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誰が為に球は飛ぶ

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焦がれる夏
  拾捌 球は魂

第十八話

八潮第一へ進学するのを決めたのは、家に来た監督の「最強世代を必ず作る」という言葉にグッと来たからだ。それまでは、地元の朔新学院に行きたかったし、推薦の話も貰ってたもんだから、すんなり朔新で決まるはずだった。あの薄黄色に漢字で校名が書かれたユニフォームは、栃木球児の憧れだし。

八潮第一はたまに埼玉を勝ち上がって甲子園には出ていたが、埼玉と言えばやっぱり王者は是礼学館だし、八潮第一は二番手三番手というイメージだった。そういう伝統も実績も微妙な学校を選んだのは、ずっと伝統校への憧れはあったが、ある日「それだと、◯◯の御園」になってしまわないか、という考えが首をもたげたからだ。伝統校の長い歴史、輝かしい歴史の中で自分自身が埋もれるよりも、八潮第一で歴史を作って、「御園の八潮第一」になった方が俺としては価値が大きいんじゃないか。一度そう考えると、それ以外の考えが頭に浮かばなくなって、結局八潮第一に心が決まった。

「最強世代を作る」と言った監督の言葉通り、俺たちの代は入学当初から目立つくらい、それなりの選手が揃っていた。
春のベスト4は学校創立30周年で、最高成績らしい。少しは歴史を作れたかと、誇らしかった。



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<二回の表、八潮第一の攻撃は、四番ピッチャー御園君>

先制した直後の二回の表、ネルフ学園は打席にこの男を迎える。
八潮第一のエースで四番で主将。埼玉ナンバーワン投手にして、打撃でも通算38本塁打のスラッガー、御園。

(…技術がある代わり、何でもかんでも打つ吾妻対し、吾妻ほどのミート力はないけど的を絞って打つべき球を打ってくるのはこの御園。)

薫は八潮第一ベンチの監督を横目で見た。

(吾妻を一番にして、御園を四番にする理由も少し分かるような気がするよ。)

その初球に薫は緩いカーブを要求した。

(…確かに、この人に球種は出し惜しめないな)

真司は100キロ台のカーブを低めにキッチリと投げ込む。その初球を御園は見送った。

(…この球は目先を逸らす球だな)

1ストライクをとられたくらいでは、打席の御園は動じない。この打席、御園の狙いは一つだった。

(あの癖球を叩く。投球の主体になる球を打って、動揺を誘う。)

130キロ台の球と言えど、自信を持って腕を振られると中々連打できない事を御園は知っていた。それが癖球なら尚更だ。一方、少しでも臆病なピッチングになると制球は乱れるし、自軍の打線なら制球の乱れた130台は打つだろう。
二球目のスライダーをファウルし、三球目のカーブを見送っても、御園は真っ直ぐ狙いを変えない。

そして真司が投げ込む四球目は、待ちに待った真っ直ぐの軌道だった。

(叩く!)

御園はインコースギリギリに来た球を、思い切り引っ張りにかかる。が、ボールは手元で小さくストン、と落ちた。

(何ッ!?)

バットが空を切り、御園は体勢を崩してよろけた。空振りの三振。マウンド上の真司が小さくガッツポーズを作り、捕手の薫が勢い良く内野へボールを回す。

(…真っ直ぐと変わらん軌道、速さから落ちたぞ。まさか、スプリッターか?)

スプリッターは、浅くボールを挟んで投げる、変化が小さく速いフォーク。御園は長い野球人生で、その軌道を初めてお目にかかった。

(…球そのものの威力というより、一つとして制球を間違えた球が無かった…)

御園は真司を睨みながら、自軍ベンチへと帰っていく。

(間違いない。このピッチャーは手強い。)

侮れない、という御園の中での真司の評価は、打席を経て「手強い」にまで変わった。

「だっせー三振だったなお前ww」

相変わらずの態度の吾妻には、閉口するしか無かった。


ーーーーーーーーーーーーー

初回以降、試合は真司と御園の緊迫した投げ合いとなる。重苦しい雰囲気を振り払おうとするかのように御園は豪快にその左腕を振り、ネルフ学園打線をバッタバッタと三振に斬って捨てる。その気迫たるや凄まじく、4回に剣崎がヒットを打った以外は1人のランナーも出ない。6回には唯一ヒットを許した剣崎に対しても140キロ中盤を三つ続けて三振に討ち取り、キッチリお返しを果たした。

しかし、それ以上に際立つのは真司の投球だった。内外、高低のストライクゾーンを縦横無尽に駆使するコーナーワークに対して、追い込み練習の影響で振りが鈍い八潮第一打線が凡打の山を築く。真理と加持のノックで鍛え上げられた守備陣も、全く崩れない。

「お、大谷さん、一体誰がこのような展開を予想したでしょうか?六回を終えて、ネルフ学園・碇、まだ1人のランナーも許しておりません…」
「ええ、素晴らしい。本当に素晴らしいピッチングです。」

テレビ中継の実況席も、予想外の展開に大いに驚き、また新設校のエースの奮闘に目を見張る。
球場の雰囲気がだんだんと変わってきた。
ネルフ学園がアウトを一つとる度、大きな拍手が起こる。試合前は八潮第一がどれだけの力を見せつけるのかにだけ焦点が当たっていたが、徐々に観客が健闘を見せる新設校に感情移入し始め、声援を送り始める。

自身の力を存分に発揮し、躍動する真司の胸中には、ネルフ学園入学前の出来事が去来していた。



ーーーーーーーーーーーーー


真司の姓が碇でなく、六分儀だった頃。
共働きの両親は仕事に忙しく、真司の野球の試合を両親が見に来てくれた事は無かった。
真司は両親の自分への愛情を分かっていた。
試合に自分の親だけが来ない事を、愛情の欠如とは受け取らなかった。

しかし

やはり、自分の晴れ姿を見て欲しかった。
大会で活躍し、チームメイトや指導者から褒められても、家に帰って言われる「凄かったらしいじゃないか」の一言に勝るものはなかった。
でも、「らしい」では物足りない。
両親のその目に、自分の"野球"というものを直接焼き付けたかった。


中学卒業直後、所属していたシニアの卒業試合に、両親が来てくれる事になった。
真司は、しょうもないOB戦だというのにキッチリ調整して、万全のコンディションに仕上げていた。


しかし、その試合を観戦に訪れるその道中で。
真司の両親は交通事故に遭って亡くなった。


真司は野球を辞めた。
自分の"野球"を見せたい人が、居なくなった。
両親の死と同時に野球する気が無くなった自分自身に対しても、「両親は褒められたいから野球をやってただけじゃないか?」という疑いが生じ、とても続ける気が起こらなかった。
「悲しみをバネにすべきだ」と聞くと、虫酸が走った。人の死は利用する為のものではない。


自分に今、"野球"を見せたい人は居るだろうか?

真司は自問する。

野球を見せたい人。自分自身を、このスポーツを通じて表現したい人。

真司にとってのその人は、今は自軍の応援席に居る。青い髪、赤い目。日焼けを知らないような、真っ白な肌。静かで、不器用な語り口。
綾波玲。


しっかり、見ててよ。
真司は、心の中で呟く。


ああ、何で自分が野球をしてるかが、わかった気がする。
この球技は、既に僕の一部だ。好きとか嫌いとかじゃない。この球技が、自分自身なんだ。



「カァーーーン!」

甲高い金属音が、響いた。




 
 

 
後書き
野球漫画の髪が坊主でない事に疑問を覚えますが、でもやっぱり、全員坊主じゃあキャラ書き分けらんないだろうなあ。 
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