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【IS】何もかも間違ってるかもしれないインフィニット・ストラトス

作者:海戦型
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役者は踊る
  番外編 「雨が降る (後編)」

 
前書き
最近ちょっと筆の進みが遅いので恒例のチャージタイム入ります。 

 
「母さんがね。もう亡くなっちゃった人なんだけど、普段は外に行って遊びなさいってよく言う人だったの」

訓練後のドリンクをあおりながら、シャルの話を3人は静かに聞いていた。普段はしんみりした空気は似合わない人ばかりだが、雨という天候が不思議と場の雰囲気を取り持ってくれている気がして、シャルは少し笑う。

「外で遊ぶのは好きだったけど・・・うちはその当時父親がいなかったから、それをからかってくる子に会うのは好きじゃなかったんだ。だから母さんの話を聞くのが好きだった」
「複雑な家庭環境ね」
「・・・そう、なのかな?うちは物心ついたころには千冬姉しかいなかったから分かんないや」
「私はそもそも親が試験管と培養ポットに教官だからな・・・」
「ラウラはお願いだから往来でそういう話すんの止めなさいよ・・・」

まともなのはうちだけか―――と考えた鈴は底で何か引っかかるものを感じた。が、自分の両親はこれといっておかしい所や目立ったトラブルは無かった・・・筈だ。何故そんなことに疑問を覚えたのか戸惑うが、今はシャルの話の方が気になった。

「それで・・・雨の日だと外で遊ぶってことは無いでしょ?だから雨の日だけは、母さんとずっとお話しできたんだ。絵本も読んでもらったし、悩みを聞いてもらったり・・・話題は無くても楽しかった。それを思い出したんだ・・・懐かしいなぁ、あの頃が一番充実してたような気さえしてくる」

そう締めくくって窓の外を流し見るシャルはどこか切なげで、そのまま放っておいたら消えてしまいそうな程に儚い笑みを浮かべていた。それが、一夏にはどうしてか放っておけないと思った。

「―――じゃあさ」
「えっ?ち、ちょっと一夏・・・?」

咄嗟の行動だったのだろう。一夏はいつの間にかシャルの掌を引き、両手で包むように握っていた。

「今日はこれ以上訓練する時間もないし、おしゃべりしようぜ?」
「もう、何なの突然?」
「だって、今の言い方だとシャルは今充実してないみたいじゃないか!俺はそんなの納得できない!」

戸惑うシャルの肩を掴み、自身の下に引き寄せる。強要するようにではなくゆっくり距離を縮める様に。シャルは気が付けば目の前まで引き寄せられ、一夏のどこか必死で真剣な眼が目の前にあった。

「確かにその時のシャルは幸せだったんだと思う。だけど、今だってシャルはジョウさんや俺や、他のみんなと一緒に笑いながら過ごしてるだろ!?それって充実してないか?学校であったつまらない事を語り合ったり、それこそ悩みを聞いてもらったりしてさ。学園(ここ)には学園(ここ)にしかない関係があると思うんだ」
「一夏・・・」
「だから、そんな寂しいこと言わないでくれ。本当に今に不満があるんなら、それをみんなで話し合ってよくしよう。お母さんの代わりになるって訳じゃないけど、友達なんだからそれ位の事はさせてくれ」
「・・・・・・・・・ぷっ、あははははははは!!」

しばしの間ぽかんと一夏を眺めていたシャルは、堪え切れなくなったようにお腹を抱えて大笑いを始めた。戸惑う一夏に更に吹き出し、ひーひーと涙目になりながら一夏を見上げたシャルは未だ笑いをこらえる様に言う。

「一夏ったら真面目な顔してまるで女の人を口説いてるみたいに言うものだから・・・ふふっ、あー可笑しい!別にそんな深刻な悩みがある訳じゃないんだから大丈夫だって!今もほら、一夏にこんなに笑わされて・・・あ、あははははは!!」
「な、そんなに笑うなよな!」
「だって可笑しいものは、お、可笑しいんだもん!はー、久しぶりにお腹の底から笑わせてもらったよ、一夏!・・・ありがとう」
「・・・ああ!やっぱりシャルにはその可愛い笑顔が似合うぜ!!」

笑い過ぎて出た涙を指でぬぐったシャルは思う。辛気臭い姿を天国の母さんが見たらきっといい思いはしないはずだ。だから、一夏の言う様にこの学園での生活を存分に楽しもう。

で、それはいいのだが・・・

「い~ち~か~・・・・・・・・・アンタって奴は、人の目の前で他の女を抱き寄せようとしたり口説こうとしたりぃ~~~・・・!!」
「えっ!?い、いやそんなつもりは無かったんだけど・・・というか鈴、なんか怒ってない!?」
「別に怒ってないわよ・・・・・・・私はケルマデック海溝よりも深い器量の持ち主だもの」
「本当か!?ツインテールが宙を浮かび上がって怒髪天衝いてるように見えるんだが!?」
「煩い!怒ってないって言ってるでしょこの冬瓜(ドングァ)!!」
「ど、どんぐり?」

(一夏はそろそろ鈴の気持ちに気付いていいんじゃないかな・・・?)
「一体どうやって髪を浮かせているのだ・・・まさか!最新のナノマシン技術はそこまで!?」
「いやそれは無いと思うよ、ラウラ・・・」

シャルの元気は取り戻せたが、拗ねた鈴の機嫌を取り戻すのには悪戦苦闘する一夏だった。

でもこんな騒がしい雨の日もどこか新鮮で、心地よい。



 = = =



「もう、あんなところで倒れてたら誰だって何かあったと思うわよ普通?」
「・・・すいません」

生返事とも取れるベルーナの返答に楯無はため息をついた。開いた扇子には「本当に分かってる?」と書かれているが、彼はその扇子すら見ずにシャワーで湿った髪を弄っている。髪の毛の手入れに興味が無いようなのでドライヤーで髪を乾かしてあげる事になったが、佐藤さんにも同じことをされて慣れているのか抵抗はされなかった。

生徒会長であり更識家当主である楯無は学園内の全生徒の命に責任を負う。とりわけ男性操縦者に関しての責任は非常に重いと言っていい。故に彼らに変わった行動や周囲に不審な動きがあった場合はすぐさま長である彼女の下に報告が来る。
だからベルーナ・デッケンが突然雨具を着込んで学園内の森に突入するという奇行を行えば当然ながら彼女に報告が行き届く訳で。そのまま戻ってこないとなると流石の彼女も何があったのか確かめに行かなければいけなくなる訳だ。

確かに彼に関するデータに「森林浴を好む」とは書いてあったし、今までも何度か森林浴に行く姿は目撃されているが・・・流石にこの雨が降る中仰向けに倒れていたときは「とんでもない失態を犯したかもしれない」と背筋が凍ったものである。蓋を開けてみれば呑気にも歌っていたので腹いせがてら部屋に連れ込んでシャワーを浴びさせたが。それなりに長くあの中を歩いていたようで、汗もあってか結構体温が下がっていた。泥にまみれた合羽は虚に頼んで洗ってもらっている。


全くこちらの気も知らずに・・・と楯無はため息をつきながらドライヤーのスイッチを切った。
少し眠そうな顔で、借りてきた猫のようにおとなしいベルーナに、部屋のソファに座るよう促す。言われるがままにそこに座るベルーナを見て、楯無は無性に彼の将来が心配になった。

唯でさえベルーナはその精神的、身体的ハンデの所為でIS委員会から軽視されている傾向にある。男性IS操縦者の秘密を解き明かすために身柄を寄越せ、という訳だ。一夏は姉の存在が後ろ盾になり、ジョウはその圧倒的な技量が買われているのに比べ、ベルーナには伸び代が無いと上は考えているのだ。

どうせ死ぬなら実験施設で役立って死ね、と言っているようなものである。イタリアと幾つかの国はその意見に猛反対しているが、数の上では劣っている。それだけに彼にはいつ何のきっかけで介入されるか分からないというのに・・・

「まぁいいわ。自己紹介がまだだったわよね?・・・IS学園生徒会長の更識楯無よ」
「・・・ベルーナ・デッケンです」
「ん、よろしく」

本当はもう少し積極的に踏み込みたいのをぐっと堪える。彼は軽度とはいえ対人恐怖症。迂闊な言葉をかけて心証を悪くはしたくない。
既にある程度彼の好む人間像のデータは布仏を通じて手に入っている。掴みは少々強引だったがそこそこの距離感を保てば必要以上に警戒されることは無い筈だ。

「貴方の趣味を邪魔してしまったのは申し訳なく思ってるけど、流石にあれはいただけないよ?それだけ覚えておいてね?」
「・・・はい」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

沈黙。なるほどこれはやりにくい。護衛対象として陰で様々なデータを収集してはいるが、直接会って話してみると彼がどれだけ難敵かが分かる。親しくなるためにはこちらから踏み込む必要があるのに、踏み込む先が視界の悪い地雷原と言った感じだ。迂闊に動けば彼の心の琴線に触れて閉じこもってしまう。
ここは無理に会話を長引かせずに当たり障りのない対応をして帰すのが得策か。彼は押しつけがましい善意は拒否する傾向にあるようだから、月並みなことを言って今日は終わりにしよう。

「・・・どうしても行きたかったらオネーサンなり同室の佐藤さんなりに一声かけていきなさい」
「・・・はい」
「それと・・・悩み事があったら相談してくれてもいいわよ?」
「・・・はい」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

・・・・・・か、感情が読めない・・・!
印象が良いか悪いか普通なのかさえこの仏頂面では判断がつかない。これでよく佐藤さんは日常生活に支障を来さないものである。普通なら趣味の事とかを話したりして彼の興味がありそうな方向へ話を誘導することもできるが・・・どうなのだ?印象が芳しくない状態でそれを行うのはリスクが高い。だが印象が良かったならその流れで口が軽くなるかもしれない。

どっち?どっちなのベルーナ君?・・・いや、拒否していないなら少なくとも悪印象では無い筈。少し様子見しても大丈夫だろう。

「所で・・・歌、好きなの?」
「・・・人並み程度」
「そうなんだ。少年合唱団みたいに綺麗な歌声だったから好きなのかと思っちゃった。本当は黙って最後まで聞きたかったのよ?あの歌」
「・・・声変りが来ないからそう聞こえるだけ」

・・・煽てには乗らないか、むしろコンプレックスだったか。ここに触れたのは失敗だったかもしれない。楯無としては本当に綺麗な歌声だと思ったのだが、口調から察するに少し気にしていたのかもしれない。
引き上げ時か?そう判断しかけた楯無が口を開くより少し早く、ベルーナがすくりと立ちあがった。
本格的に機嫌を損ねたかもしれない。そう思った楯無を待ち構えていたのは―――


「・・・Sul mare luccica, l'astro d'argento♪ Placida e` l'onda prospero il vento♪」
(え?・・・これって確か『サンタ・ルチア』?)

『サンタ・ルチア』は音楽の教科書などにもよく載っている有名なナポリ民謡だ。イタリア出身のベルーナが聞いたことが無いというのもおかしいかもしれない。突然歌い出したことに驚いた楯無だったが、そのは美しい海を思わせる透き通った歌声に耳を奪われた。

「Venite all'agile barchetta mia♪」

外からかすかに聞こえる雨音すら耳に入らなくなるほどに聴覚を通して心に届くその声。それは見えるはずもない青空に照らされたナポリの白い街並みと、穏やかな海を幻視させるほどに美しかった。気が付けば、口が勝手に歌詞を紡ぎ出す。

「  Santa  Lucia ♪  Santa  Lucia ♪」
「さんたー・るー・ちーあ♪さんたー・・・るちーあ♪」

歌って初めて、楯無は自分が本気でベルーナの詩に夢中になっていたことに気付いた。時間にして3、40秒程度のわずかな時間であったが、楯無はその間自分の役割を完全に放棄していたのだ。
それと同時に遅れながら彼女は何故ベルーナが歌ったのかに気付いた。自分自身の「最後まで聞きたかった」というリクエストを聞いて、少しだけサービスしてくれたのだ。

「・・・さっきの曲と違うのね。一瞬外で雨が降ってることを忘れそうになるほど・・・良かったわ」
「・・・・・・あの曲は、僕はそんなに好きじゃないから」
「ねぇ、聞いていい?どうして歌声聞かせてくれたの?」

「貴方は・・・歌の話以外は、どうでも良さそうだったから」

呼吸が一瞬止まりそうになった。
ベルーナはそれだけを言い終えると、何も言わずに部屋を後にした。
呼び止めようとしたが、動揺の所為か上手く出す言葉が見つからず、機を逸した楯無は自分のベッドにバッタリ倒れ込んで天井を見上げた。その表情は、暗い。

「どうでも良さそうだった、か・・・」

楯無が本音を交えて喋ったのは、確かに歌の話だけである。他の会話は事務的なものだったり、彼の様子を伺う意図があったり・・・それを、彼は本能的に感じ取っていたようだ。

ベルーナは男性IS操縦者の中で最も優先度が低い。それは彼に操縦者としてもそれ以外の要素でもとりわけ注目するところが無い事に起因しており、学園は男性IS操縦者のうち誰かを切り捨てなければいけない状況になった場合にベルーナを真っ先に切り捨てると決めている。
無論全員が全員生き残れるよう手は尽くすが、組織のトップとは限られた時間の中で最善(ベスト)ではなく次善(ベター)を決断しなくてはならない時が存在する。”楯無”の名を名乗る者として、楯無にはベルーナを万が一の時に見捨てる覚悟があるのだ。

そしてベルーナはそれをどこまでかは知らないが感じ取って、その上で自分の要望に応えた。
彼はひょっとして、あなたを見捨てますと伝えれば、それを受け入れるかもしれない。
恨み言も言わず、死ねと言った楯無を責めることもなく、死ぬかもしれない。

それは、自分が”そういう”人間だと認識されているようで。
そして、本当に自分が”そういう”人間であるかのような気がして。

「ちょっと・・・凹んじゃうなぁ」

雨は降り続ける。自分の心境がそのまま具現化しているような気がした楯無は、その思考を誤魔化すように『サンタ・ルチア』を口ずさんで気を紛らわした。
 
 

 
後書き
「Non Ti Scordar Di Me」・・・エルネスト・デ・クルティス(1875-1937)の作曲。イタリアの映画「忘れな草」の主題歌に使われたことで有名。

学園のちょっとシビアな、愛されているだけじゃ解決できない問題があるという話でした。楯無は多分男性IS操縦者が増えると心のどこかでこんな感じのジレンマに苛まれるんじゃないかな?でもそうやって悩みながらもずっと前を向いて進まなければならない。彼女はそういう女性だと思います。 
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