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Ball Driver

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第十八話 モヤッと。

第十八話


「おう、権城」
「あ、こんにちは。」

権城が廊下を歩いていると、オレンジの髪にメガネ、2年生の良銀太が話しかけてきた。
その脇には参考書と問題集がどっさり抱えられていた。

「どうしたんですか、その本。勉強に目覚めたんですか?」
「まぁな。春の甲子園も絶望だし、そろそろ現実見ねぇと。俺は大学は東京に戻るつもりだしな。」

高校2年の秋なんだから、そろそろ進路を考え始めてもおかしくない。この南十字学園は大学まで存在し、エスカレーター進学が当てにできる為に進学希望でも随分と皆のんびりしているが、本来銀太のような態度が普通なのだろう。

「秋はイケると思ったんだけどなぁ。吉大三の試合に品田のバカが来れなかったせいで、予定が狂っちまったよ」

銀太は呆れ顔で愚痴った。


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「勝ちを狙うなら、間違いなく秋なんだよ」

副将の銀太が、主将の紗理奈にこう熱っぽく語るのを権城はたまたま何度か目にした。銀太は東京のボーイズリーグ出身で、どういう訳か南十字学園に進学していたものの、“勝つ”という事に関しては2年生の誰よりも貪欲だった。

「練習量がタダでさえ少ない俺たちは夏になったら絶対に体力が保たずに負ける。秋の気候、そして緩い日程ならまだ最後まで何とかなる。最低限の努力で最大限の結果を出すんならこの秋なんだ。本気出さなきゃ嘘だろ?」
「……という事を、私から皆に言って欲しいのね」
「俺よりも、あんたの方が人望あるからな。あんたに言ってもらわねぇと意味がねぇんだ」

銀太はあくまでも副将という事をわきまえていた。新チームになってからというもの、実に適当にノックとフリー打撃をするだけだった前チームとは違って、中継プレーの練習や実戦練習など、キッチリとした組織的プレーの練習が増えていたが、それは銀太の提案によるものらしい。紗理奈としては「自由奔放にやりたいクチ」の地元民達……紅緒や哲也や譲二……にも気を遣って、あまりガチガチな練習にならないようにバランスをとって、練習メニューを考えていた。銀太の提案段階ではもっと長く、もっと緻密な練習内容だったらしいが、それよりもヌルい紗理奈のメニューに文句は言わなかった。そういう最終判断は主将の紗理奈がすべき事で、自分にはその権利も責任もなく、紗理奈ほど周りに“思われても”いない。
それを分かっていた。

組織的な練習を始めると、それなりに成果は出るもので、元々粒揃いのチームは、段々と集団から組織へとなっていった。秋の大会は、ブロック予選を圧勝して本戦へと進んだ。

が、快進撃もここまでだった。
エースで4番の紅緒が、本戦の初戦に修学旅行に出かけたのである。

南十字学園の修学旅行は、クラスごとに行き先も時期も選べる。紅緒のクラスは秋の京都に行く、という事が春の時点で決まっていたらしい。
「一生に一度の修学旅行だからなぁ」
「まだ夏もあるし、仕方ないない」
哲也と譲二は、こんな感じで最初から諦めており、地元民の秋の大会に対する意識がよく表れていた。主将の紗理奈も、引き止めはしなかったが、銀太の「良いよ、行ってこいよ」と言ったその顔が引きつっていたのを権城はよく覚えている


そして結局、本戦は初戦で強豪の吉大三に負けた。


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「しかしなぁ、まさかお前が5失点で投げ切るとは思ってなかったよ」
「え?」
「相手が吉大三だろ?もっと取られると思ってた。コールドも覚悟したけど、普通に試合んなって良かったわ」

紅緒が居ない吉大三戦、代わりに投げたのは権城だった。10安打を許し、バックのエラーにも足を引っ張られたが、しかし粘りの投球で何とか投げ切った。十分健闘と言える。むしろこの日は、紅緒という軸を失い決定打を欠いた打線の方が不甲斐なかった。

「まぁー、夏はどうなるかなー。まーた4回戦かな。一度くらい、報知高校野球にも載りたかったけど、仕方がないか。」
「……」

権城はモヤッとした。
何にモヤッとしたかと言うと、もう既に高校野球が終わった気で居る銀太の様子と、

そして何より、「負けた試合」のピッチングを褒められるなどと言うのは、権城にとっては初めての経験だったから。勝たせるのが自分の役割、そして責任。中学の時はそう思ってきたし、そう思われてきた。それが今や、負けたのにも関わらず、よく頑張りました、などと言われている。

(もっともっと、努力はしなきゃいけないな)

ヘラヘラしている銀太をこっそり睨みつけ、権城は思った。
 
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