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ソードアート・オンラインーツインズー

作者:相宮心
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SAO編-白百合の刃-
  SAO31-スズナの涙

大型の黒い馬、フェイタル・ガイダンスが去った後、私達は安全エリアに足を踏み入れた。絶望的な危機から回避したとはいえ、私とドウセツは転移結晶で『はじまりの街』へ脱出するわけにはいかなかった。
 シンカーさんが今どうなっているのかはわからない。兄達が救出に成功しているかもしれない。そうなっていることを今は祈ろう。
 そして私達はこれからスズナと話をしなければならない。おそらく今後のこと、私達にとって一度しかない家族会議を、地下ダンジョンの安全エリアで話し合いを始めよう。

「スズナは、思い出したって言うことは……」
「はい、戻りました。ユイのことも、全部、偽りなく…………蘇りました」
「……そっか」

 どうして急に記憶が戻ったかわからない。ただ、スズナが思い出したと言った。その思い出した方が大切なんだ。

「スズナは何を思い出したの?」

 ドウセツは訊ねるとスズナは小さく頷き、話し始めた。

「はい、説明します。キリカ様、ドウセツ様」

 スズナから言われたこともない呼び方をされる。称が違うってことは記憶が戻った証拠だと言うことかもしれない。だって私達は本当の家族ではない。当然のことだ。
 そう思いながら、私はスズナが思い出したことを話してくれた。

「『ソードアート・オンライン』と言う名のこの世界は、ひとつの巨大なシステムによって制御されています。システムの名は『カーディナル』それがこの世界、ソードアート・オンラインのバランスを自らの判断に基づいて制御しています。カーディナルは元々、人間のメンテナンスを必要しない存在でありました。それは二つのコアプログラムが相互にエラー訂正を行い、更に無数の下位プログラム群のよって、世界の全てを調整する。モンスターやNPCのAI、アイテムや通貨の出現バランス、それら全てをカーディナル指揮の下、プログラム群に操作されています。しかし、ひとつだけカーディナルでは解決できないものがありました」
「解決できないこと?」

 スズナの話によれば、人いらずの一つのシステムによってあらゆるものを操作、制御できていたという話だ。
 システムではなく人の手を使わないとできないこと……機械では絶対に人に理解できないこと、それは……。

「人の精神です」

 その一つが、スズナが言ったことだった。

「確かにシステムで解決できるほど簡単なものじゃないわね」
「はい、ドウセツ様の言う通りです。いえ……その予定でしたというのが正しいですね」

 予定でした?
 ……薄々気がついていた。
 それを言わなかったのは心から信じたくないと思っていたからである。ドウセツは私よりも早く気がついていたはずだ。それを言わなかったのは……おそらく私と同じ気持ちでいたと思う。
 だってまさか……。

「プレイヤーの精神性に由来するトラブル、それだけはシステムでは解決できませんでした。そのために数十人規模のスタッフが用意される予定だったんです。ですが、カーディナルの開発者達はプレイヤーのケアすらもシステムに(ゆだ)ねようと、あるプログラムを試作しました。ナーイヴギアの特性を利用してプレイヤーの感情を詳細にモニタリングし、問題を抱えたプレイヤーのもとを訪れて話を聞く。それが……『メンタルヘルス・カウンセリングプログラム』MHCP試作一号、コードネーム『Yui』」
「ユイ? ユイちゃんのこと!?」
「やっぱり貴女は、ユイと同じということね」

 スズナとユイちゃんが私達と同じプレイヤーではないことを、もしかしたら機械でできたものなのかだと、そんな信じがたい話を信じたくはなかった。
 スズナも言っていた『メンタルヘルス・カウンセリングプログラム』と言うことの意味を含めて訪訊ねると、スズナは悲しそうな目で見つめていた。

「ユイは人間の関係で言うならば、私の妹にあたります」

 それは驚いた、が……境遇が似ていたので理解はできた。

「ですが、わたしはユイと比べればほぼ未完成に近く開発者達からは『旧データ』と呼ばれています」
「『旧データ』……」

 いわゆる試験用とか没案のようなものだろう。ぶっちぇけイマイチ実感が沸かない。

「スズナの役割ってなに?」
「それはですね、キリカ様。わたしの役目はヘルプアイテムとして、歌でモンスターを退却させるアイテム用と、歌で人の精神を抑える『メンタルヘルス・カウンセリングプログラム』の試作、MHCP試作零号、コードネーム『Suzuna』というプログラムAIなんです」

 ……やっぱりどう見たって、スズナは感情に貧しいが人間にしか見えない。それを未完成だとは思えなかった。いったいなにが駄目なのよ。
 なんか……スズナが駄目みたいで、なんか嫌だった。

「ユイにはプレイヤーに違和感を与えないように、感情|模倣(もほう)機能が与えています。ですが、わたしには未完成故にその機能が活かしきれていません。わたしにはキリカ様やドウセツ様のように、喜怒哀楽と言う表情を豊かに表すができません」

 スズナが言う通りに記憶が戻っても、いつもと変わらない無表情に近い表情をしていた。そのことを伝えなければ、いつもと変わらない様子だと誤解する人もいるはずだ。でも、ないわけではない。それは感情が貧しいだけで、彼女に涙はないが泣いているような気がした。
 私はそっと歩み寄ると、スズナは一歩引いて首を振った。まるで、温もりを拒むようにそんな資格はないように……。

「……貴女がプレイヤーではないことは思っていた」
「ドウセツ様なら、お気づきになると思っていました」
「だけど『旧データ』という存在自体がわからないわね。それにどうして完成されているユイがいるのに、貴女がいるのかしら?」

 スズナはドウセツの疑問を答え始めた。

「元々、わたしは試験用であり、『メンタルヘルス・カウンセリングプログラム』は完成されたユイが行う予定だったんです。故にわたしを含めたボツ作品で『旧データ』は役目を終えたんです。ですが二年前、ソードアート正式サービスが始まった日、何が起きたかわかりませんが、凍結されていた一部の『旧データ』を完成されたソードアート・オンラインに混ぜ合わせたのです」
「混ぜ合わせた?」
「そうです、キリカ様。例えばキリカ様の『薙刀』と『絶対回避』、ドウセツ様の『居合い』と『赤い糸』のスキル、裏層とも呼ばれるフィールド、モンスター、アイテム……ここの地下ダンジョンの一部も、フェイタル・ガイダンスというボスモンスターも本来は使用されるはずもなかった『旧データ』なんです」
「え、そ、それじゃあ……今まで思っていた『ユニークスキル』は違うってこと?」

 私の言葉にスズナは頷く。それは私達が普段使っていて、自分だけの唯一無二のスキル。それが本来使われるはずもなかった『旧データ』の一部であり、『旧ユニークスキル』と呼ばれていたもの。それ自体は何も問題はなかった。どっちにしろ『ユニークスキル』には変わりなかったし、今更名前を変えたところで何かが変わることはない。驚いたといえば驚いたけど、困ることはなかった。

「なるほどね。通りで『赤い糸』や『絶対回避』がSAOらしくないスキルだと思っていたけど、ボツ用なら納得するわね」
「らしくないの?」
「魔法の要素を排したMORPGがコンセプトのSAO、その変わりにソードスキルというものが無数にあるのよ。『赤い糸』なんて、それに反する物だと思うものでしょ」

 ……言われてみれば……そうかもしれない。
 考えてみれば、兄やヒースクリフの『ユニークスキル』は『二刀流』や『神聖剣』は共通して、誰もが習得できるような『ソードスキル』の上位版のようなものだ。『薙刀』や『居合い』はともかく、『絶対回避』や『赤い糸』なんてソードスキルと呼べるようなものじゃないだろう。それに、能力としてもチートでボツになったのも頷ける。うん、納得した。
 
「『旧データ』のことはわかったわ。それで、貴女はなんの役目をしていたの?」

 ドウセツは再度スズナに訊ねる。

「わたしの役目はカウンセリングではなく、ユイの観察及びケアです」
「えっと……カウンセリングの状態を報告したり、暴走したりするのを抑える役目でいいの?」
「キリカ様がおっしゃっていることは当たらずとも、遠からず。カーディナルの指示で、ユイとわたしはカーディナルに予定のない命令を与えました。本来、ユイにはプレイヤーのもとへ(おもむき)き、悩みや抱えている問題を解決し、精神を安定させる役割があったのです。しかし、カーディナルから指示されたものはプレイヤーに対する一切の干渉禁止でした」
「それって……まさか」
「はい、おそらくはキリカ様の察しの通りです。ユイはプレイヤーに接触することはできず、本来の目的をモニタリングするだけでした。わたしもプレイヤーのメンタル状態をモニタニングしていましたが……それはもう最悪でしたね。ほとんどのプレイヤーは恐怖、絶望、怒り、悲しみと言った負の感情に常時支配され、狂気に陥る人もいました。それは始まった日からだけではなく、月日が経っても負の感情から消えることはない。ユイは矛盾ともいえる状況のなか、徐々にエラーを蓄積させ、崩壊していきました」

 スズナの話を聞いて、胸がギュッと締めつけられたような痛みが走った。
 心当たりがあるって言い方はおかしいかもしれないけど、少なくとも狂気に陥ったことはあった。
 自分自身に絶望して、守りたかった相手を捨てるように逃げ、失った人の悲しみと、逃げた自分への怒りがぐちゃぐちゃに混じってしまった私は狂気とも呼ばれるような人間になってしまった。
 あの時の負の感情がユイちゃんに影響していたんだ……なんだか、申し訳ない気持ちになってしまう。

「そんなユイを治すのがわたしの役目でした」
「バクとかそうウイルスの削除みたいなものなの?」
「いえ、キリカ様。流石にそれはできませんでした」
「じゃあ、どうやってユイを治していったの?」
「歌です」
「歌?」

 それを聞いて、私は昨日ユイが苦しみ出したのをスズナの歌で解放させたのを思い出した。

「そもそもわたしが搭載される予定では、ユイのような解決方法ではなく歌で相手の精神を安定させる目的で作られたんです。音楽は人を癒すことができ、精神を安定することもできるためから、わたしはそういう予定で作り上げたのです。ですが直接話を聞いて解決する方が効果が良いと判断したために、結局わたしは搭載されたものの役目はユイに任せたのです。そして使われるはずだったわたしの歌はユイの精神を安定させるために使われました」
「それはユイにも効くの?」
「はい。どうやらユイに効くように新たに追加されたようです。しかし残念ながら根本的に解決することはできませんでした。プレイヤーの不安定な状態はあまりにも多く、歌でケアをしても崩壊する速度にはついていけず、逆にわたしまでもがエラーを蓄積され、崩壊していきました……」

 ユイのエラーを阻止するために、癒しを、安らぎを歌で救おうとしたのに逆に自分までもエラーになってしまった。そんな絶望に近い感情が二人を苦しめていた……。
 見知らぬところで、そんな風にさせなのは……私達プレイヤーであり、萱場晶彦さんだ。
 でも、どうしようもできなかったのも事実となってしまう。メンタルを思うように操作して安定させるのなんて、簡単にできることじゃないし、スズナの話を聞いたからって、精神を安定することは無理なんだろう。

「……そんなある日のこと、ユイの状態を異変が起きました」

 スズナは話続ける。乏しい感情ながらも精一杯に話していく。

「ユイはカーディナルの指示通りに全プレイヤーをモニタリングしているはずなのですが、二名だけ長く見ていたのです。それがキリト様とアスナ様でした」
「ユイが兄とアスナを見てた? なんで?」
「残念ながら、それはわたしにもわかりません。ただ、ユイはキリト様とアスナ様を注目していたことは確かでした。本来ならあり得ないことなんです」

 その変に関してはユイ本人に訊ねるしかないか。でも、壊れかけていたユイにとって兄とアスナは希望だったのではないかと考えられる。AIでも惹きつけられる何かを……壊れかけていたからこそ、何かを感じたかもしれない。

「わたしはそんなユイに疑問を持ちつつもいつも通りに歌でケアをしつつ見守りました。ユイはキリト様とアスナ様の二人様を見続けていたかと思えば、位置に二人のクラスプレイヤーホームから一番近いシステムコンソールで実体化し始め、さまよっていたのです」

 そうか。それがあの二十二層の森、幽霊の噂を聞くようになった原因でもあったんだ。

「戻って来ないユイを連れ戻すために、わたしも同じように実体化しましたが…………わたしもユイと同様にエラーを蓄積させ、壊れかけていた影響により、自分という存在が何かわからなくなっていました」
「それはユイも同じなの?」
「そうですね。振り返ってみれば、ユイが自分の役割をわかっていなかったようなので、わたしと同様に記憶という物を失っていたんだと思われます。そして先ほどユイは記憶を取り戻し、自分がAIであることを思い出しました」
「そんなことわかるの?」
「…………」

 ドウセツの問いにスズナは黙り始めてしまった。
 様子がおかしかったのは前からだ。いや、違うな。自分のことを思い出したスズナは乏しい感情ながらも悲しくて涙は出てないが泣いているようにも見えた。
 
「スズナ、大丈夫?」

 ドウセツは心配そうに名前を呼ぶ。

「スズナ、疲れちゃった? 休む?」

 私もスズナに声をかける。返事はしなかったが、スズナは首を左右に振った。
 なんだろう……今のスズナを見て、違和感があって何か引っかかる。今のスズナを私はどこかで見たような気がする。
 乏しい表情ながらも、スズナの顔は躊躇っているようにも見えるし、悲しんでいるようにも見える。とてもじゃないが、大丈夫とは思えなかった。
 …………そうか、わかった。そして違和感と引っかかる何かの正体を判明すると同時に思い出した。
 スズナは……。

「すみません。キリカ様、ドウセツ様。答えていませんでした」

 スズナは沈黙を破って話を再開した。
 冷静に、何を言っても同じことを返答するようなNPCのようにスズナは返答する。

「ユイが記憶を取り戻したのは、おそらくこの石に触れたからだと思います」そしてわたしはカーディナルの命令によって、記憶を取り戻しました」

 黒いカクカクとした一人分が座れる石に寄り説明をする。

「これはGMがシステムに緊急アクセスするために設置されたコンソールなのです。この部屋も『旧データ』ですが最新とはほぼ変わりありません」

 スズナが黒い石に触れると、突然数本の光の筋が走り、表面に青白いキーボードが浮かび上がった。

「ユイはなんらかの方法でこれに触れ、記憶を取り戻したはずです。そしてユイは何か理由でコンソールからシステムにアクセスをしたのです。それによりカーディナルのエラー訂正能力は作動し始めました。それにより、本来の役目を放置していたユイはカーディナルに注目されました」
「それでスズナもカーディナルに注目されたってことなの?」
「そうです、ドウセツ様。カーディナルがわたしにユイのことを教えてくれたのです。それによりわたしも記憶という物を思い出し始め、自分の役割を再認識したのです」
「……そう」

 ドウセツは一息つく。
 
「スズナ。貴女はこのまま消えるってことになってしまうのね」

 ドウセツは淡々と冷静に告げる。
 
「え……いや、え……な、なんで、なんで?」
「正確に言えばユイが消えることでスズナも消えるってことなのよ」
「いや、なんでユイもスズナも消えるわけなの!?」
 
 自分が今冷静じゃないから、理解不能でいるのか。自分があんまり頭良くないから理解できないでいるから私は納得できないでいる。だからドウセツに理由を求めた。
 でもどっちにしろ、ただ単にユイちゃんとスズナが消えることを認めたくなかっただけなんだ。
 それは多分、ドウセツはわかっている。わかっていながらも冷静に教えてくれた。

「ユイがコンソールからシステムにアクセスしてカーディナルに注目したってことは、システムがユイのプラグラムを走査しているはずなのよ。それでユイは異物という結論が出されてしまえば、消去という形になる。そうしたらユイを見守るという役割を持つスズナも不要され、同じ異物扱いとして消去されるはずだわ」

 それがスズナとユイちゃんが消える理由。一度役割から外れたイレギュラーとなった存在はカーディナルによって問答無用に消去される運命であると……そう教えてくれた。

「でも、そうならない可能性だってあるじゃない。ユイちゃんとスズナが元に戻るだけってこともないわけじゃないよね?」
「残念ながら、ドウセツ様がおっしゃった通りでございます」
「スズナ……?」
「ユイは異物として扱われ、消去されるでしょう。そしてユイの監視とケアをするわたしの役目もなくなり、カーディナルの命令よってわたしも異物扱いとして消去されるでしょう」

 幼い外見をした少女が乏しい感情で、

「ドウセツ様がおっしゃった通り。わたしは消えてしまいます。ですからわたしがこれ以上ここにいる必要はないのです」

 自分が必要ないから消えるということを私達に告げたのだ。自分が消えるという事実を平然として受け止めたような顔をして、怯えることも悲しむことも涙を流すこともなく、淡々と事実を教えてくれた。
 …………なんだろうな。ドウセツもスズナもおちついているから、私もそれに影響して動揺していた心が治まっておちついてきちゃったな。
 スズナがそう言うなら、その通りでどうしようもなく、仕方ないのかもしれない。教えてくれた通りに、SAOを管理するカーディナルはスズナとユイちゃんを異物と見なし、消滅することは確実だろうな。

「キリカ様、ドウセツ様、今までありがとうございました」

 これで終わり、か。なんか呆気ないお別れになっちゃったな。でも、これも仕方ないことなのかもね。いずれ遅かれ早かれ別れることはきまっていた。それが、スズナは人間ではなくAIで、その親は開発者であり、スズナ自身が消滅するという後味が悪いお別れENDになるだけなんだ。
 仕方のないことだ。ここでスズナとお別れだ。スズナが別れることを選んだなら、私はそれを止める必要はない。だってスズナは私とドウセツと別れるのに、平然としているんだもん。きっとスズナは消えることへの恐怖などなく、消えるという結末を受け入れて納得したと思うんだ。
 ならその通りに私は見守ろう。
 …………。
 ……。

「さよ」
「えい」
「あうっ」

 ビシッと私はスズナのおでこにデコピンして、同時にドウセツもスズナにデコピンを喰らわせた。
 可愛い悲鳴が漏れて、感情が乏しい彼女の眼が心なしか涙目になっていた。そんな可愛い子には私が抱きしめてあげよう。

「キリ」
「納得できるか!!」
「!?」

 しまった。衝動的に吠えたもんだからスズナがビクッと驚いてしまった。でも、後悔はしていない。後悔なんかするもんか。
 今のはスズナが悪いんだもん。衝動的に吠えてしまったのはスズナにも原因があると思うんだよね。
 だって、納得できるはずがない。
 さっきまで乏しい感情ながらも泣きそうなのが伝わってきたのに、自分が消えることを口にしている時のスズナは平然とした顔で消滅することを受け止めていたから、私は納得しようといろいろと理由を探し続けた。そして自分で自分を納得して受け入れようとした。
 でも駄目だった。何度説得してもスズナが消えることに対して納得できなかった。
 スズナとお別れEND? そんな結末、私も、私と同じようにデコピンしてきたドウセツも認めていなかった。
 ほんと、冗談じゃない。勝手に壊すような指示してきたくせに、異物扱いとして消滅させるとか何考えているんだ。そう思うと、スズナもスズナで受け入れようとしているのがなんかムカつく。デコピンくらい軽いものだと私は思うんだ。
 
「あ、ドウセツ。なにしているの?」

 コンソールである黒い石に近寄り、出現した青白いキーボードに手をかけ、打ち込んでいた。

「スズナを消滅させない方法を思いついたから、それをやっているの」
「私は必要?」
「必要ないわ」

 ドウセツは振り向くことなく返事をしつつスズナの救出を始める。流石ドウセツ、本当に頼りになるし、いつも助けられている。

「あ、あの」
「ねぇねぇ、ドウセツ」
「なに? ふざけた発言したら貴女自身をデリートするわよ」
「恐ぇよ! 私を消滅するよりスズナを消滅させない方法をやってよ!」
「今やっている。話かけないで」
「そんなふざけた発言じゃないから、聞いて!」
「いつもみたいにふざけなければね」
「それじゃあ、いつもふざけているみたいじゃないか」
「…………」
「返事無し!?」
「うるさい。集中できない。いいから用件を言って」
「はい、申し訳ございません」

 ギュッと抱きしめたスズナの顔を覗き込むと、少し不安な表情をしていて戸惑っていた。ユイちゃんのように喜怒哀楽ができないって言っていたけど、そんなことないと思うんだよね。

「スズナのことなんだけどさ、私達の娘にしていいよね?」
「いいんじゃない? どうせスズナは異物として消去されるのだから、私達がもらっても構わないんじゃないの?」
「じゃあ決定!」
「き、キリカ様、ドウセツ様。わ、わたしはもう……」
「呼び方違う!」
「え?」
「呼び方……私達のこと、なんて呼んでいた?」

 スズナは黙りこみ、ジッと私に見つめて呼びだした。

「……お父様……いえ、お母様でしょうか」
「それはどっちでもいいよ。もちろんキリカ様以外でね」
「では……キリカお母様」
「はい、スズナ」

 今度はスズナを消滅しないように作業している、ドウセツを見つめて呼びだした。

「……ドウセツお母様」
「なにかしら、スズナ。今、ちょっと貴女のことで忙しいから後で聞くわ」

 私達はスズナの名前を呼び、そして自分の娘のように温かく迎える。だって、スズナは私達の家族なんだから。

「わたしは……AIです。お二方の娘ではありません」
「さっきまではね。でも、今決めた」
「そ、そんなことする必要なんてございません」
「スズナが私達のことをお母様お父様って呼んでもいいって言ったじゃんか。そこの責任はちゃんととってよね」
「でも……」
「でもはなし。あんまり否定し続けるとママ怒っちゃうぞ」
「さっきまでお父様だったのに、お母様と訂正されて浮かれているんじゃないわよ」
「ドウセツはさっさと作業終わらせて!」

 まったく、茶々入れる余裕があるなら気の利いた言葉でもないのかしらね。
 仕方ないから私が変わりにスズナに気の利いた言葉でも送るわね。本当に気の利いた言葉であるようには努力したいなぁ……。

「スズナがどう思っているのはわからない。私だって、ドウセツのこと知らないところもあるし、わからないこともたくさんある。家族だって、いろいろとわからないことだってあるし、何かを隠すことだってある。そういうの全部知っていて共感し合えばいいと思うんだけど、上手くいかないことはたくさんあると思うんだ」

 誰にだって嘘はつくし、誰にだって隠したいことはある。そして誰かに見られたくないものだってある。でも、それで良くも悪くも人は影響を受けてしまう。私が素直に言えないことを伝えることができたら何かしら変わっていたんだ。例えば自分の気持ちを家族に話していれば、妹と仲良くなっていかもしれないし、お母さんとお父さんに対して、反抗的な態度で接することはなかったと思う。兄のことをわかっていれば、兄を苦しませない選択だってあったはずだ。ユイも救えた、『月夜の黒猫団』が壊滅することもなかったはずだ。
 ドウセツのことも知らないことがたくさんある。家族のこと、過去のこと、好きなものや好きな色など些細なことを私はまだ知らない。
 それと同じように、スズナがどう思っているのは正直わからないんだ。消えたいのか、それとも本当は助けてほしいという願いを殺しているかもしれない。
 全部私の勝手な想像。助けてほしいなんて、私が勝手に思っているだけなんだ。
 でも、それはスズナのことを知らないから勝手に思ってしまうんだ。
 だから…………私は言うよ。

「自分達の娘が平然として消える発言を聞いて、はい、そうですかって、素直に聞ける程私はお利口ではないよ。スズナがどう思っても私はスズナが消えることは許さないつもりでいる。だって消えてほしくないから」
「っ!」
「いっぱいスズナのことを知りたい。まだスズナのこと知らないのに、知りたいのに勝手に消えないでよ」
「キリカお母様……」

 スズナの声が震えてながら私の名前を口にした。
 ごめんね、スズナ。わがままで勝手な母親で……嫌いになるんだろうな。
 それでもいいと思う。いや、嫌われるのって良くないことなんだけど……でも、今はそんなんでも良いはずなんだ。悪くても、相手の気持ちを考えなくても、なんとかして気持ちを知ろうとする努力は、きっと無駄なことでも悪いことでもなく、必ず実るものだと私は信じたい。
 そう思うと難しそうで簡単、簡単で難しそうで、複雑で単純で、単純で複雑な関係なんだね、家族というものは。母さんも父さんも、私のことを知ろうと試行錯誤していたのかな……?
 帰ったらそういう話を聞こう。
 作業していたドウセツのキーボードを打ちこむ手が止まって、こちらに寄るようにと招いた。私はスズナを抱えて近くによると、巨大な画面に小さなOKと言う窓が出現していた。

「ドウセツお母様……これは……?」
「エンターキーをクリックすれば、スズナはシステムから切り離しコアプログラムを圧縮してオブジェクト化する。この世界では人間のような形にはできないけども、少なくとも消去という形ではなくなるわ。どっちにしろお別れは変わりないけど、消されるよりはマシになったわ」
「すごっ。え、ど、どうやったの?」
「貴女なら、察しはつくと思うけど?」
「えっと…………GMアカウントで……システムに割り込んだ、とか?」
 
 そう言うとドウセツは頷いた。
 そっか……これで本当に私達のスズナになるんだね。
 それじゃあ、後は……。

「スズナ」
「は、はい」

 ドウセツはスズナを見て話をした。

「貴女が消滅する方法は回避される。でも、それを望むのか消滅したいのかは貴女の口から言いなさい。
「わたしは……」
「スズナ、システムだからっていうのはなしで、自分勝手に言えばいいと思うよ」

 私がスズナを消滅したくないって言ったように、スズナも自分勝手に、後のことなど考えなないで、今をどうしたいかを私達は聞きたい。
 抱きしめていたスズナを離して、ドウセツのもとに寄ってスズナを見守った。

「わ、わたしは…………」

 スズナは震えていた。

「ボツとなってしまった、旧データの、AIなんです。ユイの監視がなくなった今、存在する意味、がありません…………意味はありま、せん……ですが……っ」

 なんとか平然な顔にしようと堪えているが我慢できずに崩れていき、ポロ、ポロっと、目にいっぱいに溜め、溢れる涙が落ちる。

「わたしっ……こんなんでも、一緒に……いたい、ですっ。消えたく、ない。消えたくなんか……ないですっ。お別れ、なんて嫌ですっ……ドウ、セツ、お母様と、キリカ、お母様と、一緒に……一緒に、生きていたいですっ! 助けて、ください…………助けて、ください……っ! 消えたくないです!」

 その想いを出すように叫んだスズナを、私は優しく包み込むように抱きしめた。

「そうならもっと早くいいなさいよ……」
「ごめんなさいっ……」
「謝らなくていいよ、別に怒っているんじゃないから」

 スズナはAIで人間ではないけど、私達の可愛い自慢の娘。その娘が消えたくないって、必死に叫んでいるんだから、消すわけにはいかないわね。

「ドウセツお母様」

 今度はドウセツに寄って抱きしめてもらった。

「今から当分眠る形になるわ。それまでの間、待ってくれるわね」
「はい」
「よろしい」

 ドウセツはスズナを撫でるとエンターキーをクリックする。
 スズナの体が眩い光に覆われていく、優しく綺麗な光を……。

「スズナ? 大丈夫?」
「い、いえ……少し、眠気がしてきましただけです」

 プログラムを圧縮すると言うことは、我々でいう睡眠。だけどスズナは誰かに起こすまで眠り続ける。解凍という目覚ましをしなければスズナが起きないだろう。
 それがあと何日、何年かかるかわからないけど、私達が必ず起こしに帰ってくる。

「キリカお母様……」
「ん?」
「ドウセツお母様……」
「なに?」

 スズナはドウセツに体を寄せつつ、穏やかな表情を見せる。

「少し……眠いので、寝ていいでしょうか?」

 ドウセツは頭を優しく撫でた後、私はおでこに口づけをした。

「今日は疲れちゃったね。うん、スズナはゆっくり寝てもいいわよ。後で起こしてあげるから」
「はい、キリカお母様」
「少し時間はかかるけど、必ず起こすから……それまで、いい夢を見なさいよ、スズナ」
「はい……ドウセツお母様」

 スズナはニコッと微笑む。

「お休み、スズナ」
「お休みなさい……スズナ」

 そしてスズナは安らぎの笑みを浮かべながらドウセツの膝に体を寝かせ、そっと……目を閉じ、眠りに入った。
 今からスズナは長くて短い間の夢を見るのだろう。いつ起きるのかわからない、私が現実世界へ帰るまで眠り続ける。それはある意味死と同じである。
 だが、けして悪いことではない。眠るということは、また明日を迎えることでもある。スズナは目を覚ます。それには私達が現実世界へ帰らなければならない。
 生きよう。
 生きて、スズナを起こそう。
 だから、それまで良い夢を見なさい。必ず起こしに帰ってくるから。 
 

 
後書き
SAOツインズ追加
スズナ。
ユイの姉であり。ぶっちゃけユイが可愛いからもう一人可愛い子が欲しいというノリで出しました。そんなもんです(汗)
ちなみに、スズナの名付け親は私ではなくてSAO―戦士達の物語の作者である鳩麦さん。スズナの名前が思いつかなかったので鳩麦さんに相談したところ、スズナの名をいただきました。鳩麦さん曰く、『涼やかな鈴の音のように凛と、多くの人に愛される菜の花のように人と共に歩めるように』と言うことです。ありがとうございます。

ちなみに、漢字で書くと涼菜→鈴奈だそうです。

次回はドウセツ視点の回です。鳩麦さん、改めてスズナの名を与えてくださり、ありがとうございます。 
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