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誰が為に球は飛ぶ

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青い春
  拾四 縁の下の

第十四話


GWもずっと練習、貧乏に暇は無し、って奴かねぇ〜。

みんなよくやってると思うよー。部員なんて18人しか居ないし、まだできて3年目の部なのにねー。毎日何時間も練習して、ユニフォーム泥だらけにして、汗を滴らせながら、それでもまだボールに食らいついてる。

どうしてあんなに頑張れるのかなー?
あれだけ頑張った先に、何があると思ってるのかなー?それとも、"努力"はみんなにとって"手段"じゃなく、"目的"なのかにゃ?

「間に合う、間に合わぬは問題ではないのだ」
なんて台詞が「走れメロス」に出てくるんだよねー。あれ、メロスはセリヌンティウスの命を救うという"結果"の為に走ってたんじゃなくって、「友を救う為に力を尽くす」という自分自身をそこに創り出すこと、"過程"の為に走ってたんだと私は思うんだァ。

男の美学?生き様?意地って奴かにゃ?
毎日毎日、保証されてもいない結果の為に頑張るみんなも、同じような気がするんだなァ。

でも私、そんな仕方がない男の子ってヤツが大好きだけどねっ。
にゃははははッ。


ーーーーーーーーーーーーーーー


「ふっ」
「パシーーン!」

毎週のように組まれる練習試合。
真司も骨折から復帰し、相変わらずの流麗なフォームからコントロール良く投げ込み、相手打線を抑え込む。

(さすが真司君だ。このくらいのレベル相手ならどんな形にでも打ち取れる。まるで芸術だよ、このコントロールは。)

バッテリーを組む薫が、その端正な顔をマスクの奥でほころばせる。真司のピッチングは、そのコントロールと総合力に特徴がある。
手元で微妙な変化を見せる真っ直ぐを中心に、いくつかの変化球を織り交ぜる。どの球種も、狙って打てないような凄まじい変化、凄まじい威力を誇るという訳ではない。しかしこれらをコーナーに出し入れできる制球力があればこそ、様々な配球パターンを組める。どの球でも打ち取れるのだ。

カーン!
「よしっ」
カキーン!
「もろたァー!」

日向が、藤次が鋭い打球を放つ。
冬の間に鍛えられた体が仕上がってきて、主砲の剣崎を挟む前後の打者にも快音が目立つようになってきた。

「セーフ!」
「よしっ」

リードオフマンに早くも定着した青葉は、ポカもするが打撃も走塁も思い切りが良い。特に走塁は、スタートからの加速が早く、強くはないチーム相手だと塁に出れば即二塁打というほどの駿足ぶりだ。流し打ちが上手く粘っこい健介との一、二番は良いコンビとして機能している。

カーン!
「俺も続くぜ!」

下位打線も、多摩が、薫が侮れない。
地味に打力が高いのが多摩で、安定して仕事をこなす所はさすが三年生だ。ラストバッターの敬太は、打てないなりに工夫して確実に後ろに繋ぐ。


春季大会以降上り調子のネルフ学園野球部は、新設校と喜んで試合するような相手に対してならば毎度毎度圧倒的な試合をするようになっていた。


ーーーーーーーーーーーー

「ほれ、キツネッ!」

ショートの青葉に鋭い打球が飛ぶ。
三遊間のゴロに対して必死にグラブを伸ばすが、その先をボールはすり抜けていった。

「何何ぃ〜?ちょっと緩んでんじゃないのぉ〜ユニフォームが綺麗じゃ〜ん」

追いつけない青葉を野次るノッカー。
左打席から細長いノックバットを振り回して打球を見舞うのは、何と真理である。

「そうら、リスさん!」

今度はサードの敬太へのハーフバウンドの打球。敬太は正面に回って、捕手のショートバウンド捕球のような姿勢で打球を止め、一塁に置かれた丸ネットへと送球する。

三塁と遊撃、二塁と一塁。内野のポジションを二塁ベースで左右に分割して、それぞれ1人ずつノッカーがついて鍛え上げる。

毎日1時間以上続くこのノックを、加持と真理が担当していた。加持はまあ、それなりだが、何より真理のノックが上手い。女だから力は無いはずだが、ノックバットの遠心力を利用するような弧の大きなスイングで、自在に球を打ち分ける。

(地味にこれも大きな戦力だよなあ。もしあのノックを俺か剣崎が打ってたら、俺たちの守備練習の時間が削られるし。)

激しく続く内野ノックを見やり、日向が思う。

「おーしキャプテン行ってみよー!」
「よし、お願いします!」

後輩達に煽られるまま、日向は外野ノックの打球を追う。よく晴れた空に舞い上がった白球を、力いっぱい追いかけた。


ーーーーーーーーーーーー

「おー、いてててて…」

ノックが終わり、フリー打撃へと以降するタイミングで加持と真理はグランドを出て、校内の流し場で並んで手を洗う。
真理の細長い手には、およそ女の子らしくもないマメが無数にできて、皮がめくれている所もある。冷たい水が、その傷に染みて、真理はその顔をしかめる。

「……」

加持の大きな手も、その状態は似たようなモノであった。

「…なぁ、真理」
「はにゃ?」

不意に話しかけた加持に、真理はいつもの間の抜けた調子で返事をする。

「お前、中学まで野球してたって本当か?マネージャーじゃなく、選手として。」
「あ、それは」
「ボーイズの大会の名簿にお前の名前があったぞ。ノックも俺なんかより上手い。あれを"独力で鍛えました"は無理があるだろ。」
「…」

いつもあっけらかんとしている真理が、今回はどうにも決まりが悪そうである。

「…確かに高校野球は女子が試合に出る事は出来ないんだが……いいんだぞ。プレーヤーとして練習に参加しても。」

加持は水を止め、ポケットから取り出したハンカチで濡れた手を拭った。

「お前、本当に選手としての野球を諦められているのか?他の選手の練習量が減るとか、そんな事考えなくてもいい。あいつらにはそれくらい言って聞かせてやる。…俺は入学した当初から、お前の手にマメがあったのを知ってたぞ。ずっとバットを振り続けてなきゃ、あんなのすぐに元に戻るのに」

真理は何も答えない。

「…まぁ、お前が決める事だから俺はこれ以上は何も言えんが……周りから与えられる役割と、自分のしたい事。お前はまだ、後者を優先しても許される年齢だと俺は思ってる」

加持は踵を返して、グランドへと戻っていく。流し場には、真理だけが残された。
真理はその背中を見ながら、自嘲気味な笑いを漏らす。

「お見通しかァ…案外大人って侮れないなァ…」

グランドからは、フリーバッティングの打球音が響いてきていた。西の空に太陽が傾き、グランドの照明に灯りが灯り始める。


「……戻ろっと」


真理は蛇口を閉めて、鼻歌を歌いながらグランドへと戻っていく。
カーーーン!
また高い、金属音が校内に響いた。









 
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