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ドラゴンクエストⅢ 勇者ではないアーベルの冒険

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第2話 そして、決意へ・・・

俺の回想が終わる頃には、そばで寝ていた女性が俺に声をかける。
「アーベル、大丈夫」
「うん。ごめんなさい」
「わかったわ。だから、おかあさんの言うことを聞くのよ」
「うん。ごめんなさい」
「アーベル」
そういって、女性は俺を抱きしめる。
「!」

最近、女性から抱きしめられた経験が無い俺は、顔が赤くなる。
「どうしたの?」
俺の様子の変化に気付いた女性は、俺の顔を心配そうに見つめる。
この女性はかなりの美人だ。そう思うと、顔から火が出るような感じになった。

「熱があるようね」
そう言うと、彼女は俺を再び寝かせつける。
「今日は、一日寝ていなさい」
「はい、おかあさん」

両親のいない俺は、言い慣れない呼び方で女性を呼ぶと、おとなしく寝ることにした。
寝れば、元の世界に戻れると、少し期待して。

残念ながら、元の世界に戻ることは出来なかったが、俺はこの世界がドラクエの世界ではないかと、予想した。
「ラリホーなら、ドラクエだよな」
とはいえ、確認する必要がある。

「アリアハンにようこそ」
「ああ、ドラクエ3か」

町の入り口で、旅人に挨拶をする女性の声を聞いて確信した。
一応ドラクエシリーズは、すべてクリアーしているので理解出来るつもりだったが、マイナーな町の名前だったら、覚えていないという不安もあった。
ダーマなら、複数の作品に登場しているため、逆に特定に苦労しただろう。

一方で、アリアハンであることで安心した。
もしテドンの村だったら、確実に死亡フラグが立つ。

安心したところで、今後の人生を考える必要がある。
まずは、文字を覚える必要があるな。
「おかあさん、文字を教えて」
「熱心ねアーベル。いいわよ」
「ありがとう、おかあさん」
そういって、文字を教えてもらう。

どうやら、日本語のひらがなと同じ要領で覚えればいいようだ。
若さのせいか、記憶力も良くなったようだし。
ひとつきもすれば、簡単な本は読めるだろう。



「アーベル。どうしたの?」
文字を教えてもらう練習を毎日2週間続けている俺に、母親は違和感を抱いたようだ。
ちなみに、母親の名前はソフィアで、かつて魔法使いとして冒険をしていたが、アリアハンで王宮戦士見習いだった父ロイズに一目惚れし、結婚したそうだ。

母親の魔法使いとしての才能はすごいらしく、たまに王宮に顔を出しては、魔法の研究をしているらしい。
ちなみに、洞窟内で明かりを照らす魔法技術は彼女が開発した。
その技術のおかげで、松明や魔法を使わずに冒険をすることができるようになったそうだ。

魔法使いとしてのカンというよりは、母親のカンとして息子の違和感を言葉にしたソフィアは、溺れたときのことを指摘した。
「アーベル。溺れたときに、気をつけなさいといったけど、外に出て遊んでもいいのよ」
「でも、おかあさんに教えてもらいたいし」
「まあ、アーベルったら」
ソフィアはまんざらではない様子で返事をしたが、急にまじめな顔になって、しっかりと俺の前を向いて話し出す。
「無理をしなくてもいいのよ。アーベルはアーベルのままで良いのだから」
「!」

俺が転生したことを知っているのか。
それでも俺は、ソフィアの真剣なまなざしをそらすことをしなかった。
おれの頭の中で、考えが続く。
もし、俺がアーベルではないと知ったら、ソフィアはどう考えるのか。

目の前にいる息子だったアーベルは、アーベルではない別の魂を持っている。
ソフィアは、それでも自分の息子として考えるだろうか?
まず、無理だろう。
そして、親子両方にとっての悲劇になるだろう。
ソフィアには、絶対に知られてはならない。絶対に。

「どうしたの、アーベル?」
「今日は遊びに行ってくる」
俺は、立ち上がると玄関までかけだした。
「晩ご飯までに帰るのよ」
「うん」
「気をつけてね」
「うん」
俺はそういって、ソフィアの顔を見ないまま外に出た。



俺は、誰もいないところで泣いた。
この日、俺はアーベルとして生きていくことを決意した。
この世界に来るまでの俺は、死んだのだ。

泣きながら俺は、かつて自分がなきむしだったことを思い出していた。


 
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