動きだけで見回した。

「師匠……?」
「何やってんだよバカ!ルーがいなかったらどうなってたか解ってんのか!?」
「扉を開く為だ…目視しろ」

そう言って、パラゴーネが指さす先。
術式のせいで開かず、ドアノブに触れると静電気のような痛みが走る扉があった。

「あ…」

思わず声が出たのは誰だったか。
紫色の文字で構成された術式の壁が一瞬発光し、崩れていく。積み上げた積み木の1番下を強く押したように、ガラガラと。
暫くするとカチャッと鍵が開くような音がして、一足早く動いたヴィーテルシアがドアノブに触れ、回す。

「……開くぞ、問題なく」

キィ、と鳥肌が立ちそうな音が耳に飛び込んで来たかと思えば、ふわりと冷たい風が頬を撫でる。僅かに扉を開けたヴィーテルシアは風の冷たさに少し震えると、1度閉めた。

「述した、だろう…私は天秤宮のパラゴーネ。最後の十二宮は私だと」
「っでも!お前はグレイが……」
「……あ」

倒しただろう?とエルザが問い終える前に、グレイが何かに気づいたように呟く。
見開かれた目をパラゴーネが見つめ、ふっと口元を緩めた。その微笑み方が相棒の彼女にどこか似ていて、ヴィーテルシアは無意識に目を逸らす。

「感知したようだな、師匠」
「え?ど…どういう事ですか?」

アランがグレイに問う。他の全員もグレイに視線を注ぐ。
ゆっくりとしたペースで塞がれていく傷に目を向けたグレイは、震える声で呟いた。

「…戦える状態だったから、なのか?」

その言葉の意味が解らず、ナツ達はどう答える事も動く事も出来ない。ただパラゴーネには通じていた様で、力ない笑みはそのままに、聞こえるか聞こえないかの小さな声で「ああ」と囁いた。

「明確に、私は師匠に敗北した。……が、私は問題皆無に歩行可能な様相であり、その気にさえなれば魔法を使用して師匠達を駆逐する事も可能だった…その様相を、シグリット様は倒れたと……戦闘不能だと応諾しなかったのだろう」
「でもそれじゃあ、あの扉って……!」

ハッピーが叫び、何かに気づいたように言葉を止めた。それを聞いて、ナツ達も初めて気づく。
あの扉が、“塔の中にいる十二宮の全員の戦闘不能”を認めない限り術式で閉ざされているのなら、パラゴーネがこちら側についた時点で、扉は絶対に開かない不和の門と化したのではないか?と。
まず、ナツ達はパラゴーネに攻撃なんて出来ない。いくら所属するギルド同士が敵であれ、こんなにも情報をくれて協力してくれた彼女を今更敵だとは思えないし、思いたくもない。いくらパラゴーネが説明したって彼等の目に残り人数は見えないのだから、とりあえずは疑い何もしないだろう。もしそれが事実だと判明したって、絶対に戦う事だけはしない。
だから、パラゴーネは自分で自分を戦闘不能に追い込む選択をした。ナツ達に辛い思いをさせない為に、先に進んでもらう為に、自分が傷付くのを承知で。

「……ぅ」
「ルー!?」

小さく呻く声が聞こえて、ルーシィは咄嗟に横を見る。
両手の光が弱くなり始めたルーは額に汗を浮かべ、走り終わった後のように息を切らしていた。視界が霞み歪んでいくのを感じながら、苦しそうに呟く。

「もう、無理…止血までは…どうにか、出来たけど……」
「止血出来たなら十分よ!とにかく休んで」
「うん……ゴメンね」

ふわり、と緑色の光が消えたと同時に、ルーはふらりと倒れ込んだ。はあはあと息を切らし額に張り付いたエメラルドグリーンの髪を右手で払いながら、服の袖で汗を拭う。
ピ、ピ、とどこからか聞こえる残り時間がどんどん減る、今まで全く気にならなかった音が、今だけは無性に耳障りだった。











「くっ」

紅蓮の炎が勢い良く床の上を滑る。
杖の先を床に向けて風を発生させる事で飛び炎を避けたエストは、天井に頭をぶつけないように気を付けながらその高さを保ち、炎が消えたのを確認して、降りる。

「凄い…アルカ、いつもこんな炎を操ってるの?」
《んー……気のせいか、いつもより強いな。魔力の量に対して火力が増してる》
「どうして?」
《解んねえ。難しいのは考えねえに限る》

裾がボロボロになった紅蓮のドレスを纏うミラの言葉に、念話のようにアルカが答える。
アルカ本人は解らないと言っているが、実は理由は至って単純。2人の考えがおかしなまでにピッタリ合っている為だ。まあ、2人は恋人同士であるからそりゃそうだと言われればそうなのだが。
更にこの2人、片や引退しているとはいえかつては“魔人”と呼ばれたS級魔導士、片や辞退したとはいえ2年前にS級候補と呼ばれていた“地火の威武(テールフラム・フォルテ)”。お互い実力はギルドでも上位であり、更に言えばお互いの事をよく解り合っている。
その他諸々様々な事がプラスに働いた結果、アルカの火力が普段以上なのだった。

「轟雷!」
「!」
《こういうのはルーの専門なんだけどな…出来ねえ訳じゃねえよ!大火紅翼(レオエーラ)!》

杖の先から迸る電撃を、ミラは咄嗟に跳んで避ける。
更にアルカが炎の翼を生やし援護に回り、ミラは広いフロアを縦横無尽に飛び回った。その後を追うようにエストの電撃が走り、逃げるように炎の翼が大きくなり、加速する。

《ミラ!》
「大丈夫!こうやるんでしょ?……大火大槌(レオハンマー)!」

くるりと方向転換しエストへと向かって行くミラは、いつもアルカがやっているように両手を向ける。見慣れた仕草を再現するのは簡単で、自分の手に赤い光が灯るのが少しくすぐったかった。
その手に赤い魔法陣が展開し、更に魔法陣が天井にも現れ、炎のハンマーがエスト目掛けて落下する。
表情を歪めたエストは杖の先を向け、そこから水を放つ事で炎を消し去った。

「これが元素魔法(エレメントマジック)……」
《とは言ってもミラを介してオレが魔法使ってる状態だ。ま、詠唱とかは現在本体であるミラ任せになっちまうけど》
「え…詠唱?私あんまりよく解んないんだけど……」
《心配すんな、問題なんて何1つありゃしねえよ!ちゃんとオレが先に言うから、それを真似してくれればいい》
「そっか、ありがとねアルカ」
《礼には及ばねえよ、こちとらワガママに付き合ってもらってんだから》

にひ、とアルカが笑った気がして、ミラも口元が緩む。
きっと今隣にいたら、ミラの頭にポンと手を乗せていただろう。そのままニッと笑って、もしくは楽しそうに高笑いして、ミラをぐいぐい引っ張っていくのだ。

《おーいミラ?何で笑ってんだ?》
「いろいろとね」
《何だ?面白れえ事か!?なあなあ、教えてくれよ!》
「この戦いが終わったら教えてあげる。今は戦いに集中しよう?」
《……はーい…》

むすっとしたような声で返事をするアルカ。面白い事に突っ走れないと解るといつもこうなる。
その様子がどこかおかしくて笑いそうになるのを必死に堪えながら、ミラは真っ直ぐに前を見据えた。










「クロス君!ライアー!」
「サルディア」
「3人とも大丈夫そうですね」
「ロクサー!」

一方その頃、ナツ達と合流していないメンバーのクロスとライアーは、同じく合流していないサルディアと、別の塔から出てきたジュビアと合流していた。
それぞれ傷は負っているが、どうやら立って会話するほどには回復しているようだった。

「そういえばナツ君達は?」
「グレイ様は!?」
「知らん…ここで別れてからは会っていない」

ライアーの肩を借りるクロスの言葉に、サルディアとジュビアは顔を見合わせる。
今ここにいるのは4人。もし今敵がやってきたら、どうやっても太刀打ち出来ないだろう。魔力がある程度回復しているジュビアとライアーはともかく、サルディアがアイゼンフロウを召喚してしまえば一気に狭くなってしまうし、肩を借りなければ倒れてしまうであろうクロスは戦力外だ。

「敵が来ない事を祈るしかありませんね……」
「その祈りを無視してしまってごめんなさいね?」
「!」

ポツリとジュビアが呟く。その声に、答えがあった。
反射的に振り返ると、塔の壁から扉が現れ、キィと音を立てて開く。咄嗟に戦闘態勢を取ると、コツ、コツ、とヒールの音がした。
暗闇の中からクリムゾンレッドの髪が揺れ、女性の姿が目視出来る。

「あなたは……」
「初めまして、かしら。私はシグリット・イレイザー…血塗れの欲望(ブラッティデザイア)のマスターよ」

突如現れたラスボスとも言える存在に、クロス達は目を見開く。
対するシグリットは特に驚く訳でもなく、目立った武装もなかった。まあ魔導士で武装している者なんて、ライアーのような魔法を使う者くらいだが。

「イレイザーという事は、貴様がアイツの母親か」
「そういう事になるわね」

ひょい、と肩を竦めるシグリット。こんな状態であろうと闘志だけは変わらないクロスの問いにも、表情1つ変えない。
相手は迷う事なく敵だ。だからジュビアが右手に魔力を集中させ、サルディアが小声での詠唱を開始し、ライアーがクロスを支えつつフィレーシアンに手を掛けたのは当然の動きと言えるだろう。クロスも別空間から呼べる限界までの剣を握りしめようとした―――――瞬間。

「あらあら、別に私は戦いに来た訳じゃないのよ?ただ、間違いを正しに来ただけ」

シグリットは、余裕すら感じられる笑みを浮かべて呟いた。










大火大蛇(レオオロチ)!」

ミラの手から、炎の蛇が飛び出す。アルカが呟いた通りの詠唱を繰り返す事で、世界の万物を司る元素の1つがその手から形を持って放たれる。
形を作って放つ、という動作は造形魔法に似ているが、アルカはそれを全くの別物だと言う。造形魔法が“魔力に形を与える魔法”であるのに対し、元素魔法(エレメントマジック)は“魔力を元素に変えた上で最も最適な形に作り替える魔法”なのだとか。
イマイチよく解らないが、アルカが“ティアからそう聞いた”と言うのだから、そうなのだろう。

「疾風!」
《げっ、マジかよ!風は炎の天敵だっての!》

向けられた杖の先から、風が勢いよく吹き荒れる。腕を顔の前でクロスさせ防御の態勢を取ったミラの銀髪や紅蓮のドレスがバサバサと音を立ててはためき、脳内でアルカの引き攣ったような声が聞こえた。きっと、ひくりと口角を上げているだろう。
こんな状況ながら、“引き攣る”余裕がアルカに戻ってきている事にミラは少し安堵する。

「アルカ!」
《おうよ、行くぜ!最初の方は共通だから解るな?》
「うん、大丈夫」

元素魔法(エレメントマジック)は詠唱が長い。
魔法名――――――例えば上記の大火大蛇(レオオロチ)、というワードだけでは発動せず、そこに行きつくまでに長ったらしい詠唱は絶対に必要なのだ。詠唱は四元素バラバラだが、アルカ曰く“1番長いのは威力の問題か、大海(アクエリアス)”らしい。
アルカの扱う大火(レオ)大地(スコーピオン)は長くもなく短くもなく、の丁度中間らしいのだが、二元素分の詠唱を覚えなくてはいけないから大変だ、と呟いているのを聞いた事がある。

「“紅ノ熱、高キ光、共ニ並ブハ猛ル赤……三位(さんみ)ヲ一体トシ、赤ク光ル熱ヲ構成スル”」

ミラがこれをこの短時間で覚えられたのは、アルカのサポートがある為であり彼の魔法をいつも横で見ていたからであって、それが無かったら何を言ってるのかすら解らなかっただろう。
これをどんな戦場でも冷静に、一言一句間違う事なく詠唱しなければ魔法が使えない3人はきっと大変なんだろうな、と思いつつ、続ける。

「“構成サレシ紅蓮、光ト熱デ存在ヲ示ス赤ノ元素ヲ形ニ…与エルハ不動、動カヌ武具”」

ここでようやく、魔力が炎に変えられる。
これを一瞬のうちに遣って退けるのだから、本当にあの3人は凄いと思う。特に1番詠唱が長いと言う大海(アクエリアス)を操るティアは、そんな事を全く感じさせないスピードで、文字通りの矢継ぎ早に魔法を使っていく。
普段あんなにぽわぽわとして記憶力が低いと言われているルーも回復や防御を素早く使うし、アルカだって二元素分の詠唱を頭に叩き込んでいる。
そりゃ各元素に1人な訳だ、と納得する。そんな魔法をいろんな人が使えるようになったら魔法界が大混乱だ。詠唱に時間がかかり過ぎて、仕事にならない。
これも元素魔法(エレメントマジック)が最大4人しか使えない事の理由なのかな、と考えていると、《ミラ?》と呼びかける声が聞こえた。

「あ、ゴメン。……“斬リ裂キ、貫キ、血デ染マル剣…ソノ形ヲ炎ヘト映シ、鋭イ刃ヲ紅蓮ニ包メ”」

炎が横に伸び、徐々に形を持っていく。
左はやや沿った鋭い刃に、右は炎の美しい装飾が目を引く柄に。刃は一回り、また一回りと大きくなり、ミラが柄を握ると止まる。

「“紅蓮一閃”―――――大火大剣(レオソード)!」

吼え、振り下ろす。
バッと飛びずさったエストを追撃するべく地を蹴り、炎の翼を大きく動かす。距離を詰め炎の剣を振るうと、エストはそれを杖で弾いた。そこからくるりと杖を回し、その先端をミラの腹辺りに向ける。

「旋風!」
「が…あっ!」

防御の体勢も取れずに、ミラは杖の先から放たれた風の一撃を喰らう。
バランスを崩した状態を直すように翼がミラの体を支え、床を靴の踵で滑りつつ、ミラは吹き飛ばされると同時に始めたあの長い詠唱を終える。

大火円盤(レオソーサー)!」
「雷撃!」

炎の鎖で繋がれた炎の円盤を、空いた右手でぐるりと振り回す。
壁に爪痕を残した一撃を落とすようにエストの雷が炎の鎖を断ち、円盤は床にも跡を残しつつ消えた。

《ミラ!》

アルカの声が飛ぶ。
それに答えるようにこくっと頷いたミラは、もう1度床を蹴った。











扉が開くのを、待っていたはずだった。
なのに、やっと開いた扉から出ていく者は誰もいない。

「パラゴーネ…大丈夫?」

ハッピーが問う。
グレイに抱き起こされるパラゴーネは目だけをハッピーに向けて「寧静だ」と呟くと、すいっと目線を上にあげた。
その先にいたエルザと目が合う。

「エルザ・スカーレット」
「…何だ」
「ギルドで私が歪めた剣を、発露してほしい」

ギルドで抗争が起ころうとしたあの時、パラゴーネが折り畳むように捻じ曲げたエルザの魔法剣。言われた通りにエルザがそれを別空間から出す。
変わらずぐにゃりと捻じ曲がったままのそれを見たパラゴーネは、静かに右腕を伸ばした。
細く小さな指の先に、淡い桃色の光が柔らかく灯る。

「これで…復元完了か?」
「……!」

指先から零れた光が剣を包み込む。
すると、ギギギ、と少し耳障りな音を立てながら剣が形を変え、最終的に元の―――――捻じ曲げられる前の姿を取り戻す。
静かに目を見開くエルザに、パラゴーネは口角を僅かに上げた。

「気がかりになるな、切れ味等も衰微はしていない。ただ容貌を復元しただけだ」

そう言ってエルザから目を外したパラゴーネは、目の動きだけで全員を見回した。
心配そうにこちらを見つめるナツ達を見てどこか嬉しそうに微笑んだパラゴーネは、誰とも目を合わせないと言うように目を閉じ、口を開く。

「急け、もう残余時刻が少々だ。ティア嬢を救出不可能になる」

言われて振り返ると、扉には残り時間が映し出されていた。
残りは00時間57分31秒――――――シャロンとの戦いも考えると、早く本宅に向かわなければならないだろう。
ナツ達だってそれを解っていた。頭のどこかではティアを早く助けに行かないと、と考えている。
だけど、動けなかった。

「……何をしている、快捷行かないと事足りなくなるぞ」

もう1度、焦れたような声でパラゴーネが言う。
それでも、誰1人として動かない。―――――動けない。
だってパラゴーネは、“行け”とは言うけれど、“連れて行け”とは一言も言わない。つまりそれは“置いていけ”という事で、それでもパラゴーネを置いていく事なんて出来なかった。
自分を傷つけてまで扉を開いてくれた彼女を置いていくなんて、考えられなかった。

「――――――快捷行けっ!ここまで来て何を遅疑する!?ティア嬢の為にここまで来たんだろう!?」

その通りだ。
ナツ達はティアを助ける為にここに来て、パラゴーネ達と戦って、最終的にティアを助けて全てが終わるはずだった。
だけど、最後の最後に躊躇う。
仲間を見捨てる事が出来ない妖精の尻尾(フェアリーテイル)の特徴が、こんな所で邪魔をする。



「……行くぞ」



―――――――そんな時だった。
パラゴーネを静かに降ろしたグレイが立ち上がり、扉の方へと歩いていったのは。

「グレイ!?」
「お前っ……」

1番パラゴーネに近いはずのグレイが、背を向ける。
ルーシィの驚く声とナツの声が静かな塔の中に響き、パラゴーネは、まるでその行動が正しいと言うかのように緩やかに笑みを浮かべた。

「おいグレイ」
「コイツがした事を無駄にしたくねえんだよ」

何かを言いかけたヴィーテルシアを遮って呟くと、グレイはドアノブに手を掛けた。
そのまま迷う事なくガチャリとドアノブを回し、冷たい風に髪やコートの裾を揺らしながらグレイは出ていった。
バタン、と扉が閉まり、また静かになる。

「……行くぞ」
「エルザ…」

その後ろ姿を見つめていたエルザが呟き、ドアノブを回す。
床に横たわるパラゴーネに目を向けたヴィーテルシアもその後に続き、ナツとハッピーも必死に顔を背け、ルーシィもルーに肩を貸しつつ耐えるように唇を噛みしめ、アランも謝罪の言葉を呟いて、その後に続く。
――――――そして、扉が閉じられた。








また、孤独だ。
ここまで裏切っては、自由を第一とする血塗れの欲望(ブラッティデザイア)にも戻れないだろう。どちらの味方に付こうと自由だが、この計画は“話していい事”と“悪い事”がハッキリしている。
“最大の秘密”は何とか守った。ただ、それ以外の全てを話してしまった。

(まあいいか……納得はしているし)

彼等は最後まで葛藤していた。あの表情を見れば一発で解る。
それでも何とか判断して、どれだけ心残りがあろうと前に進む事を選んで、ちゃんといい結果を引っ張っていける立ち位置に戻っていった。
それでいい、と思う。自分を一時的にでも仲間だと接してくれた彼等が望む結果になるのなら、多少の犠牲は当然払うべきだ、とも思う。
その犠牲は自分で十分だ。それ以外の誰かが辛い思いをする必要はない。たとえ結果が彼等の表情を歪めるものだったとしても。

(まずは罪悪を購う事から開始しようか。その後は…どこに行こうかな……)

ギルドに未練はない。日の光が当たる場所にいる彼等を見て、自分もそこに立ってみたくなった。
罪を償うのには何年もかかるだろう。闇ギルドの魔導士――――それもバラム同盟の一角を担う程の闇ギルドに所属している魔導士だ。下手すれば十何年…何十年もかかるかも知れない。
それでも、1度知ってしまった光の温かさはそう簡単に忘れられそうになかった。

(いや…罪悪を購い終えた後の事は一決している。全て終わったら…師匠を、今度こそ“師匠”と呼ぶんだ。隣に立って……今度こそ…)

視界がぼやける。襲い掛かるのは睡魔だろうか。
意識を引っ張って離さないそれにパラゴーネは苦笑する。食い止めようとしても、相手の方が力が強いようだ。
だったらそのまま引っ張られてやろうと決めたパラゴーネは、静かに目を閉じた。












――――――――が。



「おい」
「!」

声を掛けられた。
反射的に目を開いて、驚きから更に見開いて、はくりと口を開く。声を出そうにも驚き過ぎて声が追いつかず、ようやく声が出たのはそれから数秒だった頃だった。

「し…師匠!?何故ここに舞い戻った!?」
「舞い戻ったって……んな大袈裟な事じゃねえだろうよ」

パラゴーネの言葉に苦笑したのは、グレイだった。
先ほど出ていったはずの、パラゴーネが勝手に師と仰ぎ慕い師匠と呼ぶ、造形魔導士の青年だった。
ぱちくりと瞬きを繰り返すパラゴーネを見下ろしたグレイはその場にしゃがみ込むと、背中をパラゴーネに向ける。

「……え?」
「早く乗れよ、置いてくぞ」
「う、うむ」

呆然とするパラゴーネに顔を向けず呟く。
いまいち話が見えてこないままグレイの背に乗ったパラゴーネが首に手を回すと、グレイは腕を後ろに回す。
その体勢から立ち上がったグレイは、意外そうに口を開く。

「お前意外と軽いんだな」
「……師匠は私が重量だと思っていたのか?」
「ま、背の高さとか体型から考えりゃこんなモンいででででで!」
「ふんっ」

ひくっと口角を引き攣らせるパラゴーネに気づかず言葉を続けたグレイの頬を、パラゴーネは力いっぱい引っ張る。
パラゴーネは小柄だ。15歳という年齢から考えると別におかしい背丈ではないが、本人は背の低さを気にしているのだ。せめてあと10cmは伸びないかな、と考えているものの、成長はその希望を叶えてくれない。

「つつ……ちゃんと掴まってろよ」

引っ張られた頬が痛むのか僅かに目を細めたグレイは、パラゴーネを背負ったまま歩き出す。
言われたとおりに首に回した手を肩に乗せてコートをくしゃりと掴むパラゴーネは、戸惑うような声色で問う。

「師匠、何故戻ってきた?快捷しなければ事足りなくなるというのに」

塔から本宅まではそれなりの距離がある。今から行ったってギリギリ十分な戦闘時間が取れるかどうかだというのに、パラゴーネ1人の為に戻ってくるのはハッキリ言って時間の無駄だと思う。
恐る恐る、といった様子のパラゴーネの問いに、グレイは迷わず答えた。








「……弟子を見捨てる師匠がいるかよ」








パラゴーネは、一瞬言葉の意味が解らず沈黙する。
が、すぐに意味を理解し目を見開いた。紅蓮の瞳が潤み、ぽたりと涙がコートに落ちる。

「……は?お、お前泣いてんのかっ!?え、何で!?」
「うるさいぞ……!師匠の、バカぁ…」
「オレかよ!?何か気に障る事言ったか?」

一気に慌てふためくグレイの言葉には答えず、パラゴーネは堪えきれず涙を流した。 
 

 
後書き
こんにちは、緋色の空です。
今回のメインはパラゴーネ!最近私がお気に入りのパラゴーネです!本当はエストとの勝負の決着つけるつもりだったけど、これと決着を合わせると大変な事になるので止めました。次回かな、うん。
そしてラストに慌てるグレイですが、コイツ原作で結構女の涙に戸惑うシーンが多いので、きっとこうだろうな、と。

感想・批評、お待ちしてます。 
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