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タンホイザー

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第二幕その二


第二幕その二

「その私が貴女の御姿をここで見ようとは」
「ではどうしてここに」
 エリザベートはまた彼に問うた。
「ここに戻って来られたのですか」
「奇蹟です」
 半ば恍惚したうえでの言葉であった。
「これはまさに」
「奇蹟ですか」
「そうです。それにより私はここに」
「では私は」
 エリザベートの恍惚はタンホイザーより深いものであった。その恍惚の中で語る。
「私はこの奇蹟を心の底より讃えます」
「讃えられるのですね」
「そうです。まるで夢の中にいるよう」
 それは恍惚となっているその顔にも出ていた。
「無力に奇蹟の力に身を委ねて自分でもわかりません」
「では貴女は」
「今は貴方の、貴方達の」
 まずタンホイザーを、次にヴォルフラム達を見て述べる。
「貴方達の歌や賛美こそ優美な芸術。ですが貴方のそれは」
「私のそれは」
「私の胸に不思議な生命を呼び起こすのです」
 これはタンホイザーにのみかけられた言葉であった。
「知らざれし情感と欲求。痛みの如く身体を震わし激しい歓楽におののく。その貴方が消えてしまった時から私の時は止まってしまっていました。何を聴こうとも心が動くことなく」
 本心の言葉であった。
「夢の中では鈍い苦痛を感じ目覚めれば激しい妄想。喜びは消えていました」
「姫」
 そのエリザベートに申し訳なさそうに、だが毅然として語る。
「貴女は愛の神を讃えられるべきです」
「愛の神を」
「そう、愛の神を」
 何故かヴェーヌスと言いはしない。
「彼女が私をこちらに連れて来たのですが」
「愛の神がなのですね」
「そうです。愛の神が」
「では讃えましょう」
 エリザベートもまたタンホイザーのその言葉を受けるのであった。
「かくも優しき知らせを貴方のもとからもたらした愛の神を」
「そうです、讃えましょう」
「そして今この時もその神の力も」
 エリザベートの感謝はそちらにも向けらるのだった。
「貴方の口より伝えられたその力も」
「讃えましょう」
 二人は恍惚とした顔で言い合うのだった。ヴォルフラム達はそれを見て微笑むだけだった。微かに寂しさが宿ったその微笑みで。
「これでいいのだな」
「うむ」
「それでは我々はこれで」
「去るとするか」
「そうしよう」
 五人は静かに去った。やがてタンホイザーも歌合戦の話を従者から聞きエリザベートの前から退いた。一人になったエリザベートのところに今度はへルマンがやって来た。
「叔父様」
「我が姪よ。ここにいるとは珍しいな」
 エリザベートの顔を見て彼女に言うのだった。
「何かが変わったのだな。やはり」
「はい」
 叔父の言葉にこくりと頷くのであった。
「その通りです」
「ここに入ることを長い間拒んでいたというのに」
 窓の向こうから声が聴こえてきた。小鳥達の歌声だった。
「我々が今行おうとしている歌の祭典に誘われたのか」
「それは」
「そなたの心を私に打ち明けることができるようになったか」
「それはまだです」
 俯いて叔父に答えるエリザベートであった。
「申し訳ないですが」
「ならよい」
 ヘルマンは姪のそのことを許した。
 
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