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非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜

作者:波羅月
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第114話『師弟対決』

自分の身体がフィールドの外にあることと、さっきまで自分がいた位置に風香が立っていることから、状況はすぐに察することができた。

 
「ヤバっ……!」


速すぎる。何も見えなかった。晴登の速攻を上回る速攻だ。

……いや、今は感想はいい。まずはこの状況を打破しなければ。壁はもうすぐ背後に迫っている。ならば、ぶつかる衝撃を風で和らげれば──いや、壁に背中を向けたこの姿勢じゃ無理だ。


「だったら!」


即座に地面に思い切り風を打ち付け、軌道を無理やり真上へ逸らす。バランスが取れずにくるくると空中に浮き上がるが、これで壁にぶつからなくなり、リングアウトは免れた。
しかし、新たな問題も発生している。


「こっからどうやってフィールドに戻るか……」


ふわっとした重力感を味わいながら、復帰方法を考える。
フィールドの端には風香が立ち塞がっているので、下手な復帰は潰されかねない。


「これしかないか」


観客席の壁を見つめる。地面から大体3mの高さのそれを踏み台として、真横から素早くフィールドに戻るのだ。イメージは水泳の壁蹴りである。


「慎重にだ……」


やることは単純だが、実行に移すとなると難易度は激増する。
まず前提として、足を直接壁に触れてはいけない。触れればそれで場外判定になるからだ。なんとか風で壁を押すしかない。
そしてそこまでの過程。空中で浮いているこの姿勢から、壁を踏み台として使える地面スレスレの位置まで降下することが何よりの難関だ。今回は着地する訳でないのでブレーキは最小限に抑えつつ、姿勢はフィールドに向かって真っ直ぐにする。この2つを両立することがどれほど難しいやら。


「そして最後に……」


晴登は風香を見つめる。
そう、ゴールキーパーのように立ち塞がる彼女の存在こそが最後の難関なのだ。壁を蹴ってフィールドに戻ろうとしても、彼女に撃墜されればリングアウトの未来は変わらない。

ああもう、やることが多い。こうして考えている間にも、身体は徐々に自由落下を始めている。これ以上作戦を練る時間はなかった。


「ふっ!」


まずは降下。幾度となく高所から落下した経験がここで生きる。地面との距離を目測で測り、絶妙な威力の風を地面に放ってブレーキ。成功。


「そしてここから……」


身体が地面につく前に、すぐさま両足を壁に添える。決して触れてはいけない。そこまで来れば後は一気に、


「"噴射(ジェット)"!」


足裏から壁を抉るほどの猛烈な勢いで風を放ち、反作用の力で身体は弾丸のようにフィールドへと放たれる。

もちろんそれを許さない風香は蹴りを繰り出してくるが、なんとか身体をひねらせ、間一髪で攻撃を回避した。その後フィールドに頭から突っ込んだ訳だが、風を使った着地で器用に受け身をとる。もはや慣れたものだ。


『間一髪! 三浦選手、一度場外へと飛ばされながら何とか復帰しました!』


「……驚いた。あんなの舞くらいしか戻って来れないと思ってたのに。さすがだね」

「ど、どうも……」


風香が驚きと賞賛を露わにする一方で、晴登は冷や汗を拭いながら大きく息をついた。
それでも心の臓は未だに動悸を止めず、同様に手の震えも継続している。

危うく開始直後で散るところだったが、ギリギリで踏みとどまった。本当に寿命が縮む思いである。

しかし、これでようやくスタートラインに立ったに過ぎない。勝負はこれからだ。今度こそは先手を取らなければ。


「"疾風の加護"!」


風香の攻撃を警戒しつつ、脚全体に魔術を付与。これで一時的にだが、晴登の速度は飛躍的に底上げされる。

地面を思い切り踏み込み、疾風の如く風香に迫る。その動きを目で捉えることができる魔術師が、果たしてこの会場に何人いるのだろうか。


「"烈風拳"!」


そんな速さから放たれる風を纏った鉄拳。並の相手であれば一撃でノックダウンも夢ではないだろう。が、


「ふっ!」

「おわっ!?」


拳の軌道を即座に見切った風香によって受け流され、逆に腕を掴まれて地面へと投げられてしまう。

なんという洞察力。だがこの程度ではへこたれない。晴登と同系統かつ格上の魔術師である彼女が、晴登の動きについて来れるであろうことは織り込み済み。であれば当然二の矢も用意している。


「まだまだ!」

「っ!」


投げ飛ばされた勢いを風で緩和しつつ、すぐに姿勢を立て直し、両腕を振るう。


「"鎌鼬"!」

「"旋刃(せんじん)"!」


"鎌鼬"が腕を使った斬撃なら、風香の"旋刃"は脚を使った斬撃と言うべきか。回転するように振るわれた彼女の脚は見事風の刃を砕いた。


「そこだっ!」

「!!」


しかし晴登は、風香が足技を使ったその瞬間を見逃さない。加護の出力を上げて一気に突っ込む。

彼女の魔術は脚が主体。つまり身体を支える部位を武器にしているのだから、技と技の間隔には体勢を整えるだけの時間が必要なはず。
よって現に右脚を振るった彼女が、晴登に反撃する術はない。そこが攻撃のチャンスとなる。これが晴登が密かに建てていた作戦だった。

この隙を逃すな。無防備な横腹に全力の拳を──


「"旋刃"!」

「なっ!?」


なんと風香は晴登の動きを見てから、振るった右脚の遠心力を利用して軸足を回し、2回転目に突入したのだった。
回転したことで威力を増したその一撃を、逆に不意を突かれた晴登の方が喰らってしまう。


「ぐっ……!」


無様に地面を転がり、危うくフィールド外に出るというところで止まる。
蹴りのはずなのに、まるで刀で斬られたかのような鋭い衝撃だった。怪我をしていないはずなのに疼痛が消えない。それほどまでに痛覚を刺激されたということか。


「……は、やべっ!」

「"風槍突"!」

「ぐぎぎ……!!」


お腹を抑えながらゆっくりと立ち上がろうとしたところで、眼前に迫り来る風香の姿を視認する。
風香の前蹴りが放たれたのに対して反射的に両腕でガードするが、あまりの威力にまるで骨が軋むかのような錯覚に襲われた。


「うがぁ!」

「おっと」


これ以上押されると場外になってしまうので、すぐさま押し返すように両腕を振るって暴風を起こし、足ごと風香を吹き飛ばす。
力強い反撃に彼女は目を丸くしていたが、慌てることなく軽々と着地した。


「よく受け止めたね」

「はぁ……結構、ギリギリですけど……」


痺れる腕を抱きながら、晴登は荒い呼吸を繰り返す。

──今のは本当に危なかった。

"疾風の加護"のおかげで何とか踏ん張れたが、それがなかったら間違いなく壁まで吹き飛ばされていただろう。今度は復帰する余地もないくらいの勢いで。


「う、ぐ……」

「どうやら、そろそろ限界みたいだね」


唐突に視界がぐらつき、足元もふらつく。どうやらもう魔力切れが近いらしい。
いつもならこんなに早く魔力が枯渇することはないのだが、今回は被弾しすぎた。HP代わりの魔力が相当削られたらしい。


「本当に……短期決戦だったな……」


試合開始から、時間にして約5分といったところか。ちょうど"疾風の加護"が切れる頃だ。そんな短時間でここまで追い詰められるとは……実力差が開きすぎている。

ここから逆転することは──正直厳しい。


「どうすりゃいい……考えろ!」


だが終夜と約束したのだ。そう易々と諦めてたまるものか。
魔力は残り少ない。このまま戦っても先に魔力が切れるのはこちらの方だ。それなら、一発KOのリングアウトを狙うしかない。


「まぁ、それができたら苦労しないけどな……」


さっきまでのたった数分の応戦で、風香相手にそんな余裕も隙もないのは明白だった。彼女はすこぶる冷静で、油断もしていない。格下だからといって、晴登を侮ることは決してしていないのだ。


「結月……」


こんな時に真っ先に頼りたい結月は隣どころか、会場にすらいない。……というか、すぐに彼女に頼るのは男としてどうなのか。ダメだダメだ、自分の力でどうにかするんだ。


「また、あの力があれば……」


2回戦にて、晴登が利用した未来予知紛いの何か。それなら無理やり風香の隙を作り出すことはできよう。
もしあれが本当に晴登自身の力であるならば、それに頼るのは問題あるまい。もっとも、使えればの話だが。


「あの時は確か──」

「今が試合中ってこと、忘れてない?」

「やべっ!?」


思考に耽っていて、風香の接近に気づくのが遅れてしまった。
飛ぶように横に避け、何とか攻撃をかわすことには成功する。


「さすがに試す時間はないか……」


使い方も用途も明確でない技を扱うには、時と場合が悪すぎる。大会中ではなく、もっと早くに知ってさえいれば……。


「もう降参する?」


苦しむ晴登に向かって、風香が腰に手を当てながらそう告げる。油断していないとはいえ、余裕そうな表情だ。そして挑発するかのように口角を上げている。君の力はその程度なの、と。


──まだ期待しているというのか。


所詮、晴登は魔術初心者。多少の器用さと経験で補ってはいるが、まだまだひよっこに相違ない。
そんな晴登の弟子入りを快諾してくれた風香。彼女の瞳に落胆の色は見えなかった。誰から見ても勝ち目がないこの状況でもなお、晴登に戦えと言っているようである。


「……降参なんてしませんよ。俺はまだ、戦えます!!」


強がり、見栄、虚勢。何とでも言うがいい。ただ晴登には守りたい約束があり、それを結んだ相手がいる。負けるとしても、最後の一瞬まで抗わなければならない。自分に残された、僅かな魔力を絞り出してでも──



『──よく言った』


「……は?」


突然、頭の中に誰かの声が響いた気がした。かと思ったその瞬間、晴登を覆うように風が吹き荒れる。


「な、何……?!」


いきなりの事態に混乱する風香。しかしそれは渦の中にいる晴登も例外ではない。これは自分でやっている訳ではなく、勝手にこうなっているからだ。理由も理屈もわからない。


「どういうこと? 魔力はもう少ないはず……」


晴登に残された魔力では、ここまで風を操ることはできないはず。まさかまだ力を隠していたのかと、風香は身構える。


──渦が四散し、そこには晴登が立ち上がっていた。


あれだけの風を起こしたというのに、魔力切れの兆候はない。それどころか、不思議と身体から力が湧いてさえいる。まるで、何かに力を貸してもらっているかのように。


「これは……」


手を握ったり開いたりして、身体の具合を確認。特に異常はない。
どうやら全回復とはいかないが、もう一度風香と対峙できるくらいには力が戻っている。……それだけわかれば十分だ。


「……ん?」


意気揚々と前方を見て──まず自分の目を疑った。
目の前には風香が立っているだけ……のはずなのだが、その周りに流れる"風"まで視えるのだ。うねって捻れて渦を巻き、風はその動きを止めることはない。実際に肉眼で風を視たことがある訳ではないが、これは風で間違いないだろう。

しかも流れの一つを注視していると、脳裏に映像が浮かんできた。


「これって……!」


疑うまでもない。2回戦でも視たものと同じ感覚だ。つまりこれは──未来の景色。晴登は今、これから起こるかもしれない事象を視ているのだ。


「……っ」


風香は突然の晴登の変化に警戒し、迂闊に近寄って来ない。好都合だ。その間にこれらの風を全て視て、未来を掌握する。目まぐるしく変化する映像の数々に頭を抱えながら、晴登は風を見渡していった。
これらの未来の確証性はまだ保証されていない。それでも、今は縋るしかなかった。


「──風の導くままに」


次にこの短時間で把握した分の未来を、自分の都合のいいように、望む結果になるように繋ぎ合わせる。
そしてただ一つ導かれたこの未来を視るに、どうやら勝利の女神はまだ晴登のことを見放していないようだった。

なら後は、その通りに動くだけ──


「"噴射"!」

「っ!」


風香が動かない間に、晴登は先手を仕掛けた。"噴射"の速度は、瞬間的ならば"疾風の加護"をも上回る。そんな速度で急激に迫れば、当然風香は迎撃せざるを得ない。


「"旋刃"!」

「ふっ!」


大気を切り裂くような鋭い蹴りを、寸前でジャンプしてかわす。これはさっき確認できた未来。だから避けるのは簡単だ。

しかし、さすがは風香。晴登が避けたのを見てから、空ぶった足をその勢いのまま踏み込み、オーバーヘッドキックを繰り出してきた。その反応速度たるや──だが、


「"天翔波"!」

「なっ!?」


それすらもわかっている晴登は、先出しで技を放ち風香を叩き落とした。体勢を崩した彼女は仰向けのまま地面へと落下する。
だが角度が浅く、まだそこはフィールドの上だった。

晴登は素早く着地し、追い討ちをかけるべく拳を振りかぶる。


「"烈風拳"!」


立ち上がる暇もない風香は、左側に飛び退いて避ける──それも知っている。


「そらぁ!!」


鉄拳をそのまま放つと見せかけて、身体を逆にひねり、手の甲で彼女を捉える──そう、裏拳だ。


「くっ……!」


不安定な姿勢に加えて、予想外の一撃。いくらガードが間に合ったとはいえ、彼女は踏ん張ることもできず、場外へと吹き飛ばされた。
ここで壁まで飛ばされていれば、晴登のようにあわよくば復帰の可能性があったかもしれないが、生憎裏拳の威力は乏しく、壁から離れた地面の上に彼女は為す術なく尻もちをつく。


『じょ、場外! 開始わずか数分で鮮やかに勝利をもぎ取ったのは、【日城中魔術部】三浦選手です!』

「「「わあぁぁぁぁぁ!!!!!」」」


こうしてたった数分間の、突風のような短期決戦の決着がついたのだった。
 
 

 
後書き
執筆時間をかけすぎて、逆にストーリーが簡潔になってしまいました。どうも、波羅月です。いや試合時間数分ておま。

ということで、なんと1話で終わってしまった師弟対決。もちろん長々と書こうとも思いましたが、短期決戦の方が彼ららしい気もしてこうなりました。決して楽をした訳じゃありません。信じてください!

とはいえ、短いながらに何だかエラいことになっています。どゆこと? 晴登君なにその力? あまりに突発的すぎて作者自身も戸惑っていますが、次回以降でちゃんと触れるので許してください。フラグは建ててたから良いよね……!(雑)

緋翼が負けて晴登が勝ったということは……次は3本目という訳ですね。まぁ作者的にはこっちが本命ですから、気合いを入れていきます。ワクワクです。

てな訳で今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もお楽しみに! では!



……と見せかけて、ここで一つお話を。完全に話が脱線するのですが、最近、この物語をどう完結させるかずっと考えていました。だって見切り発車で始まってもう5年書いてますからね。そろそろ6年目ですからね。いい加減ラストを見据えないといけない気がしまして。
そこで執筆の合間にストーリーを組み上げ組み上げ、先日ついにざっとですが組み終わりました。ようやくか……。
どんな内容かはもちろん言えませんが、少なくとも数年以内には完結する予定です。うーんアバウト。今のままの執筆速度だと仕方ありませんね。
ですが、今までみたいにダラダラと思いつきのストーリーを並べるのは終わりです。次の章……いや、今の章から本格的に動き出します。
より一層励んでいきますので、応援のほどよろしくお願いします。

なお、クオリティも執筆速度も今と変わる気はしませんので、期待は程々に…… 
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