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エルザの不安

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第四章

「結構以上にね」
「私もね。エルザみたいに純粋ではないわ」
「ローエングリンは不思議な作品だよ、主人公が二人共ね」
「純粋よね」
「そう、そしてこの世のことを知らない」
 まさにそうだ、ローエングリンもエルザもだ。
「思えば二人共そういうのを知っていったんじゃないかな」
「作品の世界の中で」
「この世は純粋なばかりじゃないからね」
「不安や苦しみもあるのね」
「そう、エルザは不安を知ってローエングリンは苦しみを知った」
 ローエングリンの結末は名前を聞いたエルザにローエングリンが応じる、それが別れの証となってしまい。
 ローエングリンは項垂れてブラバントを去る、エルザは別れの嘆きでこと切れてしまう。その悲しい結末もまた、だった。
「悲しみもね」
「そうね、そうなるわね」
「傍にいる人を知りたいということ、即ち」
「愛ね」
「エルザは愛も知ったけれどね」
 それ自体はいい、だがそれでもだった。
「愛もまた純粋なばかりでないから」
「不安もあるわね」
「苦しみもね。ローエングリンも愛を知ったんだよ」
 聖杯の城モンサルヴァートからエルザを救いに来てそれでだというのだ。
「実際あのままオルトルートがいなくても」
「それでもエルザは聞いたわね」
「愛する人を知りたいと思うからね、そして」
「ローエングリンもかしら」
「彼もまた、最初は隠していたけれど」
 だがそれでもだというのだ。
「エルザを愛していたから」
「愛する人には」
 イエルザレムもローエングリンになりきっていた、それならだった。
 彼は真剣な顔になりそれで言ったのだった。
「自分を知ってもらいたいからね」
「だから隠しごとはなのね」
「そう、出来ないんだよ」
「そうね、じゃああのままいけばローエングリンも」
「言っていたと思うよ」
 己の名前、それをだというのだ。
「エルザを愛していたからね」
「知ることが出来ない不安、言うことが出来ない苦しみ」
「ローエングリンにはそれがあるんじゃないかな」
「じゃあ貴方は今苦しいのかしら」
「苦しいよ」
 実際にそうだと答える。
「舞台にいると」
「そうね、ローエングリンは綺麗で格好いい世界だと思っていたけれど」
 ポップもここで言った。
「違うのね」
「うん、不安と苦しみの作品だね」
「この不安は消えないのね」
「苦しみもね」
「辛いわね。けれど」
「けれどだね」
「私達はこの作品を演じていくわ」
 そうしたといったのだった、そのうえで。
 ポップは舞台で稽古をしていった、イエルザレムもまた。
 二人で演じそしてだった。
 イエルザレムも演じた、その中で。
 二人の不安と苦しみは続いた。それは次第に舞台から離れてもそうなってきていた。
 エルザとして普段からいる様になった、そしてマネージャーに対してこう言ったのである。
「これまで色々な作品に出て色々な役を歌ってきたけれど」
「エルザは特別なんだね」
「最初は綺麗なお姫様だと思っていたけれど」
 それだけだと思っていたのだ、お姫様だから憧れていた。
 だが実際はどうか、麗しい白銀の騎士とのロマンスの筈が。
「こんなに不安になるなんて」
「思いも寄らなかったね」
「ええ」
 それはとてもだというのだ。
「今本当に不安よ」
「イエルザレムさんも苦しいっていつも言ってるしね」
「ローエングリンは本当にそうした作品なのね」
「あのルートヴィヒ二世もヒトラーも愛していたけれど」
 この二人はワグネリアンとして有名だがとりわけこのローエングリンが好きだったのである、このことはワグネリアンの中でも有名だ。 
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