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闘将の弟子達

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第五章


第五章

 そして加藤。彼は守備も足も普通であった。
「まあ標準には達しとるからええわ」
 西本はそれを見て言った。長池も高井も守備はお世辞にも良いとは言えない。特に高井のそれはお粗末と言ってよかった。加藤は左であったからファーストになった。
 彼の売りは打撃であった。とにかくミートが巧かった。そして左右に打ち分けることもできた。
 それだけではない。彼はホームランも狙えた。弾道こそ低いが一直線に飛ぶアーチが多かった。
 そしてチャンスには滅法強かった。貴重な左のスラッガーであった。
「こいつはいずれうちの四番を打つようになるで」
 西本のその言葉は当たった。加藤は阪急の黄金時代四番としてチームを引っ張った。思いの他気も強くそれがまたチームにとっていい材料となった。
 そして山田である。彼こそは西本が待ち望んでいた男であった。
 彼は足立と同じようにアンダースローであった。だが足立よりも球が速くノビがあった。そして体力もあった。
「一発病は仕方あらへんな」
 西本はそれに対してはある程度は目をつむった。
「問題はそれを怖れるな、ちゅうこっちゃ」
 ホームランを打たれることを怖れては投げられない。西本は彼に対しあくまでバッターに向かっていくように言った。
 それが山田を奮い立たせた。彼は元来責任感の強い男であった。
 高校時代彼はピッチャーではなかった。サードであった。その試合で彼は痛恨のエラーをしてしまう。
「俺のせいで先輩達の夢を潰してしまった・・・・・・」
 彼は野球を止めようとまで思った。だが友人達の説得により戻った。そしてその責任感の強さを買われピッチャーとなったのだ。
 彼は次第に頭角をあらわしてきた。二年目にはもう阪急の若きエースとまで呼ばれていた。
 この時福本も加藤もレギュラーになっていた。だが山田はその中でも特に凄かった。
 最早押しも押されぬエースであった。彼を手に入れた西本は自信に満ちた顔でシリーズに向かった。
「今度こそ巨人を倒すで!」
 だがそれはかなわなかった。
 昭和四六年日本シリーズ第三戦にて山田は王に痛恨のサヨナラスリーランを浴びた。マウンドに崩れ落ちる山田、それが阪急の姿をあらわしていた。
「今年もあかんかったか」
 西本は悲しい顔で言った。山田を責めることはしなかった。彼に逃げずに向かえと言ったのは彼である。そして山田は正面から投げて打たれたのだ。渾身のボールを。それを批判することなど彼には出来なかった。
「ようやった」
 それだけであった。彼は山田を決して責めはしなかった。
 西本は巨人を倒せなかった。その壁は厚かった。だが彼が育てた弟子達は巨人を倒した。
「巨人や!巨人に勝たなあかん!」
 昭和五〇年のシリーズに勝ち阪急は日本一となった。その時福本はこう言った。
「巨人に勝って藤井寺のお爺ちゃん喜ばしたるんや!」
 その時西本は既に阪急にはいなかった。彼は近鉄の監督となっていたのだ。
「巨人はなあ、球界の癌や」
 大叔父の決まり文句が出た。とかく彼は巨人を嫌悪していた。
「その巨人を倒そうというんや。まああんだけシリーズでやられとったらそう思うわな」
 そして昭和五一年と五二年のシリーズにおいて彼等は巨人を破った。五一年はあわやというところまで追い詰められたが見事に打ち倒した。五二年は最早寄せ付けなかった。貫禄の勝利であった。
「阪急こそ最強や!」
 そう言う者は少なかった。残念なことに。だが野球を知る者は皆そう言った。
「我が国にはほんまに野球を知っとる奴はあんまりおらんわ」
 サイダーをお替りした大叔父はそう言った。
「そやけど御前にはほんまの野球を見せたったで」
 それが西本さんや、大叔父はそう言った。
 この時の阪急を支えたのは西本が育てた人材であった。彼は阪急に多くの置き土産を残していったのだ。
 普通名将が去ればチームは弱体化する。だが彼はチームを強いままで残していった。それが出来たのは彼が多くの選手達を育てたからだった。
 彼は近鉄の監督になった。近鉄のフロントが迎えたとも彼自身が売り込んだとも言われている。彼は就任してすぐに選手達に対して言った。
「御前等のことはよう知っとる。だから来たんやからな」
 彼はまずこう言った。
「そしてあいつはおるか」
 彼はグラウンドで一人の男を探した。
「おお、ここにおったか」
 彼はその男を見つけて思わず笑みを浮かべた。
「ええセンスしとるわ」
 その男はただ黙々と打撃練習をしていた。そしてボールをライナーでスタンドに放り込んでいた。
 彼の名を羽田耕一という。大柄でまるでプロレスラーの様な体格をしている。見るからに喧嘩が強そうだ。
 だが彼はその外見に似合わずあまり気が強くなかった。ある時大阪の街を歩いていてカツアゲに遭った。
 そして彼は何をしたか。普通彼のような外見の男なら殴り飛ばすだろう。しかし彼は大人しく金を出したのである。しかも後で気付いたがそれはかっての同級生だったのだ。
 捨てられている犬や猫をよく拾った。そして引っ込み思案で前に出て来るような男ではなかった。
「前に出て来い」
 ある時西本は選手達の前で羽田を呼んだ。そしてバットを振らせた。
「ええスイングやろ」
 そして選手達に言った。彼は羽田のスイングをいたく気に入っていたのだ。そしてそれを範とするよう皆に対して言ったのだ。それ程期待をかけていたのである。
 
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