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闘将の弟子達

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第六章


第六章

 西本は羽田に対して付きっきりで教えた。阪急時代と同じく手取り足取りだ。だが羽田は不器用な男だった。その成長は遅かった。
「未完のままの大器だな」
「いや、眠ったままの巨象だろう」
 口の悪いマスコミやファンはそんな羽田に対してそう言った。外見に似合わず気の小さい羽田はそれで益々萎縮してしまった。
「あんなもん気にするな」
 西本はそう言った。だが羽田はそれを気にしてまた小さくなる。
 他の選手達も皆同じようなものであった。この時の近鉄はピッチャーで鈴木啓示、バッターで土井正博がいるだけであった。ほんの弱小球団でしかなかった。
 西本はそんな彼等に対してまずキャッチボールやランニングから教えた。
「おいおい、わし等幾ら何でもプロやで」
 こういう声もあった。だが西本はそれを黙ってやらせた。
 阪急の時からそうであった。彼は練習においてもまずは基礎から教えた。
「まずは土台や」
 彼はそうした考えの持ち主であった。
「土台がせいっかりしとらんと家は崩れる。野球も一緒や」
 そう言って選手達にランニングやキャッチボールをやらせていたのだ。
 その練習は厳しかった。少しでも手を抜けば容赦なく拳骨が襲った。
「何じゃその気の抜けたランニングは!」
 選手達を横一列に並ばせ往復ビンタを浴びせる。その中に梨田昌孝と井本隆もいた。
「あれで目が醒めた」
 二人は後にこう言った。
「西本さんに殴られてようやくプロとしての自覚ができた」
 そうだった。彼等はまだ完全なプロ野球選手とは言い難い状況であったのだ。
 プロは技術ではない。心である。西本はそれを選手達に教えていたのだ。
 まるで高校野球の様な練習が毎日続いた。ある時選手の一人が記者達に対してぼやき混じりにこう言った。
「ほんまに高校野球みたいな練習やで。こんなにやってられるかいな」
 それを聞いた西本はこう言った。
「そんな考えやったら辞めたらええ」
 その声には普段の怒りはなかった。
「わしが何で選手にこんだけ練習をさせるかわかるか」
 そして記者達に対して言った。
「強くなる為ですか?」
 彼等は問うた。
「そうや」
 西本は頷いた。
「うちの選手にはスターはおらん。練習するしか強くなる方法はないんや」
 当時の近鉄には鈴木以外これといった知名度のある選手はいなかった。土井はその守備のまずさからトレードに出していた。それからすぐに指名打者制度が導入され西本は歯噛みしたという。
「世間は世知辛いもんや。才能に恵まれて職場で働くもんばかりやない。陽のあたらん場所で黙々と働いている人間の方がずっと多いんや。そうした人達にな、人間努力すれば何時か陽があたるということを教えたい、そやから選手達にあんだけ練習をさせとるんや」
「何と・・・・・・」
 それを聞いて皆驚いた。
「人間努力をしていれば何時か絶対に報われる、わしはそれを証明したいんや」
 そうであった。阪急もそうであった。あの弱小球団を西本はそうやって強くしたのであった。
 だがそれは上手くはいかない。しかもドラフトで折角引いた山口高志の交渉権を放棄するというミスを犯した。これで山口は阪急に入る。そして彼の前にプレーオフで敗れ去った。
 だが西本は諦めない。それでも選手達を育てようと躍起になる。トレードで若手中心のチームにしていく。その中でまとめ役になったのが小川亨であった。
 地味な顔立ちの男である。顔が田舎者だからという理由で『モーやん』と仇名される程であった。だが真面目で守備も打撃も堅実であった。特に三振が異常に少なかった。
 西本はまず小川を怒った。それでナインの気を引き締める為だ。そして地道な練習が続いた。
 羽田や梨田、小川だけではない。栗橋茂や佐々木恭介といった者達にも黙々とトスバッティングをしバットを振らせた。自らバットを握りボールを投げた。こうして選手達と共に汗を流し泥にまみれた。
まずはブルドーザーで荒地を整備する。阪急の時はそれで落ちたのは放っておけばよかった」
 西本はある時こう言った。サーキット=トレーニングも取り入れた。そしてそれを押し付け、監視する。徹底したスパルタであった。
「そやが近鉄は違う。落ちた小石も一つ一つ拾っていかなあかん」
 だからその成長は遅かった。西本はいつものように拳骨を飛ばした。
 栗橋も梨田もよく殴られた。梨田の後ろには監督の蹴りの後がついているとまで言われていた。
 それでも強くならない。鈴木とは正面から衝突した。
「あっちの若い奴を見習わんかい!」
 オープン戦での阪神戦、打ち込まれた鈴木に対してこう言った。その若手とは当時売り出し中の山本和行であった。実績で言えば鈴木とは比べものにならなかった。
 これに鈴木は頭にきた。そしてフロントにトレードを直訴した。
 だがフロントはそんな彼を説得した。鈴木は怒りに身体を震わせながらも近鉄に残った。
 西本はそんな鈴木に対し技巧派に転身するよう勧めた。鈴木は速球派であったがこの時には自慢の速球は既に翳りが見られていたのだ。
 鈴木は変化球を覚えた。これまでカーブとフォークだけだったがそこにスライダーとシュートを覚えた。左右の揺さぶりを身に着けたのだ。
 これで鈴木は復活した。その時彼は知った。監督が彼を怒ったのは彼の為を本当に思ってのことだったのだと。
 
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