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静かな気持ち

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第二章


第二章

「少女をあのまま放っておけというのか」
 彼はそうイアンに問うた。
「その方が問題ではないか」
「その為の警察ではないですか」
 イアンはこう言い返す。
「イギリスの警察は優秀です。彼等に任せておけば」
「通報してからでは間に合いはしない」
 ジョゼフは警察を呼ぶという考えはすぐに退けた。
「ことは至急を要した。だからだ」
「しかし何か間違いがあれば」
「その時はその時だ」
 彼は階段を歩きながら言う。二階に向かいながらイアンとやり取りを続けた。階段の終わりには絵画があるがそれは中世の騎士が剣を振るって敵と戦う姿であった。
「違うか?」
「では何があってもよいというのですか」
「そうだ」
 彼は言う。
「それがグリッジ家の家訓だからな」
「それは確かにそうですが」
「わかっているではないか」
 イアンの方を振り向いて言う。
「では問題はないな」
「そのことに関しては確かにそうでしょう」
 一旦はそれを認める。
「ですが」
「ですが。何だ」
「若様は御一人の御身体ではないのですよ」
「うっ」
 どういうわけかそれを言われると急に大人しくなった。それまでの毅然とした様子もなりを潜め沈黙しだしたのである。態度が急に変わった。
「違いますか」
「確かにそうだが」
「そうです。それではですね」
「うむ」
 イアンの言葉に応える。
「暫くしたらナンシー様のところに行きますので」
「待て」
 階段を登り終えた。ここでまたイアンに顔を向けてきた。
「それなら私も行こう」
「はい」
 イアンはその言葉を聞き頬を緩めさせてきた。
「それでは御一緒に」
「うむ。彼女にこそ何かあってはまずいからな」
「しかし若様」
「何だ」
 また彼に目を向けてきた。
「まだ婚約もされていないのですよね」
「しかしもう決まっていることだ」
 彼は言う。
「だからだ。私はそれでも」
「左様ですか」
「そうだ」
 そこに理由を求めているような言葉であった。イアンにはそう聞こえた。
「何はともあれ行くぞ」
「では車を用意しておきますので」
「君が運転するのか」
「いけませんか?」
「運転手のロバートはどうしたのだ?」
「今日はお休みですが」
 彼は答える。
「風邪をひいて。朝に申し上げましたが」
「済まない、忘れていた」
 それを素直に認めた。実は彼はそのことは本当に忘れてしまっていたのだ。迂闊と言えば迂闊であった。しかしそれを認めるのが彼であった。
「大丈夫なのか、それで」
「インフルエンザです」
「大丈夫ではないな」
「ですから私が運転を」
 彼は述べる。
「それで宜しいですね」
「うん、ならばそれでいい」
 彼はその言葉に頷いた。
「しかしだ」
 そのうえで言う。
「何でしょうか」
「済まないな、いつも」
「いえ、これが仕事ですから」
 彼は平然としてそれに答える。
「では後程」
「うむ」
 こうして彼はイアンの車である場所に向かった。行く先はある女子高であった。
 そこに着くとジョゼフだけが車から出る。そして薔薇の花束を手にして立つのであった。
「あれ、あの人」
「ええ」
 校門を通り抜ける女子高生達が彼の姿を見て声をあげる。
「グリッジ家の」
「そうよね、あの人」
 ジョゼフはかなりの有名人であった。女子高生達には名門の子弟として評判である。しかしこの学校は普通の庶民が通うごく普通の女子高だ。とてもではないが貴族が来るような場所ではないのだ。
「何で来たのかしら」
 皆それも不思議に思った。
「一体どうして」
「そうよね。何かありそうだけれど」
 しかしジョゼフは平然としてその場に立っている。寒く木の葉もない木々が並ぶ道を黙って立っていた。
 暫く校門を見ていたがやがて動いた。ブラウンの髪を肩のところで揃えた緑の目の小柄な少女のところにやって来た。この学校の赤を基調としたブレザーの上に白いコートを羽織ったまだ幼さの残る顔立ちの少女であった。ジョゼフと比べるとまるで兄と妹のようであった。
「やあ、ナンシー」
 ジョゼフはその少女に声をかけてきた。にこやかに笑って。

 
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