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ソードアート・オンラインーツインズー

作者:相宮心
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SAO編-白百合の刃-
  SAO30-運命の導きに癒す子守唄

 
前書き

 

 
 地下ダンジョンに入ってからしばらくは水中生物、主にカエルとかザリガニやカニ系のモンスター群だったが、階段を降りるほどにゾンビやオバケ系に変化していく。だからなんだと言わんばかりに、そんな変化は些細なことで問題ではなかった。兄の二刀流、エックスの片手斧、時々私の薙刀の剣撃はモンスターが変わることで強さは変わることもなかったからだ。暴れるだけ暴れて苦戦することはなく順調に進んで行けた。
 本当は高レベルプレイヤーが適正以下の狩り場で暴れるのはあんまりよろしくみたいだが、今回は他のプレイヤーがいるわけではないので気にする必要はない。遠慮なく風呂場で泳ぐ行為と同じことをしている。
 時間があればユリエールさんのサポートに回り、レベルアップに協力しようと考えたのだが、そんなことよりもシンカーさんを救出するのが大事だろう。
 特に問題が起こらずこと進んで一時間が経過した時だった。

「あ……」

 目の前には綺麗なY型の分かれ道が広がっていた。ユリエールさんにマップ確認をしてもらったが、どちらの道を行けば、シンカーさんがいる安全エリアなのかわからなかった。
 一応シンカーさんの安全は守られているが、地味に厄介だ。どちらの道に行ってシンカーさんがいなければ、来た道をわざわざ戻らないといけない。でも逆に言えばそれだけの問題なんだけどね。

「どうする、兄?」
「そうだな……二手に分かれるのが妥当だな」
「じゃあ、そうしようか」
 
 兄の案で二手に分かれることにみんな賛成する。左側の道は兄とアスナとユイちゃんにユリエールさん。右側には私とドウセツにスズナ、イチにエックスと別れた。

「ちょっと待って」

 なんかおかしかった、この配分は。

「右側ルート、この配分でいいの?」

 左側ルートは攻略組が2人。右側は攻略組が4人もいる。その変わり左側にはユリエールさんがいるが、それでも戦力が偏っている。

「俺は別に、ちょっと偏っていても問題ないけどな」
「だからって、万が一のこともあるでしょ……」

 用心に越したことはない。イレギュラーなことだって過去に何度かあった。正当が押し切られるイレギュラーなことがおこった場合だってなくはない。左側ルートは兄とアスナは戦えるが、ユリエールさんはレベルが足りないから守られる側になってしまうし、ユイちゃんだって死なせるわけにはいかない。そう考えると、こっちの右側ルートから誰か一人移したほうが良い。
 でも誰にするかな……私とドウセツはスズナのこともあるから、できれば兄達と一緒じゃないほうがバランス取れる。そう考えるとイチとエックスのどちらか移ってもらおう。

「イチ、私達じゃなくて兄と一緒に行ったらどう?」
「むみゅ、むむむむみゅむみゅむみゅむみゅでしゅよ!」

 無理と言う言葉が一個も言えずに噛みまくってあたふたして首をブンブン振りながら同行を拒否した。べ、別に兄とアスナとの同行が嫌なわけじゃないんだよね?
 にしても、ガッチガチの鎧姿であり得ない程噛む姿って、なんかシュールだなぁ……。

「じゃあ、エックス」
「エックスはキリトさんやユリエールさんに迷惑かかるので、キリカさんと同行したほうがいいと思います」
「おい、なんでオレの時だけ饒舌になって噛まなくなるんだよ!」
「だってホントのことですし……」
「悪かったな、問題児でよ!」
「はい」
「はいじゃねぇよ! やっぱてめぇが行け!」
「むみゅ、みゅみゅみゅみゅ!?」
「少しは頑張って断れよ!」

 結局右側の誰かが左側へ移すのか決められず、メンバー変更なしのままそれぞれの道へ進むことになった。
 
「キリトさん……大丈夫でしょうか?」
「貴女が噛みまくるまで断らなければ、そう思うことなかったのにね……」
「あぅ……」

 ドウセツの毒舌、もとい正論がグザッとイチの心に突き刺さったようだ。

「おい、イチ。あんな清ましブス野郎のことでいちいち泣くな」
「な、泣いていません……」

 そんなイチをエックスがいかにも慰めていると思わせないように慰めていた。
 でも、単にドウセツのことが気に食わないだけだということもあるから、どっちなのか確かめてみるか。

「あらあら、今日も不器用な慰め方ですね~」
「てめぇの頭はメルヘン畑か? んなわけねぇだろうが、アホ!」

 結果。
 エックスの表情は怒っているようにも見えて、なおかつ照れ隠しをしているようにも見えたので、どっちという結果なんだろうな。

「そういうことにしとくね~」
「そんなんじゃねぇって言っているだろうが!」

 エックスはストレス発散するように、目の前に現れたモンスターと戦闘を始めた。
 結局偏ってしまったけど、一人分の戦闘力は兄ならなんとかなるだろう。モンスターも、こっちはエックス一人で十分だから向こうも兄だけで十分なはず。
 このまま想定外なことにはならないことを祈って、シンカーさんを救出しよう。
 それから何事もなく進んで行って一時間が経過。

「あれ、安全エリアじゃないですか?」

 イチが指す方向に暖かな光の洩れる通路が視界に映った。

「でも残念ながら、誰もいないわね」

 ドウセツは索敵スキルで確認していた。私も索敵スキルで確認するとプレイヤーを表すグリーンマークは安全エリアには無かった。つまり、先にある安全エリアにはシンカーさんはいないという結論になる。

「てことは、兄が行った通路にシンカーさんがいると言うことか」
「めんどくさいことにならなければそうなるね」

 あるいはシンカーさんが飛び出したと言うことも無くはない。でも、一か八かで地下ダンジョンを脱出する無謀作をとるとは思わない。それに、一時間前にユリエールさんのマップを拝借したのと、ユリエールさんの言葉から数日間は安全エリアから出ていなかった。今になって、安全エリアを出て脱出するとは思えない。だからこの可能性はほぼないと見ていいはず。ドウセツがそのことを言わないのは、可能性がほぼないからなんだろう。
 
「ちっ、外れか」

 舌打ちをしてぶっきらぼうな態度をとるエックスを見て、イチはクスクスと微笑むように口にする。

「何だかんだでシンカーさんとユリエールさんのこと心配しているんだね」
「そ、そんなんじゃねぇぞ! 誰があんな『軍』の連中の心配なんかしなくちゃいけねぇんだ!」
「エックス様、照れてる」
「だ、誰が照れてるだ! こ、これは武者ぶるいだ!」

 否定の使い方間違っているって。もしかしなくても、エックスはスズナに図星をつつかれて動揺している。そして照れ隠しするように否定をしているんだ。

「素直に照れているって言ったら?」
「清ましブス野郎は黙ってろ!」

 からかわれるのに耐えられないエックスは、

「先に行っているぞ!」 

 後ろを振り返ることをせず安全エリアへ先に行ってしまう。必死に照れ隠しするエックスを私とイチは温かく見守る。そしてエックスを見守ると思わず笑みがこぼれてしまった。もうちょっと可愛ければモテるんだろうなぁ……なんてね。

「猿は置いといて、これからどうするの?」
「ドウセツさん……」

 エックスを猿発言するドウセツに、イチは苦笑いした。でも否定しないと見ると、うるさいとは思っているようだ。私もそれは否定できない。ごめん、エックス。
 それでこれからどうするか……とりあえず確認だけでもするか。
 私はマップを表示させ、兄達の位置を確認する。ユリエールさんとはフレンド登録していないが、兄とアスナはフレンド登録しているため、現在位置を示すフレンドマークを見ることができる。
 二人の光点は地下ダンジョンに表示されている。ということは、兄とアスナ達は地下ダンジョンにいて、まだシンカーさんを見つけていないってことになる。

「こっちにシンカーさんはいなかったから、あっちの方にいる確率は高い。だから私達は安全エリアで待機して、転移結晶で『はじまりの街』に戻ったら私達も戻ろう」
「そうね」

 ドウセツはあっさりと受け入れた。今から向こうに行き、兄達と合流するのも考えたが、兄達がシンカーさんを見つけ出す時間と、今いる位置から分かれ道へ戻る時間を考えると合流することは叶わないだろう。それだったら、安全エリアで待機していた方がいい気がする。
そういうわけで私達はエックスを追って前へ進むと、先頭に立って先に進んでいたエックスは急に足を止め始めた。
 
「エックス?」

 様子がおかしいのは一目了然だった。エックスから殺気と緊張が伝わる。ただ事じゃないのは確かなので、警戒を強める。
 その時、警戒しなければならないものは唐突に現れて、一瞬で起こった。

「危ないっ!」

 イチが唐突に私を突き飛ばしてきた。地面へと体がぶつかる瞬間にふと視線がイチへ向けられる。その時、不思議と時間と空間が歪むようにゆっくりとなった。
 それはきっと、目に映っていたものなんだろう。
 イチが馬の形をしたモンスターの前足で蹴られている、衝撃的な光景。

「イチ!!」

 エックスが彼女の名を叫ぶころにはイチはエックスの方へと蹴り飛ばされてしまった。
 私は必死な思いでなんとかしようと頭のフル回転。地面へ倒れた瞬時に立ち上がることに成功した。だが、一安心するのは遠い先のことだろう。
 私はしっかりと突如現れたモンスターを直視する。
 警戒しなければならない正体は大型の黒い馬。目つきは白目で鷹のように鋭く、たてがみはあらゆる血を吸ったような不気味な色で、生き物のように自然になびいて、なによりも直感でヤバそうなだと思わされる禍々しい紫色のオーラを纏っている。
 名は『Fatal guidance』運命の導きと言う意味を持つ、イレギュラーで、最悪なモンスターが訪れた。
 まずい。いろいろとまずい状況になっている。まず、イチの心配とスズナの心配だ。
 警戒を劣らず位置確認。スズナはドウセツと一緒に黒い馬から離れている。イチはエックスの後ろへ倒れている。とりあえず最悪な結果になっていない。
 けど、状況が良いわけではない。むしろ悪い方だ。特にスズナは戦えるはずもないのに、急にボスモンスターが現れるのは非常にまずい。固有名詞を持つってことは確実に地下ダンジョンのボスモンスター。そんな危険な存在がいる限り、危機から逃れることはできない。そしてそんな危機的な状況で私達が最悪な結果を招くことだってある。
 スズナを安全エリアに避難させれば、少しは心が軽くなるんだろうが、その安全エリアに行く道をボスモンスターが立ち塞がっているのはかなりの痛手だ。どうにかボスモンスターの後ろを取っており、安全エリアに近いエックスにスズナを渡せば身の安全を守れるのだろうが、そう簡単にはいかない気がする。
 私を守るために奇襲を受けてしまったものの、イチが缶蹴りのように軽く飛ばされたことの衝撃が強くて、不安が増して行く。正直逃げ出して楽になりたい。
 くそう、甘かった。ユリエールさんからはボスモンスターがいるようなことを訊いておきながらも楽観的に考えていなかったし、想定外のこともそこまで深く考えてはいなかった。
 フェイタル・ガイダンスを警戒していると、鋭い目がより一層鋭くなり、私を直視した瞬間に勢い良く突進して来た。
 ドウセツとスズナを狙わずに私を狙ってきたのはありがたいけど、どうする?
 回避するか? 
 受け止めるか?
 二択と複数あるその他の選択、それをわずか数秒で決断しなければ、やられてしまう。

「回避しろ、キリカ!」

 後ろからエックスの叫び声が轟く。その意味に瞬時に理解できた私は斜め後ろへと回避した。

「ドウセツ! こっち来て!」

 回避すると同時にドウセツに指示を出す。ドウセツはそれを聞き、フェイタル・ガイダンスに気をつけながらスズナを連れてこちらへ寄ってくる。
 上手くいくかはわからないが、やるだけやってみる。
 私はフェイタル・ガイダンスへ突撃する。でも、あまり近寄りすぎないように速度を落としながら接近。速く行くと、“宙に回転している斧に巻き込まれてしまうからね”。
 その回転する斧は真横を通り抜け大型の黒い馬にヒット。そしてその瞬間、爆発がする。斧から爆撃を食らったフェイタル・ガイダンスがよろめいた。
 そうさせたのがエックスのユニークスキルである『トマホーク』と『爆撃』だ。
 詳しいことはよく知らないが、『トマホーク』というユニークスキルはその名の通り遠距離から斧を投げて攻撃するものであり、投剣とは比べ物にならない程の攻撃力を持っている。ただでさえ、攻撃特化が遠距離からでも攻撃できるのに加えて、ダメ押しの上乗せする攻撃力を上げるユニークスキルを持っているんだからたまったものじゃない。それが私の『絶対回避』と同じ分類に値する『爆撃』というものだ。
 単純に武器に爆発属性が加わる攻撃力増加スキル。ご丁寧に爆発エフェクトを発動するが、その爆発エフェクトにはダメージ判定があるらしく、自分を含めて周りのプレイヤーも巻き込まれることもあるそうだ。
 だが、そんなデメリットは『トマホーク』でカバーすることで自分自身が『爆撃』に巻き込まれて自分のHPを削ることはなくなる。鬼に金棒ということわざがあるけど、エックスは鬼にバズーカと言ったところだろう。
 エックスが投げた片手斧が後方へと戻ったのを確認した瞬時に走る速度を上げて、フェイタル・ガイダンスに近寄る。
 体勢を立て直す前にもう一撃ぐらい追撃しようとするが、すぐに立ち直ってイチをぶっ飛ばした鍛え抜かれた足は、今度は私を蹴り飛ばそうとしていた。

「助かるよ、エックス」

 感謝の言葉を呟き、私は『絶対回避』で確実に回避する。そして竜巻を描くように薙刀を回転させてから純白の閃光を引き、振り上げる。
『神風』でどんな巨大な物でも神の風が吹き荒れれば、吹き飛ばされてしまう。それは大型の黒い馬も例外ではなく、前方へとぶっ飛んでいき、安全エリアから引き離すことができた。
 よし、十分な距離ができた。いろいろと整えることができる。

「キリカさん、ドウセツさん、スズナさん、大丈夫ですか?」

 私は先ほど庇ったイチのもとへ駆けつけようとすると、逆にエックスと共にこちらへ寄ってきた。

「私は大丈夫。それより、イチも大丈夫なの?」

 イチのHPは満タンで本人も何事もないように感じられた。HPだけを見れば特に問題はないし、切り替えるべきなんだろうが、イチは確実にフェイタル・ガイダンスの奇襲を受けてしまったのをこの目で捉えてしまった。回復したんだろうとはいえど、無事であることを確認するべきだ。

「あ、はい。大丈夫です。“あれ”を使いましたので」
「あ、“あれ”って…………まさか……」
「そのまさかです」

 …………。
 ……どおりで、何事もなかったような雰囲気だったわけなのね。
 そっか。“あれ”があったのをつい忘れてしまった。だからあんなことしたんだ……でも、私のために使わせてしまったのなら……。

「ごめん、使わせちゃって……」
「いえ、それでキリカさんが無事だったんです。謝る必要はありません」
「そうは言ってもね……」

 今、私は先ほどとは違う罪悪感に苛まれてしまっている。
 というのも、一度の戦闘で一回だけ受けたダメージを無効化する『完全防御』というユニークスキルで私を庇うために使ってしまったからだ。

「私のためなんかに使わなくてもいいのに……」
「お、落ち込まないでくださいキリカさん。わたしはなにも問題ありません」

 ……確かに、今は落ち込んでいる暇なんかなさそうだ。イチの言葉に甘えて、切り替えていこう。じゃないと本当に落ち込むだけで済まない絶望に呑まれてしまいそうだから。

「さて、どうすんだ?」

 エックスの視線の先には、大型の黒い馬のボスモンスター……名はフェイタル・ガイダンスを捉えている。距離は十分に空いているし、こっちに寄って来てはいないものの、一瞬でも隙を見せたらこちらに突進攻撃を仕掛けてきそうだ。向こうがこっちに寄ってきてこないなら。今のうちに安全エリアに批難しようとするのが手だ。だが先ほどの突進力の速さ。あれの基準が良く分からない。下手に退避して一気にこっちに突進攻撃を仕掛けてきて、結果全滅になることだってなくはない。そもそもまずフェイタル・ガイダンスがどういうボスモンスターなのか、その情報が少ない。情報がない相手は真っ暗な闇のように不安で仕方がない。ここは慎重かつ臆病に現状維持していつでも対処できるように警戒しよう。これが最善なのかはわからないが、けして悪くはないはずだ。

「……みなさん、聞いてください」

 イチが最初に提案してきた。

「わたしが殿を務めますので、みなさんは安全エリアへ避難して転移結晶で脱出してください」
「え?」

 驚いてしまったが、それも最善な方法ではないかと理解した。この中ならイチが一番耐久力があり、それもSAOではヒースクリフに続く鉄壁さなら、わたし達が安全エリアで避難することもできなくはないはずだ。
でも、殿を務める。つまりボスモンスターを防いで私達に時間を作らせる。ただ、確実にイチが一番危険な役をまかせてしまうことにある。

「貴女がそれでいいなら……私はその案に賛成するわ」

 常に冷静であるドウセツはイチの案に賛成する。私もドウセツにはスズナを守ってもらいたいし、戦いには参加さしてほしくはない。どのような案にせよ、ドウセツとスズナは安全エリアへ避難させるのは私の最優先事項だ。
 それで私はどうするべきか。イチの案に賛成して私もドウセツとスズナと一緒に安全エリアに批難するべきだろうか。だけどそれではイチが危険だ。保険とも呼べるユニークスキル『完全防御』だって、フェイタル・ガイダンスの奇襲に使ったからもう使用できない。だから万が一のことを考えて、私の回避力を駆使して時間稼ぎに参加するべきなんだろうか……いや、そうするべきか。
 イチを見捨てるわけにはいかない。

「……イチ、今から言う質問に正直に答えろ」
「エックス?」

 エックスが冷静かつ深刻な表情でイチに訊ねてきた。普段の態度と雰囲気が違うのは一目瞭然。そして私達が今まで見て来た、戦闘でクールになるエックスであった。
 でも、なんか府に落ちない。なんでだろう……イチが驚いていることなのかな?

「時間がないから手短に言う。フェイタル・ガイダンスは“やばい”のか?」
「…………」
「正直に言わねぇと、“それほど苦痛”にならない相手として、あいつを倒しに行くからな。別にいいだろ、それくらいのこと」
「…………」

 エックスは片手斧をフェイタル・ガイダンスに向け、視線はイチを捉えている。
 イチの表情はヘルムを被っているから、今どんな表情をしているのかはわからない。でもエックスだけは、ヘルム越しのイチの顔を見通している気がしていた。
 イチがどんな顔をしていても、エックスはイチの返答次第で結果は決まるのだろう。きっとそれは揺るぐこともない、強い意志と冷静さを持っているからイチに訊ねたんだ。

「エックスは酷いですね。わたしがもっとも嫌がることを利用するなんて」
「うっせ。いいから言え。時間は限られている」

 ヘルム越しのイチの表情が苦笑いしていた気がした。本当にそうなのかはわからないが、言葉を聞いているとエックスにしてやられてしまったようだ。
 となると、今からイチが告げられることの覚悟の意味を理解したほうがいいのかもしれない。 
 そう思ったように、イチはエックスの質問した返答をした。

「フェイタル・ガイダンスは識別スキルでもデータが見えません。おそらく九十層にいるモンスターと同等な強さだと思います」
「きゅ、九十!?」

 イチの発言に私は唖然としてしまった。ドウセツはいつも通り淡々としているが、内心は穏やかではないはずだ。
 質問した当人であるエックスはというと、「やっぱりか……」と嘆息をつき、もう片方の手で髪の毛をくしゃくしゃに掻き出した。
 ボスモンスターが六十層ぐらいのレベルだと甘く見すぎてしまった。まさか最前線よりも十五層分以上の、しかもボスモンスターだったなんて、甘く見すぎた。

「よし!」

 フェイタル・ガイダンスが想像以上にヤバいと認識し、絶望に感じるなか、パンっとエックスは自分の頬を両手で挟んだ。

「イチ。振り向くな、あの黒馬から目を離すんじゃねぇぞ」
「は、はい」

 するとエックスはイチに指示をする。そして深刻な顔で私とドウセツに話しかけて来た。

「今は大丈夫っぽいがいつ襲ってくるかわからねぇ。だから、今回ばかりはなにがなんでもオレの言う通りに動け、清ましブス野郎」
「……わかった」

ドウセツはエックスの問いに素直に承諾した。普段なら一言二言、余計に罵るはずが今回はそういうこもなく、エックスも酷いあだ名で呼ぶ物の必死さを伝わる言葉だった。
つまり余裕がないことを示すことであった。

「じゃあ手短に話す……といっても、イチが言った通りだ。お前達は安全エリアに批難、そして転移結晶で脱出。そんだけだ」
「エックスは……イチと?」
「あぁ、そうだ」

 エックスは当たり前のように言う。もしかしてと思って訊いてみたが、思っていた通り、エックスはイチと一緒に時間稼ぎの役目を買ったのだ。
 イチは反論しなかった。エックスも脱出してほしかった彼女はエックスの指示通りにフェイタル・ガイダンスから目を放さなかった。
 エックスが私達のために時間稼ぎの役目を買うことはわかった。でも、エックスはイチと違って耐久力はない。どれくらいかはすぐに計算できないが、九層ぐらいのボスモンスターの攻撃に耐えられるわけがない。
 だからその役目は危険だと私は止めようとした。

「ちょっと待っ……」
「来ます!」

 私の制止は。一匹の大型の黒い馬によって掻き消された。正確に言えば、こちらの作戦行動が強制実行されたと言うべきだろう。
 先ほどまで様子を見ていただけだった大型の黒い馬、フェイタル・ガイダンスがついにこちらへ仕掛けてきたのだ。
 本当だったらイチが殿を務めるくだりをする暇もなく襲いかかってくることは可能なのに、少しの間だけでも何もしてこなかったのは不幸中の幸いだったが、よりにもよってタイミング悪い。せめて私がエックスを制止さてからでも問題はなかったんじゃないか。
 でも、そんなことを愚痴っている余裕なんてない。フェイタル・ガイダンスは私の想像以上の速さでこちらに寄ってきているのだ。

「行くわよ!」

 ドウセツが珍しく声を張り、片方の手でスズナを抱え、もう片方の手で私の腕を掴んで安全エリアへと連れて行こうとする。

「行くぜ、イチ!」
「はい!」

 そして同時にイチとエックスは私達のために殿を務め始めた。
 もはや声も意志も届かない。それどころは声すら届いてはいけない。私のやることと言えば、ドウセツとスズナと共に安全エリアへ避難して、転移結晶で『はじまりの街』へ戻るということだけだ。

「……心配する必要はないわ」
「…………」
「あの二人なら連携を上手くできるし、何よりも生き残る戦いを何度も経験してきているのよ。そう簡単にやられない。今はスズナを安全な場所へ避難させることが最優先よ」
「…………うん」

 ドウセツは走りながら私を励ましてくれた。
 確かにイチの耐久力とエックスの火力を合わさった矛と盾のコンビなら、九十層クラスのボスモンスターを倒せなくても、生き残ることはできなくはないはずだ。実力は私もドウセツも知っている。攻略組の人達だって、彼女達の強さだってわかっている。
 だから……大丈夫、だよね?
 そう思って私はふと後ろを振り返ってしまった。
 それは大丈夫であることを確信するためのような確認。二人を信じ切れなかった裏切る行為。
 希望か絶望か。

「!?」

 絶望だった。
 私の考えがどこまでも甘かったと強い痛手をくらってしまった。
 フェイタル・ガイダンスは一体なにをしたのか。何もしていないのか?
 なら、どうしてだ。
 どうして……イチとエックスは宙へとぐるぐる回転しているのだ?
 脳に押しこまれるような焼き付けた視界。あらゆる機能を衰えさせるように、私は不覚にも立ち止まって見てしまう。
 イチとエックスはぐるぐると回転しながら地面に叩きつけられてしまう。幸い、HPは0にはなってないが、それでも絶望なことには変わりはない。イチHPバーは危険信号の黄色く、エックスに至ってはないも同然、0にほぼ近い。それこそ、赤色のバーが微かに認識できるくらいに絶対絶命の状況だった。
 そしてそれをやったフェイタル・ガイダンスは王者の余裕な風格を表すかのように、ゆっくりと私達のところへと近づいて行く。
 考えろ。
 考えるんだ。
 考えることをやめたら、あの時と同じように失ってしまう。
 今私がやるべきこと、そしてそれを実行する勇気と覚悟。
 そして後悔しないという選択。
 目の前には大型の黒い馬であるボスモンスターである、フェイタル・ガイダンス。その後ろには地面に倒れて込んでいる、イチとエックス。私の背にはドウセツとスズナ。
 それを把握して最善の方法。最悪にならない立ち周り。
 …………決まった。
私がやるべきこと。

「ドウセツ、走って」
「ちょっと」
「走れ!」

 声を張り、ドウセツに命令しながら私は正面からフェイタル・ガイダンスに挑んだ。薙刀でフェイタル・ガイダンスの右前足を払うようき斬りつけると、瞬時に体を回して尻尾を武器にして振り回してきた。当たり判定があるのかはわからないが、わざわざ身を使って調べる必要はない。だから私はしゃがんで回避し、私に引きつけるように薙刀を振るう。相手が攻撃をしてきたら回避。それの繰り返しだ。
 奴が私だけを狙っている隙に、ドウセツとスズナは安全エリア、イチとエックスはクリスタルで瞬時に回復すれば同時に危険な状況が少しでも和らぐだろう。
 これでいい。みんなが生き残る可能性が一番高いのは、私が単独で引きつけることだ。それ以外には思いつかなかった。
 ドウセツが本当は弱虫で泣き虫の臆病者だったとしても、冷静で頭が良いドウセツならスズナを連れて安全エリアに避難しているはず。今それを確認している暇はない。
 そして今から私はイチとエックスに言葉を伝えなければいけない。正直、今伝えることができるのかが不安で仕方がない。
 今はなんとか戦えているし、回避もできている。フェイタル・ガイダンスは私を捉えている。役目としては完璧だが、そんなものは一瞬で崩れてしまう。フェイタル・ガイダンスは体系に似合わず俊敏で小回りが利く、そして大きい見た目通りの力強い攻撃に加え、アクロバティックな攻撃を仕掛けてくる。回避できたものの、馬がバク転するなんて想像できるか。
 そんな相手でも私は実行しなければ、私達全員生き残れない。 
 こんなところで……死んでたまるかっ!

「イチ! エックス! 今から一度しか言えないから良く聞け!」

 二人は本当に聞いているのかわからないし、確認もできない。それでも、私は言わなければ何も始まらない。

「私が引きつけているから転移結晶で脱出しろ!! 絶対にだ!!」

 できるだけ声を張り、エックスとイチに命令した私はフェイタル・ガイダンスに一点集中して薙刀を振って引きつけて、回避の繰り返しを実行する。
 私の声は届いたに違いない。あとは私の言った通りに転移結晶で脱出したら私は機会を伺って安全エリアへ避難する。おそらくドウセツはもう、安全エリアに避難しているはず。そこに入れば身の安全が保障されるから、そのことで不安を抱える必要はない。あるとすれば自分の身と、フェイタル・ガイダンスがエックスとイチへ攻撃対象が変更されること、そしてエックスとイチが戦闘に参加することだろう。といっても、戦況を冷静に見られる二人だから参加することなく、私の命令通りに転移結晶で脱出すると思いたい。

「っ……!」

 フェイタル・ガイダンスを薙刀でちょくちょく与えるとじたばた攻撃を仕掛けて来た。当然、フェイタル・ガイダンスとは初戦闘でじたばたするとは思ってもみなかった。
 幸い、なんとか後ろに下がって攻撃範囲内ギリギリで回避することに成功。だけど、反応が遅れたらどうなっていたかわからない。想像したくはない……。
 今はできることだけを、精一杯なにがなんでも切り抜けるしかない。私が思いつくことは、それしかないんだから。
 ふと、視界には先ほどいたエックスとイチの姿がどこにも見当たらなかった。
 …………もしかしたら。
 私はフェイタル・ガイダンスを薙刀で横なら斬りつける。反撃に攻撃判定があるのかないのかわからない尻尾で円を書くように攻撃してくるのをしゃがんで回避。その時の一瞬で安全エリア側を一瞥する。
 次の攻撃が来るため、ほんの一瞬しか見られなかったけど…………赤髪と全身鎧が見えなかっただけで十分だ。
 これで後は私が安全エリアに批難できたら全てが終わる。そうすれば、みんな明日を迎えることができる。
 油断しちゃ駄目だ。気を緩むな。時間をかけてもいいから、一番安全な方法で帰る。回避しながら徐々に安全エリアへ避難すれば成功になる。
 今この場にいるのは、でっかい黒い馬と私だけなんだからね。

「駄目! 戻ってきなさい!」

 …………。
 ……な、なんだ……? 幻覚…………か……? げん、かく……なのか?
 ドウセツが、ドウセツがどうしてまだ……。いや、それは別にいいんだ。安全エリアに入っていれば。
 じゃあ、何故ドウセツが叫んでいるのか。
 まさか……。
 思い浮かんだのは私のことをお父様と呼ぶ、感情が乏しい少女。
 視界に映ったのは巨大な黒い馬が突進してくる恐怖と絶望を突きつける現実。
 しかし、私は必死に体を動かし、飛び出すようにジャンプして回避した。
 それが間違いだった。

「しまっ……!」

 私が回避したことで、フェイタル・ガイダンスは安全エリアに向かって猛突進。その先には何故かスズナが安全エリアから出ていた。そして、フェイタル・ガイダンスの標的は完全にスズナを捉えてしまった。
 どうしてスズナが安全エリアから出たのかはわからない。理由を求めるのはいい。今はスズナを救う方法を求めるべきだ。
 スズナが安全エリアから出て、フェイタル・ガイダンスはスズナを轢こうとしている。その速さは車並で、今から助けに行っても絶対に間に合わない。なら、ドウセツがスズナを助けるのはどうだろうか。
 いや、駄目だ。間に合わない。
 確信はない、根拠もない。スズナを助けようとしたところで二人共轢かれてしまう最悪の結果が見えてしまう。
 その結果をこれから事実になるように、ドウセツが安全エリアを出てスズナに駆けつけようと走り出す。敏捷力が高いドウセツでも、フェイタル・ガイダンスはそれを上回るスピードで襲って行く。
 私は…………また、また守れなかったのかな? また……また救うことができなかったのかな? やっと、前に進むようになったのに、守りたい人ができたのに、私のミスで失ってしまうのかな。
 嫌だ。
 嫌だよ。
 消えてほしくないよ。
 

「逃げてええええええええええええええええ!!」

 私にとって最後の希望を絶叫に込めて伝える。それと同時に足が一生使えなくても良いという根性と必死で足を動かす。間に合わないかもしれないが、立ち止まっていたら私は取り残されてしまう。そんなのは嫌だ。
 どうか私の声で生き残ってほしい。自分が死ぬのは恐い。でもそれ以上に私にとっての存在がいなくなるのはもっと恐い。
 だから逃げて……なんでもいいから…………逃げてっ!

「大丈夫」

 声が聞こえた。
 私でもドウセツでもない、声音。
 それが誰なのかがわからないまま場面は切り替え、信じられない光景が映っていた。
 ドウセツがスズナを守ろうと抱きしめ、それと同時にフェイタル・ガイダンスに轢かれそうだ寸前だった。
 スズナが掌を前に出すと、鮮やかな紫色の障壁を張り出す。それはフェイタル・ガイダンスと激突して、大音響と共に弾き返した。
 そして『Immortal Object』と言う、不死存在システムタグが表示される。意味は不死存在、意味通りならスズナはけして死ぬことはなく、そして確実に理解できたのはプレイヤーが持つことはないものをスズナが使えたということだ。
 障壁に弾き返されたフェイタル・ガイダンスは距離を取って、様子を見るように立ち止まる。おそらく障壁を作ったスズナを警戒しているのだろう。
 その直後、音色がダンジョン内に響き渡った。その音色は懐かしいようで、つい最近聞き覚えがあった。
 そうだ、これは……歌。スズナだ。祈りを捧げるように手を合わせ、目を閉じてスズナは歌っている。音色が響き渡り、辺り一面に穂のかな光が照らされていく。ここがダンジョンで、命が削がれる場所でありながらも、敵わないレベルを持つモンスターがいても、穂のかな光で照らされたダンジョンに殺伐としたものはない。まるで幸せな家族が笑い、楽しんだりする居場所、我が家のような雰囲気を味合わせるような気がした。
 おかげで、気持ち的に楽になって落ちつけるようになった。そして不思議と目の前にいるフェイタル・ガイダンスを警戒していなかった自分に驚きを隠せなかった。

「あ……」

 スズナの歌は我々プレイヤーを容赦なく襲うモンスターにも穂のかで温かい音色が伝わったのかはわからない。けど、大型の黒い馬はゆっくりと我が家へ帰るように振り返ってどこかへ行ってしまった。それと同時にスズナは歌い終わり、辺り一面に照らされた温かい光は消えて行った。

「……お母様、お父……いいえ、違いますね」

 スズナは見てきた通りに表情は貧しく無表情であった。だけど、どこかどうみても、スズナは悲しそうな顔をしていた。まるで涙が流れるように、泣いているような気がした。
 それを意味する言葉を、静かに口にした。

「思い、出しました……」

 そして彼女はこう言った。
 ユイのことも……私のことも……と。 
 

 
後書き
SAOツインズ追加
フェイタル・ガイダンス
原作でいう地下ダンジョンの死神に位置に値する大型馬のモンスター。訳ありという名のこじつけでスズナのために出しました。

分かれ道。
原作ではシンカーさんの道はおそらく一本道であるが、訳ありという名のこじつけでスズナのためにキリカ組とキリト組で別れました。 
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