暁 〜小説投稿サイト〜
逆さの砂時計
書の守り人
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。内容はほぼ暗記しているが、何度読んでも新鮮に感じる。書いた人物の感情が大海の波となって絶え間無く押し寄せて来るのだ。
 波に浚われた読み手は渦に巻き込まれ、海中に沈み、呼吸を奪われる。かと思えば、突然ふわりと上昇し、海を飛び出して風になる。穏やかな空を舞い、雲と戯れて、唐突に地面へ叩き付けられる。何を言ってるんだと笑われそうだが、そう感じるのだから仕方ない。
 記された出来事は現実離れしているが、想像で書いたとするなら、書き手は相当頭が良いか螺が飛んだ人物だと思われる。それほどの感情に満ちているのだ。激情と言って良い。
 ところで、この日記に書かれている文字は一体、何処の国の物なのだろうか。祖母に教わって覚えはしたが、こんな字体は他で見た記憶が無い。
 古代文字とかの類いか。それとも、後世の誰にも見られたくなかった故の暗号か? それを子孫が解いてしまったとか。
 だとしたら、書いた人物には申し訳なく思うが、なんにせよ綴られた一言一句が魅力的なのは変わらない。暖炉の灯りだけを頼りに、不思議な世界を体感し続ける。
 ……そう、此処だ。
 長年疑問に感じてきた日付に、文字をなぞる目線を一時ぴたりと止める。
 この日を境に書き手の文字が印象を変えているのだ。上手くなったのか下手になったのかは基準が無いので判断しようがないが、文字の一つ一つが明らかに大きくなっている。
 強いて例えるなら……そう、書いた人の目が見え難くなっている感じ。
 書かれている内容は、傷だらけの少女と出逢ったので手当てをしてあげた……程度の事。
 以降、少女に関する記述も無ければ、書き手自身に問題が起きたとも記されていない。それまでと同じ非現実的な日常を過ごして、数ヵ月の後に真っ白なページへと様変わりする。
 最後の一行を唐突に『これで良い』と締め括っている辺り、多分亡くなったのではなく、書かなくなったのだろう。書く必要が無くなったのか、書けない状況に置かれたのか。どちらにせよ、日記は其処から先の人生を語らない。
 残る数十枚の白紙を纏めて裏表紙で閉じた。本が当時のままなのか復元された物なのかは不明。
 だが、埋められた筈のたった数十枚の白紙を物悲しく感じるのは、生きた本人や当時の世界を知らないからだろうか。
 膝の上に乗せた誰かの人生。誰かの記憶。指先でそっと平らな面をなぞって……ふと、暗くなった視界に目を瞬く。
 暖炉に顔を向けると、クッションの上に立つ人影があった。
 「……え!?」
 暖炉から逆光を浴びる真っ黒な服の男は、短い金髪をふわりと揺らしてゆっくりと迫り、腰を曲げて顔を覗き込んできた。吸い込まれそうな紫色の瞳を細め、日記を手に持つ。
 「面白い物を持っているな」
 「え、あの……貴方、何処から……っ」
 鍵は閉めた。この家の中には自分し
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