| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

エルザの不安

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第五章

「それでもね」
「この不安に気付いていたのかしら」
「苦しみもね」
「それはどうなのかしら」
「知っていたかも知れないね」
 ルードヴィヒ二世もヒトラーも暗愚ではなかった、むしろかなりの知性を持っていたと言っていい。その彼等がだというのだ。
「あの人達もね」
「そうよね」
「けれどね」
 それでもだというのだ。
「君は今実際だから」
「エルザで」
「そしてあの人はローエングリンだから」
 その作品の中にいるからだというのだ。
「実際にね。そこは違うね」
「そうなるわね」
「エルザそのものだと」
 舞台、作品の世界の中に入っている、それならばだというのだ。
「不安を感じるね」
「私がエルザになっているから」
「そう、エルザならその不安と常に共にいなければならないんだね」
「ローエングリンが苦しみと一緒にいることと同じで」
「そうなるんだと思うよ」
 マネージャーはポップに話す。
「作品の中にいるから」
「そういうことね、それじゃあね」
 ポップはマネージャーと話しているうちに顔を上げた、そしてだった。
 ポップもイエルザレムもさらに舞台に打ち込んでいった、その中で。
 イエルザレムはポップと共に食事も摂る様になった、そこで彼はメインディッシュの羊のステーキを食べながら言った。
「ローエングリンは悲しい結末だね」
「ええ、それはね」
「そうした作品だね、けれどね」
「ハッピーエンドにするという考えや意見もあったのね」
「ワーグナーも友人達に言われて迷ったらしいけれど」
「それでも最後はあの結末に決めたらしいわね」
「若しハッピーエンドなら」
 イエルザレムは羊のステーキをフォークとナイフで切りながらポップに話す。
「二人共苦しんだり不安になったりしてもね」
「救われたわよね」
「そうなったね、結末がよければ」
 それならばだというのだ、白い店のシャングリラや壁のキャンドルを模した灯りから出る黄金の光の中で。
「そうなったね。けれど」
「不思議ね、あの結末でなければ」
「ローエングリンでない気もするね」
「それはどうしてかしら」
「ロマンかな」
 ワーグナーはロマン派に属する音楽家だ、そしてローエングリンはロマン派の作品の代表の一つとさrている。
 そのロマン、それがだというのだ。
「不安と苦しみもまたね」
「ロマンを形成するものだからなのね」
「だからかな。ハッピーエンドのローエングリンもよさそうだけれど」
「今の私達のいるローエングリンは」
「うん、悲しい結末であるべきなのかもね」
 こう言うのだった。
「僕達のいるローエングリンの世界はね」
「私達のいるローエングリンの世界は」
「もうすぐ本番がはじまるよ」
 衣装を着てのリハーサルに入っている、本当に間も無くである。
「最高の舞台にしようね」
「不安と苦しみの中でね」
 悲しい結末に至るそのロマンをだと、ポップも言った。
 二人だけではなくベルンシュタットもだった。
 彼は指揮棒を振る合間にこう言っていた。
「ローエングリンは悲しい作品だよ、不安で苦しい作品だよ」
 彼もわかっていた、このことが。
「そして悲しい作品だからこそ」
「それ故にですか?」
「ローエングリンは」
「素晴らしいんだ、私は最高の悲しみを表したいんだ」
 こうインタヴューで答えるのだった。
「これまでにないね」
「そうですか、最高のローエングリンですか」
「最高の悲しみの作品を」
「最高の不安と苦しみ、そして悲しみ」
 もう一つの要素、悲しみが加わりさらにだった。
「そこから表される最高のロマンと美を出してみせるよ」
「音楽、そして舞台で」
「両方で、ですね」
 インタヴューをする記者達も彼の言葉を聞いた、そしてだった。
 遂に舞台がはじまった、エルザになっているポップははじめjは希望を歌った。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧