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新しいお父さん

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第二章


第二章

「お腹が垂れ下がってるじゃない。おまけに汗びっしょりで」
「それでも話をすればわかるわ」
「話なんてするつもりはないわよ」
 夏美の目はすがめになっていた。あまりにもその人の容姿があれなので見たくもなくなっていたのだ。
「全く。どんな人が来るかと思えば」
「とにかく会うだけ会ってね」
「わかってるわよ」
「お待たせしました」
 その人は汗を拭きながら二人の席の側にまで来た。
「すいません、どうにも道に迷って」
「いいんですよ、それは」
 美代子はにこやかに笑って彼に応える。だが夏実はそんなやり取りを見てまた思った。
(道に迷ったですって)
 それを聞いて心の中で馬鹿にした。
(嘘じゃなかったら。とんだ間抜けね)
「それで僕の席は」
「はい、こちらです」
 美代子はそう言って自分の丁度向かいの席を手で指し示した。そこで本人同士向かい合って話をしたいようである。
「では御言葉に甘えて」
「はい」
 男は座った。その汗臭い匂いに夏実はまた不愉快なものを感じた。だがそれは黙っているしかなかった。それがまたかえって苦々しかった。
「田所元治といいます」
 男は名乗った。
「仕事はスポーツジムをやっています」
「経営してらっしゃるのよ」
「へえ」
 夏実はそれを聞いて思った。だったらそこでダイエットすればいいのにと。やはり不平たらたらであった。
「それでそのジムで美代子さんと知り合いまして」
「ああ、あそこのジムなのね」
 夏実も美代子がスポーツジムに通っているのは知っていた。
「お母さんが会員の」
「そう、あそこ」
 美代子はにこやかに笑って答えた。
「あそこのオーナーなのよ」
「ふうん」
 おおよそのことはわかった。そこに会員として来ている美代子に元治が惚れたのだ。そして声をかけているうちに美代子も。何のことはない、体よくたぶらかされたのだと思った。あのジムは結構繁盛しているから金の問題ではないだろう。美代子が美人だから声をかけたのだ。夏実はそう推理した。
「実は私この歳になるまで男やもめでして」
 夏実はそれを聞いてそうでしょうね、と思った。この容姿ではさもありなん、である。
「美代子さんと。その、結婚することになるまで」
「私だって似たようなものですよ」
 美代子の声は少しのろけていた。こんな男の何処にのろけているのかよくわからなかった。
「ずっと。母一人娘一人で」
「苦労されたんですね」
「いえいえ、店は繁盛していますから」
 手を上下に振ってそれに応える。美代子の店も繁盛しているのだ。美人母娘がいると評判になっているのだ。確かに美代子は美人だ。それは娘でありそっくりの顔の自分が一番よくわかっていた。だからこそ。どうしても母のこの結婚のことが理解出来なかったのだ。
(何処がいいのよ)
 何度見ても不細工なものは不細工である。汗までかいてその匂いもきつい。
(こんなおっさん。義理とはいえお父さんになるなんて)
 そう思うとさらに嫌な気持ちになる。
(嫌よ、絶対に)
 拒絶感しか感じない。
(何とかこの話、潰さないと)
 心の中で決めた。だが母はそんな娘の心なぞ知る由もなく元治と楽しく話をしている。夏実は憮然としたままであった。やがて二人にとっては楽しい、夏実にとっては忌まわしい時間が終わった。元治と別れ帰路につく。暗くなりかけている夕暮れの道で夏実は美代子に対して言った。
「本当に結婚する気なの?」
「話、聞いてたでしょ」
 美代子は夏実の言葉にこう返した。
「だったらわかると思うけど」
「本気なのね」
「ええ」
 そしてそれに頷く。
「信じられないわ。あんな人と」
「ねえ夏実」
 美代子は失礼なことを言われても怒りはしなかった。だが悲しそうな顔をして娘に対して言った。
「お父さんのこと。忘れられないのね」
「そうよ」
 はっきりと言い返した。
「悪い?それなのに」
「それと。あの人の顔とかが嫌なのね」
「ええ」
 これにもはっきりと返した。
「だって。お父さんと全然違うじゃない」
「あのね、夏実」
 美代子はあえて夏実に対して言った。
「確かにあの人は男前じゃないわ」
「そうよね」
 それは美代子もわかっていたのだ。
「けれど。顔はそうでもあの人は性格は違うのよ」
「性格に惚れたってこと?」
「そうよ」
 娘のその言葉にこくりと頷いた。本来なら顔を赤らめるところであるが状況が状況であった。夏実の不機嫌な様子を見てはそれは出来なかった。
「貴女もすぐにわかると思うわ」
「そうかしら」
「きっとね。だから」
「結婚するのね」
「ええ。あの人と一緒になりたいの」
「どうしてもなのね」
「そうよ、もう決めたから」
「私は反対よ」
 夏実の考えは変わらなかった。
「私のお父さんは一人だけだから」
「そうなの」
「そうよ。とにかく私は認めないからね」
 彼女はあくまで反対するつもりであった。とにかく母の行動が許せなかったのだ。再婚することもあんな男を伴侶に選んだことも。どちらも許せなかったのだ。
「いいわね」
「けれど。そのうち認めてね」
 美代子は悲しげな顔で言った。
「これはお願いよ」
「ふん」
 その言葉に顔を背ける。もう話したくもなかった。

 
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