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打球は快音響かせて

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高校2年
  第二十六話 ゼッケン

第二十六話



カーン!
「うわっ」

三龍野球部は今日も練習試合。
夏休みに結構なペースで試合をこなすのはどこの高校の野球部も同じだろう。三龍もその例に漏れず、生徒は試合をしながら学んでいく。

カーン!
「…また」

夏も盛りを過ぎてきた、お盆明けの昼下がり。三龍の野球部グランド。練習試合2試合目のマウンドには翼が立っていた。

バシ!
「ストライクアウト!」
「……ふぅ」

得意のストレートがコーナーに決まり、見逃しの三振をとった翼はホッとした顔でマウンドを降り、ベンチへ帰る。

「ホッとした顔しない!アップアップしよるの丸見えですよ」
「あ、うん。ごめん」

ベンチに帰るやいなや、スコアラーの京子から厳しい一言。これには翼もタジタジである。

「好村、今日はお疲れ。次の回からは越戸が投げるから。しっかりダウンしておけよ。」
「はい!」

浅海から交代を告げられ、翼はベンチからも退いてアイシングなどのクールダウンに向かう。

「危なかったのー」

1試合目に出場した為に2試合目はお役御免になり、ボールボーイ等の雑用をしている太田がグランドから出てきた翼に声をかける。翼は苦笑いして、首を捻った。

「やっぱり甘くないよ。3巡目に入るとね。」
「アイシングするんやろ?手伝うたるわ」

翼と太田は一緒に、冷蔵庫のあるクラブハウスへと入っていった。



ーーーーーーーーーーーーーーー




「前は3回を2失点、今日は6回を3失点…」
「悪いて程やないけど、微妙いわな。やっぱ真っ直ぐとカーブだけやと、中々0には抑えられんわ。」

アンダーシャツ一枚になった翼の左肩や左肘に、太田が丁寧にアイシングサポーターを巻く。練習試合の1試合目にレギュラーとして出場するようになっても、翼に対しての態度は変わらない。太田がレギュラーの連中よりも控えの連中とつるむ事が多いのは、控えの気持ちを意図的に汲もうとしているのもあるようだ。控えに回る同級生からの信頼が依然として厚いままなのは、そんな太田の人の良さと努力を皆知っているからだろう。

「あ〜、秋大ベンチ入れるかな〜」

翼の今の目標は秋季大会のベンチ入り18人に入る事である。レギュラーは前チームからのレギュラー4人を中心に、夏休みを通じて固まってきていた。後は控え枠の中に、どうやって自分を滑り込ませるか。夏までBチームの主将で主戦級だった翼は、期待度では越戸以外の後輩の投手達を大きく引き離している。Bチームでの快投を間近で見ていたのは浅海だし、言わば翼は浅海の秘蔵っ子だ。後は、枠の数との兼ね合いである。

「このままやとピッチャーは美濃部、鷹合、ほんで越戸やけんなぁ。3人じゃ心もとないけん、お前も入るんちゃうかな」
「でもやっぱり不安だよなぁ〜」
「そげも不安なら、外野の練習もしてみ?」

太田の提案に、翼は「外野?」と聞き返した。
今さら外野の練習なんかして何になるのだろうか。

「ほら、自慢やないけど、俺そんな守備上手くないし。今の外野の連中バッティング好きな奴ばっかやけん、そんなに守備に力入れよる奴居らんのよ。お前、足も肩もまぁまぁやし、今からでも練習すりゃあ守備固め要員になれるで?ピッチャーとしてギリギリでも、もういっこ強みあったら固いやろ。」
「なるほど……」

翼は頷いた。
そうだ。自分の活躍の場はいくらあったって困る事はない。ピッチャー1本に拘る必要も無いし、どんな形でも必要とされれば良いではないか。

「よーし。頑張ろう。ありがとう太田。何か希望見えてきた。」
「なら良かった。秋は一緒に背番号付けるで!」

太田がサポーターを巻き終わり、翼の背中をバン、と叩く。翼は痛がりながらも、その表情は明るかった。




ーーーーーーーーーーーーーーー




そして、夏休みの残り時間はあっという間に過ぎ…

9月を直前にして、秋季大会の背番号発表の日がやってきた。

「16番、枡田雄一郎!」
「はァーーイ!」

枡田が相変わらずの大きな声で返事をして背番号を取りにいく。背番号は二桁だが、その表情は明るい。

三龍は、下級生レギュラーには二桁の番号しか与えない事が多い。控えの上級生に一桁の番号を与える事が多いのだ。何としても番号が欲しいと思っている上級生にはありがたいシステムだろう。何せ、番号が後半になっていくにつれて“もしかしたら最後まで名前呼ばれないのではないか”のドキドキを味わわされずに済むのだから。

(……まだ呼ばれない……)

それでも、今の翼のように冷や汗をかいている奴は結局出てしまうのだが。

「17番、剣持大成!」
「18番…」

遂に最後の番号が来てしまった。
もうこの時点で、翼はほぼ諦めた。
あぁ、ダメだったんだ。来年まで背番号はお預けだな…

「…好村翼!」
「……は、はい!」

少し間が空いてしまったのは、諦めモードから切り替えて返事をするのに時間がかかったからだ。
結局、翼はベンチ入り最後の番号である18番をゲットする事が出来た。浅海から手渡されたゼッケン。「自分達の代ではベンチ入り」という1年秋からの目標の結実がそこにあるはずなのに、翼にはそのゼッケンがやたらと安っぽく軽いモノに感じられ、少し拍子抜けした。全く実感が湧かなかった。

「とりあえず、秋はこのメンバーでいこうと思う。夏休みの練習試合では全員にチャンスを与えた。そこから、秋を戦うのに現時点で最良だと思えるメンバーを選んだつもりだ。選ばれた者は責任を自覚して、これからの秋を戦って欲しい。選ばれなかった者はサポートに回りながら、臥薪嘗胆、例えば来春の選抜で良いところだけを持っていってやると、そういう気持ちで精進して欲しい。以上だ!」
「「「はい!!」」」

浅海の話が終わってミーティングの輪が解けると、背番号を貰った者は意識したような慎ましい態度で全体練習後の自主練に取りかかった。
「背番号貰えた者は、貰えなかった側の気持ちを考えて行動する事。」
これは、主将の渡辺が選手間で通知徹底させていた。渡辺に提案したのは、もちろん副将の太田である。

「好村、おめでとう」
「……あ…」

そんな何とも言えない雰囲気の中で翼に声をかけてきたのは、意外にもベンチを外れた同級生だった。この連中とは、夏までのBチームでずっと一緒の仲間だった。夏までBチームに送り込まれた数人の中で、唯一翼だけが秋のベンチ入りを勝ち取ったのだった。

「お前、B戦でもめっさ好投しよったけんな」
「俺らん中から使いもんなったんはお前だけや」
「春こそは俺らもベンチ入るけど」
「まずは秋、俺らを選抜連れてってくれ」

翼は目の奥がジーンと熱くなってきた。
自分が貰ったゼッケンの重み。それがこの瞬間になって急激に理解されてきた。たかが野球の、たかが背番号。しかしそこには、同じように野球をしてきたにも関わらず、力量の多少の差でキッパリと活躍の可能性を奪われてしまった者たちの思いが詰まっている。綺麗な思いだけでなく、嫉妬や恨み、そういったものも含まれてはいるが、だからこそ、その番号は重い。

「うん。頑張るよ。」

目を少し赤くしながら翼は誓う。
そんな翼を、ベンチ外の仲間達は穏やかな顔で笑った。


三龍野球部劇場開幕。
水面の秋の陣の火蓋が切って落とされる。


 
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