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新しいお父さん

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第一章


第一章

                  新しいお父さん
 最初に聞いた時は何かの間違いだと思った。とても信じられなかった。
「嘘でしょ、それ」
 その少女久保夏実はその大きな二重の瞳をさらに大きく開いて母に尋ねた。彼女にとってはまさに晴天の霹靂、寝耳に水の話であった。
「本当よ」
 だが彼女の母である美代子はそれを否定した。母娘でそっくりな顔をしている。顔が白いのも卵型の輪郭も黒くて縮れが入った髪も。全部母親の遺伝子であった。
 二人は今自分達が住んでいる家のリビングで話をしていた。ダージリンティーを飲みながらだ。
「お母さんもう決めたの」
「決めたって」
 それでも夏実は納得がいかなかった。とても信じられない話であった。
「何時の間に」
「ずっと考えてたんだけどね」
 母は娘の顔よりも紅茶を見ていた。やはり話しにくいのであろうか。
「やっぱり。母親一人娘一人じゃあれじゃない」
 実は二人は所謂母子家庭である。美代子の夫であり夏実の父の輝明は夏実が七つの時、丁度十年前に交通事故で亡くなっている。それから十年間二人は寄り添って暮らしてきたのだ。
 美代子は化粧品屋を営んでいる。そして夏実は高校生でそれの店員も兼ねている。美人の母娘ということで近所の評判はよい。とりあえず生活には困っていなかった。
「何かと」
「全然困ってないじゃない」
 夏実はそれに言い返した。
「今までだって全然」
「けれどね、夏実」
 美代子は娘に言った。溜息が少し混ざっている感じだ。
「お母さん、やっぱり寂しいのよ」
「私がいるじゃない」
「確かに貴女がいるわ」
 それは認める。
「けれどね。それでも」
「男の人がいいの?お父さん以外の男の人が」
「違うわ」
 そうではないと言う。夏実にとって父親とは十年前に死んだ父親だけである。格好の良い、ハンサムな父親であった。幼い頃の記憶であったが今でもはっきりと覚えている。
「二人だけじゃなく、三人でいたいのよ」
「私だけじゃなくて?」
「そうよ。いい人だから」
 母として言った。
「今度家に呼ぶから。それ見たらわかってくれると思うわ」
「家に呼ぶのね」
「ええ」
 娘の言葉に頷く。
「会ってね、絶対に」
「どうせ断るのは許さないんでしょ」
 夏実はそれに対して憮然として言った。
「だったら会うしかないじゃない」
「とにかく会うだけでいいから」
「わかったわ、会うだけね」
 さらに不機嫌になっていく。
「会うだけよ、本当に」
「それでもいいわ」
 夏実の気持ちもわからないわけではない。とりあえずはそれでよかった。こうして夏実は美代子の再婚相手、つまり自分の新しい父親と会うことになったのだ。
 場所は駅前のファミレスだった。そこに夏実と美代子はいた。
「ねえお母さん」 
 夏実は早速美代子に声をかけてきた。
「何お化粧なんかしてるのよ」
「えっ、だって」
 見れば美代子はいつもよりも濃い目に化粧をしていた。服もブランドものの一張羅だ。
「人と会うのよ。やっぱり」
「私が言ってるのはそんなのじゃないの」
 娘は口を尖らせて言う。
「そんなにおめかしして。私なんかいつもと変わらないのに」
 見ればシャツにジーンズのラフな格好であった。家の中にいるのと何ら変わることのない感じだ。彼女はわざとこうした格好をしたのだ。それが意志表示であった。
「それでもね」
「言い訳はいいわよ」
 口籠る母に対して言った。
「とにかく会うんでしょ、今から」
「ええ」
「会うだけならいいわ。けどそれだけよ」
 それだけ言うと後はもう黙ってしまった。彼女は黙りながら自分の父親のことを思い出していた。
 父は明るくて爽やかな人柄だった。容姿もスラリとしていて颯爽とした若々しい美男子であり幼い彼女にとって自慢の種だった。その父が亡くなった時彼女は泣いた。思いきり泣いた。だがそれは美代子も同じだったのだ。それなのに。今彼女は母の再婚が裏切りにさえ思えてどうしようもなかったのだ。
(何でよ)
 テーブルに肘を付き顎に手を当てて憮然として思う。
(今更再婚なんて。何考えてるのよ)
 そうは言ってもこれから会うことは事実だ。それはもう止められない。渋々ながらついてきたのだ。もう覚悟を決めるしかなかった。
 やがて前から誰かやって来た。来たのは小柄で頭の禿げた太った中年の男性だった。顔から流れる汗を拭きながらこちらにやって来る。
「!?」
 夏実はその中年男性を見て顔を顰めさせる。そして母に尋ねた。
「若しかしたらと思うけどさ」
 その御世辞にもハンサムとは言えないむさ苦しい男性を見ながら言う。
「あの人?」
「そうよ」
 美代子は答えた。
「あの人がそうなのよ。お母さんの再婚相手」
「冗談でしょ」
 声の不機嫌さのボルテージがあがった。
「あんな人と再婚するなんて。お父さんと全然違うじゃない」
「男の人はね、外見じゃないのよ」
「どうだか」
 ある程度は許せるがそれでも限度があった。

 
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