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軍属

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第三章

「お店のものをただにしたら売り上げが」
「売り上げ!?そんなもの知るか」
「俺達はこれが欲しいんだよ」
「だから早く寄越せ」
「ただで寄越せ」
「寄越さないなら奪うぞ」
 完全に略奪だった。
「日本軍に逆らうのか」
「あと御前の娘がいたら早く出せ」
「それかいい娘を紹介しろ」
「ここはそういう店じゃないです」
 確かにその通りだった。普通の雑貨屋だ。
「ですからお金を払って」
「婆、あくまで日本軍に楯突くんだな」
「よし、それなら容赦しないからな」
「それならな」
 彼等は手にしていた銃、日本軍が使っているとは少し違うその銃を武器なぞ持っていない老婆に向けた。そして店を荒らそうとしていた。しかし。
 ここで店の外からだ。こんな声がしてきた。
「おい、憲兵が来たぞ!」
「こっちに来るぞ!」
「何っ、憲兵!?」
 憲兵と聞いてだ。彼等は血相を変えた。そしてだった。
 彼等は急に慌て出してそうしてだった。老婆に顔を向けて忌々しげに告げた。
「婆、命拾いしたな」
「ここは許してやるからな」
「だが次はないと思え」
「わかったな」
 こうした捨て台詞を置いて立ち去る。本当にあたふたと逃げ帰る。そしてだった。
 彼等と入れ替わる形で厳しい顔をした軍服の男が店の中に入って来た。彼は怯えた顔で震えている老婆に気付きこう尋ねた。
「ご老女、何があられた」
「あの、日本軍の方ですね」
「見ての通りだ」
 その軍服姿での言葉だ。実に折り目正しく着込んでいる。
「憲兵大尉安永三郎である」
「あの、先程日本軍という方がこちらに来られまして」
 老婆は青くなった顔のままその憲兵大尉に事情を話す。
「それで店のものをただで寄越せだの食べ物を出せだぞ」
「ご老女を恐喝したのか」
「はい、それに娘を差し出せと」
「何と、その様なことを言ったのか」
「はい、そうなのです」
「許せぬな。我が軍の者が言ったのか」
「そうなのです」
 老婆はここまで言うとだ。大尉は明らかに怒った顔で述べた。
「あの、どうか」
「わかっている。不埒な所業は許さん」 
 大尉は声も怒らせていた。
「わしに任せておれ。すぐに不埒者を探し出し成敗する」
「お願いします、本当に」
「皇軍に不埒者がいるなぞ許せん」
 大尉は強い声で老婆に言う。その右手を拳にさえしている。
「不貞の輩はすぐに見つけ出すからな」
 大尉はこう老婆に約束してそのうえですぐにその不埒者を探しにかかった。しかし軍の中ではそもそもその時店があった市街地に赴いたのは大尉だけだった。皆外出せず訓練にあたり大尉は市街地を軍の監視以上に軍人以外の不埒者の見回りで出たのだ。
 軍ではなかった。しかしだった。
「その連中は日本軍と言ったのだな」
「はい」
 その通りだと言う老婆だった。
「確かにそう」
「言っていたな」
「そうです」
「服はどうだった」
 大尉は老婆にその者達の服について尋ねた。
「どの様な服だった」
「大尉さんと同じ服でした」
「同じか」
「はい、そうでした」
「ではだ」
 大尉は老婆の話を聞いてまずは少し考えた。それから自分の胸や肩を指差して老婆にこう尋ねた。 
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