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誰が為に球は飛ぶ

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焦がれる夏
  拾漆 口火

 
前書き
本当にこの部分が書きたくてここまで書いてきました。
ここから量が多くなります。 

 
第十七話


「さて、県営球場で行われております、全国高校野球選手権大会埼玉県大会の様子を、実況・テレビ埼玉の神田でお送り致しております。
なお、解説には春日部光栄高校から社会人野球・王寺製紙で投手としてご活躍されました、大谷正光さんにお越し頂きました。大谷さん、よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
「さて、本日のこの試合、第一試合から注目の、八潮第一の登場となります。」
「そうですね。選抜でベスト4にも入って、特にエースの御園君ね、プロも視野に入る良い投手です」
「はい、春以降の練習試合のデータを見ましても、チーム打率は.358、エースの御園君の防御率は1.17と、これは抜群の成績を残しています。」
「それは凄いですね〜」
「一方、その八潮第一の相手となりますネルフ学園、こちらもチーム打率は.332、エースの碇君の防御率は1.20と、引けを取りません」
「まぁ、練習試合の数字はそれほど当てになりませんから。相手の強さにもよる事なんで。強豪ならば必然的に相手もそこそこの所としますし、数字は出にくくなりますし」
「おお、なるほど。はい、それでは両校のスターティングラインナップを紹介いたします」



八潮第一

(一)吾妻 左左
(二)白柏 右右
(左)辻先 右右
(右)御園 左左
(遊)須田 右右
(中)奥山 右右
(捕)馬場 右右
(三)荒巻 右左
(投)佐々木 右右


ネルフ学園

(遊)青葉 右左
(二)相田 右右
(左)日向 右右
(中)剣崎 右左
(右)鈴原 左左
(捕)渚 右左
(一)多摩 右右
(投)碇 右右
(三)浅利 右右




ーーーーーーーーーーーーーー


「やっぱり御園は先発してこないかぁ」

両軍シートノック後のベンチで、日向が相手ベンチを見ながら言う。

「ヤシイチは二番手以降に難ありですからね。大会の最終盤の連投に備えて、緊張する初戦と言えども手を抜ける所では抜いておきたいんでしょうね。」

健介が、グラブの紐を引き締めながら持ち込んだノートを見る。そこには、律子がMAGIを使って集めたデータが簡潔にまとめられていた。

「その余裕、いつまで持つかな?」

タオルで顔の汗を拭い、不敵に笑うのは薫だった。


ーーーーーーーーーーーーーー

「あー、体痛ぇ」

ネルフ学園の反対側、ベンチ前で素振りを繰り返す八潮第一ナイン。体を伸ばして顔をしかめるのは、ヤシイチの核弾頭、吾妻裕樹。均整のとれた体格で、少し尖った鋭い顔つきをしている。

八潮第一は、大会初戦の前日まで激しい練習で追い込んでいた。大会終盤にベストコンディションで迎える為、また甲子園本番でのスタミナ切れを防ぐ為の追い込み練習である。疲労がピークの状態で、初戦を迎えるのだ。

彼らの目に映るのは、全国の舞台のみ。



「集合準備ィ!」

審判がグランドに姿を現したのに合わせて、
両軍の選手がベンチ前に列を作る。

「集合!」

ホームベース付近に向け、全員が駆け出した。



ーーーーーーーーーーーーーー


ドン ドン ドドドン
「「「ホーーームランッ!!
ゆ う き ーーーーーッ!!」」」


八潮第一の応援スタンドから、野太い声が炸裂する。県内最多、132人の部員。ベンチに入れなかった部員による大応援だ。


「「「オーオーオーオー
ゆ う きーー!!」」」


「東北1番打者のテーマ」か。確かに声は大きいけれども、ブラスバンドは下手だなぁ。
マウンドで八潮第一の応援席を見上げながら、真司は思った。


<一回の表、八潮第一高校の攻撃は、一番、
ファースト、吾妻くん>


左打席に180cm78kgの大型打者が入る。
高校通算43本塁打。選抜でも打率五割をマークした、埼玉ナンバーワンのスラッガーである。

(いきなり、四番打者が出てくるようなものだ。全く層が厚いね。この人を一番に置けるのだから。)

楽しそうにニヤニヤと笑う打席の吾妻をマスク越しに見て、薫はため息をつく。
気持ちオープンスタンスで、バットを寝かせて構える。バットがタイミングをとるように揺れ、手首の力が抜けている。

「「「オーオーオーオオ オオーオ
ゆうきーー!!
オーオーオーオオ オオーオ
ゆうきーー!!」」」

八潮第一の応援席は意気上がる。
内野席の観客も、その打撃に注目し、そして期待する。

(よし、始めるか)

真司は薫のサインに頷き、こじんまりと振りかぶる。左足をスッと上げ、一本足で一瞬力を貯める。半身の姿勢のままで静かに踏み込み、左足の着地と共に、一気に体重移動。そしてボディーターン。

前から後ろの体重移動と、半身の体の横回転。
それが狂いなくピタリと一致し、長い腕がしなやかに振られた。

試合開始のサイレンと共に、初球から際どいコースに飛び込んでいくボール。
吾妻は、振り子気味に上げた足を決然と踏み込み、バットを一閃。

「カーーーーン!」

快音が響いた。



ーーーーーーーーーーーー

「オーライ!」

強烈なライナーは、フェンスに張り付くように深く守っていたセンター剣崎の真正面。ほとんど動かず、そのグラブの中に打球が収まる。

「ナイスキャッチですよ!」

ライトの藤次が声をかけ、剣崎は右手を挙げてそれに応える。

「チッ、この夏の始まりにでっけえ打ち上げ花火見せてやろうと思ったのに」

苦笑いしながら、吾妻はベンチへと帰る。

「おい、また初球から打ちやがって」

惜しい惜しい、と吾妻を出迎える八潮第一ベンチの中で、一人吾妻に渋い顔を向けていたのは、これまた大柄で、濃い顔つきの少年だった。

「悪いな御園。筋肉痛がなきゃホームランだったよ」

悪びれもしない吾妻に、御園はため息をつく。
これが選抜ベスト4、今年の埼玉ナンバーワン投手と言われ、エースで四番で主将とチームの柱を一人で担う御園公也である。
しかしその御園も、吾妻の自由人ぶりには敵わない。

打席には二番の白柏が入っていた。


ーーーーーーーーーー

(低めのボール気味の球でもあそこまで持っていくなんて、やっぱりナンバーワンと言われるだけのミート力とパワーがあるなあ)

いきなりのセンターライナーに、真司は他人事のように感心していた。

(でも、球の見極めは悪い。隙がない訳じゃない。)

真司は次に打席に入った二番打者に向き合う。
八潮第一の二番セカンドは白柏。
攻撃型一番打者の吾妻の後ろにあって、
典型的二番打者の役割を担う打者だ。

(初球を吾妻が打った後は、必ずボールを見てくる。ここは早めに追い込もう。)

薫の要求通り、真司は外低めの真っ直ぐで簡単に二つストライクをとる。

(まずいな…真っ直ぐで簡単に追い込まれちまった。)

粘って真司の球種を引き出したい白柏は、0-2のカウントに追い込まれて焦る。
そして三球目も、ストライクゾーンギリギリをつく真っ直ぐ。仕方なく手を出すが、手元で微妙に沈んだ。

(なっ…)

ボテボテのゴロがセカンド健介の前に転がる。
健介が難なく処理して、二死となる。

「何簡単に真っ直ぐ三つで打ち取られてんだアホ!遊ばれてるじゃねえか!」

トボトボとベンチに帰ってきた白柏に、監督の怒声が飛ぶ。

「…真っ直ぐ、手元で曲がってるぞ。ムービングだ。」

ベンチに真司の投球を伝える白柏の言葉を聞いて、御園はほう、と感心した。
細身で、癖のないフォームの、特徴のない公立らしいエースかと思いきや、癖球を備えているか。
少しこれは侮れないかもしれない。

「そうかァ?適当に振りゃ当たったけどなァ」
「……」

吾妻の言葉には、閉口するほかなかった。


ーーーーーーーーーーー

「「「ケントーケントケントーケント
ゴーゴーレッツゴー辻先健斗!!」」」

八潮第一のスタンドで、「シャナナ」に合わせてタオルが舞う。ここからは八潮第一のクリーンアップ。まずは3番、2年生の辻先。
少し太めの体型でパンチ力がある。

(辻先は真っ直ぐに強い打者…)

しかし真っ直ぐに強い辻先に対しても、真司は真っ直ぐで勝負を挑む。
コースを突いた真っ直ぐに対しても、初球二球目と、辻先は鋭いファールを続ける。
その打球に、スタンドは湧く。

(…少し遠回りのスイングだから、コースを突けばそうそうジャストミートはできない)

マスク越しに、薫はニヤリと笑う。
三球目に要求したのは外のスライダー。
絶妙なコースに投げ込まれ、辻先のバットは簡単に空を切った。

「ストライクアウト!」

真司はグラブをパン、と叩いてベンチに帰る。
薫も拳をグッと握りしめた。
無駄球は一切なし。
選抜ベスト4の八潮第一打線を手玉にとって、
初回の守りを終えた。

「おっしゃーー!」
「ええでセンセー!」
「碇さんやっぱ神だわ!」

意気揚々と自軍ベンチに引き揚げるネルフ学園ナイン。ベンチの前で、真司と皆がハイタッチを交わす。

「何だ何だ辻先ィ〜130台の凡Pに何くるくるしてんだァおい〜」

吾妻が呆れ顔で、気怠そうに守備に向かう。
御園は、湧き上がるネルフ学園のベンチとスタンドを見て、嫌な予感を膨らませていた。


ーーーーーーーーーーーー


「いいぞォー!シンちゃーん!」

ネルフ学園の応援席では、美里が大声を張り上げていた。

「…よかった」

玲はひとまず安堵して、炎天下のスタンドで熱くなった自分のトランペットを手に取る。
一休みする暇もなく、自軍の攻撃が始まる。
応援団のプラカード係が「アオバ スパニッシュ」と書いたカードを掲げる。

エンジの揃いのシャツを着た総勢150人の応援団が、立ち上がりメガホンを持つ。

吹奏楽部の指揮者がタクトを振り、玲を初めとしたトランペット奏者が出だしの部分を吹き始める。

「スパニッシュフィーバー」の勇壮な音色が、県営球場の空を満たしていった。


ーーーーーーーーーー

「よーし燃えてきたぜ!」

ネクストで素振りしながら、自分の曲が流れてきたのを聞いた青葉は気合いを入れる。
その青葉に、健介が近づいた。

「佐々木は実質3番手。130キロくらいのストレートに持ち球はスライダーと…」
「ああ、大したことないって事でしょ?分かってます。ぶちかましてきますから」

健介の助言もそこそこに、青葉は打席に向かった。

「…全くもう、話を聞けよ」

ネクストに残された健介は寂しそうに口を尖らせた。

<一回の裏、ネルフ学園高校の攻撃は、一番ショート青葉君>

投球練習が終わり、球場にアナウンスが流れるのと同時に青葉が左打席に立つ。気持ちバットを短く持って、体をリズムに乗せて揺らしている。

八潮第一の先発投手は、2年生の佐々木。
中背の右投手で、オーソドックスな投球フォームである。
その初球は、高めに大きく外れた。
いくら強豪私学の選手と言えども、先輩の最後の夏のマウンドを託されている事に緊張しているようだ。表情も心なしか固い。

(…何だ。本当に大したことないぜ)

一方一年生で夏の舞台に立っている青葉には緊張は皆無だった。青葉にとっても初めての夏の大会だが、そもそもネルフ学園の野球部にとっても初めての夏の大会なのだ。チーム全体に、開き直りがあった。

(せっかくこの夏用に、自慢のロン毛もバッサリ短くしたんだァ…)

事実、ヘルメットからだらしなくはみ出ていた青葉の髪は今はもうない。それでも、全員五厘刈りの八潮第一に比べれば相当の長髪だが。

(出し惜しみせずイイトコ見せてやらぁ!)

佐々木の二球目。ストライクを取りにきた球を迷わず叩く。

「キーン!」

流し打ったライナーが、三遊間のど真ん中を切り裂いていった。

ーーーーーーーーーーー

「おっしゃー!」
「初ヒットー!」

湧き上がるネルフ学園サイド。
日向がネクストに向かいながら、いつも通りサインを送る。

(夏本番で浮かれたバッティングするかと思ったけど、いつも通り低い打球を打った。偉いぞ、青葉。)

日向は怖いもの無しの一年生の意外な冷静さに感心した。そして打席に入る二番の健介に視線をやる。

(俺たちがヤシイチ相手に普通の野球してても仕方がない。攻めだ、攻め。)


日向の視線を受ける健介はメガネ越しに、いじらしくポーカーフェイスを作っている佐々木を睨んでスタンス広くスクエアに構える。体勢低く、しぶとさを感じさせる構えだ。

(いきなり仕掛けるかァ。日向さんが一番、舞い上がってんじゃないの?)

青葉がかなり広めにリードをとっているのが右打席の健介からは見える。牽制死が何より心配だった。

しかし、マウンド上の佐々木は牽制を挟む事もなく、健介目がけて投げた。
青葉がスタートを切る。一方で、健介も打ちにいく。

日向のサインは、初球からヒットエンドランだった。

(やべっ)

しかし、佐々木の投球は高めのボール球だった。
何でも打つつもりの健介は懸命に大根切りのようなスイングをするが、そのバットは空を切る。
八潮第一の捕手・馬場が腰を浮かせて捕ったそのままの体勢で二塁へ投げる。
青葉が加速そのままに二塁ベースに滑り込む。

「セーフ!セーフ!」

二塁塁審の手は横に広がった。
青葉は二塁ベース上でガッツポーズし、空振りした健介はランナーが死ななかった事にホッと胸を撫で下ろす。

「おい!何で牽制の一球も投げねえんだ!ランナー1番だろうがこのドアホ!!」

ファーストを守る吾妻があっさり盗塁を許した佐々木をどやしつける。
佐々木は、怯えた様子を見せてその叱咤に頷いた。

(いや…確かに不用意だったが、それにしても速かったぞあいつ…)

捕手の馬場は、手応え十分の送球でも刺せなかった青葉に驚いている。


(…はぁー助かった。ちょっと調子が良すぎたな。)

健介と同じくらい胸を撫で下ろしている日向は、サインをバントに切り替える。
健介はこれを確実に決め、一死三塁。
ネルフ学園のクリーンアップの前に、いきなりチャンスが回ってきた。


ーーーーーーーーーーーー

「ここ先制すると、大きいわよ。ジャイアント・キリングには先制が不可欠。」

バックネット裏でパソコンを打ち込みながら、律子がつぶやく。その前にはビデオカメラ。
この試合も録画し、データを取るつもりである。
"次の試合"の為に。

「いいよいいよー!!」
「結構野球部強いじゃん!」
「いけーっ日向ーっ!」

優勝候補の横綱相手にいきなり到来したチャンス、ネルフ学園応援団も盛り上がる。
掲げられたボードは「チャンス 5,6,7,8」。

(ここが一つのヤマ場かも…)

玲を含む吹奏楽部が、軽快な「5,6,7,8」をここぞとばかりに奏でる。スタンドが揺れる。音色が、大きな波になってグランド上に波及していく。


ーーーーーーーーーーーーーー

一塁側、自軍スタンドの盛り上がりとは裏腹に、頭の中で考えるのは打席に入っている日向。
少しだけ、頭の中をスクイズもよぎったが、その考えはすぐに打ち消した。
こういう場面、今までスクイズをした事なんてない。いつも通りでいくべきだ。
大丈夫、今投げている佐々木なんて、普通のピッチャーだ。全然凄くとも何ともない。


普通に、打てる。

小柄な体でどっしりと構え、日向はボールを待つ。佐々木は、ボールを長くもってから、初球を投げ込んできた。

スライダー。狙いのまっすぐとは違う球だが、しかしコースは甘い。

打てる

思った時には既にバットが振られ、ライナーがセンターの前に弾んでいた。


ーーーーーーーーーーー


「よしっ!」
「先制やぁああああ」
「きたきたきたきた」
「キャプテンすげぇええええええ」

八潮第一相手に飛び出した主将の先制タイムリーに、ネルフ学園ベンチは蜂の巣をつついた騒ぎになる。スコアをつけている光は、もう既に涙ぐんでいる。ベンチに帰って来た青葉を、全員ハイタッチで出迎え、そして抱き合う。

「「「学園は我らが誇り
祝福がそして始まる
抱き締めた命の形 その夢に目覚めた時
誰よりも光を放つ
少年よ神話になれ!!」」」

応援団は肩を組んで、得点時の学園歌を歌う。
「J-POP学園歌」だの何だのと散々馬鹿にされてきたこの学園歌を、スタンド全員が肩を組んで誇らしげに歌っていた。


「……」

マウンド上、実にあっさりと先制を許した佐々木は嫌な汗を顔中に浮かばせ、顔を引きつらせている。慌ててマウンドに駆け寄った馬場の言葉にも、力なく頷くばかりだ。
吾妻を初めとした、三年生の守備陣だけでなく、スタンドからこの様子を見ているベンチ外の部員の視線も猛烈に痛い。

この佐々木の心の揺らぎは、馬場の言葉くらいで落ち着くようなものではなかった。
四番打者の剣崎は、力なく投じられる球を情け容赦無くバットで叩き潰す。

「カァーン!」

3-1からの真っ直ぐを叩いた打球は、猛烈なライナーとなって、ライトフェンスにダイレクトで跳ねる。ライトの御園がクッションボールを捕球し、内野までダイレクトの遠投を披露して一塁ランナー日向のホーム生還は防ぐが、一死二、三塁のピンチをまたもや招いた。

「御園ォーー!!」

ベンチから監督が大声で叫ぶ。外野用のグラブをつけた選手がライトへ一目散に飛び出していく。
佐々木は逃げるようにマウンドを降りる。
その顔は真っ青だった。


ーーーーーーーーーーーーー

<八潮第一高校、シートの変更をお知らせ致します。ピッチャーの佐々木君に代わりまして勝田君が入りライト。ライトの御園君がピッチャー…>

マウンドに、182cm80kgの大型左腕が立つ。
ネルフ打線は初回で先発佐々木をノックアウトし、ライトを守っていたエースの御園を引きずり出した。

「御園ォ!締めてけよ!」

投球練習を終え、スコアボードを振り返って大きく伸びをする御園に、ファーストから吾妻が声をかけた。御園は力強く頷き、表情を引き締める。

<5番ライト鈴原君>
「よっしゃぁワイもいくでェー!」

威勢良く声を上げて打席に向かうのは、5番打者の藤次。投手は変わったが、一死二、三塁のチャンス。まだまだ点は欲しい。

(緊急登板だ…肩が仕上がってないうちに畳み掛けたい。このチャンス逃すと御園は打てないかもしれない。頼むぞ藤次!)

日向は三塁ベースから、「打て」のジェスチャーを送る。藤次は大きく頷いた。スタンドではチャンステーマの「5,6,7,8」が流れ始める。


御園がセットポジションから勢い良く右足を上げる。本塁方向への踏み込みはダイナミックで、両手の動きは鳥が羽ばたくような躍動感がある。
そして、その左腕が唸った。

「バシィーーーン!」
「ストライク!」

初球の真っ直ぐを叩こうとして待っていた藤次。しかし、狙い通りの球が来ても手が出せなかった。

「うわ…」

勢いに乗っていたはずの、ネルフ学園ベンチが一気に静かになる。間違いなく今まで見たピッチャーの中で、1番速い。

「初球から145キロ…」

バックネット裏の律子がつぶやいた。

「!?」

次の球、とにかく前で捉えようとバットを振った藤次の目線から、ボールが消えた。ストン、と落ちた。擦りもしない。

カーブ。スライダー全盛の現代において、御園の決め球はこの大きな変化のカーブだった。

「ズバーン!」
「ストライクアウトォ!」

三球目は真っ直ぐ。一度カーブを気にしてしまうと、この真っ直ぐには手が出ない。
簡単に斬って捨てられ、藤次は引きつった顔でベンチに戻る。

「…これが埼玉ナンバーワンか…」

三塁からその投球を目の当たりにした日向は、思わず声が出る。

「ガキッ」

次の薫も、当てるには当てたが全く「ボールに触れただけ」である。サードの荒巻がボテボテのゴロを捌き、あっさりとチェンジになる。
御園は涼しい顔で、さっさとベンチに戻っていく。


「やばい…」

健介が言う。ベンチ全体としても、御園の圧倒的投球に、先制の喜びも吹き飛んでいた。

パン!
その時、真司が手を叩いた。

「初回から出てきてくれたんだ。ずっとこのまま140キロ中盤ばかりを投げ続けられるはずないよ、この暑さだし。それに僕らの目も慣れてくる。大丈夫だよ。」

あっけらかんと言って、マウンドへと駆けていく。

「確かにそうか」
「始まったばかりだしな」

フッと雰囲気が軽くなり、二回の表の守備にナインが駆けていく。ベンチの隅で足を組んで座っている加持はふふ、と鼻を鳴らして笑った。

初回の攻防が終わった。
ネルフ学園1-0八潮第一。

























 
 

 
後書き
僕はちなみに、学生スポーツにおいてはジャイアントキリングをそんなに好む方ではありません。
やっぱり強豪が勝つべきです。強豪の連中は努力してますから。
弱小の想像も及ばないほど。 
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