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タンホイザー

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第三幕その二


第三幕その二

「どうぞ私を慈悲深くお召し下さい。私が貴女の下僕として検挙に近付けますように。貴女の恵みに満ちた恩愛により彼の罪の為祈ることができますように」
 最後にこう告げて深い祈りに入る。それが終わってから立ち上がった時にゆっくりと騎士達が彼女に歩み寄るのだった。
「姫」
「貴方達もここに」
「はい」
 厳かな声で彼女に答える。
「我々もまた」
「共に」
「祈って頂けるのですか?」
「宜しければ」
 その厳かな声でまた述べるのだった。
「どうかここで」
「我々も」
「私は」
 だがエリザベートはここで穏やかに顔を下に向けた。そうして静かに首を横に振るのだった。静かだがそれでも確かな動きであった。
「後はマリア様の御前で」
「左様ですか」
「申し訳ありません」
 こう述べてまた頭を垂れるのであった。
「私はこれで」
「わかりました」
「それでは」
 騎士達は彼女の言葉を受けて静かに身を止まらせた。エリザベートは静かに去りその白い姿を谷から消した。谷の中を夕闇が包み込み空には星が見えようとしている。騎士達はその中の一つの星を見ていた。
「死の予感がする」 
 ヴォルフラムが歌いはじめた。
「それが夕闇となり大地を多い黒き衣で谷を被せる」
「この谷を」
「かの嘲弄を貪る魂は夜闇と恐怖を恐れている。その時御前は現われる」
 今ヴォルフラムはその星を見ていた。夕星を。
「御前の柔らかな光は遠くより送られその輝きは夜の薄闇を照らし森からの道を優しく示す。ああ、我が優しの夕星よ」
 夕星は静かに優しい光をヴォルフラム、そして騎士達に見せて輝きを与えている。ヴォルフラムはその輝きを見つつさらに歌っていく。
「私は御前にいつも快く挨拶を送った。あの方が御前の下を通る時彼を裏切らぬ心で挨拶を送ってくれ。あの方が天使となるべく。あの方が地上の谷より姿を消すまで」
「夕星よ」
 騎士達もヴォルフラムに続いて言う。
「どうかその日まで」
「あの方を導いてくれ」
 五人で祈るのであった。この祈りが終わったその時に。遠くからぼろを纏い杖を頼りに歩く男が見えてきた。遠目でよくはわからないがあちこちが破れてしまったマントを羽織っているのがわかる。
「あれは一体」
「巡礼の者か」
「おそらくはな」
 それに遅れて来た者かと思い声をかけるのであった。
「誰か」
「寂しく還る貴方は誰か」
「私が誰かか」
 その巡礼者から声を返って来た。
「私は君達をよく知っているが」
「その声は」
「まさか」
「そう、私は」
 声の主は静かに答えてきた。
「タンホイザー。戻って来たのか」
「ここに」
「罪は償ったのか?」
「それは」
 彼は騎士達の問いに項垂れるだけであった。
「どうしてここに」
「安心してくれ」
 ヴォルフラムに対して答えてきた。
「私は君達を捜しているのではないのだ」
「違うというのか」
「そう、私が捜しているのは」
 顔を見上げて言うのだった。
 
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