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MUV-LUV/THE THIRD LEADER(旧題:遠田巧の挑戦)

作者:N-TON
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8.104訓練分隊Ⅳ

8.104訓練分隊Ⅳ

 総戦技演習最終日。一人残された巧は森の中でひたすら潜んでいた。この状況ではもう小細工の仕掛けようがない。逃げ隠れ、どうしようもなければ応戦する。それだけである。
 移動はしない。移動をすれば痕跡が残る。場所を特定されて囲まれてしまえば勝負は終わる。それはつまり104分隊の衛士失格を意味する。巧はやられるわけにはいかなかった。
 一方で陸上歩兵隊の隊長である石橋も現状に頭を抱えていた。相手は後一人。簡単そうに感じるが、この演習場の中で一人を見つけだすというのは難しい。昨晩奇襲をかけたときも二人しかおらず、捨て身の攻勢でかなりの被害を受けた。今の人数は250強。戦力的には問題ないが、索敵能力は初日よりも遙かに低い。10人小隊五組編成を五組分作り、連絡ができる程度の距離を置きつつ索敵する。相手はスコープを持っている分早くみつけるだろうが、向こうから仕掛けてくることはあり得ない。そして移動すれば痕跡が残る。BETA相手には全く意味のない技能だが、陸上歩兵隊は対人戦のノウハウも叩き込まれている。とにかく索敵をするしかない。石橋は隊員に支持を飛ばし巧を探し始めた。

 そして演習最後の戦いが始まろうとしていた。歩兵隊の網に巧が引っ掛かったのである。隠れ息をひそめていた巧であったが、痕跡を発見され追跡された。そしてその追跡部隊の足を止めるために銃撃。結果として場所を割られることになる。急速に包囲網が狭まる中残りは後30分程度になっていた。しかしすでに敵は肉眼で目視できる距離まで来ている。もう隠れていることに意味はない。巧は包囲が薄い場所を見つけて駈け出した。そしてその部隊は石橋が率いる小隊だったのだ。
 巧が小銃をフルオートで撃ちながら一気に間合いを詰める。石橋はその動きを見て笑った。
「大した玉砕精神だが所詮は餓鬼か。震えながら隠れていれば良いものを。」
石橋は周囲にいる小隊を集めさせ巧を迎え撃つ。巧は小隊が集まりつつあるのを確認すると片翼に手榴弾を投げ込む。最後の一つである。それを受けて片翼の小隊の陣形が崩れ残りを撃ち取る。そこに巧が付け入り走り込むと銃声と同時に巧の耳に強烈な風切り音が走った。
 敵のライフルである。撃たれた方向を見ると石橋がライフルを構えていた。走りぬける前に撃たれては元も子もない。巧は動きを止めて木の陰に隠れる。だがその間に歩兵たちが間合いを詰めてくる。残り時間が少なく相手も巧一人ということもあって、もはや何の遠慮もなく一直線に最短距離を走る歩兵たち。止まっている時間はない。巧は銃を乱射しながら石橋と歩兵の直線状に体を隠し移動する。遮蔽物は木や岩だけではない。敵そのものも立派な壁になる。走り走り、走り続けてとうとう巧は石橋を攻撃圏にとらえるがもう弾がない。そしてそれは石橋も同様であった。模擬刀を抜く。状況は時代劇のような一対多の剣術戦である。巧に掛かっていく歩兵。所詮は訓練兵と巧を侮っていた歩兵たちであったが誤算があった。それは訓練兵にも近距離攻撃できる手段があったということだ。これまで仕留めてきた104分隊は最後まで銃を握りしめ抵抗していた。ゆえに近接戦に持ち込んでしまえば容易く倒すことができた。しかし巧は斯衛の柳田から剣を習い、最後の訓練では門下生多数を相手取り打ち破っている。油断した歩兵は巧の正面打ちを防いだところに中段蹴りをくらって吹っ飛ぶ。
 そして巧の眼の前には石橋がいた。



 石橋は眼前で繰り広げられる戦闘に我が目を疑った。銃を捨てて剣を抜いて斬りかかってくる訓練兵を嘲笑ったが、その腕は訓練兵のそれではない。剣術の腕は正規兵並、しかも剣術から体術につなげる一連の動きは滑らかで、実戦慣れしているように見えた。そしてこの状況に委縮していない胆力。普通の訓練兵じゃない。
 そして相手はあっという間に目の前の歩兵をけり飛ばし、こちらに向かってくる。だがここで引くわけにはいかない。自分にも意地というものがある。幾多の死線を潜り抜け、泥を啜り、BETAと戦い、多くの仲間を失って…。そして歩兵というだけで軽んじられる日々。そんな自分たちが苦労知らずの衛士候補生に負けることなど断じて許せない。
「調子に乗るなよ糞餓鬼があぁぁ!!!」
もはやこれは演習ではない。自分の矜持をかけた真剣勝負なのだ。



 試験終了間近、脱落した104分隊の面々は緊張した様子で試験終了の報を待っていた。巧は生き残っているだろうか。当初の計画は大きく狂い、結局巧頼りになってしまってしまったことを田上は反省していた。田上が敗れてから三日半。その間田上は一食も一睡もしていない。分隊長でありながら一番初めに脱落し、後から来る隊員たちに何も声をかけることができず、そして最年少である巧に全てを託すという未熟。そんな自分を許せるわけがない。
(もし演習が失敗しても、巧だけは合格にしてもらえるように直訴しよう。巧はこんなところで足踏みをしている奴じゃない。俺とは違うんだ…。)
田上がそう決意したとき教官が演習終了を知らせた。
「演習終了だ。結果は遠田が戻ってきてから伝える。それまでは各自待機だ。」
「教官!遠田は大丈夫なんですか?」
田上はそれだけが気がかりだった。演習の合否、それを気にする資格は自分にはない。ただ未来のある巧が怪我を負って、それで衛士への道を閉ざされたとなってはもう償いきれない。
「安心しろ、かなり手ひどくやられたようだが許容範囲内だそうだ。だが今気絶をしているらしくてな。遠田が目覚めて一息入れたら結果を言い渡す。解散!」
どうやら巧は無事らしい。しかし手ひどくやられ、気絶しているということは演習自体はダメだったということだろう。自分達は良い。実力が足りなかったというだけのこと。だが巧がそれを気に掛けないように励ましてやらねばならない。半年間、巧と共に訓練を受けた記憶に思いを馳せながら決意する田上であった。



巧が目を覚ますと、そこはテントの中だった。全身に痛みが走り、体を動かすことも億劫だ。演習はどうなったのか。自分が倒れているということはダメだったのか。巧は思考の重い頭を精一杯働かせて思い返した。

『嘗めるな!糞餓鬼があぁ!!!』
そういった敵の指揮官らしき男に戦いを仕掛けたのは覚えている。切結んで数合、周りの歩兵たちの攻撃を何とかしのぎつつ戦っていたが、やはり多勢に無勢。完全に囲まれる前に巧が剣を投げつける。最後の武装と言える剣を投げつけるという暴挙に慌てた石橋は、しかしそれを何とか防いだ。
 それは巧の最後の賭けだった。巧は剣を投げつけると同時に石橋にタックルを仕掛け押し倒し、その勢いで強烈な肘打ちを顔面に見舞った。その後はもう語るまでもない。装備を全て失った巧は丸腰のまま脇目も振らず逃走するも包囲は完成され逃げ道はない。
 大勢で囲っておきながら指揮官をやられ半分狂乱状態になった歩兵たちは統率もなく素手の巧に襲い掛かった。
 演習であるため、通常なら致命傷と言えるだけの一撃を入れられればそれで終わりだが、巧も歩兵たちも極度の興奮状態だったために抑えが聞かず、結局巧がボロボロになって気を失うまで戦いは続いたのだ。

 それを思い出し、巧は気が重くなった。指揮を任されてから六人を犠牲にしても生き残れなかったのだ。気落ちしているところに教官がやってきた。

「起きたか。じゃあ集合場所まで来い。結果を伝える。」


 巧がやってきて104訓練分隊が揃う。巧の無事を喜ぶのもそこそこに整列させられ、教官からの結果発表が始まった。
「これで104訓練分隊の総戦技演習を終了する。まずは一週間ご苦労だったと言っておこう。そして結果だが、これは判断に難しいものとなった。」
訓練兵たちがざわつく。判断が難しいとはどういうことか?
「静かにしろ!いいか?今回の任務は『生き残る』という単純なものだ。結果としてそれは達成された。終了時間になったとき、遠田はまだ生き残っており歩兵部隊相手に大太刀周りしていた。だからそこだけで判断するなら合格だ。」
そう、終了時間と巧が石橋を倒した時間は同じだったのである。その後すぐ巧は脱落するが、時系列的に言って合格と言っていい。
「だがその後一分程度で遠田はやられている。そもそも終了時間まで持ちこたえたと言っても周囲は敵に囲まれ、絶体絶命の状況だったんだ。その時点で失格になったとも考えられる。実戦では誤差数分程度はあって当然。俺の時計が数秒遅れていたら失格だったなんて、成功とはいえまい。」
もしこれが実戦であったなら、囲まれた状況で作戦時間が終わったからと言って助かる道理はない。その意味では巧が発見され、突貫を開始した時点で失格ともいえる。
「故に、合否は演習全体の内容によって判断されることになった。まず初日に敵部隊を陽動し大打撃を与えたのは見事だった。しかしその後、敵の動きを読み切れず、また偵察・索敵が中途半端だったために拠点を失ったのは減点だ。包囲してくるのは予想できたはず。ならば敵がどう攻めてくるか、それを防ぐために注意するべきことは何か。それを読み違えた分隊長の責任は重い。それに罠の解除をやられたのは気を抜いていた証拠だ。」
反論はできない。実際その通りで、自陣近くの罠を解除されたということは敵が見張りの目をかいくぐっていたということだ。
「そして、その後は見るに堪えんな。遠田の指揮のもと、敵の追撃を回避するために四人犠牲にし、結局最後は遠田だけが残った。遠田の指揮官としての技量は及第点には及ばないだろう。そして最後の結果は先ほど言った通り、実戦では負けに等しい。さて田上、それを受けて今回の合否をお前ならどう判断する?」
「っ……!失格…だと考えます。」
「ほう、なるほどな。貴様らも同じ考えか?」
どの隊員も言葉を発することはできない。教官の言葉は確かにその通りで、どう考えても自分達は失格だと思える。
「全く…最近の若い奴らはどいつもこいつも…。田上、この演習の目的はなんだ?」
「はっ、最後まで生き残ることです。」
「違う。それは演習の課題であって演習の目的ではない。総戦技演習の目的。それは貴様らに軍人としての最低限の素養があるかどうかを確かめると共に、衛士として必要な判断能力や連携力があるかどうか、隊の意思を統一し任務にあたれるかどうかの判断をすることだ。その点で今回の演習を見ると…まあぎりぎり合格といったところだろう。」
「ごっ、合格!?」
「俺たちが…」
「衛士になれるのか?」
「調子に乗るな!ギリギリと言ったはずだ!今回の判断は温情も入っている。今回の演習は遠田という優れた訓練生が編入されたことで難易度が高いものとなっている。そして今回の演習に失格すれば貴様らは衛士になることを諦めなければならない。だからこその合格だ。その点を差し引いて判断すれば失格の可能性すらある。精進することだ!」
「「「はい!」」」
「よし。まあとにかく一週間ご苦労だった。特に遠田は療養が必要だろう。二日の休暇を許可する。今後は戦術機の教練に入る。気合を入れるように。解散!」

 104訓練分隊、総戦技演習合格。それは正式に衛士としての訓練を積むことを意味する。つまり戦術機衛士という長い道のりの入口に立つ権利を得ただけという意味だ。しかしこれは大きな一歩である。
 今の時点では誰も予想しえないことだが、ここで巧が合格したことは世界の運命にすら影響を与えることとなるのである。
 
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