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Ball Driver

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第二十話 新生

第二十話


「先輩方、ご卒業おめでとうございます。先輩方と過ごした日々はとても思い出深く、今は寂しさでいっぱいです。」

紗理奈の言葉を、権城はあくびしながら聞いていた。目の前には花束を持った三年生、いや卒業生達が居る。あっという間に時は過ぎる。
南十字島はもう春を迎えようとしていた。
卒業の季節である。
卒業式の後、野球部で集まってセレモニーを行っている最中なのだ。

「えー、前主将の雅礼二です。君たち後輩に、俺の方からプレゼントがあります。美術部にも所属する俺が全身全霊で仕上げた一作です。」

権城に殴られた傷はすっかり癒えた礼二が、白いベールに包まれたキャンバスを運んできた。
一体何の絵なのだろうか。どうせ礼二の描いたモノだからロクなもんではないだろうと後輩達みんな分かってはいるが、しかし一応期待はする。

「受け取ってくれ。タイトルは“熱湯甲子園”だ。」

礼二がベールを剥ぎ取るとそこには、全裸で風呂場の床にヘッドスライディングを敢行する権城の絵があった。そして謎に上手い。

「こうやって、どんな状況でも闘志を忘れず飛び込んでいく権城君のガッツを絵に刻んで、みんな手本にして……」
「調子こいてんじゃねぇぞコラァ!」

礼二が得意げに自分の作品の解説を始めるのと、権城が礼二に飛びかかるのは同時だった。
卒業のその瞬間まで、相変わらずの光景が繰り返されたのであった。



ーーーーーーーーーーーーーーーー



「はぁ、はぁ、はぁ」
「…………」

紅緒が目を剥いて走る。その少し先を涼しい顔をした権城が走る。そのまま校門をくぐってゴールイン。ちょうど数ヶ月前に走ったのと同じコースのジョギングだった。

「ど、どうよ!今度はついていけたでしょ!」
「ま、そーですね。俺が無理矢理引っ張らないと完走もままならなかったあの時よりかは成長しましたね。」

息を切らしながらドヤ顔する紅緒を、権城は息も切らさずに見下ろす。紅緒はチビである。野球してる時はやたらデカく見えるが、苦手なマラソンにおいては、紅緒はただのチビだった。権城としては、それは結構愉快だった。

「…………」
「な、何よ」

ただ、紅緒がそれなりに鍛錬を積んだというのは事実らしい。権城は紅緒の下半身をジロジロ見た。腿、ふくらはぎ、尻、全て逞しくなっていた。煽って面白かっただけではなく、実際的な効果もついてきたようで、権城としてはニンマリした。

「紅緒ちゃん、ケツデカくなりましたね〜」
「はぁ!?どこ見てんのよこのバカ!」
「いや、さらに良い球投げられるようになりますよ、きっと」

キーキー喚いて、飛び跳ねながら頭を叩いてくる紅緒から権城は逃げる。その様子を物陰から覗いて、紗理奈は微笑んでいた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー




カァーーン!


フリー打撃で打った低いライナーが、フェンスを越えていく。権城は自分の打球を自画自賛気味に目を細めて見つめた。冬の間の地道なトレーニングが実って、権城のスイングはかなり鋭くなっていた。トレーニングといっても週3だが、むしろ休養がしっかりとれていた分、体の成長に結びついたのだろう。

カァーーン!
カァーーン!

権城の隣のゲージで打つ譲二と、2年生の坊月彦なども大きな放物線で柵を越す。最近は哲也や良銀太などでも柵を越すようになってきている。紅緒以外にもホームランを打てるバッターが揃い、とんでもない重量打線が出来上がりつつあった。

「さすが、早く仕上がっているな」
「そうですね。でもまだまだ、姿坊っちゃまは打てないでしょう。」

ここまで充実してきている戦力に、4月から加わろうとしているのは、新道姿をはじめとした、ゴールデンエイジ。中学から硬式野球をしていた連中である。

「それは買いかぶりすぎだよ、タイガー。」

ジャガーとは対照的なショートカット、眼鏡をかけたもう一人の自分のメイドに微笑みながら、姿は先輩達の練習を見ていた。

 
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