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静かな気持ち

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第一章


第一章

                   静かな気持ち
 イギリス。この国ではまだ貴族というものが存在している。実は欧州全体にその名残は色濃く残っていて教育にも現われているがこの国では特にそれが強い。
 今でも貴族院が存在しそこに議席を持っている貴族が存在する。この国はよく言えば伝統を重んじ、悪く言えば頭が固い。日本人に言わせれば伝統を大事にしているがフランス人に言わせれば時代遅れなのだ。
 そうした中で名門もまた存在する。グリッジ家もその一つである。
 百年戦争からの家でありはじまりはエドワード黒太子に仕える騎士だったという。それからも武勲を挙げ続け遂には侯爵にまでなった。今でもグリッジ侯爵家としてイギリスにその名を知られている名門である。
 この家は色々としきたりに五月蝿いイギリス貴族の中でも特にそうしたことも五月蝿い。特に家訓は代々の主が継ぎ足していっていて今では一週間やそこいらでは覚えきれないまでになっている。まるでイギリスの法律のようになってしまっているのだ。
 そのグリッジ家の家訓にこうある。『卑怯なことはするな』と。確かにこう書かれている。
「だからだ」
 長身で細面の若者が言う。長い金髪を後ろで束ね青い目をしている。白い顔は目鼻立ちが整っていて端整な感じだ。その身体を綺麗なスーツで覆っている。彼は今公園の中で数人の男達と正対していた。少し離れた場所に木々が生い茂り緑の香りがこちらにまでやって来る。しかし場の雰囲気は清々しいものではなかった。
「我がグリッジ家は常に卑劣なことは許さないのだ」
「ほお、そりゃいいことを聞いたぜ」
 彼の前にいる如何にもといった感じの柄の悪い男達のうちの一人が彼に言った。
「じゃあグリッジのお坊ちゃまよお、俺達をどうしろっていうんだ」
「彼女を離すのだ」
 その彼ジョゼフ=グリッジはあらためて彼等に言った。
「さもないと僕が相手になる」
 見れば不良達は一人の女の子を捕まえている。どうやら彼はそれを咎めているらしい。
「あんた一人でかい」
「さっきも言った筈だ」
 ジョゼフは毅然として返す。
「卑怯なことは許さないとな」
「俺達はただデートに誘ってるだけだぜ」
「なあ」
 不良達は白々しい言葉を言う。
「それでどうして」
「咎められるのやら」
「あくまで離さないというのだな」
 ジョゼフはまた問うた。
「なら」
 構えを取ってきた。ボクシングの構えであった。
「へえ、やるっていうのか」
「彼女を離さないのなら」
 彼は言う。
「やるしかない」
「じゃあお坊ちゃまよお」
「怪我しても知らねえぞ」
 男達はジョゼフを取り囲んできた。その手には銘々ナイフや鉄パイプを持っている。
「それはこちらの言葉だ」
 しかしジョゼフはそうした得物を見ても表情を変えない。
「やるというのなら」
 すっと動いた。素早いフットワークであった。
「んっ!?」
「速い」
「行くぞ」
 左右に動いている。ウォーミングアップであろうか。その動きはまさに熟練の動きであった。
「ボクシングでもなあ。武器を持っている相手には」
 その動きを見ても男達は強気だった。やはり数と得物のせいであった。
「適わないんだよ」
「今それを教えてやるぜ」
 襲い掛かる。しかしジョゼフは涼しい顔をしてそれに向かう。
「来たか」
 構えを取ったまままずは左に動いた。
 そして左から来るナイフを持った男の腹を撃つ。それで彼は蹲った。
「うぐぅっ・・・・・・」
「まずは一人」
 すぐにまた動く。今度はその側にいる黒い髪の男のテンプルを撃つ。一撃で倒した。
「なっ、こいつ」
「もう二人も」
 残った男達はそれを見て驚きの声をあげる。
「まぐれだ、まぐれ」
 中の一人が言った。
「安心しろ、幾ら何でもな」
「まぐれだと思うのか」
 ジョゼフはそんな彼等に対して言う。
「だとすれば喧嘩は止めておいた方がいい。何時か取り返しのつかない怪我をする」
「偉そうに言ってんじゃねえっ」
 耳にピアスを色々と付けている男が鉄パイプを横薙ぎに出してきた。これならかわせないと思ったからだ。
 だがそれは甘かった。ジョゼフは一旦後ろにステップした。それで呆気なくかわしたのであった。
「なっ」
 あまりにも派手に払ったので態勢を崩した。それが間違いであった。
 そこに前にステップしたジョゼフの一撃が来た。ガラ空きになった顎に一撃を受けた。それで彼もノックアウトされたのであった。
 また一人やられた。そこに赤髪の男が来るが彼もアッパーで倒された。
「後二人か」
「チィッ」
「さあ、彼女を離すか」
 倒れた四人の男の間に立って言ってきた。
「どうするのだ?」
「わかったよ」
 リーダー格の大柄な男が言ってきた。
「離せばいいんだろ、離せば」
「そうだ」
「わかったよ。じゃあ」
「仲間達は手加減はしておいた」
 ジョゼフは彼女が離されたのを見て述べた。
「しかし気を失っている。すぐに病院に連れて行くのだな」
「ちっ」
「これに懲りて二度とこんなことはしないことだ」
 そう言って彼は少女を離させてその場を後にした。そして自分の屋敷へと帰るのであった。
 屋敷に帰ると。いきなり若い黒髪をオールバックにした執事が出て来た。
「若様」
「どうした、イアン」
 ジョゼフは落ち着き払った様子でいささかむっとした顔の彼に顔を向けてきた。
「そんなに怒って」
「先程警察から電話がありました」
「そうか。早いな」
「早いなではありません」
 彼はこう言って主を咎める。
「また喧嘩をされるとは。いい加減にして下さい」
「私は喧嘩なぞしてはいない」
 彼はそれはきっぱりと否定した。
「女の子をかどわかる不埒者を退けただけだ」
「同じことです」
 少なくともイアンにとってはそうであった。
「危険なことばかりされて」
「では聞くが」
 巨大なシャンデリラが天井にある大きな屋敷であった。木造の階段に壁にかけてある絵画、赤絨毯。ビクトリア様式の屋敷はまさにイギリスの屋敷であった。二人は今その中で話をしていた。

 
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