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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第八十一話 フェザーン謀略戦(その3)



宇宙暦 795年 9月16日    フェザーン  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



目の前で帝国軍兵士が手際よく拘束されていく。変態ナイフ愛好者同好会のメンバーは緊縛プレイ愛好者同好会のメンバーでもあった。奴らのアタッシュケースには拘束用の紐(特注だそうだ、人間に力ではまずちぎれない)が入っていたのだ。プライベートでも使っているのは間違いない。要するにこいつらは異常者、変態の集まりなのだ。ローゼンリッターが危険視され敬遠されるのも本当の原因はそれだろう。サアヤにも注意しておかないと……。

「レムシャイド伯、こちらにどうぞ」
俺はルビンスキーの隣の席を指し示した。しかし伯は蒼褪めたまま動こうとしない。多分自分がどんなふうに責められるか怯えているんだろう。安心して良い、俺はお前達貴族とは違う。他人を苛めて喜ぶような趣味は無い。ちょっと協力してもらいたいだけだ。仲良くしようと言っている。

「さあ、こちらへ。そこでは話も出来ない」
ぎこちなく伯爵が動き出した。そしてルビンスキーの隣に腰を下ろす。そう、それで良い。大丈夫、ただ話がしたいだけだ。

リンツ、ブルームハルトがルビンスキー、レムシャイド伯の後ろに立った。ルビンスキーは平然としているがレムシャイド伯は居心地が悪そうだ。そしてデア・デッケンが俺の後ろに立つ。俺の身を案じてだという事は分かっている。でもどうも後ろに立たれると落ち着かないんだよな。

こっちも準備をしよう。アタッシュケースを開くとレムシャイド伯が不安そうな表情を見せた。安心しろ、ペットボトルを取り出すだけだ。長くなるからな、喉が渇くだろう。取り出したペットボトルの口を切り、一口飲んでからテーブルの上に置いた。これで良い。

サアヤが少し立つ位置を変えた。録画し易い場所を選んだようだ。もっともサアヤが録画しているとはルビンスキーもレムシャイド伯も分からないだろう。サアヤが使用しているのは盗撮用の超小型ビデオだ。彼女の軍服の胸ポケットの部分にちょっと見には分からないように取り付けられている。サアヤが俺を見て軽く頷いた。OK、良い子だ、しっかり頼むぞ。

レムシャイド伯の視線が俺の右手に向かっている。なるほどゼッフル粒子の発生装置か、まあ気になるのが当たり前だな。発生装置をポケットに入れた。レムシャイド伯がほっとした表情を見せた。装置は既にゼッフル粒子の発生を止めている。ゼッフル粒子を出していた時間はそれほど長くはなかった。部屋の中は空調が効いている、時間がたてば危険は無くなるはずだ。

「さて、自治領主閣下。私からの提案なのですが独立しませんか?」
俺の問いかけにレムシャイド伯が厳しい視線を向けてきた。ルビンスキーは平然としている。御手並み拝見か? いいぞ、ルビンスキー。そのふてぶてしい可愛げのなさこそが黒狐の真骨頂だ。

「それは自由惑星同盟政府からの正式な提案なのかな」
黒狐が低く渋い声で問い掛けてきた。もっとも声に何処か面白がっている響きを感じたのは俺だけではないだろう。

「いいえ、私個人の提案ですよ。自治領主閣下」
「なるほど、では答える必要は……」
試す様な口調と視線だ。にっこり笑みを浮かべた。そして朗らかに答える。
「全然有りません」

ルビンスキーが俺を見る、俺も奴を見返した。一瞬間が有った後ルビンスキーが笑い出し俺も笑った。皆が呆れた様な表情をしている中、レムシャイド伯だけが白い眼で俺とルビンスキーを見ている。笑い終えるとルビンスキーがチラと横のレムシャイド伯を見た。

「答える必要は無いが伯爵閣下に変な誤解はされたくない。ヴァレンシュタイン中将、君の質問に答えよう」
俺は軽く一礼した。そんな俺をルビンスキーが満足そうに見ている。どっちが相手を思い通りに操っているのだろう。まるで狸と狐だな。となると俺は狸か……。

良いんじゃないか、狐より可愛いし、愛嬌も有る。それに化かし合いでは狸が勝っている。愛らしさ、実力、ともに狐より上だ……。必殺技は死んだふりか……、そこは今一つだな。

「帝国から独立しろとのことだが意味が無いな、今でもフェザーンは名目はともかく実質は独立国と言って良い」
ルビンスキーがチラっとレムシャイド伯を見た。目に皮肉な色が有る。さっきレムシャイド伯が言った“フェザーンは帝国の自治領”を意識しての言葉だな。後々この件で帝国から責められてもあの場はそう言うしかなかったとか言うつもりだろう。レムシャイド伯も忌々しそうな顔をしている。

「フェザーンは商人の国だ。商人は実を重んじ、意味のない名目などには興味が無い。今のままでフェザーンは十分に満足している。……せっかくここまで来てもらったのに君の期待には応えられない様だ。残念だな、ヴァレンシュタイン中将」

言葉とは裏腹に嬉しそうだな、ルビンスキー。主導権を取ったつもりか? もう少し残念そうな顔をしないと興醒めだな。お前の欠点は他者の上に立ちたがり過ぎる事だ、だから芝居が酷くなる。まあ良い、これからが勝負だ。ルビンスキーは楽しそうに俺を見ている。何時までそうしていられるかな、俺は笑みを浮かべた。

「自治領主閣下、私は独立してはどうかとは言いましたが帝国からとは一言も言っていませんよ」
ルビンスキーの表情が変わった。予想外の返答だったのだろう、笑みを消しこちらをじっと見ている。そしてレムシャイド伯を始め他の連中は訝しげな表情だ。

「帝国から独立しろと言って、“はい、分かりました”なんて貴方が答えると私が考えたと思うんですか、レムシャイド伯が居るこの場で。甘く見ないで欲しいですね」
「……」
あらあら、黒狐が黙り込んじゃったよ。妙な目で俺を見てるな、猜疑心全開だ。な~んか嫌な感じ~。思いっきり笑顔を作った。

「貴方はこう考えているのではありませんか? 私がここに来たのはフェザーンを同盟側に引き寄せるためではない、そうみせかけることによって国内に引っ込んだままの帝国軍を誘き寄せようとしているのだと」
「……」

ルビンスキーは無言、無表情だ。甘いよ、ルビンスキー。無言である事、無表情である事が感情を消すとは限らない。自信家のお前が感情を消した……、今のお前は主導権を取ることが出来ずに不安に駆られている。何かがおかしいと不安に駆られている。

そしてこちらの言う事を必死に考え、有り得ないと否定している……。残念だな、最初から主導権は俺に有るのだ。お前は俺の掌で踊っているだけだ、俺の望むように。あとはどれだけ上手に踊ってくれるかだ……。

「条件さえそろえばフェザーンは同盟に擦り寄るのは目に見えている。現時点で独立など持ちかける必要は無い。私の目的は帝国軍を振り回す為であってフェザーンの独立など本当はどうでも良い事なのだと……。そのためにレムシャイド伯に連絡を入れここに呼び寄せたのだと……。伯に猜疑心を植え付けるために……、如何です?」

「あの通信は卿の差し金だったのか……」
呻くようにレムシャイド伯が呟いた。恨みがましい目をしている。少し慰めてやるか。

「ええ、そうです。エーリッヒ・ヴァレンシュタインが同盟政府の命令で密かに自治領主と接触している。目立つことを避けるため少人数で来ている。今すぐ自治領主府に行けばヴァレンシュタインの身柄を抑え、ルビンスキーの背信を咎め帝国の威を示すことが出来るだろう。ヴァレンシュタインはヴィオラ大佐の名前で面会をしている、急がれたし……。発信者は亡命者の専横を憎む者、確かそんな通信だったはずです、そうでは有りませんか?」
「……」

「功を焦りましたね。こちらの不意を突けると思い、碌に準備もせずにここに来た」
レムシャイド伯が顔を歪めている。慰めにならなかったな、かえって傷つけてしまったか……。でも今度は大丈夫だ。
「私と自治領主閣下、そしてレムシャイド伯の三人で話す必要が有りました。ですがお話ししましょうと誘っても断られると思ったので……」

吹き出す音が聞こえた。シェーンコップが笑っている、彼だけじゃないルビンスキーを除く皆が笑っていた。リンツ、ブルームハルトもそうだが、俺の後ろでも笑い声が聞こえる。デア・デッケン、お前もか……。

俺がせっかく伯爵を慰めようと努力しているのにお前らはそれを笑うのか! レムシャイド伯を見ろ、傷付いているだろう! この根性悪のロクデナシども! サアヤ、お前も根性悪の仲間入りか? 嫁に行けなくなるぞ。

「話を戻しましょう」
俺が咳払いをして言うと皆が笑うのを止めた。そうだ、お前ら笑うのを止めろ。俺は真面目な話をしているのだ。ペットボトルの水を一口飲んだ。温くなっていたが美味かった。

「帝国に疑いを抱かせる、それだけが目的なら私がここに来る必要は無いんです。やりようはいくらでも有る。そうでは有りませんか」
「……」
また無言か、ルビンスキー。シェーンコップ達も顔を見合わせている。黒狐よ、狸の攻撃を受けるが良い。俺はにっこりとルビンスキーに微笑みかけた。

「もう一度言いましょうか、独立しませんか、自治領主閣下。貴方にはこの言葉の意味が分かるはずだ」
「……」
ルビンスキーの顔が強張った。レムシャイド伯が俺と黒狐の顔を交互に見ている。

「地球から独立しないかと言っています」
俺の言葉に執務室がざわめいた。
「馬鹿な、何を言っているのだ!」
ルビンスキーがざわめきを打ち消すように声を出した。だが皆がルビンスキーを訝しそうに見ている。

残念だな、それはお前の声じゃないんだよ。お前に会った人間なら誰もがお前の声を意識に刻み込むだろう。自信と傲岸さ、ふてぶてしさに溢れた声だ。今のお前の声は大きな声では有った。だが自信も傲岸さも無かった、ふてぶてしさもな……。

「隠しても無駄ですよ。私は全てを知っているんです。前回の戦いで私が言った言葉を知っているでしょう」
「……」
俺の言葉にルビンスキーの視線が泳いだ。微かに“馬鹿な”と呟く。俺がクスッと笑うとギョッとしたような視線を向けてきた。可笑しかった、今度は笑い声が出た。

「“世の中には不思議な事がたくさんあるのですよ。知らないはずの事を知っている人間がいる。私もその一人です”。それは帝国の事だけじゃ有りません、私はフェザーンの事も知っています」
「馬鹿な、何を言っているのだ……」
語尾が弱い、どうした、ルビンスキー。

「貴方はフェザーンの支配者などではない。雇われマダムですらない、精々主人の留守を守る有能な奴隷、そんなところです。貴方自身それを分かっているはずだ」
「……」

ルビンスキーの顔が朱に染まった。色黒の男が顔を朱に染めると屈辱感がより強調されるな。自分では分かっていても普段はそれを押し殺していたのだろう。自分こそがフェザーンの支配者だと自負してきた。それが虚飾に過ぎないと俺に指摘された……。屈辱だろうな、ルビンスキー。

「一体何の話だ、ヴァレンシュタイン」
レムシャイド伯が問いかけてきた。混乱しているな。しきりに俺とルビンスキーの顔を見ている。伯だけじゃない、皆が混乱していた。

「簡単な話ですよ、レムシャイド伯。フェザーンの真の支配者は地球なんです。そしてその地球を支配するのが地球教の総大主教。自治領主閣下はその奴隷にしか過ぎない。そう言っています」
黒狐の顔が更に朱に染まった。そして身体が強張っている。

皆が困惑した表情をしている。ルビンスキーの様子から嘘ではないのだろうと思っているのだろうが、今一つピンと来ないのだろう。ま、そうだろうな、地球など過去の遺物だ。それがフェザーンの支配者? まるで幽霊でも見た気分だろう。

「皆、説明を求めているようです。どうします、貴方が説明しますか、アドリアン・ルビンスキー」
俺は敢えて名前を呼んだ、お前など自治領主の名に値しない、そういう事だ。その意味が分かったのだろう。ルビンスキーの顔が屈辱に歪んだ、身体が微かに震えている。もうひと押しだな。

「その状態では説明は無理ですね、良いでしょう、私が説明しましょう」
俺はわざと肩を竦めた。その瞬間、ルビンスキーが掴みかかってきた。リンツが抑える前に、デア・デッケンが防ぐ前に、俺の拳がルビンスキーの鼻に炸裂した。

痛みに怯んだルビンスキーをリンツがソファーに押さえつけた。ブルームハルトがレムシャイド伯の肩に手をかける。騒ぎに便乗させない、そういう事だろう。残念だったな、ルビンスキー。何のためにお前を挑発し続けたと思っている。暴発させるためだ。今の姿はサアヤがしっかりと録画した。お前が地球の傀儡であることの何よりの証拠だ。俺はこれが欲しかったんだ。ルビンスキー、所詮お前は狐だ、狸の敵じゃない。

ルビンスキーが鼻から血を出している。レムシャイド伯が信じられない物を見たように首を横に振った。リンツ、ブルームハルトも困惑を隠さない。二人の上司は面白そうな表情をしていた……。なんでだ?

「ヴァレンシュタイン、地球がフェザーンの真の支配者とはどういう事だ。説明してくれ」
レムシャイド伯が困惑を隠さずに問いかけてきた。さっきまでの屈辱など吹っ飛んでしまったようだ。悔しそうなそぶりは毛ほども見えない。

「地球は人類発祥の星でした。しかしその傲慢さが憎まれシリウス戦役によって完膚なきまでに叩き潰されました。それにより政治的、経済的に実力も潜在力も喪失した……。銀河連邦が成立する百年ほど前の事です」
「……」

「銀河連邦も、その後地球を支配下に置いた銀河帝国も地球には何の関心も抱かなかった。地球に住む人間達が地球こそ人類発祥の地であり敬意を払われるべき存在、いや人類の中心であるべきだと思っても銀河の支配者達は全く関心を持たなかった。彼らにとって地球は資源を使い果たし人口も少なく何の価値もない老廃国家でしかなかった……」

レムシャイド伯に視線を向けた。ここまでは良いか、そんなつもりだったが伯も同じ想いだったのだろう。俺に視線を当てたままゆっくりと頷いた。俺も伯に頷き返した。ルビンスキーは顔を顰めて俺を見ている。リンツが肩に手をかけている。指が肩に食い込んでいた。

「当然ですが彼らはその事を恨んだでしょう。そして地球の復権を考えた。そんな地球にとって一つの転機が訪れます。宇宙暦六百四十年、帝国歴三百十一年に起きたダゴン星域の会戦です。それまで人類社会は帝国の下に一つだと思われていました。しかし自由惑星同盟が存在する事が分かり、人類社会は二つに分かれている事が分かったのです。地球は自由惑星同盟を利用して地球の復権を図ろうとした」

レムシャイド伯は俺が自由惑星同盟の名称を使っても何も言わなかった。本当なら“反乱軍と呼べ”とか叱責が来るところなんだがどうやらそんな余裕は無いらしい。しきりに“ウム”とか相槌を打っている。

「ダゴン星域の会戦後、自由惑星同盟は国力の上昇に努めました。一方帝国は深刻な混乱期を迎えます」
「暗赤色の六年間か……」
レムシャイド伯が悲痛な声を出す。 暗赤色の六年間……、陰謀、暗殺、疑獄事件。あの時帝国は崩壊しかかっていた、マクシミリアン・ヨーゼフが登場しなければ帝国は解体していただろう。

「マクシミリアン・ヨーゼフ帝によって帝国は立て直されますが、彼は外征を行ないませんでした。簡単に同盟を征服できるとは思わなかったのでしょう」
「距離の暴虐だな」

距離の暴虐、レムシャイド伯の言った言葉はマクシミリアン・ヨーゼフ帝に仕えた司法尚書ミュンツァーの言葉だ。彼は自由惑星同盟が帝国本土から遠く離れている事が帝国軍の兵站や連絡、将兵の士気の維持を難しくさせると皇帝に説いた。実際彼の言うとおりだろう、戦争は未だにだらだらと続いている。

「帝国が外征を行なうのは次のコルネリアス帝になってからです。地球はこの時期に自由惑星同盟と独自に接触しようと航路を探索した……」
「そしてフェザーン回廊を見つけた……」
呻くような口調だ。そしてレムシャイド伯は俺を見て“続けよ”と急き立てた。命令口調なのは気に入らないが真剣に捉えてはいる。

「そうです。そして彼らは考えた。フェザーンに中立の通商国家を造り富を集める。その一方で同盟と帝国を相争わせ共倒れさせる。その後はフェザーンの富を利用して地球の復権を遂げると」
今度こそレムシャイド伯の呻き声が聞こえた……。


 
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