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MUV-LUV/THE THIRD LEADER(旧題:遠田巧の挑戦)

作者:N-TON
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7.104訓練分隊Ⅲ

7.104訓練分隊Ⅲ

 巧が考えた作戦は複雑なものではなく、むしろ古典的な陽動であった。相手は訓練された歩兵とはいっても装備はほとんど模擬刀のみ。戦うには近づかなければならず、もし巧を追撃したければそれは走り寄るほかにない。そして一方から近づくだけでは狙い撃たれるだけ。ならばいくつかの部隊で巧を囲むように追い立てるだろう。そこでまず罠を仕掛けたポイント付近まで逃げ、その後そこに留まって敵を引きつける。正面から来た部隊を足止めするために仲間から遠距離射撃で援護してもらう。そして一斉に掛かってきたところで罠を発動し一網打尽にする。そして罠にかかって統率を失っている残存兵を巧と仲間が掃討する。この作戦は相手の武装が近距離用のみであり、そんな隊の運用を相手の隊長がした経験がないからこそ通用する策であった。加えて巧たちを訓練兵だと侮ったことも大きいだろう。本当に警戒していればこんな単純な陽動に掛かるわけがない。
 しかし結果として攪乱陽動は成功した。相手の本隊は地理把握を中断し巧を追いかけ、先遣隊は罠にかかって全滅。三小隊、約百人の脱落という憂き目になったのである。



「どういうことだ!」
石橋の怒声が響きわたる。先行していた三小隊全滅。相手に被害なし。最悪の結果と言える。こんなことは石橋の想定外の出来事であった。訓練で、ハンデキャップがあったとは言ってもこの損害は本来なら負けに等しい。撤退すら考慮に入れなくてはならない損耗である。
「はっ、どうやら最初の訓練兵は陽動であったようです。事前に罠を仕掛け誘導したものと思われます。罠の種類はワイヤーと手榴弾を使った簡易なものでした。また敵の援軍もいたようです。通信機がないので情報の伝達に齟齬がありました。」
「くそ!舐め過ぎていたようだな。衛士志望のモヤシ共なんぞ大したことないと思っていたが…存外まともにやるようだ。」
「はい。加えてこのような装備で戦うことは想定してませんでしたから。接近するときに罠を使われたようです。」
「ふんっ、確かにそうだが言い訳にすぎんな。よし、大勢を立て直す!もうこんな醜態は晒さん。世間知らずの餓鬼どもに思い知らせてやるぞ!」
そう。こんな醜態はあってはならない。誇り高き帝国陸軍歩兵部隊が、よりにも寄って衛士志望の訓練兵ごときの陽動に掛かり一回の戦闘で三小隊を失うというこの上ない恥。到底許容できるものではない。
 怒りに燃える石橋にもはや油断はない。104分隊の本当の試練はここからだった。

 敵の三小隊を打ち破り大打撃を与えた104分隊は戦勝ムードだった。あの屈強な兵士達を手玉に取り、こちらには損害はない。完勝と言っていい成果である。巧もその状況に酔っていた。大きなハンデがあったとはいえ、自分たちよりも遙かに熟練した歩兵たちをいとも容易く殲滅した。爽快な気分であった。酒があれば飲んでいたかもしれない。
「おい皆、いい気分になるのは構わないが油断するなよ。まだ演習始まって一日目だ。俺たちはこの演習が最後のチャンスなんだ。追い詰められているのは俺たちの方なんだ。」
田上が分隊の浮かれきった雰囲気を戒める。そうまだ演習は始まったばかりで、相手もまだ自分たちの何十倍もいるのだ。油断はできない。
田上の注意を聞き全員が黙り込む。浮かれていたことに気づいたようだ。
「巧、ちょっと来い。話がある。」
巧を呼び出す田上。田上は分隊長だが、巧は実質副隊長のような存在であり実力はエース級である。作戦を練るのに田上はまず巧と打ち合わせをすることにしていた。
「悪かった田上。俺も浮かれてたよ。」
「それはしょうがない。でも総戦技演習がそう簡単に行くわけがないんだ。準備は怠りたくない。で、相手はどうだった?」
「うーん、そうだな…動きは洗練されてたよ。物陰に潜んで、隊全体で連動するように動いてた。やっぱり錬度が違うんだろうな。」
「そりゃ陸上歩兵隊だからな。俺たちなんかとは年季が違うだろうよ。それで?やれそうか?」
「正直言って呆気ないほど簡単に陽動に引っかかった。隊員の動きを考えると少し不自然だな。……多分だけど相手もこんな状況で戦うことを想定していないから慣れていないんだと思う。刀一本でBETA相手にする訓練なんて受けてないだろう。」
「まあな…考えてみれば相手も大変だな。訓練兵の演習にこんな形で協力させられるんだから。でもそんなことは俺らには関係ない。今後どう動くと思う?」
「相手のことはよく分らないけど、基本通りなら索敵からだろうな。俺たちの位置はまだ分かってないだろうから、まずは俺たちの場所の特定が先だろう。相手に遠距離攻撃の手段は少ない。遭遇戦はできないはずだ。だから場所を特定して包囲、総力戦で俺たちを押しつぶしに来るだろうな。」
「そうか、だったら見張りと巡回を密にしないとな。」
「ああ、もうこんなにうまくいくことはないと考えた方がいい。相手もプロなんだから。」
「俺の仕事は皆の気が緩まないように気を引き締めることだな。よし、明日からも頼むぞ。」
「もちろんだ。」
この時二人は考えてなかった。歩兵隊は一人一人が自分たちよりも経験があり、今の状況に腹が煮えくりかえっている。その怒りから来る怒涛の攻めがどれほど苛烈であるかを。


演習四日目。最初の接敵から一度も戦闘が発生していない状況に104分隊は疑問に思いながらも緊張の糸が切れつつあった。24時間体制で気を張り詰めるというのは難しい。警戒も集中しているようでどこかルーチンワークをこなすような状態になっていた。そんな隊の雰囲気に田上と巧は危機感を覚えつつも、それを正すことはできなかった。刺激がない状況で集中力を切らさないというのは労力を使うのだ。
しかし平穏は突然破られた。銃声が森に響き渡る。
「来たか!警邏部隊、状況を知らせろ!」
「敵と接敵!数は二小隊。うちの隊だけで対応可能だ!」
「まだ相手の数を決めつけるな。絶対にまだ周りにいるぞ。」
「ああ、わかっ…うお!!」
「どうした!」
「敵が一気に増えやがった!正直数え切れない!」
「よし、後退しながら敵を引きつけろ。こっちから援軍を出す!」
「了解!早くしてくれよ!」
「巧、行けるか?」
「ああ。相手の数が分らないんだ。あと二人ほど付いてきてほしい。」
「そうだな崖から来るとしても少数で抑えられる。連れていけ。」
「了解!」


 警邏部隊の四人は内心焦っていた。敵の動向が異様なのである。通常の戦闘では人間は被弾を恐れ、銃撃戦になれば進行が遅くなる。まして相手の武装は模擬刀のみ。模擬戦とはいえ普通丸腰で突貫はしない。
 しかし相手の動きは止まらない。確かに遮蔽物を盾にするという基本的な事は抑えているが、撃たれることを微塵も恐れていない。味方を盾にして一気に走ることで、一人撃たれてもその分間合いを詰めてくる。少しずつ後退してはいるがもう距離はない。このままでは押しつぶされる。そんな危機的な危機的タイミングで巧の部隊が相手の横を突く形で奇襲を加える。その奇襲とに方向からの制圧射撃で敵の進行を止め撃退する。陸上歩兵隊はその事態を予想していたかの様に、動揺することなく隠れ散っていった。
「ありがとう巧。助かった。」
「……変だ。」
「?何がだ?」
「引き際が良すぎる。まるで援軍が来るのが分かっていたみたいに…。」
「はぁ?そんなことないだろ。確かにすんなり引いて行ったけど、相手の損害も結構でかいぞ。俺たちとお前合わせれば50人ぐらいは刈れたんじゃないか?分かってたならもっと慎重に来るだろ。」
「そうかもしれないが…。まあとにかく敵は撃退した。分隊長に連絡しないとな。」
巧は通信機を取り出し田上に連絡を取る。巧の感じた疑念を田上がどう解釈するか、早く聞きたかった。何かとんでもないことを見逃しているのではないのか?そんな焦りをごまかすかのように手荒に通信機を操作するが、田上からの応答はない。
 通信機から聞こえるのは無機質なランダムノイズだけだった。



巧たちを送りだして数分後、周囲を警戒していた田上達は恐るべき奇襲を受けた。崖下からなんの予兆も無しに相手が這い上ってきたのだ。その奇襲に田上は不意を突かれ脱落した。警邏に四人、巧たち援軍が三人。田上達は三人しかいなかった。最初の犠牲者は田上だった。下の道に敵が来るかどうか、その確認のために崖の端でスコープを使って確認しているとき、敵のライフルに狙撃されたのである。相手の武装はほとんどが模擬刀だけだが、数人ライフルを持っている。指令を受けたときに聞いていたことだったが、これまで一度も使われず、この数日間何の動きも察知できなかったことで頭から抜けていたのだった。そして田上が撃たれたのに気づき走り寄った二人に四人の模擬刀を持った陸上歩兵隊が切り掛かり、何の反撃も許さず無力化した。この歩兵たちはこの日の明け方、崖下の見張りが交代する隙を見計らって崖を登り、僅かに出来ている死角に身を隠していたのだった。単純なことだがこれは驚くべき事態である。見張りが交代する僅かな時間で崖を登り、その見張りの死角に数時間へばりつく。並の体力では到底不可能なことである。
しかしだからこそ可能になった奇襲。そしてそれは成功し、今や北の高台は陸上歩兵隊に占拠された。しかも巧たちの人数は七人に減らされ、上からと下から、合計350人の敵に包囲されていることになる。絶望的な状況であった。


田上に連絡が伝わらず、他の隊員からも連絡がない。予想外の事態に巧は肝が冷える思いだった。最悪の事態である。待機組がやられたとなると、拠点は占拠されたと考えた方がいい。眼前の敵はとりあえず撃退したが、それでもまだ周囲に潜んでいる可能性が高い。そして残りの部隊はおそらくもう高台に上がっているだろう。つまり完全に包囲された状況。こちらの火力は減り、相手は損害を出していると言ってもまだまだ大半は健在。初日に100人、今回で50人倒したとして相手は350人。こちらは7人。人数比は振り出しに戻ったところだが、拠点を奪われ包囲されている状況。それに射撃主体の訓練兵にとっては数人の損害はそのまま戦力の低下につながるのに対して、敵の損耗は戦闘には影響しないほどのものだ。索敵範囲は狭まるだろうが、戦闘時には500人だろうと350人だろうと人数比が圧倒的であることに変わりはない。
しかしだからと言って立ち止まっていることはできない。田上がやられたとなれば、リーダーシップを取らなくてはならないのは巧だ。
「田上達はやられたと判断する。俺たちは今7人。この人数で生き残らなくてはならない。俺が指揮を取ろうと思うが反対する奴はいるか?」
「「「…」」」
つい1時間前までは想像もできなかった事態にパニックになっている他の隊員から反対意見はない。この状態でまともに戦闘出来るとは思えないが、それでも巧はやるしかなかった。



 一方、高台を占拠した石橋は笑いが止まらなかった。初日にあの屈辱を受けてから二日、徹底して演習エリアを探索した。二日目で訓練兵の拠点は見つけたが、攻撃は一切せずに周辺の探索を行い、同時に104分隊の行動パターンを分析し続けた。そして索敵が終了し、見つけた罠は片っ端から解除し、準備を整えたうえで奇襲をかけた。初日の意趣返しの陽動作戦が面白いように決まり、そして今から生意気な衛士候補生共をいたぶれる。
「立て直す隙を与えるな!糞餓鬼どもは今坂下で小便ちびってるぞ!一気に畳みかけろ!」
「了解!」

 掃討戦を開始した陸上歩兵隊は今までの欝憤を晴らすかの様に怒涛の勢いで攻め立てた。木々の間を縫うように駆け抜け104分隊を追撃する。その追撃から逃れるために巧は殿を任せた二人に死守命令を下すしかなかった。
「お前ら二人はここで追撃を食い止めてくれ!俺たちは包囲を何とか食い破って脱出する。済まないが頼む!」
「分かってるよ遠田。俺たちの合格はお前に託す。絶対に生き延びろよ?」
「…っ!ああ、任された!」
絶望的な撤退戦。それでも負けるわけにはいかなかった。ここで負けるということは他の隊員の衛士への道を閉ざすということだ。初めてできた仲間たち、その運命が巧の肩に重く圧し掛かる。それを振り払うように巧は駈け出した。



演習六日目。巧は泥に塗れながら地を這っていた。あの奇襲を受けてた後の逃走で何とか敵の包囲を突破したものの、追撃を逃れるためにまた二人殿として残した。撤退の際に使うつもりだった罠が解除されていたのである。その後、残った3人で手分けをして調べたところ、ほとんどの罠は解除されていた。おそらく二日目、三日目を使って探索と同時に解除したのだろう。広い範囲に仕掛けていたが、人数にものを言わせた人海戦術の前ではどうしようもなかった。
巧の心は暗い。奇襲を予想できずに田上達を失い、自分の命令で殿を引き受けた4人は脱落。これが実戦だったなら巧は7人の仲間を失い、その内4人には『死ね』と命令したようなものだ。
そして今、生き残った仲間たちは体力の限界で休んでいる。巧は周辺探索と食糧調達を兼ねて身を屈めて移動していた。体に泥を塗り、葉を纏って迷彩を施していた。こんなものが正規兵に通用するかどうかはわからなかったが、やらないよりはましである。
野草と茸、蛇にネズミを仕留め仲間がいる場所に戻ると、仲間はぐったりした様子で出迎えた。目には絶望が映っている。
「取ってきたぞ。まずは食ってからだ。後1日半。凌げば合格だぞ。」
巧が励ますが二人に元気はない。
「遠田、次来たらお前は逃げろ。俺たちはもう動けない。足手まといだ。」
「ふざけんな!これは俺たち全員の試験だぞ!簡単に諦めるんじゃねぇ!」
「いや、だからこそだ。迎撃できるほどの戦力がないんだから、あとは隠れて生き残るだけだ。俺たち話し合ったんだ。今一番合格できる可能性があるのは、お前が俺たちをおとりにして時間を稼ぐってことだ。一人なら隠れやすいし動きやすい。」
「しかしっ!」
「わかってくれよ遠田。確かに情けない話だが、それが一番の方法だ。お前が出ている間に俺たちが持ってる全ての手榴弾で周囲に罠を張った。全部上手くかかればかなりやれるはずだ。それで相手も部隊の立て直しと探索にまた時間を使う。その後お前が見事逃げおおせてくれれば合格だ。」
「遠田、見誤るなよ。俺たちの任務は一人でも生き残ることだ。」
巧は反論できない。ここで残るという選択が合理的でないことは自分でも分かっている。しかし巧の指揮に移ってから既に4人やられ、今この二人も生贄になると言っている。巧は味わったことのない無力感を感じていた。SES計画などと言って昔から訓練し、訓練部隊の中でもエースと呼ばれても所詮は一人の子供。状況を覆すことはできない。巧は二人に再び詫びを入れ隊を離れた。孤独な戦いの始まりだった。

その夜、分隊の二人は奇襲を受けて殲滅された。状況を常に把握するために通信機を常に入れていた巧は、二人の最後の咆哮を耳に焼きつけ震えながら夜を過ごした。
 この戦闘でとうとう104分隊は巧一人に、敵は未だ半数以上残っていた。
 
 

 
後書き

 
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