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打球は快音響かせて

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高校2年
  第二十七話 最低限

第二十七話


from神崎葵

題:すごいやん!

昨日の晩は忙しかった。すぐ返事できんでごめんね。それにしても凄いね翼!中学で野球しよらんかったんに、水面の私学でメンバー入ったって!
近所の人みんな驚きよったよ!大澤さんなんて、「あいつは俺が育てたんや!」なんて言い出してさ、でもそれは違うよね、ひとえに翼の努力の成果っちゃもんね^ - ^
これからも頑張ってね、ずっと応援しよるけん!
また帰ってきたら話聞かせてね。



「………」

朝からメールを見てニヤける翼であった。


ーーーーーーーーーーーーーーーー

三龍野球部には、あんまり部に顔を出さない部長が居る。

「そしてこの原点よりィ!このようにして線分を引いた場合!この線分の長さはどうなるんかのぅ!」

その先生は数学の先生で、あまり部活に顔を出さない割には日焼けした顔に角刈りという、いかにもスポーツマンらしい見た目をしている。

「好村!答えてみぃ!」
「3です!」
「何でやァー!」

そして、授業にめちゃくちゃ熱い。

「飾磨!次はお前や!」
「……えーと………………」
「遅いわァーー!」

手に持った定規で、野球部員の坊主頭をバンバン張り倒していく。

(……堀口先生、部活ではあんなに優しいのに、何で授業ではこうなんだよ……)

痛む頭をさすりながら、翼は内心で文句を言った。

堀口博之先生。三龍野球部部長にして、三龍高校の進路指導部長でもある。




ーーーーーーーーーーーーーーー



「校長、模試委託会社の変更について許可を頂きたいのですが……」
「あぁ、新研から川合に切り替えるのですね。はい、分かりました。ハンコはどこかなぁ」

放課後の校長室。堀口の持ってきた書類を目の前にして、校長がデスクの中からハンコを探す。校長の仕事は大体がこんな事務仕事だ。偉くなればなるほどやる事が減っていくというのは何とも不思議なものである。

「進路指導部長の仕事が多くて、中々野球部に顔を出すこともできませんか?」
「はい、そうですね。しかし、私などは若いモン2人が何かやらかした時の責任とる為におるようなモンですけん、そんなに顔も出さんでええんですよ。」

堀口は豪快に笑った。

「浅海監督はどうでしょうか?上手くやれておりますでしょうか?」
「もちろん。私は大河内監督の頃から部長しとりますが、ベスト4に入った時と同じくらい充実しとります。この秋は多分、やりますよ」

ここで堀口は一転、神妙な顔つきになった。

「まぁ、勝ち進まんでも、女が監督しよるってだけで話題にはなるでしょうな。学校にとっちゃ、それだけでも十分でしょう。」
「うん、浅海先生は美人ですしね」

校長は穏やかな顔で頷いた。
校長の判断で野球部の監督を変えたが、そこにはこういう意図もあった。どうせ序盤で敗退するのなら、女性監督の話題性をとった方が良いという。

「……まぁ、見てて下さい。多分、校長の予想以上に勝つと思いますよ。」
「もちろん。勝ち進んでくれるに越した事はありませんよ。なおさら話題になりますし、ウチの学校の大きな特色にもなりましょう。」

堀口の不敵な発言に、校長は上機嫌に頷いた。




ーーーーーーーーーーーーーーー


バシィッ!
「ストライクアウト!」

秋の大会の序盤戦。
マウンドには背番号“10”の美濃部。
結局エースナンバーは鷹合が夏に引き続いてつけていたが、その鷹合はセンターでスタメンする事が多く、先発マウンドには3試合続けて美濃部が上がっている。

「144キロば温存してきよったけど……」
「あの10番のスライダーも十分打ちにくいばい……」

相手校は、夏に話題になった144キロ右腕・鷹合を想定して速球を打ち込んできていたが、アテが外れて戸惑う。

カーン!
「よしっ」
カーン!
「うぉっしゃーーおりゃーー!」

コントロール良くテンポが良い美濃部のピッチングに引っ張られるように打線も好調。
夏の3番から1番に移った主将の渡辺、2番に定着した1年生・枡田のコンビがチャンスを作る。

カーン!
「キェエエエエイ!」

3番は1年生の越戸。相変わらず捉えどころのない突っ立ち打法で快打を飛ばす。(ついでに奇声もあげる)

コキン!
(よし、最低限)

夏ベンチ外から4番にまで出世した太田が確実にランナーを進め

カーン!
カキーン!
カーン!

夏の大会からレギュラーだった飾磨、宮園、鷹合の分厚い下位打線が襲いかかる。

「よっしゃー!!」
「またビッグイニングやー!!」

打線爆発にベンチの雰囲気も最高潮。
歯車がガッチリ噛み合っている展開に、監督の浅海はもう何も指示する所がない。

「ゲーム!」
「「「したっ!」」」

3試合連続のコールド勝ち。
まずは絶好調の立ち上がりを見せた、三龍野球部だった。



ーーーーーーーーーーーーーーー



「今日もヒット13本か。」
「低い打球を打ててるんがええね。あのレベルのピッチャー相手やと、調子乗ってホームラン狙ってしまいそうなモンやのに。」

監督が怖ーいお姉さんやけんかなー?
乙黒がそう言ってからかうと、浅海はその頭をはたく。2人は監督室で試合後の反省会をしていた。監督の座を降ろされた乙黒の意見も聞いてやる辺り、浅海もそれなりに気を遣っているのだろう。乙黒に気を遣われている自覚は無いが。

「でもな、何で太田が4番なん?今日もヒット一本だけばい。他にもっと打ちよる奴ば居るんに。宮園や鷹合を下位に置いとく理由ある?」
「まぁ、打力そのものはそいつらの方が上だろうな。でも4番は太田が良いんだよ。」

乙黒の問いに、浅海はすっとぼける。


「おいおい、とぼけんで教えーや。俺に隠しとっても意味なかろーがよ。」
「いやいや、それくらいちゃんと子どもらを見てれば分かる事だろう。むしろどうして分からないんだよ」

浅海にやり込められ、乙黒は少々むくれながら考える。考えた末に、一つの答えを出した。

「まさか、太田と浅海は付き合って…」
「違うわ!」

もう一度乙黒は頭を叩かれる。
結局乙黒には、その理由が分からないままだった。



ーーーーーーーーーーーーーーー



カキン!
打球は鋭いゴロになって三遊間を襲う。
ショートの枡田が目一杯短い腕を伸ばしてゴロを掴み取り、2塁に振り向きざま投げる。
2塁ベースカバーの渡辺が手足を目一杯伸ばしてその送球を掴む。

「アウト!」
「おっしゃぁー!今日も鉄壁!」

滑り込んできたランナーとのタイミングは微妙だったが、審判の手が上がり、打球を捌いた枡田が喝采を上げる。

「簡単には打ち取れないな。スライダーにもポツポツ当ててくる。」

ベンチに戻っていく美濃部に宮園が声をかける。
美濃部は表情一つ変えずにそれに応える。

「まぁこれまでが簡単すぎただけっちゃろ。何だかんだ会心の当たりはされてないけん。」

2人とも心なしか、今までの試合より顔が引き締まっていた。それもそのはず、今は1-0の接戦。
大量リードで勝ってきた今までとは話が違う。

(相手も三つや四つ、勝ち上がってきた相手だからな。そうそう簡単に試合を決めさせてはくれないか。)

ベンチでは浅海が泰然自若とした様子でドンと最前列に立つ。女性監督も堂々としたモノで、華奢な割に存在感が際立つ。

(こういう展開でどうやって勝ち抜いていくか、それこそがチームの真価よね)

「いってぇー!」

グランドから大きな悲鳴が響き渡る。
相手校を突き放すチャンスの到来に、浅海は不敵な笑みを浮かべた。



ーーーーーーーーーーーーーーー



「ホンマよう当たりますわ〜」
「お前うるさいけんじゃね?こう、ぶつけたくなる顔しよるし。」

ベース上で顔をしかめる枡田に一塁ベースコーチがコールドスプレーを吹きかけてやる。
膠着した展開が続く中盤戦、貴重な追加点のランナーが死球という形で出る。

(……あらあら)

ベンチからテキパキとサインを送ってくる浅海。
枡田は患部をさすりながら頷いた。

(ホンマ人使い荒いな〜奈緒ちゃんは〜)

内心でそう呟きながら、枡田は初球に2塁目がけてスタートを切った。小柄な枡田の足が目まぐるしく回転し、勢い良く2塁へ滑り込む。
捕手から2塁に送られたボールはショートバウンドで、ベースカバーの内野手のグラブからこぼれ落ちた。

「セーフ!」
「よーっしゃーっ!」

盗塁成功に枡田は大きくガッツポーズ。
50m走は鷹合ほど速くはないが、しかし枡田は塁間走はチームトップの速さである。

(さすが。走れる相手からキッチリ決めてくれるのはありがたい。)

ベンチでは浅海が満足げに頷いた。

キーン!
「ファースト!ファースト!」

3番の越戸はセカンドゴロ。二塁ランナー枡田は打球処理の間に三塁へ。一死三塁と、チャンスが広がる。

「よーしよし!」
「最低限だ最低限!」

少なくともランナーを三塁に進めようというバッティングに、ベンチからは拍手が起こる。浅海もベンチに帰ってきた越戸を褒めた。

(そう。最低限。枡田にしても越戸にしても、まだ1年生なのに身の丈にあった仕事をする堅実さがある。そこの所は立派だよ。)

このチャンスに打席には4番の太田が入る。
4番としてはこの大会やや不発気味の成績だが、しかし今日の試合は初回に犠牲フライを放って先制点を挙げている。

(さぁ、ここは仕事してよ4番打者。)

浅海はサインを出しながら力のこもった視線を送る。太田もその視線に力強く頷いた。

投手がピンチを凌ごうと力を込めて投げてくる。それを綺麗に打ち返すのは中々難しい。
追い込まれてしまった太田は、決め球の逃げていく変化球に手を出しそうになる。
太い体を投げ出すようにして太田はボールに食らいついた。

カキッ!

ボールは地面に叩きつけられて、一、二塁間に転がる。

「ホーム!ホーム!」

捕手が大声でボールを要求する。
三塁からは、大きなリードをとっていた枡田が猛然と突っ込んできていた。
浅海から出ていたサインはギャンブルスタート。
打った瞬間に枡田はスタートを切っている。
前進守備のセカンドがボテボテのゴロに追いつきバックホームするが、枡田の足の速さに慌てたのか送球がショートバウンドになり、枡田は悠々ホームインした。

「オーケッ!ナイスラン!」
「うるさいだけやないなぁ!」
「よう走ったぞー!」

ベンチに颯爽と帰ってきた枡田に、三龍ナインがハイタッチを求める。欲しかった追加点は、枡田の“足”でもぎ取った。決して気持ちの良い攻撃ではないが、一点は一点。ホームランでとる一点も、渋い走塁で取る一点も変わらない。

「太田!ナイスバッティング!」

選手達の視線が俊足を見せつけた枡田に向く中、浅海だけが一塁ベース上でホッとした顔を見せている太田に声をかけた。太田は浅海にニコッと笑顔を見せた。その笑顔に浅海も親指を立てて応える。

(太田はそれほどセンスのある子じゃない。だが、チャンスの場面では驚くほど空振りしないんだ。集中した打席では必ずバットに当てる。その部分に関しては、気持ち良く打ちたがる宮園や鷹合に明らかに勝る。チャンスで三振すると何も試合が動かない。だから私は上位にはできるだけ、必ず最低限の仕事をする信頼できる打者を置きたいんだ。)

浅海は球場のバックネット裏に座って試合を見ている乙黒に一瞬だけ視線をやる。そして、勝ち誇った顔をした。

(どうだ乙黒。接戦になって分かっただろう?私が太田を4番で使う理由が。)

ーーーーーーーーーーーーーーー


「いやー、助かったなー。相手のセカンドの送球が悪くて助かったよー。」

乙黒はその頃、バックネット裏でこう呟いていた。…どうやら、分かっていなかったようです。




 
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