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ソードアート・オンライン~アインクラッド・アクセル~

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アインクラッド
  ~剣の世界~ 1

 ―――2022年。人類は遂に、完全なる仮想空間を実現した。

 
































  ソードアート・オンライン
















 ―――先ほどからテレビは、延々とこれと似たような見出しを流し続けていた。ちょうど昼のワイドショーの時間帯ということもあり、別のチャンネルも似たような情報を流している。今ここで、その内容を一字一句違わずにそらで言えといわれても簡単に実行できる自信が彼にはあった。
 それほどまでの大熱狂だが、それも致し方ないといえよう。「完全な仮想空間の実現」という言葉は、けして誇張などではないのだから。

直接神経結合環境システム―――NERve Direct Linkang Enviroment System

 この頭文字を取り、NERDLES《ニードレス》と呼ばれるシステムの登場は、人類にとってまさに大躍進である。
 ハード内に埋め込まれた無数の信号素子によって発生した多重電界で人の脳と直接接続し、目や耳といった感覚器にではなく、脳に直接仮想の五感情報を与える事で仮想空間を生成する。またそれと同時に、脳から体への電気信号も回収することで、脳は完全に現実の体の支配から切り離され、仮想空間内の生成された仮想の肉体を意のままに操る事が出来るのだ。もちろんその際、現実の肉体は最低限の生命活動以外の動作を行うことはない。まさに【フルダイブ】と呼ぶに相応しいだろう。
 この、バーチャルリアリティ技術の粋を集結したと言っても過言ではないシステムを搭載した、仮想空間へのフルダイブ用マシンは、極一部のアミューズメント施設やリラクゼーション施設にのみ導入され、やがてに民生用にダウンサイジングがなされたヘッドギア型の家庭用ゲーム機《ナーヴギア》が発売され、絶大な売り上げを記録した。
 ・・・そんな《ナーヴギア》だが早くもひとつの問題が生まれた。もっとも、この問題は《ナーヴギア》自体とはまったく関係がないのだが・・・
 【フルダイブ】という斬新な機構を実現した《ナーヴギア》。しかしながら、肝心のソフトリリースはそのどれもが簡素なパズルゲームや知育ゲームなどのジャンルばかりであり、お世辞にも満足のいくものだったとは言いがたい。わずか100メートル程歩けば行き止りなどというのであればそんなものは、それこそアミューズメント施設で現実に遊ぶのと大差ないはずだ。
 【フルダイブ】未経験者やさほどゲームをやらない人間ならばそれでも満足だろうが、自身がゲームの中に入るという体験に夢中になった、所謂ゲーム中毒者にとってはやはり物足りず、必然的に彼らはあるジャンルのゲームを待ち望んだ。
 すなわち、ネットワーク対応ゲーム。それも広大な異世界に、何千何万というプレイヤーが同時接続し、己の分身を育て、戦い、生きる。【MMORPG】というジャンルを・・・
 ユーザーの期待と渇望が限界まで高まった頃満を持して登場したのが、世界初の【VRMMORPG】というゲームジャンルを冠したソフト。
 ・・・すなわち、先ほどからテレビで延々と流れる広告の正体。《ソードアート・オンライン》。
 斬新なことにこのゲームには、所謂“魔法”が存在しない。その代わりに無限といえるだけの《剣技‐ソードスキル‐》と呼ばれる必殺技に順ずる技がある。己の体と剣を実際に動かして戦うというフルダイブ環境を最大限に生かすためなのだそうだ。
 またこの他に、鍛冶や裁縫、料理に音楽といった多種多様なスキルがあり、その中でマイホームを買うことも出来、文字通り『生活』することが出来るのだ。それらの情報が公開された際のユーザーの反応は筆舌に尽くしがたいほどの熱狂ぶりであった。
 今画面からは、その《ソードアート・オンライン》の発売日となった先週の様子が映し出されていた。前日でも遅く、このソフトを購入するために三日前から並んでいた人も少なくなかったという。ちょうど画面にはソフトを購入できた者たちがカメラに向かってパッケージをかざしこれでもかというくらいのアピールをしている場面が流れ、その光景に馬鹿だなという感想を漏らしたが、かくいう自分も、その内の一人だという事を思い出し、自嘲気味に笑う。正直、普段の自身からは考えられない興奮っぷりだったので、画面に映し出されなかったのがせめてもの救いだった。
 ・・・そんな、今になって少し恥ずかしいなと思い、自身の中で一つの黒歴史化しようとしていた発売日から早一週間、遂に《ソードアート・オンライン》の正式サービスの日を迎えたのだった。
 帰宅と同時にソフトを起動させ、自身の分身となるアバターの作成に異常なまでの時間をかけ完成させてから今日という日を心待ちにしていたのは彼だけではないだろう。正式サービスの開始時間である午後一時の三十分前から待機していたとてなんら不思議はないはずだ。
 時刻は12時58分。
 そろそろかと、セーブモード状態の《ナーヴギア》をかぶりベッドに横たわる。
 《ナーヴギア》に付いているバイザーの内側に映る時刻が59分を指したとき、口元が緩んだ。
 ・・・自身のこれまでの人生で、これほど気分が高揚した事などあっただろうか?いや、恐らくはないだろうと、けして長くはない自身のこれまでを振り返りながら、静かにその時を待った。




                    §



 「ったく、何で今日に限って部活があるかなぁ!!」
 ・・・普段、大した活動もしていない、というか何で存在しているのかも怪しいパソコン部の活動を終え、自宅へと自転車を全速力でこいでいく。
 「もう完全に邪魔するためとしか思えないよっ!!」
 などと愚痴りつつも参加するあたり、自分の妙な真面目さに若干の嫌気がさすが、今はそれどころではない。
 ちょうどこの時、《ソードアート・オンライン》の正式サービス開始時刻となった。本来であれば、開始の三十分前から待機して開始と同時にログインするつもりでいたのに、その計画がもろくも崩れ去った。
 ・・・部活動内でももちろん、《ソードアート・オンライン》の話題が尽きる事はなかった。当然、ソフトの購入に全力を注いだ部員達だが残念ながら誰一人として手に入れられた者はいなかった。
 ・・・はずだったのだが、実はその事実を秘匿していた人物がいた。それだけではなく、その者は大きな秘密をも隠していた。
 《ソードアート・オンライン》の正式サービスに先駆けた稼動試験――βテスト。その参加者であるテスターであった事が先日、部員内で明るみになったのだ。
 このβテスト、《ナーヴギア》の総販売台数の半分にも迫る十万人の応募の中から、僅か千人とういう異常な程の高倍率であった。その狭き門をくぐり、当選となった者たちは、他の応募者や後の購入者から羨望と嫉みの目を向けられる事となる。そんな人物が部内にいるとわかれば当然、事前にいろいろ情報を聞きだし、ついでに正式サービス開始と同時にログインできないよう邪魔をしてやろうなどといたずら心が働くのも無理はないだろう。
 すなわち、今も必死で自転車をこぎ自宅を目指すこの人物こそ、そのβテスト当選者――βテスターの一人なのだ。
 やっとの思いで自宅に到着するやいなや、そそくさと自室に向かう。母親から昼食の有無を問われるが、「いらないっ!!」の一言で軽くいなし自室へ飛び込むと、制服を脱ぐのももどかしく、そのまま《ナーヴギア》をかぶりベッドに横たわる。起動までの時間がひどく長く感じる。
 ・・・ようやく本体が起動すると満面の笑みを浮かべ、しかし一度その高揚した気分を押さえつける。
 βテスト以前、《ナーヴギア》を初めて起動させた時から、決まってダイブ前は頭を空っぽにしていた。如何な陳腐なゲームしか排出してこなかったとはいえ、仮想空間へのダイブはひどく心踊らされた。わかりきった光景しか現さないそれらのゲームでもやはりそこに映る景色は現実とは異なり、その光景を目にしたときの感動を失わないために、その光景一つ一つに感動できるように・・・
 完全に起動したのを確認し、自身の感情を押さえつけ静かにその言葉を紡ぐ・・・


















            「「リンク・スタート」」


















 ・・・うっすらと、その瞼を開く。そこに広がるのは自分の部屋の見慣れた天井ではなく、広大な石畳と、周囲を囲む街路樹。瀟洒な中世のような町並みであった。
 百層にも及ぶ巨大な浮遊城《アインクラッド》。数多の都市と小規模な町や村、森や草原、湖などが存在する。その多層城には、層と層を繋ぐ《迷宮区》と呼ばれるいわばその層のラストダンジョンが存在し、そこを守護するボスモンスターを倒すことにより、次の層への道が開かれる。そんな百層もの連なりこそ、この《ソードアート・オンライン》の舞台なのだ。
 その《アインクラッド》の土台ともいえる第一層、さらにそのスタート地点である《はじまりの街》の中央広場に彼は降り立ったのだ。
 辺りを見回すと、自分の視線が現実より高くなっているのを感じ、自分の身体なのかを一瞬疑うが、手のひらを軽く開いたり閉じたりしてみると、その動作に違和感はなく間違いなくこれは自分の身体なのだと実感できた。βテスト時代からこの微妙な感覚のずれは付きまとったが、そのずれも今や懐かしく感じる。
 「・・・ただいま、《アインクラッド》・・・オレは、遂に帰ってきたぜ」
 数ヶ月前、βテストが終了するその瞬間に、それまでのキャラクターデータがリセットされた時の衝撃は自身の人生の中でも間違いなく一位だろう。たかだか二ヶ月だが、彼はその仮想の肉体でこの世界を駆けた。非ダイブ時も、常に頭はこの世界の事を思い描いていた。まさに“生きていた”のだ。
 もはや自分の半身といっても過言ではなかった。その衝撃と喪失感は筆舌に尽くしがたいはずだ。それでも、βテストの最初に丹精込めてつくったこのアバターのデータだけは残っていたのを知った時にはかるく涙したものだ。
・・・自身がこの世界に降り立った感動をひとしきり満喫した後、一度しっかりと辺りを見回す。広場のいたる所から淡い光が立ち上り、それが消失するとそこには程度の違いはあれど眉目秀麗な美男美女が現れた。その光は、非常に高価なアイテムである『転移結晶』を使った時か、ゲームにログインしたときに発生するエフェクトだ。
 彼らもまた、この《アインクラッド》にやってきた住人――わずか一万本もの初回ロットを手にする事が出来た幸運なプレイヤー達だ。正式サービスが開始されてから既に10分は経過しているはずだが、それでもまだログイン者が絶えないのを見るに、自分と同じように、何かしらのやむにやまれぬ事情でログインが遅くなったものたちだろう。このあまりにも少ない初回ロットを手に入れたのだ、誰も彼もが重度のゲーマーであり、そんな彼らが正式サービスの開始と同時にログインしないなんてあるはずがないと勝手に思い込んでいたりする。
 ・・・とはいえ、そんな他人の事情などは正直関係なく、この先もしかしたらパーティを組むかもしれない者たちを眺め、とりあえずはβテスト時の記憶を頼りに《はじまりの街》の中でもかなり品揃えがよく、かつ値段も手ごろな武具屋へと向かおうとして一歩踏み出し、そこでふと、一人のプレイヤーの姿が目にとまった。
 まず真っ先に目を引くのは、濃い目の茶髪をオールバックに整えた厳格そうな表情。ほぼ九割以上のプレイヤーが、現実の自分以上に端正な顔立ちにしているであろうが(現に彼自身も金髪碧眼が目立つ、いかにも勇者といった端整な顔立ちをしている)そのプレイヤーは多少その辺りの感覚が違うのか、四十代~五十代の男性の顔立ちをしていた。とはいえ、このゲームのキャラクターメイキングの素材自体が端正なものを多く含むので、このプレイヤーも見た目でいけば“ダンディなおじ様”と呼べるだろう。
 そのダンディなおじ様は先ほどから、おそらく彼がログインする前からこの世界に降り立っていたのだろうが一向に動く気配がない。この中央広場にはNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)は存在せず、この短時間でおそらく全プレイヤーがログインしてしまった為にサーバーに負荷がかかりラグが生じているのかと一瞬考えたが、それはないだろうとその考えを切り捨てた。
 この《ソードアート・オンライン》を開発した《アーガス》という会社はユーザー第一の良心的な会社で知られ、正式サービス開始直後の多大な負荷によるラグや接続不良などを起こさないためにも最新型の処理機を何台も用意していた。そんな信頼の置ける大企業のゲームだからこそのこの熱狂なのだろう。
 では、このダンディなおじ様が直立不動な理由とはいったい何なのか? それを振り払い穴場とも言える武具屋へ向かうことも考えたが、どうやらそれよりも好奇心が勝ってしまったのだろう。
 「あの・・・ラグってるんですか?」
 いい言葉が思い浮かばず、多少失礼な物言いかとも思ったが、その発言に対してこのダンディはにこやかな表情で応えてきた。
 「あぁ・・・いえ、少し感動していただけですよ。この再現度、現実と見紛うほどの完成度だなと。時代の進化を感じます」
 時代がかった物言いに、少しの嫌気がさす。
 ・・・この手のMMORPGなら、大なり小なり自身のキャラクターになりきるプレイヤーがいたりする。ゲームをより楽しくプレイする為の当然の行動だろうが、彼は些かその行動に嫌悪を抱いていた。真意の底が見えず、たとえネット上の会話であろうと本来の自分を偽るような言動が本能的に気に入らないのだ。
 (・・・なんて、オレが言えた義理じゃないけど)
 彼もまた多少の偽りは持っているが、そこは棚に上げる。とにかく、このダンディの第一印象はあまりいいものではなかった。
 ・・・とはいえ、自分から声をかけたのだ。ここで会話を切るのも失礼と生真面目にも思ったのか、ダンディの言葉に返す。
 「確かに、据え置き型のゲームだってここまでのレベルにはいまだ到達してないし、今あるVRゲームすら凌駕する完成度なのは事実ですね」
 ・・・と無難な答えを返す。あまり敬語に慣れていないので言いづらそうなのが相手にも露呈してしまっただろうが、ダンディは気にしたふうもなく笑顔を浮かべた。
 「・・・敬語、辛くないですか? 無理に使わなくてもいいですよ。なんとなくお察しでしょうが実年齢はこのアバターより大分下ですから」
 MMORPGでは、リアルの情報を語ったり詮索するのはあまり褒められた行為ではない。当然ながら、今も個人情報の取り扱いには細心の注意を払わなければならない。ましてやこのネット社会、情報が流れたら回収はほぼ不可能だ。パーティプレイ等の約束事を決める為に自身の生活リズムの事意外口外しないのが普通だ。
 にも関わらずこのダンディ――に見えるプレイヤーはあっさりと個人情報となりえる情報を頼んでもいないのに口に出した事を見るに、MMORPG初心者なのだと予想をつける。つけたところで然したる意味はないのだが・・・
 とはいえ、その意図は読めないまでも(もしかすると意図などありはしないのかも知れないが)相手は自身の情報を口にしたのだ。こちらもそれなりの情報の開示は礼儀だろうと思い口を開く。
 「・・・まぁ、そういうことなら遠慮なく。それと、アンタが何歳かは知らないが、オレも十代半ばだ。そっちも敬語じゃなくていいぞ」
 「そう・・・なのか? じゃあ俺とたいして変わらないのかもしれないな」
 そう口調を砕いたダンディもどきの表情は、心底嬉しそうだ。とはいえ、元々の表情が厳格そうなうえに、このプレイヤー自身が普段そうなのだろうが浮かべる表情は非常に落ち着いたもので、表面的にはその喜びが半分も伝わってこない。
 ・・・とはいえ、半分近くではあるが本物の感情が伝わったのは間違いなく、彼はこのダンディもどきがあまり自身を偽らない人物なのだと理解し、この男への警戒を緩めた。
 「まぁ、リアルの事に関してはその辺までにしておこう。せっかくこの世界に帰ってきたんだ、これから全力で楽しまなきゃな」
 そういってから、自身の発した言葉に含まれたある単語を思い出しはっとするが、目ざとくもこのダンディもどきはそれを見逃さなかった。
 「『帰ってきた』? もしかして、君はβテスターかい?」
 しかもこうもあっさりと言い当てられ、激しく自身の発言を後悔する。
 βテスターは羨望と嫉妬の両方をその身に受け、良くても、βテスターの特権とも言える情報を言葉巧みに求められ利用され、悪くてその嫉みから正式サービスユーザーから疎外され孤立してしまう。プレイヤーによってどちらの方が良いかの価値観は変わってくるだろうが、どちらにせよ浮いた存在であるのに変わりはない。
 このダンディもどきは果たしてどちらなのだろうか?どちらであろうと彼が忌避してやまな事になるのは火を見るよりも明らかだ。結果、再び警戒心を強め、つい挑戦的な口調で言葉を放ってしまう。
 「・・・まぁ、そうだな。それで、アンタはどんなふうにオレを利用する?それとも、βテスターのオレになんか意地でも力は借りないと拒絶するか?」
 せっかくの正式サービスの初日、しかもログインして間もないというのに早くも敵を作ってしまった事を深く後悔するが、利用されるくらいなら始めから他者と関わらなければいいと自身に言い聞かせ、彼の態度に対する罵倒の言葉を待った。
 「えっ? いや、利用も拒絶もしないぞ」
 しかしながら、このダンディもどきから発せられた言葉は、彼の予想とは大きく異なった。羨望も嫉みもなければ、その口調からは興味さえ感じられなかった。
 「いやまぁ、βテスターであること自体は羨ましいなとは思うさ。俺も、βテストに応募した一人だからな。とはいえ、それだけだよ。自分が当選しなかったからってそいつを恨むのは筋違いだし、そいつを利用して、いらなくなれば切り捨てるなんてのも人間としてどうかと思うしな」
 さらに続けられたその言葉に、つい言葉を失ってしまう。二の句が紡げずに唖然としていると、ダンディもどきは心配そうに彼を眺めてきた。
 「・・・もしかして、このゲーム以外でそういう経験があったのか?」
 その言葉で身体の硬直が解け、同時にあまり思い出したくない記憶がよみがえる。
 内容自体は今回の件とは全く異なるが、ダンディもどきの言うとおり、過去にネットゲームで嫌な思いをしている。自分自身が直接的な何かをされた訳ではないにもかかわらず、《ナーヴギア》でのネットゲームがない時代―――まだ相手の顔も見えなかった(とはいっても、このゲームでも本当の顔をさらしているわけではないが)時のトラウマはいまだ強く根付いてる。
 それでもこの《ソードアート・オンライン》にログインするあたり、自身の無駄にタフなゲーマー魂に少々の嫌気がさしたものだ。だからこそ彼は、このゲームをプレイするにあたって一つ決めていたことがあった。
 無言のままの彼をみてダンディもどきは、その決め事を見抜いたのか口を開く。
 「・・・なら、俺はここにいない方がいいな。またどこかで会えた時、気が向いたら声をかけてくれたら嬉しいかな・・・・・・。君も君なりに、このゲームを楽しんでくれ」
 そういってその場を離れていくダンディもどき。その背中を見つめ、更なる自責の念にかられる。
 データだらけのこの世界では、真実と嘘の境目が非常に曖昧だ。現実世界でもその境目は曖昧なのだ。ましてやデータで敷き詰められた仮想世界。いくらそこで実際に他の人と出会うと言っても、その肉体自体が既に虚偽なのだ。その嘘だらけの世界で、真実を探すのは困難を極める。
 そんな中で、あの男の、彼を案ずる感情は確かに本物だと、そう思えるほどに、ダンディもどきからは確かな“あたたかさ”を感じた。
 そう気づいたとき、彼は自然と声を発していた。
 「・・・オレ、βテストの時にもパーティを組んでないんだ!」
 その言葉に、ダンディもどきは足を止め振り返る。駆け寄ってきた彼はさらに言葉を続ける。
 「だから、パーティプレイの感覚とか、いまいちわからないんだ。だから、その・・・」
 そこまで口にし、次の言葉が喉元で引っ掛かる。自身から拒絶するような言葉を浴びせながら今更何をと、自分自身で理解していた。それでも、この男には伝えたい言葉があった。
 ダンディもどきもそれを理解したのだろうか、穏やかな笑顔を浮かべる。しかし、この男がした手助けはここまでだ。彼の言いたいことはなんとなく理解できたが、それは決して口にしない。
 彼が今後、この世界を本当に楽しむ為には今ここでその言葉を彼自身の口から発せられなければならない。そしてそれを笑顔で受け入れる。この男のするべき事はここまでだ。
 ・・・そうして遂に、意を決してその言葉を口にする。
 「オレと、パーティを組んでくれないか?」
 その言葉にダンディもどきは嬉しそうな笑顔を向け肯く。
 「あぁ、もちろん。俺はと・・・【レンヤ】だ」
 そう言って、ダンディもどき――レンヤは右手を差し出した。それを確かに握り返し、彼もまた笑顔を浮かべる。
 「ありがとう。オレは【ユーリー】。よろしく」
 そういった彼――ユーリーが浮かべた笑顔は、彼がこの世界で、もしかしたら現実世界の時ですら浮かべたことがないほどに、彼の人生の中でも最大とも言える笑顔だった。


                   §


 「どう? 大分慣れた?」
 《はじまりの街》を出てわりとすぐの草原。辺りを見回せば、少しではあるがモンスターがうろついている。とはいえ、そのモンスター達との距離は十分以上離れているので、そのモンスター達に襲われる心配は皆無だ。
 そんな草原にいるモンスター、青い体毛のイノシシ―――【フレイジーボア】を相手にしている二人のプレイヤーがいた。今まさに、そのフレイジーボアは体力――HPを全損させ、眩い爆散エフェクトにて電子の肉体であるポリゴンデータを撒き散らした。
 その光景を眺めつつ言葉をかけたのは、金髪碧眼が目立つプレイヤーのユーリー。
 「まぁ、慣れたといえば慣れたし、モンスターを倒したときの爽快感は当然ながら他のゲームじゃ味わえない。まず間違いなく、『面白い』と言える・・・」
 ユーリーの言葉に、フレイジーボアを倒した際に振りぬいた姿勢をそのままに、少々渋い顔を浮かべるダンディ――レンヤは、その渋い表情と同じ渋い声で続ける。
 「・・・しかし、この《ソードスキル》というのはどうにかならないものかな?」
 そう言うなり、その《ソードスキル》を発動させた。
 刀身を眩い光―――ライトエフェクトが包み、その手の片手剣を水平に切り抜く。プレイヤーに設定されたもっとも初期のスキル《片手剣》。そのスキルの中で一番最初に使える《ソードスキル》―――片手剣用基本水平斬り《ホリゾンタル》。先ほどフレイジーボアを屠ったのも、レンヤのこの一撃だ。
 「《ソードスキル》がどうかしたのか?」
 「・・・通常の攻撃、《ソードスキル》以外の攻撃は威力が弱く、速度もない。敵を倒すためには《ソードスキル》の習得と修練、使用が必要不可欠だ。というのはわかるんだがな・・・」
 振りぬいた剣を器用に回し腰の鞘に納めたレンヤは振り返ると、どこか落胆したように肩をすくめる。
 「・・・この“システムアシストに引っ張られる感覚”というのは、なんだかしっくりこないんだ。さらに言えば、術後の硬直時間も個人的には気に入らない」
 《ソードスキル》は、その技の初動をシステムが検出することで立ち上がり、その後はシステムが身体を操り、自動的に規定のモーションをトレースしていく。そして、技の終了と同時にプレイヤーには、使用した《ソードスキル》に応じて僅かな硬直時間が科せられる。
 どちらも、このゲームにおいて程好いバランスを生み出している。武器を用いての―――さらに言えば、剣などの近接格闘武器を用いての戦闘など、この世界に降り立つまで誰一人として経験していないだろうし、それ以前に武道、さらに言えば剣道に精通しているであろう人間がどれほどこの世界にログインしているだろうか? 相手との間合いを測り、自身にとって有利な距離を保って、的確な一撃を叩き込む。・・・が、それはもはや『戦闘』の極意ともいえるもので、武道の有段者といえども簡単にできることではない。有段者同士の激突はまさにその一瞬の隙の探りあいだといえるほど苛烈を極める。その中で、武道未経験者や、現実での肉体を酷使することを放棄したような人間が九割は占めるであろうと予測されるこの世界で、彼らは如何様にして戦い抜き、生き抜けというのだろうか?
 だからこその救済措置として、このシステムアシストは大きな働きを見せていた。
 ・・・とはいえ、そこまで便利に技が使えたらモンスター戦での苦戦はそうそうありえない。それは、また別の意味でゲームバランスを崩壊させている。だからこそ設定されたのが硬直時間であろう。そもそも、この世界には魔法がなく、詰まるとこMPにあたるステータスが存在しないのだ。そのぐらいの対価は当然である。
 「いや、それは理不尽なんじゃないか? ゲームのバランスを考えたら、これでも十分温情だと思うけど・・・」
 「まぁ、自分でもそのことは十分理解しているんだがな・・・というか、二ヶ月で第八層までしか行けなかったこの世界のゲームバランスを思えば、これでもまだ難しいんじゃないかと思うんだがな」
 ・・・・・・βテスト中の踏破は彼の言うとおり、第八層までとなっていた。
 《ソードスキル》という戦闘に関しての救済措置があり、さらにこの世界では『痛覚』がなく、ノックバック等の『衝撃』は感じても、それが『痛覚』に発展することはない。たとえ剣を突き刺されたり身体を切り裂かれても痛みは発生しないのだ。・・・とはいえ剣が刺さっている時などの、その部分から発生する異物感は痛みが発生しない代償として非常に不快極まりない。だからと言って、度々痛覚が発生していては、それだけでゲームの進行に支障が出てしまう。アニメや漫画のように、身体の至るところに傷を負い、満身創痍の状態でも魔王に立ち向かうなど、少なくともこの平和の時代に生きている人間には不可能であろう。
 その不快感を可能な限り払拭するためのもっとも確実な手段が、己の強化―――すなわちレベル上げだ。つまるところβテスター達は、そのレベル上げに邁進するあまり、攻略を疎かにしていた節が少なからずある。
 もっとも、それらのあらゆるアドバンテージをもってしても異常な強さを発揮するボスモンスターの存在こそが、この浮遊城の攻略を停滞させるに至った最大の理由だが・・・
 「確かにそうかもな・・・でも・・・・・・」
 そう言ってユーリーは不敵に笑い、背中の鞘から剣を引き抜くとそれを掲げた。
 「そこまでなら、今度は一ヶ月もあればいけるよ」
 そう言う彼の目に映るのは、どこまでも澄み切った青空・・・ではなく、巨大な天井―――第一層の目標ダンジョンである《迷宮区》に待ち受けるボスを倒した後に開かれる第二層―――その大地である。
 《迷宮区》のある巨大な塔の高さからしてまず圧巻であり、その上に存在する次層の大地は、各層によってロケーションの赴きが異なり、広大な湖が存在する層もあるという。それほどまでの高さと大地の厚さだ。
 ・・・しかし、その次層の大地に向けて掲げられた剣、そして彼のまっすぐな瞳は、それすらも突き破ってしまいそうな力強さがあった。少なくとも隣にいたレンヤは、そのことを強く感じた。
 「頼もしいかぎりだな。期待しているぞ、“勇者”君っ」
 そう言ってレンヤは、ユーリーの背中をほんの少し強めに叩いた。・・・つもりだったのはレンヤだけで、実際には少しばかりの衝撃を与え彼は少し大げさによろけてしまう。
 そのことで些か恨めしそうな表情で睨んだユーリーは、途端意地の悪そうな表情を向ける。
 「・・・なら、この“勇者”であるオレが、アンタの実力を測って上げよう」
 体制を建て直し、右手の人差し指と中指をまっすぐに揃え、それを垂直に振り下ろすとそこには、薄紫色に発光する半透明の矩形《メインメニュー・ウィンドウ》が現れる。さらにそれを操作していくと、レンヤ側にもそれと類似した矩形が出現した。
 
〔 【Yury】からデュエルが申し込まれています 〕

 その画面を見たレンヤは一瞬戸惑うが、向かいのデュエル申請者の不敵な笑顔をみて、彼自身も不敵な笑みを浮かべ、迷うことなく『YES』のボタンに触れた。さらに三つの対戦モードの選択を促され、何の迷いもなく【全損決着モード】を選択した。
 「・・・さて、“勇者”君直々の訓練だ。胸を借りるつもりで全力でいかせてもらうぞ」
 両者の間に六十秒のカウントが現れ、レンヤは一度鞘に納めた剣を抜刀する。左手を鞘に添えた状態での正眼で剣を構えた
 「安心していいよ、ちゃんと《はじまりの街》まで迎えに行くから。それに、オレはβテスト中は《両手剣》を使ってたんだ。もしかしたら勝機があるかもしれないよ?」
 相対するユーリーも、両手で正眼の構えを取る。
 システム上の規定で《両手剣》は《片手剣》半ランク上のスキルとなる。多少《片手剣》を使いこまなくては《両手剣》は使用できない。《片手剣》は基本的に武器重量が軽くいため剣速が早く、盾も装備できるオールラウンドなスキル。対する《両手剣》は剣速が些か遅く、武器重量もあり連撃に向かない。もちろんスキル名が示す通り、盾の装備も不可能だ。しかし、それをもって余りある威力の一撃と武器自体の強固な耐久値が魅力的なスキルだ。・・・とはいえ、少なくとも序盤では極端な能力差はなく、文字通り【両手】・【片手】でしか装備できない。《片手剣》を【両手】で振ったところで威力に明確な変化は現れず、《両手剣》は【片手】では決して振ることが出来ない。無論、《ソードスキル》の内容も変化してしまう。
 大した威力アップも期待できず、《ソードスキル》を使おうとも、そのすべては《片手剣》用のものしか発動できない。・・・にもかかわらず、両手で片手剣を構えるユーリーの表情から余裕が消えることはない。
 その溢れんばかりの余裕を滲ませている彼の表情を見てレンヤは、一切の油断を切り捨てた。
 ・・・・・・程なくして、六十秒あったカウントがゼロになった。


                   §


 「くっ・・・!」
 大分日が落ち、美しい夕焼けが映える草原。そこで剣を交える二人。レンヤとユーリーのデュエル。その一戦は驚愕するほど長時間に及んでいた。
 本来であれば、βテスト出身のユーリーに一日の長があるため、今日が《ソードアート・オンライン》の初ダイブであるレンヤなど簡単に退けることができる。・・・はずなのだが、両者の戦力は拮抗・・・いや、相手の方が些か上にも感じられた。
 現在繰り出す事の出来るあらゆる《ソードスキル》を惜しみなく放ち、そこに発生する硬直時間による隙を可能な限り少なくしていっているが、レンヤ相手には効果が薄い。
 動きのほとんどを見切られているのだろう、レベルのせいで些か敏捷力が心もとないにも関わらず、いずれも紙一重の回避を見せるレンヤ。
 ・・・とて、一朝一夕で出来るものではないはずだ。相手の技量と癖、《ソードスキル》の発動モーションと種類の見極め、次の行動に至るまで。確かにレンヤは、ユーリーのそれらを“ある程度”では済まされないほどに見切っていた。
 たまに通る一撃も、彼の反応に仮想の身体がついてこなかったためだろう。その度にレンヤは「・・・まだ遅い」と表情を些か歪め小さくつぶやいている。
 その彼が繰り出す剣技は、どこまでも洗練されていた。相手の動き・技量に合わせ的確な角度からの一撃を見舞う。ただそれだけだが、迷いのないその一撃はこの上なく鋭い。当然隙など晒そうものなら、そこを瞬く間に狙われる。
 そして何より、《ソードスキル》による攻撃が今の今まで一切ない。おそらくこの後も、彼が《ソードスキル》を発動させることはない。そう思えるほどにシステムが拾うであろう《ソードスキル》の発動モーションを避けた動きを見せている。
 「・・・・・・こうなったら・・・っ!」
 この戦況に先に痺れを切らしたのはユーリーのほうであった。
 剣を水平に構え、そのまま《ホリゾンタル》の発動を待つ。・・・が、そんな時間を目の前の男が与えてくれるはずもない。その僅かな、本当に僅かな隙をついてレンヤは、その発動前の剣を叩き落すべく高速で接近してきた。
 (・・・まだだ、まだだ・・・もう少し・・・・・・・・っ!)
 まさに刹那。《ソードスキル》が発動する直前でユーリーは片手で構えた剣を両手で握った。発動寸前の《ソードスキル》は規定にないその動きによって強制的に停止する。
 その代償として彼はシステム的硬直時間を科せられる。それはレンヤにとって、彼の勝利を絶対的にするほどの大きな隙。
 ・・・だからこそ、彼はそれを見落とした。
 「ぃいやああぁぁぁぁっ!!」
 レンヤの一撃がユーリーを捉える寸前、身体を捻りそれを回避すると、その勢いのまま身体を回転させ、無防備となったレンヤへ袈裟懸けに剣を振り下ろす。
 ・・・彼が見落としていたもの。それは硬直時間の長さだ。
 《ソードスキル》の発動後あるいは強制停止後は原則硬直時間が科せられるのは周知の事実。であるからこそレンヤは、ユーリーの硬直時間によって生じた隙に必勝の確信を得ていた。
 ・・・だが、硬直時間は全てが同一の時間の硬直を科せられる訳ではない。《ソードスキル》によってその時間は0.000秒以下の単位で差が生じる。とりわけ、強制停止の硬直時間は、タイミング如何によっては生じる硬直時間が極端に短くなる。
 ・・・βテスト時代、何度となくこの強制停止を多様し、硬直時間を逆手にとったカウンター攻撃は、正確無比。それに気づいた時には既に手遅れとなっている一撃に、逆転勝利を疑わないユーリー。
 ・・・だが
 (・・・・・・え?)
 回転によって一度相手から目を離した隙に、レンヤは迎撃のために剣を下段に構えていた。
 ユーリーは確かに、その段階からでは明らかに反撃不能に近いタイミングでの回避をしてのけた。故にレンヤが相手の回避を見てからその動きに対処するのは不可能と言える。ましてや彼は、その一撃が回避される直前まで自身の勝利を確信していたはず。ともすれば、そこからユーリーに追随する速さで反撃に転じれるはずがない。
 (っ・・・・・・読まれてた)
 ・・・少なくともこれで、ユーリーの方は万策尽きた。
 両者共にその一撃は《ソードスキル》のアシストのない純粋な剣撃。HPゲージも等しくレッドゾーン。互いに一撃が入ればその時点で勝利確定なほどに風前の灯火。
 ・・・後は、どちらの剣撃が速いかだけ。
 互いに迫りくる刃。その一撃を前に二人の神経は眼前のそれだけに支配されていた。あらゆる感覚を、その刃が切り裂いてるような錯覚。


 ・・・・・・だからこそ、二人は気づかなかった。遠くで鳴り響く、荘厳な、しかしどこか凶悪的な鐘の音に。
・・・そして、彼らを包む青白い光に。

 ・・・・・・光が消滅したそこには、【Draw】と表示されたデュエルリザルトだけが残っていた。  
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