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闘将の弟子達

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第四章


第四章

「こいつ等は球史に名を残す選手になるで」
「それはちょっと言い過ぎじゃないんですか?」
 フロントの者も流石にそれは大袈裟だと思った。だが西本は本気だった。
「見ていてくれたらいいわ」
 その顔は自信に満ちていた。
 だがそうそう上手くはいかない。福本はアウトになるのが怖くて走ろうとしない。加藤は成長途上だ。そして山田には致命的な弱点があった。
「また打たれよったか、とよう言うたわ」
 大叔父はそこでサイダーをグイッ、と飲んだ。
「鈴木啓示のホームラン打たれるのはいつもやったが」
 鈴木の被本塁打はとかく有名である。この大叔父以外からもよく聞いた。
「山田もよう打たれたんや」
 そうであった。山田もまたホームランを打たれることの多い男であった。だが西本はこの三人から目を離さなかった。
「口で言うてもわからんのかあっ!」
 拳が飛んだ。そして三人を撃った。
 西本は鉄拳制裁も辞さない男である。阪急の選手達はそれを受けて育ってきた。この三人は特に殴られることが多かった。
「またあいつ等か」
「監督もよう続くわ、毎日毎日」
 そう、西本はいつも選手達を見ていた。そして側にいたのだ。
 その指導が功を奏してきた。福本は果敢に盗塁するようになった。それは西本の予想をすら越えていた。
 単に速いだけではなかった。ピッチャーの癖を見抜く技術も走塁術も優れていたのだ。そして出塁する為の打撃もよかった。
「わしの思っとった以上にやってくれよるわ」
 西本は思わずそう漏らした。何と彼は昭和四二年には一〇六盗塁という信じられない記録まで打ち立てたのだ。それにはまず出塁しているという前提があった。彼はその太いツチノコバットで打った。パワーもあり時にはホームランさえ打った。最強の一番打者とさえ言われた。
 そして彼は守備も良かった。それは脚だけでできるものではない。とにかく打球反応が凄かった。信じられない程の守備範囲を誇りそれで阪急の外野守備の中核ともなったのである。
 西宮でのオールスターでの話である。打席には天性のホームランアーチストとまで呼ばれた田淵幸一がいた。
 おそらく野球の才能なら彼に勝る者は長い日本の野球の歴史においてもそうはいないであろう。星野仙一が大学入学した時にはじめて彼を見て驚愕したのだ。
「何じゃ、あのボールをポンポンスタンドに放り込んどるひょろ長い奴は」
 よくその太った体型を漫画等に描かれるがこの時の彼は意外にも痩せていたのである。
 とにかく力があった。肩も強かった。そしてボールも怖れなかった。そこへ天性の素質もあった。法政大学において彼はスーパースターの名を欲しいままにしていた。長嶋茂雄が持つ大学通産ホームラン記録も更新した。当然ドラフトは彼が目玉となった。
「絶対にうちがとる」
 巨人はこう言った。彼自身にも背番号2を用意してあると伝えた。ただし彼は本来のキャッチャーではなくその強肩を活かした外野手にするつもりだったようだ。だがここで思わぬ伏兵が現われた。
 阪神であった。かって王貞治を巨人に強奪されたことを恨んでいた彼等はここで復讐に出たのだ。何とドラフトで彼等は田淵を一位指名した。
 そして彼との交渉権を獲得したのは阪神であった。それを聞いた田淵は落胆した。
「巨人以外に入るつもりはないのに・・・・・・」
 彼は東京生まれの東京育ちであった。裕福な家庭に育ち何不自由なく育った。東京を離れたくはなかったしそれに彼自身大の巨人ファンであった。 
 だが阪神の熱意ある説得に折れた。こうして彼は阪神のユニフォームを着ることになった。これが彼の野球人生を決定付けた。
 彼は高校野球では甲子園に出たことはなかった。憧れの地ではあった。まさかこうしてここを本拠地にして野球をするとは全く考えられなかった。
 甲子園で打つ。すると観客が熱狂的な声援を送る。それを聞いた彼はそれに魅せられた。
「また打ちたいな」
 その思いが彼を阪神の田淵にした。
 特に彼は巨人戦で燃えた。これは阪神の選手なら誰もがそうであった。江夏も村山もそうであった。
 田淵はホームランを打つことに燃えた。大きく弧を描く独特にアーチを放つ。それは阪神ファンの歓喜の念を込めてスタンド
に飛び込む。
 歓喜の中彼はダイアモンドをゆっくりと回る。そして一塁で王を見る。そして二塁を回り三塁で長嶋を見る。それからホームを踏むのが最高だった。
「阪神にずっといたいわ」
「おいおい、入団の時あんなん言っとったのは誰や」
 そう意地悪く冷やかす者もいた。だが彼は阪神の田淵となっていた。
「確かに田淵のあの時の打った球は凄かった」
 大叔父は言った。
「しかし福本の守備はもっと凄かった」
 何とホームランになるボールを取ったのである。もし入ればスリーランになるところであった。それを見た田淵は呆然となった。長嶋も人間技じゃない、とまで言った。
 
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