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タンホイザー

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第一幕その六


第一幕その六

「それとも戦いか」
「友として来たのか。それとも」
 ヴァルターもビテロルフと同じことを彼に問う。
「敵か」
「タンホイザー、我々はここにいる」
 ラインマルの問いは敵か味方ではなかった。
「そして君もここにいる」
「どちらなのだ、君は」
 ハインリヒは彼に返答を求める。
「味方か。それとも敵か」
「いや、待て」
 しかしここでヴォルフラムが仲間達に告げた。
「彼の素振り、これが高慢の素振りか」
「敵の?」
「そうだ、敵ではない」
 一同に告げてからまたタンホイザーに顔を向けて言う。彼はタンホイザーに問うてはいなかった。
「大胆な歌手よ、よく戻って来た。我々の中に君の席だけが空いたままだった」
「そうだ、平和の心があるならば」
「タンホイザー、我々は君を歓迎しよう」
「友人として」
「だから。ここに帰って来るのだ」
「タンホイザーよ」
 騎士達に続いてヘルマンも彼に声をかける。
「私も卿を歓迎する。だが」
「だが?」
「卿は何処にいたのだ」
 彼が問うのはそのことだった。
「何処にいたのだ、一体」
「遠い世界を」
 何故かこう答えるのだった。
「遠い世界で。私はそこに安らぎを見出せなかった」
「休息を得られなかった?」
「それは一体」
「それは聞かないでくれ。だが私は君達と戦う為に来たのではない」
「では我々のところに帰って来るのだな」
「違うのか」
「いや、違う」
 首を横に振って彼等に答える。
「私は行かなければならない。ここにはいられないのだ」
「いや、それは駄目だ」
 ヘルマンは強い声で彼を呼び止めた。
「ここに留まるのだ。戻るのだ」
「そうだ、ここに留まるのだ」
「我々の仲間として」
「だが私は」
「いや、駄目だ」
 タンホイザーは彼等を振り切ろうとするがそれはヘルマンと騎士達によって止められる。しかしタンホイザーの決意は固かった。
「私は。ここにいてはならないのだ」
「何故だ、何故それ程まで拒む」
「ならばどうしてここに戻って来たのだ」
「私はただ前に行くだけ」
 ローマの方を見て呟く。
「ただそれだけだ。振り返ることは許されない」
「友よ」
 その彼にヴォルフラムが一際強い声で彼を呼んだ。
「待っているのは我々だけではない」
「では誰が」
「エリザベート姫が」
 彼は言った。
「姫が待っておられるのだ」
「エリザベートが」
「そう、姫がだ」
 またエリザベートという名を出すタンホイザーだった。
「姫が待っておられる。君のことを」
「エリザベート」
 彼はその名をまた呟いた。
「姫が待っているのか」
「そうだ、姫もまた君のことを待っておられるのだ」
 そしてまた言うのであった。
「君は大胆な歌い方で我々に挑戦しある時は君が勝ちある時は我々が勝った」
「どれも素晴らしい勝負だった」
「よき思い出だ」
「しかし栄冠は君だけが得た。いつも君だけだった」
 騎士達も言いヴォルフラムもさらに言葉を続ける。
「君の魔力と純粋さが混ざり合った歓喜と苦痛に満ちた歌は貞節な乙女の心すら虜にしてしまい君が去った後秘めの心は最早歌を聴こうとはしなかった」
「歌をか」
「そうだ。蒼ざめた姫の御心は君の歌だけを欲していたのだ。だから友よ」
 タンホイザーを見て語る。
「姫の為に戻るのだ。彼女の星がまた新たに我々を照らすように」
「そうだ、タンホイザーよ」
「戻るのだ」
 騎士達もヴォルフラムと共に彼を呼ぶ。
「戻れ、ここに」
「帰って来るのだ」
「友人として」
「あの殿堂に」
「争いも不和も終わったのだ」
 ヘルマンが厳かに彼に告げる。
「だからこそ。戻るのだ」
「私は。あの殿堂にいていいのか」
「そうだ、戻るのだ」
 ヘルマンもまた強い声で彼を呼んだ。
「この世界へ」
「エリザベート」
 彼はまたエリザベートという名を呟いた。
「私が去った世界。この美しい世界にまた私は」
「帰って来た、緑の騎士が」
「素晴らしい騎士が」
「天は私を見下ろし草原は豊かに飾られている。春の限りない優しい響きは歓喜をあげて私の中に入っていく」 
 エリザベートを想いつつ歌う。
「甘美に、そして激しく私のこの心は彼女の下へ」
「彼の不遜を砕いた優しき心を讃えよう」
 ヘルマンと騎士達も歌う。
「さあ我等の歌を人々の耳に響かせよ。陽気に生気ある響きとなって全ての者の胸から歌われるのだ」
 ヘルマンが角笛を吹くと森全体からそれに応える角笛の声が返って来た。タンホイザーは今森と殿堂に帰って来たのだった。かつて彼が去ったその世界に。
 
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