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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第八十二話 フェザーン謀略戦(その4)




宇宙暦 795年 9月16日    フェザーン  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



レムシャイド伯が呻いている。
「如何です、帝国と同盟、その二国が争っているのを人知れずほくそ笑んで見ている存在が有ると言うのは」
「……」

「しかも彼らは帝国と同盟の共倒れを望んでいる」
多少皮肉を込めたつもりだったがレムシャイド伯は気付かなかった。そんな余裕などないのだろう。

「信じられん、信じられんが……」
そう言うとレムシャイド伯はルビンスキーに視線を向けた。ルビンスキーは気付かないように正面を見ている。といっても俺とは視線を合わせようとはしない。鼻から血が出ているが気にした様子もない。可愛くない奴。

「本当か、本当なのか」
「……出鱈目だ。そんな事は有り得ない」
それはそうだろう。ルビンスキーの立場ではそういうしかない。というわけで俺が往生際の悪い黒狐に追い打ちをかける事になる。

「フェザーンは通商国家、交易国家です。中継貿易によって巨利を得ている。酷い言い方をすればフェザーンは帝国と同盟に寄生していると言っていい、自分一人では繁栄できません」
ルビンスキーの顔が歪んだ。俺が何を言い出すのか想像がついたらしい。俺はにっこりと微笑んでやった。

「長期にわたって戦争が続いたことで帝国、同盟の経済活動は低下しています。何より戦争によって人が死ねばそれだけ市場が小さくなる。かつて銀河には三千億の人間がいましたが今では四百億しかいません」
「……」

レムシャイド伯がまた“ウム”と頷いた。眉が寄って難しい顔をしている。三千億の人間が四百億に減少した。多少なりとも脳味噌の有る人間なら考え込まざるを得ないだろう。にもかかわらず帝国が、同盟が、人類が戦争を止めないのはそこから目を逸らしているからだ。見たくない現実から目を背け見たい現実だけを見ている。阿呆どもが! だから地球なんぞという亡霊に付け込まれるんだ! 俺がお祓いしてやる。

「そんな中でフェザーンだけが繁栄している。このままいけば帝国、同盟の市場は縮小し続け、フェザーンの商人だけが増え続ける事になります。分かりますか? 需要者が減り続け供給者が増え続ける、フェザーンの商人にとって生き辛い時代が来るんです。にも関わらずフェザーンの自治領主は何もしようとはしない。何故です?」
「……」

皆の視線がルビンスキーに向かった。ルビンスキーは無言だ。リンツの指に力がこもった。しかしルビンスキーは無言を貫いている。
「レムシャイド伯、伯が自治領主ならこの状況、どうします? 放置しますか? 放置できますか?」
「……いや、それは……」
「出来ませんか」
俺の問いかけに渋々と言った風情でレムシャイド伯は頷いた。

「では、どうします」
「……和平、か」
絞り出す様な声だった。その声に周囲がざわめく。同盟との和平、帝国貴族である彼にとっては仮定の質問でも答え辛いものだっただろう。

「そうなりますね、帝国と同盟の間で和平、或いは休戦条約を結ばせようとするでしょう……。しかしアドリアン・ルビンスキー、彼は何もしていない。その理由は?」
「……」
俺が問いかけてもレムシャイド伯は沈黙するだけだ。答えるのが怖いのか……。

「気付かないほど愚かなのか、或いは彼にとってはフェザーンの繁栄は絶対のものではなく他に優先すべきものが有るのか……、どちらだと思います?」
誰もが同じ答えを出すだろう、ルビンスキーは愚物ではない……。

レムシャイド伯が唸り声を上げた。そして俺に視線を向けた。
「ヴァレンシュタイン、かの亡命帝、マンフレート二世陛下が暗殺されし時、その背後にフェザーンがいると噂されたそうだがあれは事実という事か……」
「そういうことでしょうね」
俺と伯の会話に皆がざわめいた。ローゼンリッターだけじゃない、拘束されている帝国軍兵士も驚きの声を上げている。

「事実なのか、事実なのだな、ルビンスキー」
押し殺した低い声だ、怒りに沸騰しそうなほどに煮えたぎっている。しかしルビンスキーは動じなかった。無表情に正面を見ている。

「中継貿易の利を独占するためと噂されたが真実は帝国、そして同盟を共倒れさせるためか!」
レムシャイド伯は吐き捨てる様に言うと隣に座るルビンスキーを睨み据えた。視線で人を焼き殺せるならルビンスキーは焼死していただろう。それほど激しい視線だ。

「いや、レムシャイド伯、事態はもっと深刻だったと思いますよ、地球にとっては」
「深刻? どういう事だ、ヴァレンシュタイン。一体何が有ったのだ」
訝しそうな声だ、そして不安に溢れている。

喉が渇いた、ペットボトルから水を一口飲む。レムシャイド伯が俺を見ていた、ペットボトルをレムシャイド伯に差し出すと伯はちょっと戸惑った様子を見せたが受け取って一口、二口と水を飲んでから俺に返した。

お互い無言だ、会釈もなければ愛想も無い。それでも伯からは敵意のようなものは感じられなかった。今の彼にとって敵はルビンスキーであり、俺は三割くらいは味方だろう。

「マンフレート二世は亡命者でした。幼少時に暗殺者の手を逃れ自由惑星同盟で育った。彼の持つ価値観は帝国人よりも同盟人に近かったでしょう。或いは同盟人そのものだったかもしれない。当時の同盟の政治家達がマンフレート二世を帝国に送り返す事で和平を、帝国の国政改革を期待した事を考えるとそう判断せざるを得ません」

「……なるほど、それで」
レムシャイド伯が先を促す。気が付けば伯は身を乗り出していた。切迫感もあるのだろうが元々この手の歴史関係の話が好きなのかもしれない。

「もしマンフレート二世が国政改革を行ったとすればどのようなものであったか……。おそらく同盟をモデルにしたものであったでしょう。貴族達の専横を押さえ平民達の権利を保障し手厚く保護する。平民達の地位を向上させようとしたのではないかと思います」
「うむ」

「今現在、同盟政府が市民を鼓舞する際使う言葉として“暴虐なるゴールデンバウム王朝を撃て”という言葉が有ります。これはルドルフ大帝が社会秩序維持局を使って平民を弾圧した事を非難し、その政治が今も続いていると非難しているのです。そしてそのような帝国を撃つ事こそが銀河連邦の後継者である我々の使命だと言って市民の戦意をかきたてている」
「……」
レムシャイド伯が顔を顰めた。帝国貴族である伯にとっては聞き辛い事だろう。だがな、俺だってルドルフに大帝なんて付けてるんだ。少しは我慢しろ。

「もしマンフレート二世の国政改革が実施されればどうなったか……。平民達の権利が保障されその地位が向上されればどうなったか……」
問い掛けたわけではなかったがレムシャイド伯が答えた。
「なるほど、誹謗は出来なくなるな……。戦争をし辛くなるという事か」
その通りだ、戦争はし辛くなる。ルドルフ的な物が無くなれば何故戦うのかという疑問が出てくるだろう。

「改革が進めば進むほど戦争はし辛くなります。和平交渉が上手く行くかどうかは分かりません。しかし上手く行かなくても自然と休戦状態にはなったかもしれない」
「うむ」

喉が渇いたからペットボトルから水を一口飲んだ。レムシャイド伯が黙って手を出してくる。ペットボトルを渡すと無言で一口飲んでから返してきた。もう友達だな。でも有難うくらい言えよ。親しき仲にも礼儀有りだぞ。

「既に一度その例が有るのです」
「……そうか、晴眼帝の事だな」
「はい」
レムシャイド伯が唸っている。さっきまでは身を乗り出していたが今は両腕を組み背を反らして唸っている。なんか憎めない爺さんだな。

晴眼帝、マクシミリアン・ヨーゼフ二世の時代、帝国と同盟の間には戦争は無かった。帝国は国内の改革で、同盟は国力の伸長に手一杯で戦争をしている余裕が無かったのは確かだ。だが同盟は次のコルネリウス一世の時には帝国の軍事力に対抗できるだけの力は有る、そう政治家達が自信を持つだけの軍事力を持っていた。マクシミリアン・ヨーゼフ二世の晩年に何も出来ないほど無力だったとは思えない。では何故軍事行動を起こさなかったか……。

やはりマクシミリアン・ヨーゼフ二世が名君として帝国を統治していたことが大きいと思う。主戦論者が“暴君を斃せ”、“暴虐なる君主制専制政治を打倒しろ”と言っても同盟市民の多くは首を傾げただろう。“改革して帝国の政治が良い方向に向かっているのに何で?” 主戦論は多数派にはならなかったのだと思う。

「私はこう思うのですよ、レムシャイド伯」
「なんだ」
また身を乗り出してきた。
「同盟の政治家達がマンフレート二世に望んだのは和平よりも国内改革ではなかったかと」
「……休戦状態か……」
「はい」
レムシャイド伯が目を瞑ってウームと唸っている。面白い爺さんだ、ルビンスキーの事など眼中から無くなっている。

「同盟は和平は難しいと考えたのではないかと思うのですよ。帝国は対等の存在を認めない。和平を結ぼうとすれば必ず従属を求めてくると……」
「同盟はそれを嫌った……、卿はそう言うのだな」

「はい。無理に対等の和平を求めればマンフレート二世の立場を弱めかねない。同盟政府が名目だけの従属を選択しても市民は反発するだろうと考えた。つまり和平は長続きしない、であるならば休戦状態による共存を考えるべきではないか……」
またレムシャイド伯が唸った。いや伯だけじゃない、彼方此方で唸り声が上がっている。

「マンフレート二世が暗殺されなければ彼の後は息子が就いていたはずです。そうであれば改革も継続され休戦状態も続いた可能性が有る。国交は無いかもしれませんが共存は出来た。和平を結んだのと同じ状態でしょう」
「うむ」

議会民主制では主として選挙によって政権交代が起きる。選挙では当然だが相手の政策の不備をあげつらう事になる。となればその貶した政策を引き継ぐのはなかなか難しい。相手を貶して政権を取りながら実際の政策は貶した相手の政策を継承する。政権交代の意味は何だ? となるだろう。

一方君主制であれば失政が有れば暗殺される危険が有るというのは誰でも分かっている。死にたくなければ安全な実績のある政策を採るのが一番なのだ。父親が善政を布いていれば周囲には父の政治を受け継ぐと言えばよい、親孝行な息子だと周囲の好感を得ることも出来るだろう……。改革が成果を上げていればその政策が継続された可能性はかなり高い。

「地球にとっては最悪の状況でしょうね。帝国と同盟が戦争をすることなく共存し繁栄していく。フェザーンは中継貿易で繁栄する事は出来るかもしれないが地球が復権する可能性は低くなる。マンフレート二世が暗殺されたのは和平よりも改革が原因でしょう。地球はマクシミリアン・ヨーゼフ二世の時に有った休戦状態が来るのを恐れた……」
「……」

「マンフレート二世暗殺後、同盟は帝国との和平を諦め戦争を選択します。和平だけでなく休戦の可能性も無くなったことで戦争を選択するしかなかったのでしょう。つまり共倒れの道を歩み始める事になった……」
執務室の中に沈黙が落ちた。張りつめた静けさだ、痛いほどに部屋は緊張している。

「そうか、そういう事なのか、ルビンスキー」
押し殺した低い声だ、怒りに沸騰しそうなほどに煮えたぎっている。しかしルビンスキーは動じなかった。

「全て推測だ、何の証拠もない」
平然と言い切った。正面を向いたままレムシャイド伯を見ようともしない。見事なもんだ、ここまで来てふてぶてしさを取り戻したか。もっとも証拠が無い、というのはいただけないな。疑わしきは罰せずは刑事裁判の世界では通用するかもしれんが政治の世界、マキャベリズムの世界では通用しない。やられる前にやれが鉄則だ。間違っていたならその後で泣けば良い。

「そうですね、全て推測です」
「……」
ルビンスキーとレムシャイド伯が俺を見た。リンツ、ブルームハルトも俺を見ている。多分皆俺を見ているのだろう。折角だ、にっこりと笑みを浮かべてやった。

「アドリアン・ルビンスキー、もう少し私の推測に付き合ってもらいましょうか」
ルビンスキーの視線が動いた。動揺しているな、必死にそれを押し隠そうとしている。堪えられるかな、ルビンスキー。

「マンフレート二世の時代から四十年ほどさかのぼりますがマクシミリアン・ヨーゼフ帝の死後、コルネリアス一世が帝位に就きました。そして大親征が起きますが、この戦いで同盟軍は二度に亘って大敗北を喫しています。オーディンで宮中クーデターが発生しなければ宇宙はコルネリアス一世によって統一されていたでしょう。さて、このクーデター、偶然ですか?」
執務室がざわめきに満ちた。シェーンコップも愕然とした表情をしている。

「まさか、卿はあの宮中クーデターは地球の仕業だと言うのか?」
喘ぐような口調だった。レムシャイド伯の両手は硬く握られている。俺が微笑みかけると伯が怯えた様な表情をした。おいおい俺達は友達だろう、そんなに怯えるなよ、悲しいじゃないか。

「さあ、どうでしょう。しかしあの時期、地球は既にフェザーン回廊を発見していたはずです。そしてフェザーンを創設し同盟と帝国を共倒れさせるという方針も確立していた。自由惑星同盟が滅びていればフェザーン回廊など何の意味も無かった。当然ですがフェザーンも存在していない……」
「馬鹿な……、そんな事が……」

あのクーデターについては何も分かっていない。原作を読んでも宮中でクーデターが起きたとしか書いていない。この世界で調べても分からなかった。クーデターを起こした人間は皇帝コルネリアス一世の信頼が厚かったらしい。クーデターを起こしたためかなり悪く書かれているが有能であったことも分かる。

クーデターを起こした人間は皇帝の信頼厚い有能な重臣だった。当然ではある、皇帝が留守を任せるのだ、馬鹿や信頼できない奴に任せるはずが無い……、にも拘らず彼はクーデターを起こした。何故か……、その理由が分からない。

クーデター鎮圧後、皇帝コルネリアス一世は再親征を行わなかった。財政的、軍事的な余裕が無かったからだと言われている。だが本当にそうだろうか? 余裕が無かったのは二度も大敗を喫した同盟も同じだろう。むしろ損害の度合いは同盟の方が酷かったに違いない。

多少の無理は押しても再親征すべきだったと思う。同盟にもう一撃加えれば同盟の方から和を乞うてきた可能性も有ったはずだ。親征が出来なくても臣下に大軍を与え遠征させるべきだった。それが出来なかったのはやはり信頼する重臣の反乱が影響していたと思う。

皇帝コルネリアス一世は周りを信じられなくなっていたのだ。目の前で震えているレムシャイド伯同様怯えていたのだと思う。だから親征できなかった。臣下に巨大な兵権を預けるのも危険だと思った、だから同盟に対して止めを刺せなかった……。俺はそう推理している。そして百二十七年前にもそうなるだろうと推理した奴が地球に居たのかもしれない……。

「証拠は有りません。アドリアン・ルビンスキーの言う通りですよ、証拠は何もないんです。出鱈目だと言われても反論できない」
「……」
俺の言葉に皆の視線がルビンスキーに向かう。レムシャイド伯を除く皆が不審の目で見ていた、そして伯は両眼に憎悪を込めている。ルビンスキー、お前がどれほど無罪を叫んでも皆がお前を有罪だと言っている。日頃の行いの所為だ、反省するんだな。ペットボトルの水を一口飲んだ。これからだ。

「亡命して分かったのですがあの当時の事は今でも良くTVで放送されています。同盟は軍の再建が思うように進まずかなり苦労したようです。そんな時に地球はレオポルド・ラープを使って同盟政府と秘密裏に接触した、イゼルローン回廊以外にも使える回廊が有ると言って……」
「……」
ローゼンリッター、そしてサアヤが頷いている。彼らも俺と同じものを見たはずだ。俺の言う事に共感するところが有るのだろう。

「もし帝国が両回廊から攻め寄せてきたらどうなるか? 当時の同盟政府にとっては悪夢だったはずです。頭を抱える同盟の為政者に対してラープは中立国家フェザーンを創る事を提案した。地球の事は伏せ、あくまで利を追及する商人としてです。当時の同盟の為政者はそれに乗った。中立国家フェザーンを創ることで帝国の侵攻路をイゼルローン一本に絞る……」

「馬鹿な、そんな話が反乱軍ではあるのか」
反乱軍か……、何時もの呼び名が出たと言う訳か……。レムシャイド伯に視線を向けた。伯は震えていた、怒り、恐怖、怯え、その全てが混じっているに違いない。

「有りませんよ、有るはずが無い。もしこの事実が帝国に知られればフェザーンはあっという間に帝国によって滅ぼされました。そしてフェザーン回廊から帝国軍が押し寄せてきた……。同盟政府もレオポルド・ラープも必死になって接触した形跡を消したはずです」
「……」

震えているレムシャイド伯に笑いかけた。伯がまた怯えた様な表情をした。失礼な、今度は友達をリラックスさせてやろうと思ったのに。
「証拠は有りません、有るはずが無いんです。だから証拠が無い事が出鱈目だとは限らない、そうでしょう?」
そう言うと俺はルビンスキーに視線を向けた。にっこりと笑みを浮かべて……。



 
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