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タンホイザー

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第一幕その二


第一幕その二

「貴女の愛からほとぼしり出た甘美な喜悦が私の曇りなき完備の叫びと混ざり合う。私の喜びや歓楽を楽しむ心はそれにより満たされた」
「そえれこそがヴェーヌスの加護」
 ヴェーヌスは告げた。
「だからこそ私は貴方を」
「貴女はかつて神々に与えたものを私に下された。しかし人である私にはその愛はあまりにも大きい。私は人間であるから」
「人だから何だというのです?」
「人は神ではない」
 彼は唄う。
「私は変化を望む人間だ。歓楽だけを求めない」
「では何を求めるというのですか?」
「苦痛を」
 何故かこの言葉が出されたのだった。
「苦痛も求めるのだ。喜びの中から」
「愚かな。苦痛を求めるなどと」
「だからこそ愛の女神よ」
 歌は他ならぬヴェーヌスに向けられたものであった。
「行かせて欲しいのだ、もう」
「何という歌」
 歌を聴き終えたヴェーヌスは不快感を露わにさせていた。
「その様な歌を私に聴かせるなんて」
「しかし」
「くぐもった不愉快な歌」
 彼女にはこう聴こえるのだった。
「貴方の歓喜は何処に行ったのか。私の愛が緩んでしまったのか」
「それはない」
「なら何故」
 タンホイザーに対して問う。
「貴方はこうも嘆くのですか」
「貴女の愛には心より感謝している」
 タンホイザーはまた竪琴を手にして唄う。
「貴女の愛は讃えられるもの、その傍らに留まることこそ永遠の降伏」
「ならば何故」
「しかし私は人間に過ぎない」
 言う言葉はまたこれであった。
「神が身の情熱と奇跡、薔薇色の香りより」」
「それよりも」
「空の澄んだ青に牧場の新鮮な緑、小鳥の愛らしい歌を愛したいのだ。あの鐘の懐かしい親しい響きを。私は今愛してやまないのだ」
「不実なこと」
 ヴェーヌスは今度は言い捨てた。タンホイザーを見据えて。
「私の愛を嘲り拒もうとするのか」
「それは違う」
 タンホイザーはそれは否定する。
「だが。私はそれでも」
「違うというのですか?」
「違う」
 タンホイザーはそれは確かに言う。
「決して。その様なことは」
「私の愛に飽きたとでも」
 ヴェーヌスが次に思ったのはこのことだった。
「愛の女神である私の」
「愛の女神の愛は飽きることがない」
 タンホイザーはそれもまた否定する。
「それもまた断じて」
「ならば一体」
「何度も言う。私は人間だ」
 これはどうしても変えられないものだった。どうしても。
「だからこそもう」
「裏切り者」
 ヴェーヌスの言葉が剣になっていた。
「そうして私の下から去るのですね」
「貴女の愛は大きい。しかし人である私には」
「行ってはなりません」
 剣がさらに鋭いものになった。
「何があろうとも」
「だが私は」
「さあ、御覧なさい」
 ヴェーヌスはここで泉の奥を指差した。淡い赤に覆われた青い世界を。そこには限りない愛欲と歓楽の世界が広がっていた。
「あの世界を」
「愛欲の世界」
「そうです」 
 ヴェーヌスの言葉から剣ではなく愛が出て来ていた。
 
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