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真・恋姫無双 矛盾の真実 最強の矛と無敵の盾

作者:遊佐
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反董卓の章
  第24話 「……もう、決めたから」





  ―― other side 洛陽 ――




「劉景升殿!」
「ハッ!」

 洛陽城の内部、温徳殿にある謁見の間にて、献帝による恩賞授与が行われていた。
 並み居る列強諸侯において、最初に呼ばれた名は荊州牧である劉表その人である。

「悪逆な董卓を打ち滅ぼし、漢の大事を救いし事、誠に大義! よって、彼の者に鎮南将軍の号を与え、成武侯に封じるものとする!」
「恐悦至極に存じます。謹んで拝命仕りました」

 文官の言葉と共に、その身分を示す証が下賜される。
 それを恭しく受け取りながら、劉表は表情を御簾(みす)に隠した天子を見る。

 その表情を窺い知ることはできなかったが、劉表には恐らく不満に思っているのではないかと思えた。

 劉表自身、献帝が未だ陳留王になる以前、いや……幼少の頃からの劉協を知っている。
 まかり間違っても帝の位を欲しがろうとする人物ではなかった。
 控えめに言っても愚鈍(口には決して出せないが)な父である霊帝を慕っていたとは言えず、むしろ異母兄である劉弁……少帝弁と仲が良かった。
 そしてその聡明さ故に、自らは兄を支えていきたいと思っていた程の心の優しい少年だった。

 だが、状況がそれを許してはくれなかったのである。

 異母兄である少帝弁は、董卓の……いや、張譲の手によって殺されている。
 劉表は、献帝の心労を想い、深く頭を垂れた。

 そして自身の控えの場所へと戻る。

「曹孟徳殿!」
「ハッ!」

 次いで曹操が呼ばれる。
 これには、その場にいた諸侯が驚きの目を見開くことになる。

 曹操は西園八校尉の典軍校尉であり、兗州牧ではあるが、その序列は決して高くない。
 むしろ劉表の傍に控える袁術の方が上である。

 にも拘らず、曹操が呼ばれた理由とは……

「この度の連合を『発起』し、董卓を打ち滅ぼした快挙、誠に大義! よって、彼の者に鎮東将軍の号を与え、費亭侯に封じるものとする!」
「…………謹んで、拝謁仕ります」

 曹操は、その金色の髪を優雅に棚引かせて頭を垂れる。
 だが、その表情は決して晴れているとはいえない。

 なぜならば……

(こんな……こんな茶番! しかも私が、功を譲られるですって……!?)

 内心の怒りを必死に出さないよう、懸命に堪えていたからであった。
 思わず、頭を垂れつつも、後方に居る劉備を睨む。

 その劉備は、目を閉じて何も見ないようにしながら、身動き一つせずにその場で拝礼していた。

「なお、孟徳殿には帝直々のお召により、その後見をされるように」
「……ハッ。有難き幸せに存じ奉ります」

 その言葉で、周囲の何も知らない諸侯と文官たちの目が変わる。
 連合の発起人は袁紹であったはずであり、本来ならばその功も袁紹が受けるはずではなかったのか、と。

 だが、袁紹自身はこの場におらず、袁術すらなんの褒賞もなかった。
 各諸侯にはそれぞれ新しい号、新しい土地が与えられていく。

 そして――

「劉玄徳殿!」
「はいっ!」

 最後に劉備が呼ばれ、献帝の前で頭を垂れる。

「連合に参加し、その武功、誠に見事! よって、彼の者に鎮軍将軍の号を与えるものとする!」
「謹んで、拝命仕ります」

 その言葉に周囲がギョッとして目を見張った。
 あからさまに他の諸侯より恩賞が低いのである。

 いや、むしろ不当な扱いとも言って良い。
 何しろ他の諸侯は、位だけでなく土地も増えている。
 宝物を下賜された諸侯も居る。

 にも拘らず、劉備だけが武官の地位だけで恩賞とされたのだ。
 しかも、鎮軍将軍とは、将軍とは名ばかりの明確な役割のない将軍職。
 むしろ名誉職といった意味合いが強く、その権限もほとんどない。
 格式・権限的には、下手な雑号将軍の方が上なほどである。

 つまり、僻地に左遷されたどころか、窓際に等しい扱いと言っても良い。

 だが、そんな扱いを受けたにも拘らず、劉備は涼しい顔で頭を下げた。
 その様子に、読み上げていた文官自身すら訝しげな表情を浮かべている。

「……玄徳」

 突如、御簾の向こうから声がする。
 それが献帝が発した言葉と誰もが気づき、改めて目を見開く諸侯たち。
 唯一人、劉備だけが静かに顔を上げた。

「はい」
「……朕を恨むか?」

 年若い、いや少年の声に、ここが謁見の間であるのを忘れ、周囲がざわめく。
 だが、名指しされた劉備は、静かにその顔を上げた。

「いいえ、献帝陛下……私にはもったいないほどの過分な褒賞でございます」
「………………そう、か。なにか申したいことがあれば申して良い。朕が赦す」

 献帝が重ねた言葉に、劉備は首を振る。

「いえ、なにもありませ………………いえ、では、一言だけ」
「…………うむ。申せ」

 周囲が息を呑む。
 劉備がきっと罵声を浴びせるのではないか、悲しみを訴えるのではないか、周囲の諸侯と文官たちは身構える。

 だが――

「どうぞ……どうぞ、心安らかにお過ごしください。陛下の大事な『モノ』は全て守られます。これからも、ずっと……」
「………………………………」

 予想に反した劉備の言葉に、周囲は訝しむ。
 いや、その内容の意図がわからず、逆に怪しんだ者もいる。

 だが、そんな中……劉表と曹操だけは、互いに目を閉じ、黙したままだった。

「………………そうか。そうである……か。そうであってほしい。そうであって……」
「……はい。必ず」

 その言葉を最後に、劉備は頭を垂れる。

 こうして反董卓連合は、ここに終結を迎えるのであった。




  ―― 劉表 side 虎牢関内部 ――




  ――話は少し遡る。

「……なん、じゃと?」

 盾二の言葉に、儂は思わず声を上げた。

 盾二はなんと言ったのか。

「……どういう意味かしら?」

 曹操の嬢ちゃんが盾二を睨みつけておる。
 孫策もじゃ。

 儂の隣にいる袁術とその部下だけが、盾二を見ていない。

「実は、内部協力者を得まして」
「内部……協力者、じゃと!?」
「はい。皆さんも御存知ですよね。華雄……汜水関を守っていた、あの武将です」

 華雄……おお、汜水関から特攻してきた、あの女武将じゃな。
 だがあれは――

「……華雄は貴方のところの張飛が討ち取ったのではなくて?」

 曹操の嬢ちゃんが尋ねる。
 もはやその視線は、憎々しげと言っても良い。

「討ち取る……というより、捕虜にしました。その上で董卓を裏切らせ、洛陽への道先案内人となってもらっています」
「洛陽に……?」
「ええ。ですので、こちらから伏兵を送り込みました」
「なっ…………っ! ず、ずいぶん勝手なことをするじゃない」

 ……曹操の嬢ちゃんは、ずいぶんと盾二に敵愾心を持っとるのう。
 仲悪いんじゃろうか……?

「万が一のことを考えて、ですよ。それに我々諸侯の誰もが洛陽の正確な情報を知らない。それ以上に董卓自身の顔すら知らないのです。そうでしょう、曹孟徳殿」
「…………っ!」
「景升様は?」
「……前も言ったかもしれんが、儂は知らん。袁術の嬢ちゃん達はどうじゃ?」
「ふあ?」

 儂が横に目を向けると、眠いのか目をコシコシとこする袁術の嬢ちゃん。
 その横で、部下の張勲が首を振っている。

「雪蓮も知らないよね?」
「……ええ。張遼なら知っているでしょうけど」

 そう言って孫策は曹操を見る。
 曹操は、小さく舌打ちをした。

「そうね……捕らえた張遼なら知っているでしょうね。でも、洛陽で首検分するときに証言させるつもりだったわよ?」
「まあ、それは当然ね」

 孫策の嬢ちゃんが肩を竦めた。
 その様子に頷く盾二。

「張遼ならば当然だろう。本来ならそれしか方法がなかった。だが、華雄も手に入れた以上は相手の顏、姿、そして……これが本来の目的だが、洛陽の状況を知るために先行させた」
「洛陽の……状況?」
「はい、景升様。我々は洛陽の状況を知りません。いや、知っているが、それは……『袁紹からの檄文の情報』でしか知りません。ですね?」
「!?」

 その言葉に気付く。
 そうだ……儂は現在の洛陽の状況を知らん。
 知っているつもりであったが……そう、それはあくまで檄文による情報じゃ。

 儂が登城しなくなって約一年、その間に起こったこと、そしてその状況は全くわかっていない。

「最初、少しおかしいと思いませんでしたか? 洛陽の情報が各地域に全く伝わっていないことに。商人に聞いても、鄴周辺の農民に聞いても、洛陽の情報が全くわからない。普通ならおかしいと感じるはずです。何故、『人の口に戸が立てられているのか』」
「戸……?」
「私が知る諺にこういうのがあります。『人の口に戸は立てられぬ』、これは世間の噂は防ぎようがない、という意味です。如何に関を封じ、人の出入りを制限したとしても、秘密という物は絶対に漏れるものです。そうですよね、孟徳殿」
「………………何故、私に言うのかしら?」
「さて。まあ、一般論ですよ」

 盾二の涼しい顔に、あからさまに敵対心を表にする曹操。

「まあ、もう幾度も収穫が終わり、そろそろ大陸に噂が立つ頃なので隠すこともないですけど」
「!?」
「話を戻します。それほどまでに秘匿した情報が漏れるのは防ぎ難い。やろうとするなら規模を極小さくしない限りは、ほとんど無理です。で、あるのに……洛陽という大きな都の情報が、他の地域に隠蔽されている。それどころか隣接地域にまで。何故でしょう?」

 盾二の言葉に、思わず唸る。

 確かにそうじゃ……何故、突然洛陽の情報が入ってこなくなったのか。
 儂や劉焉などの遠方ならばともかく、近隣諸国である袁紹嬢ちゃんや袁術嬢ちゃんのところにすら……

「ちなみに梁州に情報が入ってこない理由は簡単でした。まず、隣接しているはずの北には険しい山脈があり、その通行路である桟橋は遥か昔に焼き捨てられ、高祖劉邦が必要としなかったのでという理由で復旧すら行われていなかった為です」
「……で、あろうな」
「その為、我々が洛陽の情報を知るためには二箇所しか流通経路がありません。東か西か、です。西は桟道が無いため情報が得られません。そして東には……」

 その視線が儂の隣に注がれる。
 釣られて儂も、そして孫策も曹操も皆がその嬢ちゃんに視線を向ける。

「…………う?」

 突如注目された袁術は、思わず呻いた。

「袁術殿……洛陽のすぐ南に位置する宛を領土とする貴方です。我々や景升様の荊州には、必ず貴方の領土を通ってくる必要がある……どうやって、情報を止めていたのですか?」
「え? あ? う? な、何の事じゃ?」
「………………」

 袁術は戸惑い、周囲を見る。
 その横で張勲だけが、だらだらと冷や汗を見せていた。

「まあ鼻薬を嗅がせたか、出鱈目な噂をばらまいたか、それとも完全に遮断されたか……そういえば、我が梁州は一時期、宛の商人に多額の借金がありまして。すでに返済したのですがね。その商人としばし連絡もつかない状態になっています。これはどういうことなのか……雪蓮は知っているかい?」
「……残念だけど、わたしは袁術の命令で東の寿春の周辺で黄巾の残党狩りとかさせられててね。宛のことは全然わからないのよ」
「なるほど。ではやはり袁術殿にお聞きになるのが一番でしょうか?」
「え? え? え?」
「……………………(プルプル)」

 袁術の嬢ちゃんが役者であるなら、大したものじゃと思うのじゃがのう。
 その横にいる臣下の娘子の様子を見れば、だいたい白状したようなもんじゃな。

「まあ、それは後日、改めてお教えいただくとして……」
「ひぐっ!」

 盾二の言葉に、張勲が変な声を上げる。

「曹操殿はいかがでしょうか。貴女の治める兗州も近隣ではありますね」
「……ふん」

 曹操の嬢ちゃんは、盾二の視線に真っ向から対抗して頬を釣り上げる。
 まるで何かを知っているようじゃが……

 と思ったのじゃが。

「まあ、孟徳殿は関係ないでしょう」
「………………」

 盾二は直ぐに視線をそらす。
 曹操の嬢ちゃんは、訝しげに盾二を見た。

「盾二……どういう意味じゃ?」
「言葉通りですよ、景升様。孟徳殿は関係していません。する必要もないからです」
「……?」

 儂は首を撚る。
 盾二の言葉が確かならば、曹操の嬢ちゃんも袁紹と共謀したように思うのじゃが……

「あの袁紹ですよ? 近隣に居る孟徳殿に功を譲る、もしくは分け合うなんて思いますか?」
「……いや、それは……じゃがのう……」

 思わず納得しかけたが、それでは根拠が足るまいて。

「そもそも曹操殿は、董卓を知らない。知っているなら、袁紹の暴挙とも言える陰謀に加担したりはしません。私はこれでも孟徳殿の才覚は知っているつもりですから」
「……それは皮肉? それとも本心? 私はそれを聞いて喜べばいいのかしら?」
「ご随意にどうぞ。もう一つ、曹操殿が袁紹に加担していない理由は明白です。董卓が悪政をしておらず、洛陽を不当に占拠もせず、献帝陛下の治世が行き届いている状況で、兵を洛陽に入れた場合にはどうなるか。孟徳殿ならどう思います?」
「…………連合参加者はともかく、献帝陛下にとって発起人や共謀者は不倶戴天の敵ね。はっきり言えば逆賊はこっちだわ」
「!?」

 驚いた声を上げたのは、誰でもない張勲だった。

「その場合、大義名分があるのはあちら。連合はなし崩しに漢に対する反逆者。諸侯が生き残る道は……」
「連合の盟主たる袁紹を皇帝にして、自己の栄達を望むしかない。つまりは……強制的に共犯者であり、裏切り者同士ってことね」
「そうですね。だから……洛陽の状況を周囲に漏らさぬように情報を遮断したのでしょう……袁術、いえ、張勲殿」
「…………………………(わなわな)」

 儂は盾二の言葉に声が出ない。

 なん……じゃと?
 儂は、儂は漢に対する大反逆者になるところであったと言うのか!?

「貴女の狙いは美味しいところだけ持って行くこと。うまく董卓を討てればよし。袁紹の同族として袁術は確固たる地位を望める。もし反逆者となれば袁紹に罪をかぶせる。簡単だ……袁術殿はまだ子供同然。こんな子にそんな絵図を書けるとも思わない。どちらにしても漁夫の利だと、そう思いましたか?」
「……………………」
「え? な、七乃? どういうことじゃ?」

 青い顔で俯く自分の臣下に、袁術は理由も分からず縋るしかない。
 この様子だけで、袁術の嬢ちゃんがただ踊らされていただけなのは判る。
 じゃが……

「臣下の罪は、主の罪」
「!?」

 その言葉を発したのは、盾二だった。

「我々はこのままだと大逆臣となる。それを防ぐ方法は……首謀者の一人である袁術の首を差し出し、助命嘆願を願う。それもひとつの手ですね」
「ヒイッ!?」

 盾二が、普段は使わぬ長剣を手に立ち上がる。
 その様子に袁術は、怯えるように張勲に縋り付いた。

「やめ、やめてたもれ! わら、妾がなにをしたのじゃ! 七乃、七乃ぉ! たす、助け…………」
「お、お嬢様………………(ガタガタガタ)」

 二人が震えるのも判る。
 今、盾二は強烈な殺気を放っている。

 下手をすれば、本気で盾二は二人を斬るじゃろう。
 そして儂には……止める理由もない。

「い、いやじゃ……いやじゃ……し、死にとうない、死にとうないんじゃ……やじゃ、いやじゃ…………やじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「お、お嬢様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 二人は互いに抱きついて泣き喚く。
 その姿は、まるで子どもそのものじゃった。

 さすがに見てられぬと声をかけようと思ったのじゃが……

「待って」

 儂より先に動いたものがいた。

「……雪蓮?」

 それは儂が最もあり得ぬだろうと思っていた者。
 この場で誰より二人を始末したがっていると思っている者。

 誰であろう……孫策の嬢ちゃんじゃった。




  ―― 盾二 side ――




「……何故?」

 思わず口に出していた。
 雪蓮は立ち上がり、俺から袁術と張勲を庇うように立つ。

 何故だ……何故庇う。

 今、二人を処断すれば、労せず後の復活は成るんだぞ?

「……盾二。気持ちはありがたいわ。でもね……そんな詭弁で、わたし達の為に手を汚さないで」
「……!」

 雪蓮の言葉に愕然とする。
 俺は……俺はまた、やりすぎてしまったのか。

 紫苑の時と、同じ様に……

「それにね……わたし達は、わたし達の手で取り戻したいの。だから……」
「いや、雪蓮。でも……事ここに至っては」
「わかってる……バカでも気づかれちゃうしね。だから、機会だけはありがたく受け取るわ。代償は必ず払うから……」
「……そんなつもりでやったんじゃないんだが」

 俺は顔をそむけるようにして殺気を納める。
 ……はあ。

 まあ、雪蓮が言うならしょうがない。
 元々、殺す気なんか毛頭なかった。

 ただ、俺はこの事で二人の命を助ける代わりに雪蓮を解放し、孫呉の復活を果たさせるつもりだった。
 朝廷に、二人の首を差し出す代わりとして。

 けど、雪蓮はそれは自分たちでやらなければならないのだと、俺に言う。

 確かにそうかもしれない。
 けど、こんなチャンスは恐らく二度とない。

 袁術の生殺与奪が握れるチャンスなど、そう何度もあるとは思えなかった。

「そ、孫策ぅ……あ、ありがと、ありがとなのじゃぁぁぁぁぁ……」
「………………」

 袁術は雪蓮に縋り付こうとする。
 けど、雪蓮は袁術を一顧だにしなかった。

「……盾二よ。本当に袁術の嬢ちゃんを……?」
「ひいっ!?」
「…………いえ、それもひとつの手だ、と言っただけです。それで我々が助かる確率が高いかといえば、それほどではありません。逆に不忠者扱いで諸共の可能性もありますし」

 そう言って席に戻る。
 先述の通り、あくまで脅し。

 これで袁術は、後でこちらが要求する内容を飲まざる得なくなる。
 まあ、それは雪蓮にまかせるとして……

「話を戻しますと、情報の遮断は袁紹と袁術、そして連合の初期から袁紹を御輿にしている鮑信たちでしょう。かの諸侯が共同で行えば、他地域への情報の遮断は出来ます。そして孟徳殿は、そんな十把一絡げの太鼓持ち……袁紹の腰巾着など死んでも出来ない。違いますか?」
「……………………」

 曹操は、鼻を鳴らしたまま薄く笑う。
 正直言って、めっちゃ怖え。
 目が全然笑ってないし。

「孟徳殿の祖父は、中常侍・大長秋、曹騰(そうとう)季興様。亡き霊帝陛下の信頼も厚かった、と聞き及んでいます。そして養子とはいえ、父である曹嵩(そうすう)巨高様は、どの方に尋ねてもその性格は慎ましやかで、忠孝を重んじる方との事。そのお子である孟徳殿が、漢に反逆するなど……あり得ませんし、する必要もありません」
「………………」
「そんなことをせずとも、孟徳殿であれば……どなたが天子様になろうと、その下で王として君臨する実力も覇気もある。わざわざ悪名を被ることもない」

 俺の批評に、曹操は居心地悪げに肩を竦めた。
 曹操はどう思っているか知らないけど……こと史実の曹操は、奸雄と呼ばれようとも稀代の英傑であり、乱世でなければ後漢の中興の祖になっていたとも思っている。
 それ程に当時の人物としては傑物だ。

 後世、野心が高いことだけが先行しているが……実際の曹操はこれほど漢が荒れ果てねば、自身が王になろうとはしなかったかもしれない程に、漢王室への忠義を持っていた。
 そうでなければ後世、あれだけ奸雄と名高いのに、人柄を評価される人物はいない。
 悪役のイメージは、ほとんど演義のせいだ。

 治世の能臣、乱世の奸雄……まさしく曹操を表す上で明確な言葉だ。
 奸雄もまた、英雄であるのだから……

「だからこそ、その部分は信用できるのですよ」
「信用……ねぇ。貴方、以前私に言った台詞を覚えていて?」
「ええ。虚実織り交ぜる言動する者に、信用も信頼もできない。それは変わっていませんが……貴女の一途な信念だけは、信用に値すると思っていますから」
「………………」

 うわ……視線が氷点下越えて、絶対零度になりやがった。
 めっちゃ怖え……

「まあ、個人的な理由ではありますが、こと袁紹に関わるこの件に関わっていることは皆無だと思っています。そもそもの大義が、あの『劉虞』ですし。本当に共謀者の一人ならそんな危ない橋は渡りませんよ。景升様が誘われたとして、いかがですか?」
「…………ふむ。まず儂ならば……いや、無理だな。無謀すぎる。どう考えても悪名が残るだけじゃ。一時的に力でのし上がったとしても、新を建てた王莽のように時を置かずに滅亡するじゃろう。万民が認め、求められぬ朝廷など儚いものじゃ」
「はい。それがわかっていないぐらいの才覚だからこそ……鮑信たちは尻馬に乗ることを選んだのでしょう。袁紹とて、あの唐周に操られていたようですがね……」
「ふむ……(くだん)の裏切り者、か」

 一瞬、脳裏に浮かぶ馬正の姿。
 だが、今は感慨に耽る時ではない。

「今回の変が起こる以前の袁紹は、多少おかしな行動はあっても漢への忠義は厚い人物でした。それ故に天子様が傀儡になっていることに我慢ができなかった、という説得力がありました。だからこそ、景升様は連合に参加することにしたのでは?」
「うむ…………劉虞様だけの保証では、流石の儂も動かなかった。袁家の嬢ちゃん、そして劉君郎の要請があったればこそじゃ」
「劉焉君郎様の……?」

 劉焉が?
 それは俺も初めて知った。

 あの劉焉が、劉虞と繋がっていたのか。
 そう考えれば西、いや南からの情報の流入がなかった事にも合点がゆく。

 多少とは言え、成都から天水へ抜けるルートもあるのだ。
 そこからの情報がなかったのは、劉焉が内々で止めていたのだとしたら……
 だから連合に参加しなかったと。

 いや、それは当然かもしれない。
 何しろあの于吉は、巴郡の裏の支配者なんだ。
 その于吉たち保守派の仙人が動いている以上、劉焉と劉虞が繋がっているのは当然だ。

 何でもっと早く、その事に気づけなかったのか……

「……となると、我らも景升様も一杯食わされましたな」
「うむ……これは少し考えねばなるまいて」

 劉表のじいさんは、煮え湯を飲まされたように唸る。
 報復措置をどうするかを、脳裏で考えているんだろう。

 まあ、三州同盟を撤回するまでは行かないだろうが……なんらかの交易での譲歩を引き出す算段を考えているのかもしれない。

「それは後ほどで。今はこの危機を乗り越えることを考えましょう」
「話が長いわね、天の御遣い。これは私達の取るべき道の話ではなくて? 貴方たち個人の身の振り方を相談するなら、他でやってちょうだい」

 俺の言葉に、苛立った曹操が声を上げる。

「……失礼しました。最初の件ですね」
「そうよ。貴方が、勝手に、洛陽へ伏兵を伏せていたことよ」

 一言ごとに区切るように言う曹操。
 ……やれやれ。

「まあ、そういう経緯もあり、情報の取得が最優先とするべくやったことです。虎牢関の戦いの後、何もなければ潜入した部隊からの情報を公開するつもりでした。何をするにも必要でしょうしね」
「……ふむ。そういうことならば納得できる。いや、むしろ事ここに至っては妙手と言えようぞ」

 劉表の言葉に、曹操は面白くなさ気に鼻を鳴らす。
 雪蓮は黙っていた。

「で? 洛陽の状況はどうだというの? その伏兵は情報を持って戻ってきたのかしら?」
「いえ。さすがにまだ。ですが、洛陽への進軍中にははっきりするでしょう」
「そう……なら進むほうがいいわね。景升殿や孫策もそれでよくって?」

 曹操の言葉に頷く二人。
 それを見て立ち上がる曹操。

「なら会議はこれまでね。進軍はいつにするの?」
「お待ちを……その件で一つ提案が」
「……何?」

 俺は曹操を呼び止める。
 実はここから本題だった。

「連合の盟主であった袁紹は脱落しました。ですので……新しく命令を一本化する必要があります」
「……なんですって」

 曹操の目に剣呑さが戻る。

「あれほど人身御供になると言った立場の者を、新たに指名しろと? 貴方がそこまで愚かとは……」
「いえ、そうではなく。最終判断するものが一人いなければ烏合の衆です。敵となっている董卓軍に、目立った武将は残ってはいませんが、兵は未だいるのですよ?」
「……………………」
「虎牢関が突破されたことを知った北や南の関の董卓軍が、各個撃破しようと向かってきたらどうします? それぞれの命令がバラバラでは、二万の兵も千単位の部隊の集まりに成り下がります。だからこそまとめるべき人間が必要です」
「……それなら、貴方でいいじゃない」

 曹操は、胡乱げに俺を見ながらそう言う。
 そんなことが出来るわけ無いだろうが……

「私は劉備の軍師に過ぎません。さすがに無理です」
「そうかしら……貴方なら出来るでしょ」
「ありがたいお申し出ではありますが……諸侯の皆さんはともかく、その兵が認めるとは思えませんね」
「……責任逃れにも聞こえるけど」
「そう思われても仕方ないとは、自覚していますよ」

 実際、俺の責任でどうにかなるならそれでいいんだけどな。
 龍脈の暴走で、俺自身も暴走しているのを劉表の兵以外は見ているし……それでなくても無位無官。
 とても無理だろう。

「なら劉備を旗印でいいじゃない。実際、戦闘終結宣言も劉備でしょ」
「……新参の劉備でよろしいので?」
「未だにそんなこと思っているのが、この中にいると思う?」

 曹操は周りを見回して言う。
 劉表も雪蓮も、格式よりも実力主義だ。

「用件はそれだけ? なら休むわ。進軍するなら早めに伝達してちょうだい。盟主の軍師サマ」

 そう言って天幕を出て行く曹操。
 その後姿に、思わず嘆息する。

「……よいのか?」

 劉表が俺に尋ねてくる。
 俺は肩を竦めた。

「仕方ありません。桃香には私からお願いすることにします」
「いや、儂が名目上になってもよいが……」
「……本来ならば筋かもしれません。ですが、万が一を考えると景升様に類が及びます。それぐらいならば……」
「待て。劉備の嬢ちゃんならば良いとは言わぬぞ! 儂のような老骨はどうなろうとかまわんが、嬢ちゃんは大事なお主達の……」
「はい。ですから、もしその状況の場合は、俺の命一つで贖うように手配します」
「……!」

 俺の言葉に目をむく劉表。
 いや……当然だろ。
 自分の責任は、自分で果たさなきゃな。

「そんなこと……嬢ちゃんも儂も認めんぞ?」
「とはいっても……最悪のことは考えませんと。最小限の犠牲はどうしたって必要です」
「いかん!」

 突如、劉表が俺の肩を両手で押さえる。

「お主はこれからの漢にとって必要な人物じゃ! 死ぬことなど、まかりならん! 儂が盟主となる! よいな!」
「……………………」
「嬢ちゃん達には儂から伝える! ここに居る者もそう心得よ! この話は以上じゃ!」

 そう言って有無をいわさず、天幕から出て行く劉表。
 恐らく、曹操にもそう伝えに行くのだろう。

「……まったく。俺なんかのために、みんなどうして……」

 思わず呟く。
 すると――

「盾二……」

 目の前に立った雪蓮。
 その顔を見る前に、盛大に頬を叩かれる。

「…………っ!?」

 じぃぃぃんと熱くなっていく頬の感触。
 思わず呆然としてしまう。

「………………バカ」

 それだけ言って、雪蓮は天幕を出て行った。
 その後ろを金魚のフンのように追いかける、袁術と張勲。

 天幕内に、一人俺だけが残される。

「……………………」

 ようやく頬の痛みを実感して、思わず苦笑する。

 わかっている。
 皆の想いは。

 実感している、痛いほどに。

 でも、それでも。

「……もう、決めたから」

 俺はやはり、バカなんだろう。




  ―― 孔明 side ――




「………………」

 見張りの兵以外が寝静まる中、私は一人、一つの天幕へと向かいます。

 それは誰かが命じたわけではありません。
 元々そこには天幕などなかったのです。

 でも、それは誰の命も受けず、兵たちが自発的に設置し、周囲には大切な宝を守るように見張りの兵たちが周りを囲んでいます。

 その見張りの兵に目礼で苦労を労うと、無言のまま入り口付近の兵が天幕の裾を上げました。
 それに感謝しつつ、中には入ります。

 中には貴重な蝋がふんだんに使われ、天幕内を照らしだしています。
 そこには金銀財宝があるわけでもありません。
 貴重な書物があるわけでもありません。

 あるのは、一台の荷台。

 それが恭しく白い布で舗装され、周囲にはどこから積んできたのか色とりどりの花が添えられていました。
 その上で眠る人物を……護るかのように。

「……………………」

 私は、手に持つ花を、その人物の横へそっと捧げます。

 血で汚れきったその肉体は、誰かの手によって綺麗に拭き取られていました。
 全身を貫いていた矢は、一本残らず取り除かれています。
 そして頭部の傷は……それを覆い隠すように布が巻かれ、まるで眠っているかのように穏やかな顔でした。

「……………………」

 私は、無言のまま頭を下げました。
 何も、言えません。

 彼は…………私達の大事なものを、最後までその身を犠牲にして護ってくださいました。
 突然、私と雛里ちゃんの元に入り込み、最初はそのいかつい顔に怯えたり、少々うざいと思ったこともありました。

 けど、いつしかこの人は……私達や盾二様にとって、かけがえのない仲間となり。
 重要な役割をもって、私達だけでなく、桃香様たちの補佐をもしてくださいました。

 それだけでなく、主である盾二様の心の支えにもなり。
 時には歳の離れた兄として。
 時には有能な補佐として。

 公私ともに盾二様を支える大黒柱でもあったのです。

 そして最後には……その主の身を、自身と引き換えにして護ってくださいました。

 もし、私が同じ状況だったら。
 私にそんなことが出来るのか……いえ、きっと無理でしょう。

 私には力がありません。
 剣をふるう膂力(りょりょく)も、盾二様の盾となる体躯(たいく)もありません。

 私が少しでも他人に誇れるのは、政務や軍略……それすらも主である盾二様には及ばないのです。

 きっと守られるだけ。
 それも、盾二様の身を以て。

 私は……何も出来ないのです。

「………………なさい」

 呟く唇に、水が流れます。

「……め……なさい」

 躰が震え、水が地面へと落ちました。
 開こうとした唇は、しょっぱい水が邪魔をします。

「ごめ……なさ……い」

 目を強く閉じ、後悔と悔恨の思いで頭上の帽子を取りました。
 そして、その帽子で口元を塞ぎます。

 声が漏れないように。
 外の見張りの皆さんに、余計な心配をかけないように。

「……ごめん、なさい……」

 小さく、ただ小さく言葉を繋げ。
 その場で荒れ狂いそうな心を、必死で抑えようとします。

 ただ、その懺悔を動かぬ躯に捧げながら……








 時間がどれほど経ったのか。

 ようやく治まってきた悲しみに、私は布を取り出し、顔を拭きました。
 その場で溢れたいろんな物を後始末して、もう一度……その亡骸を見ます。

「……必ず、護ります」

 そう呟き、振り返ろうとすると……

「あっ……」

 天幕の入り口には、一人の男性が立っていました。
 その身は黒い服でまとった姿。
 いつも私達が見慣れている、主の服。

 ただひとつ違うのは――

「………………ごめん」

 それが主では、なかったことでした。




  ―― other side ――




「……ホントは、出てくるまで待つつもりだったんだけど。その……もう、夜明けでさ」

 その人物――一刀は、申し訳無さそうにしながら天幕内へと入る。
 そこにいた人物、孔明は居心地悪げに視線を逸らした。

 その様子に、一刀は姿勢を正して、日本式のお辞儀で頭を下げる。

「ホント、ごめん。でも……時間がなくてさ。その……ごめん」

 そう言って、頭を下げたままで相手の反応を待つ。
 それに孔明は、逡巡した後――天幕の端に移動した。

 それが席を譲ってくれたと理解し、改めて頭を下げる。

 そのまま一刀は、馬正の亡骸の前に進み、手に持っていた花を馬正に捧げた。

「……すまない。本当に失礼かもしれないけど……この方の姓名と字……教えて欲しい」

 一刀は孔明を見ず、馬正のみを見ながらそう言う。
 孔明は、少し逡巡した後――

「……姓は馬、名は正、字は仁義。盾二様に与えられた、馬正さんの名前です」
「………………そっか」

 一刀はそれを反芻するように目を閉じる。
 そして、自身の右手を胸に当て、固く握りしめた。

「我が名は北郷一刀……盾二の兄弟にて、相棒。半分に分けられた、現身。忠臣の鏡である、馬仁義殿に誓う。俺は貴方に変わり……必ず盾二を護る。貴方が示したように、我が身に変えても。心身ともに……例え盾二が道を間違っても、必ず俺が正す。貴方の名前が示す通り、正しく仁義を貫くように……貴方が導いた盾二を、今度は俺が引き継ぐ」

 一刀の宣言に、孔明は顔を上げる。
 一刀のその瞳は、まるで盾二のそれに瓜二つであった。

「だからどうか……どうか安らかに。本当に……ありがとう、ございました」

 そして深く、頭を下げる。
 その姿を見て……

「……っ…………っく…………っ………………」

 孔明は静かに。
 静かに…………涙を落とした。




  ―― とある兵士 side ――




 俺はここ二日、飯も食わずに見張りを続けている。
 俺だけじゃない。
 他の奴らも、誰も、何も言わずに見張りを続けている。

 その場所は、虎牢関の天幕の一つ。
 中にあるのは俺達の至宝の宝。

 だから誰に命令されるでもなく、皆が皆、自らそこを守ろうとする。
 寝不足や疲労で誰かが倒れると、その者の代わりに誰かが見張りに立つ。

 けど、俺は意地でもここを動かない。
 せめてあと一刻、いや半刻でもいい。

 少しでも長く、ここに居たい。

 その天幕に訪れる人は多かった。
 劉備様や関羽様、張飛様など怪我したままで、這いずるように中に入っていった。

 そして皆がなんらかの誓いと共に、天幕を出て行く。
 昨夜も宰相様と、軍師様の兄君という人が中へ入っていった。

 だが、俺達が最も望む人は、まだこの場に現れない。
 だから俺は、その人が来るまで立ち続けようと思っていた。

 けど、さすがに限界らしい。
 意識が朦朧として、視界が歪む。

 他の皆と同じように、俺も倒れるんだろう。
 せめてあと四半刻は保たせたかった……

 そう思い、最後に顔を上げる。
 そして、目を見開いた。

 そして俺は安堵する。
 それと同時に、頑張っていた他の連中の誰かが倒れる音が聞こえた。
 立て続けに倒れる音を聞きながら、自分の意識が薄れるのを感じる。

 けど、俺は満足だった。
 
 

 
後書き
この話、23話から1本でしたが、実に8回書き直しました。
長かったです。
私用が諸々あって、未だ定期更新できませんけど。

できるだけ早く戻れたらと思ってます。 
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