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非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜

作者:波羅月
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第113話『空中戦』

 
フィールドの中央で、焔の剣翼が煌々と輝く。その苛烈な光景に観客は、皆目を奪われた。そしてそれはフィールド外で待機している仲間も例外ではない。


「な、何ですかあれ!?」

「翼が生えた……!」


晴登と伸太郎は口々に驚きを露わにする。それほどまでに緋翼の技は真新しいものだった。焔の斬撃も焔の柵もインパクトは強かったが、今回はさらにその上のレベルである。


「辻のやつ、やっぱり使ってきたか」

「やっぱりって、部長知ってるんですか?」

「まぁな。あれはあいつの切り札な訳だし」

「切り札……!」

「"武装・緋連雀(ひれんじゃく)"。剣翼で空気抵抗を調整して速度を上げ、短い双剣で相手の懐に潜り込み高速で切り刻む、より近接戦に特化した超スピードアタッカーという訳だ」


切り札、それは相手を打倒する最終手段。どうやら即興ではなく、元より彼女のとっておきだったらしい。
終夜の説明によると、あれは結月が使う豪快な技とは異なり、自身を強化する類のもの。普段からスピードの速い緋翼がさらに速くなるとなれば、それは強いに違いない。


『私は飛ぼうと思えば飛べるけど……』

『飛べるんですか!?』

『う、うん。でも、あんたの参考にはならないと思う』


ふと、脳裏に魔導祭に向けた事前ミーティングをした日のことを思い出す。
これは晴登が飛びたいと願いながら、その方法がわからないと嘆いていた時に緋翼からかけられた言葉だ。あの時はどういうことかわからないまま流してしまったが、まさかここでその真意を知ることになろうとは。


「そりゃ、翼を生やすのは参考にならないよなぁ……」


彼女が翼で空を飛ぶというのであれば、それは風しか操れない晴登には到底真似できる芸当ではない。だからあの時は言葉を濁されたのか。


「じゃあこれで空中戦を……!」

「──いや、話はそう簡単じゃない」


これで舞とも対等に戦えると、緋翼の進化に浮き足立つ晴登を、終夜はピシャリと制した。疑問符を浮かべる晴登に、彼は説明を付け加える。


「確かにあの状態の辻は空を飛べる。けどあの翼は空気抵抗の調整が主目的で、あくまで地上用。空中じゃ直進や旋回といった大雑把な動きが限度だ。総合的には相手に分がある」

「……さっきから空気抵抗空気抵抗って言ってますけど、どういうことですか?」

「レーシングカーに羽が付いている理由は知ってるか? あれは前から受ける風の向きを下向きにすることで、車体を地面に押し付けて速度を伸ばしてるんだ」

「へぇ〜」

「加えて、焔がエンジン代わりになって、辻の場合はその速度はさらに上がる。だからこそ地上用なんだ。空中じゃその真価は最大限発揮できない」


終夜の事細かな解説に感心しながら、剣で翼を象った理由をようやく理解する。
剣で翼を作るなんて、そんな発想は見たことも聞いたこともない。彼女の能力(アビリティ)の"刀をモチーフにしなければいけない"という制限があったからこそ思いついたのだろうか。恐るべし。
ただ、舞台が空ということで緋翼が不利という状況には変わりない。自慢のスピードも生かし切れないという訳か。


「そしてこれが一番の問題なんだが、あの武装を維持するためには相当集中力が必要で、呼吸一つすら気を張らないといけないらしい。だから体力よりも精神にクる。つまり、持続は保って5分だ」

「5分!?」


衝撃の事実に声を上げて驚いてしまう。
5分というと、晴登の会得したての"疾風の加護"の持続時間と同じくらいである。
しかし、緋翼の場合はそれが切り札だ。その5分を凌がれたらもう勝ち目はないと言っていい。

つまり、この勝負の決着は5分後。その時にはどちらかの勝利が決まってしまう。


「ここでその選択をするなんてな──面白ぇよ」


博打も博打、大博打。緋翼の選択は空中戦を挑むという最悪手でもあり、切り札を切るという最善手でもある。
そんな当初の作戦と全く異なる展開に、終夜は怒るかとも思ったが……意外にも笑っていた。彼自身、この予想もつかない事態にワクワクしているのだろう。なんて酔狂な。


「頑張ってください……!」


とはいえ、彼女の選択をとやかくは言えない。晴登もまた、興奮しながら応援するのであった。







「はぁぁぁ!!!」

「速っ……!」


地面を踏み込んでから刹那、舞の正面には既に緋翼がいた。地上から空中まで一直線、まるでミサイルかのようなその突進。速度も迫力もさっきと段違いで、怯んだ舞はガードが一瞬遅れてしまう。


「ぐっ……!」


斬撃を翼で完全には受け止め切れず、くるくると後方へ吹き飛ばされる。
なんと危うく観客席にぶつかる寸前まで飛ばされたが、羽ばたきを駆使してなんとか空中で堪えた。


『先程までと形勢が逆転! 辻選手が小鳥遊選手を追い詰めています!』


「へへ、やるじゃん」

「まだまだいきますよ」


舞がにやりと笑みを浮かべる一方で、緋翼はあくまで冷静だった。ここで熱に呑まれると武装が解けてしまうからだ。決してペースを乱してはならない。


「それじゃ、いっくよ〜!!」


舞は大きく1回羽ばたくと、猛スピードで緋翼に向かっていく。こちらもさっきまでと比べて、ギアが変わったかのように速い。


「とりゃりゃっ!」


加えて、何十枚もの羽根を放ってくる。逃げ場もないくらいの広範囲攻撃。どうにかして防がなければいけない場面だ。しかし、


「ふっ!」


今の緋翼のパワーとスピードであれば、その羽根1枚1枚の挙動を見切り、撃ち落とすことは容易であった。双剣を巧みに操り、羽根の嵐を切り抜ける。
だが、これで終わりではない。防御で身動きが取れなかった緋翼に向かって、舞の飛び蹴りが向かってきていたのだ。


「そこだ! とりゃあ!──あれ?」


完全に隙を突いた一撃が緋翼に炸裂──することはなく、すり抜けるように彼女の身体を貫いた。直撃したと思ったのに、まるで手応えがない。

それもそのはず、それは緋翼が残した残像だったのだから。


「──"不知火返し"!」

「なんですと……!?」


呆気に取られる舞のすぐ横からすっと双剣が現れ、鋭いカウンターがお見舞いされる。勢いが大きかったせいで、その反撃が手痛く突き刺さった。

"不知火返し"もまた集中力を必要とする技のはずだが、今の緋翼では息を吸うように行なえる。これが彼女の切り札の利点の1つと言えよう。


「はあっ!」

「ぐっ……」


カウンターでよろけた舞に、緋翼は追撃を怠らない。
普段は太刀でリーチを確保していたが、今は短い双剣で手数重視。いくら目の良い舞でも多くは避けられない。


「"緋翼連斬(ひよくれんざん)"!!」

「きゃああああ!!!」


双剣だけでなく剣翼まで含めた怒涛の連撃。直撃してしまった舞はダメージで翼が解除され、地面へと落下していく。



『小鳥遊選手、フィールドに墜落しました! ピクリとも動きません! 果たして無事なのでしょうか?!』


「はぁ……はぁ……」


舞が仰向けに倒れている傍ら、緋翼は肩で息をしながら地上に降り立つ。その背中にはもう翼はない。時間切れだ。


「勝った、の……?」


遠目では全く動いていないが、僅かに手が動いている。まだジョーカーによる戦闘不能の判定は下されていないし、降参の意思も感じられない。つまり、まだ試合は続いている。


──仕方ない。倒れている相手にとどめを刺すのは気が引けるが、これは勝負。勝つためだ。


太刀を取り出して振り上げたその時、ふと目の前の視線とかち合う。それはフィールド外からこちらを見ていた終夜の瞳だった。


「……待ってて。今終わらせるから」


自分のために、そしてリーダーである彼のために勝利を捧げる。それが今の緋翼のやるべきことだ。この刀を振り下ろせばそれで終わり。ここで栄えある1勝をもぎ取り、優勝に向けて駒を進めるのだ。


──終夜から目を離し、視線を下ろした瞬間だった。


「うがあぁぁぁぁ!!!」

「なっ!?」


勢いよく起き上がった舞による両翼でのなぎ払い。反応こそ間に合ったが、肝心の身体がついてこなかった。刀で防ぐこともできずに、モロにその一撃を喰らってしまう。


「そんな……!」


両翼に薙ぎ払われた緋翼の小さな身体は、フィールドの外へと向かって飛んでいく。
もう足は地面に付かない。衝撃で刀は落とした。フィールドに居残る手段が……ない。


「がふっ……」


ついに観客席の壁まで吹き飛ばされ、苦痛の声を洩らす。


『決まったぁぁぁ!! 辻選手リングアウト! 勝者、小鳥遊選手!』


ジョーカーの勝利宣言が頭の中に虚しく響く。

負けた。たった一瞬の油断がこの結果に繋がった。

勝ちを確信していた。だからこそ、少しだけ反応が遅れていた。


全部、自分のせいだ。


「う、うわぁぁぁぁん!!!」


緋翼は己の愚かさに涙を流すしかなかった。







「副部長が負けた……!?」

「最後の詰めが甘かった……いや、相手の勝ちへの執念の方が上だったと言うべきか」


フィールド外で座り込んで泣きじゃくる緋翼を見ながら、悔しそうに呟く晴登と終夜。本当にあと一歩のところだったのだが、舞の最後の力に押し負けてしまった。どうしようもない。


「やっぱりそう簡単に突破できる相手じゃねぇよな」


これが準決勝という舞台。いくら年齢が近かろうと、これまでの相手とは実力が違う。予想通りに事が進む訳がなかった。


『続いて2本目! 【日城中魔術部】三浦晴登選手VS.【花鳥風月】猿飛選手!』

「やっぱりか……」


陰鬱な気分の中、ジョーカーによる次なる組み合わせが発表され、晴登の顔がさらに強ばる。嫌な予想ばかりは的中するのだから運の悪い。
緋翼の相手が舞だった時点でほとんどわかっていたことだが、よりによって師匠と呼ぶ相手と当たるのは、さすがに苦しいものがある。


「三浦、自信ないか?」

「正直に言うと……全然」

「だよな。相手が師匠じゃ、縮こまっちゃうよな」


表情を歪めていると、意外にも終夜が共感してくれる。不思議に思って彼の方を見ると、彼は言葉を続けた。


「でもよ、それは俺も一緒なんだ」

「え?」

「俺が当たるであろう星野先輩からは、よく魔術を教わってた。いわば俺の師匠なんだよな」


昔を懐かしむように終夜は言った。彼に魔術を教えた人が誰なのか気にはなっていたが、まさか彼女だったとは。終夜が尊敬する訳だ。


「だから、お前だけじゃない。俺だってかなりビビってるよ。あの人の強さを知ってるからこそ、不安が拭い切れない」


見ると、まだ自分の出番でもないのに、終夜の手は震えていた。あの自信満々な終夜がここまで弱気なのは珍しい。

……いや、それは晴登も同じことだ。風香の強さは、魔導祭を通して何度も見せつけられた。格の差を思い知らされ、今から試合だというのに足が竦んでしまう。

──しかし、終夜の言葉はそれで終わらなかった。


「それでも、勝たなくちゃいけない。辻の分は俺たちで取り返す。お前には負担をかけることになるが──勝ってくれ。そしたら俺も勝つ。あの人たちを乗り越えて、それで決勝に行くぞ」

「……はい!」


一見、一方的で無茶苦茶な約束。しかし、それが彼なりの覚悟を示したものだとわかり、晴登も気合いが入る。

この試合は勝たなければいけない。負けた緋翼のためにも、意気込む終夜のためにも、何より──今日に繋いでくれた結月のためにも、だ。







「まさか、こんなに早く君と当たることになるなんてね」


フィールドに上がると、向かいの風香から声をかけられる。
事実、本当に戦うことになるなんて、夢にも思っていなかった。
おかげでお互いの手の内はバレバレ。この勝負は情報戦よりも、単純な実力勝負となるだろう。


「よろしく……お願いします!」

「こちらこそ」


師匠と弟子。実力差は歴然だとしても、彼女の胸を借りるつもりで思いっきりぶつかりたい。
晴登は大きく深呼吸して……構える。


『それでは、試合開始!』


互いの手札が見えている以上、温存も小細工も時間の無駄。つまり、短期決戦だ。


「"疾風の──」


開幕からフルスロットル。速攻を仕掛けようと、脚に魔術を付与しようとしていた、その時だった。


「んぐっ」


瞬刻、衝撃が身体を貫いたかと思うと、気づけば宙に浮いていた。それだけでなく、フィールドから離れるように飛んでいる。その端からは、風香が仁王立ちしてこちらを見つめていた。


──彼女に突き飛ばされたと気づいたのは、その数瞬後だった。
 
 

 
後書き
最近寒くなって参りました。皆さん如何お過ごしでしょうか。どうも波羅月です。ただいま扇風機をしまうタイミングを見失っております。

さて、今回はまさかの空中戦ということで、緋翼には不利ながら空を飛んでもらいましたが、決着はまさかの地上という。なんという皮肉。大変自分好みの展開です。

ということで、1敗の状態で始まる2本目。ここで晴登が負ければ当然そこで試合終了です。諦めなくても結果は変わりません。果たしてどんな結果になるのか。そして彼らは無事決勝に上がれるのか。ドキドキですね。

前回の宣言通り、今月中に書き上げられて喜ばしいです。本当は少し前の自分の誕生日に更新したかったんですが、さすがにそれには間に合わず。無念。
来月も2話書けたら嬉しいな〜なんて思いつつ、次話の執筆を始めていきたいと思います。

今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もお楽しみに! では!



P.S. 最近やけにPVが多くついてビックリしております。別にランキングとか載ってないっぽいんですけどね、不思議。とはいえ、いっぱい読んでもらえて素直に嬉しいです。ありがたや。でも序盤の方はあまり読まないでね。下手くそで恥ずかしいから() 
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