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Ball Driver

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第十九話 人を巻き込め

第十九話



ブンッ!
ブンッ!

黙々と素振りする権城。そこにまた、この人がやってくる。

「やぁ。また頑張ってるね。」

紗理奈である。
権城としては、「いや、あんたも頑張れよ」といい加減思ってしまうが。

「最近は本田君の部屋で筋トレも始めたんだって?」
「あの人、部屋に器具貯め込んでますからね。ちょっと使わせてもらってます。」

そろそろ冬の時期に入ってくる。
南の島といえども段々と気温は下がり、日が落ちるのも早くなってくる。南十字学園の野球部には、冬がなまじ暖かい分だけ冬のトレーニングなどという考え方はさっぱりないが、そういう野球部の一年のサイクルを中学時代にみっちり叩き込まれた権城は、自らフィジカルトレーニングに励むくらいの気概は持っていた。
幸いな事に、筋力トレーニングを趣味にしている変態・譲二が居た為に、設備に困る事が無くて助かっている。

「周りはお休みモードなのに、それに流されずに、 よく頑張る」
「や、お休みモードの自覚あるんなら、全体メニューでトレーニングもやって下さいよ」
「それは無理かな。私は確かに主将だけど、よそ者だって事を考えると、そこまで急激な締め付けが支持されるとも思えない。品田さん達は、そういうの嫌いだしね。」

紗理奈の笑顔が少し寂しそうだったので、権城はそれ以上何も言う気が起きなかった。

「ただ、君は違う。君は人を巻き込む事ができるはず。自立して、なおかつ孤立せずにやれるはずだよ。」

紗理奈は権城に背を向けた。

「頑張ってね。」

権城はその背中、一歩引いているその背中にもどかしさを覚えたが、一方である決意が固まった。



ーーーーーーーーーーーーーーー



「品田先輩」
「ん?どしたの?」

次の日の晩、権城は紅緒を訪ねた。紅緒は自室でベッドに寝転び、桃色の髪をいじっていた。
暇そうだった。

「ちょっとお付き合い願えますか?」
「えー、何々ィ?告白ゥー?」
「外に出ましょうよ。動きやすい格好で。」
「え?」
「やってみたい事があるんですよ、先輩と」

紅緒は幼い顔を少し赤らめた。
権城は更に畳み掛ける。

「いや、先輩とじゃないとしたくない事かなァ」
「……///」

紅緒はいつもの生意気な顔つきを微妙に緩ませた。権城が相手とはいえ、満更でもないらしい。権城はそんな紅緒の反応を見て、手応え十分とばかりにニヤッとした。

「じゃ、10分後校門で待ってますよ」

権城は紅緒の部屋を出て行った。



ーーーーーーーーーーーーーーーー


「で、何をするの?」

10分後、紅緒は権城の言う通りに校門にやってきた。ニタニタと笑う紅緒は、薄着だった。権城は、よし、それで良いと頷いた。

「もちろん、決まってるじゃないですか」
「でも、ここではまずくない?」
「だから行くんじゃないですか」

権城は紅緒の手を強く引っ張った。
紅緒の小さな体は軽い。吹っ飛ぶようにして、権城の側に引き寄せられる。
権城はそのまま、校門から飛び出して、学校の裏の山に向かって走りだした。

「ちょっ!どこ行くの!?」
「どこにでも!」

権城は紅緒の手を強く握ったまま、夜の森を走った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー



「はぁ、はぁ、はぁ」

紅緒は艶かしい唇を大きく広げ、がむしゃらに息を吸い込み、吐き出す。顔には玉になって汗が浮かび、眉間には苦しそうな皺が寄る。
紅緒はズバ抜けた瞬発力と野球センスを誇っているが、スタミナはあまりない。しばらく山道を走ると、既に限界に達していた。

「ちょ……結局どこに……」
「良いからついてきて下さいよ」

グロッキーな紅緒の手を、それでも権城は離さない。強く引っ張り、ペースを守って走らせ続ける。権城はマラソンが大の得意なのである。紅緒を引っ張りながら走っても、権城にはまだまだ余裕がある。

「はぁ、はぁ、はぁ」

もはや権城に引きずられるようにして、紅緒は走っていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「はぁ、はぁ、はぁ」
「ほら、ゴールはもうすぐ!」

紅緒は限界をとうに越え、今は殆ど権城に抱きかかえられるようにして走っていた。キリキリと痛む脇腹を押さえ、呼吸がほぼ喘ぎになっている。目尻にはあまりの苦しさに涙が浮かんでいた。
ちなみに、権城は何ともない。

ゴールに到達し、権城が足を止めて手を離すと、紅緒はその場に崩れ落ちて仰向けに寝転がった。
周囲は、普段見慣れている風景。
そこは学校の校門だった。

「ちょっ……何よこれ!校門に帰ってきてるじゃない!」

汗と涙でグシャグシャの顔で、紅緒は権城に怒鳴った。権城は汗を拭いながら、涼しい顔で言う。

「はい、そうですよ?山道ランニング一時間コースはいかがでしたか?」
「どうもこうもないわよ!すっごく……苦しかったァ……」

紅緒の目に、またジワリと涙が滲んできた。
いつもの強気はどこへとやら。苦手のマラソンをほぼ強制的にやらされて、それはそれは相当に辛かったようである。

「いやー、僕も結構キツかったですねー。何せ紅緒ちゃん遅いんで。普段30分で走る距離を一時間で走るのは、それはまたキツいもんですよ〜」
「う、うっさいわねェ!」

権城の煽りに対して紅緒は怒るが、しかし口で怒るだけなので、やはり相当参っているらしい。
いつもなら、権城がこんな生意気を言うと殴られているだろう。

「じゃ、お休みなさい紅緒ちゃん。紅緒ちゃんが走るのダメっての、今日でよく分かりましたんで、次からは誘いませーん。もう少し速い人とジョギングしーよっと。」

これでもかと煽り、倒れこんでいる紅緒を放ったらかして権城はスタスタと寮へと戻っていく。
その背後で紅緒が色々と悪態をついているが、権城は振り返りもしなかった。







「……無茶をするなぁ、君は。ちょっと呆れた。」

学校の中庭を歩いていると、物陰から紗理奈が声をかけてきた。紗理奈は苦笑いしている。
権城は得意げにニンマリした。

「ここまで煽ってやれば、紅緒ちゃんも自分の体力の無さにいい加減気づくでしょ?ちょっとはトレーニング、やろうって気になるんじゃないですか?」
「それはどうかなー。プライド高い娘だし、惨め過ぎて余計に走らなくなるかも。」
「いや、それは無いですよ。あの人、良くも悪くも負けん気にだけは正直なんで。これだけバカにされてそのまま終わるはずはないですよ。そこは俺、あの人信用してますから。で、あの人がヤル気になればみんなヤル気になりますよ。あの人は大将だから。」


権城は自信たっぷりな顔をしていた。
チームを変えるには、まずその中心から。
多少強引だが、この働きかけに自信を持っていた。紅緒自身に何て思われるかは分からないが、「勇者チャレンジ」の内容が多少酷くなるくらいで済むなら、甲子園の夢の方をとる。

「だといいね」

紗理奈はまた、苦笑いした。








 
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