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誰が為に球は飛ぶ

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青い春
  拾陸 前夜

第十六話


初めて、彼に触れたのはいつだったかしら。
最初は、華奢だったような気がする。
腕や、足。その心に至るまで。
どこか、壊れそうだった。

今は、少し違う。
躰も、大きくなった。逞しくなった。
それよりも、どこか、自分自身に一つ、芯が通ったような。
そんな気がする。

その"芯"は何なんだろう?
一体何が、彼を貫いているのだろう?
私には、、、まだ分からないわ。

彼が、私を知りたがってるように。
私でさえも知らない私を、知りたいと思うように。

私も、知りたいの。

彼も、彼自身でさえもよく知らないのかもしれないけれど。

彼のことを。彼の気持ちを。

知りたい。



一つに、なりたい。


ーーーーーーーーーーーーーー


「あっ」
「…碇君」

練習が終わり、帰途につくモノレールの駅で
真司と玲は鉢合わせした。
春まではよく、帰りの電車の時間が重なる事もあり、一緒に帰る事も多かったが、春以降は野球部の練習が夜遅くなる事が続いて中々時間が合わなかった。

それが何故、今日は一緒かと言うと、練習が早めに終わったからだ。
八潮第一との初戦を明日に控え、軽い調整と、データの確認などのミーティングで終わっていた。


「いよいよ、明日ね」
「あっ、うん」

玲から話しかけてくる事が最近増えてきていた。
これには、真司の方が慣れない。1の質問にも1すら答えないといったような、最初のイメージが強いからだ。それが今では、玲の方から話を振ってくる。


「開会式、録画で見たわ。…愉快だったわね」
「…」

真司は赤面した。あの開会式を見られていたのか。
先日行われた開会式では、ネルフ学園はマトモに入場行進の練習もしていなかった為、日向は緊張して手と足を一緒に出すわ、多摩は普通に歩くわ、藤次は何もない所でつまづくわ、散々な行進を披露して他チームの嘲笑を大いに買った。
あれがテレビで全県にお届けされているとは、知りたくもない事実である。

「明日の相手、強いみたいね。通算43本塁打の吾妻に、MAX148キロの御園…」
「綾波、野球分かるの?」

真司はスラスラと八潮第一の投打の両輪の名前を出した玲に目を丸くした。玲と音楽の話をする事はあっても、野球の話は今までした事が無かった。しても玲は面白くないだろうと思っていた。玲とスポーツに関わったのは、ゲーセンで一度卓球したくらいで、その時は一方的に蹂躙されて終わったのだが、とてもスポーツに造詣が深いようには見えなかった。

「いいえ。勉強したわ。本を読んで。」

玲はその視線をあさっての方向にずらした。

「碇君が何を毎日してるのか、知りたかったから」

少し恥ずかしそうな顔をしていた。
玲がどんどん、表情豊かになっていく。
それを見る度に、真司も何だか嬉しくなる。

「そうか…綾波も明日、応援に来てくれるんでしょ?」
「うん」
「見せるよ…僕が、いや僕らがこの一年間、何をしてきたか……それを見せるよ」

真司は、玲の赤い目を覗き込んだ。
この赤い目を見るのは、これまでは少し気が引けた。しかし、今は、堂々とその視線を受け止められるような気がした。

「応援しててね。」
「うん…力一杯、心を込めて応援するわ」

玲が微笑む。
真司も微笑む。
2人の視線はそのまま、お互いを覗き込んだままで。



駅のホームで、2人の影が一つに重なった。







 
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